浩田島国 2023/09/17 05:14

『ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ/花の雨が降る ROCAエピソード集』を読みました。

ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ』『花の雨が降る ROCAエピソード集』を読みました。

いしいひさいち先生の匠の漫画力で唸らせられる名作。
正直ファドという題材の珍しさをのぞけば、ストーリーの骨格はオーソドックスである。
亡き母の愛したファドで歌手を志す少女が、親友に支えられながら地道にストリートライブなどを重ね、徐々に実力を認められ芸能界入りするが、堅気とは言えない家業で育った親友は主人公の経歴に傷をつけないために身を引く決意を固め、主人公は喪失感と罪悪感に苛まれながらもそれを受け入れると言う話だ。
友人関係に限らず恋人関係、芸能関係に限らず他業種も含めれば似たようなストーリーラインの作品は多数存在すると思う。
ではなぜこの作品が名作の域に達しているかと言うと、『描く』『描かない』の部分がめちゃくちゃ的確だからだと思う。
この作品はエモい、でもエモすぎないのである。
キャラクターの感情にカメラを寄せすぎないので、作者の自分の描いた話に酔ってる感が無いのだ。
主人公がストリートライブの客に迫られるシーンも、親友が確かな情愛と別れの予感で主人公の写真を撮るシーンも、別離を告げられるシーンも、基本四コマ漫画のフォーマットでさらっと描かれている。
過剰な演出はないが、キャラクターがどんな気持ちかはちゃんと察せられる表現になっている。
自分も漫画を描いているとつくづく思い知るのだが、作者本意にならないように足らなすぎず余分になりすぎず抑制するのって本当に難しくて、こういう漫画を自分で書いたら絶対くどくしちゃうだろうなと思う。
この作品が例えばキャラクタのモノローグ表現が多くもっとドラマティックに仕上げられていたら、逆に「そりゃぁ切ないけど、ゆうて死別したわけでもないしなー…」と冷めてしまった可能性もある。
この世界にはそういうこともあると、数多の人々の人生の一つとして流されていくような描かれ方だからこそ、人間一人がどれだけ無力でままならないかに思いを馳せ、悲しみを感じるのではないか。

またギャグ漫画の印象が強く現在七十二歳のひさいち先生がこの作品を描いたというのもやはり大きいだろう。
ネームバリューという意味もなくはないけど、七十二歳になってもこれだけ瑞々しい感性で物語を描けると言うことに感動した読者は多いのではなかろうか。

もう一冊続きを書く予定だそうで、非常に楽しみにしている。
『ROCA』では二人の別離後時間が飛び、焼け跡に主人公のかつてのポスターが残っていると言う結末によって神話めいた趣があったが、『花の雨〜』で倉庫が焼けた理由が明かされたことで地に足ついた印象になった。
次作では時系列が進むのかどうかはわからないが、二人の人生の今後を知れることを願う。

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

記事を検索