にのまえ 2023/02/02 19:11

ファミリーマンション青年会親睦用オナホール【前】

「はじめまして。お隣に越してこられた方ですよね?」

 シックで品のある共用廊下。インターホンを鳴らす前に玄関扉が開いて、爽やかな笑顔が言葉を奪う。
 感じよく、愛想よく挨拶しよう。扉の前で挨拶を練習していた宇和野は、引越し挨拶のタオルを片手に硬直してしまった。
 アクシデントに弱いから入念に練習するくせに、練習したせいで予想外のことに対処できない。
 地味な服装、洒落っ気のない髪型。人慣れていないことはひと目でわかるらしく、その人は柔らかく苦笑した。

「ああ、ごめんなさい」
「いっ! ……い、いえ……」

 微笑みはただひたすら温かい。
 柔和な印象の人だった。白い肌に、すらっと長い細い首。二重幅が大きく眠たげで、だからだろうか、びっくりするほど大きいのに威圧感がない。
 二十代後半か、もしかしたら三十代。落ち着いた声音にそう思うが、外見だけなら大学生にも見えた。年齢不詳の人だ。

「驚かせましたよね。俺は最近リモートワークで、そこ、内廊下に面した部屋で仕事してるんです。窓も大きいから、荷物を運び込む音とか家の前に人が来た音も聞こえてて」
「あ……、あ! すみません、玄関先でぶつぶつうるさくして……!」
「いいえ。でも、少し聞こえてしまった。引っ越しの挨拶ですよね?」
「そっ、そうです、ごめんなさい……っ! あ、あの、隣に越してきました宇和野と申します! 単身なので、う、うるさくすることはないと思いますが……リモートワークのお邪魔になったらすみません……!」
「単身? 珍しい。ここはファミリーマンションなのに」
「自営業で……し、仕事部屋があったらいいなと、その……」
「本当? うわあ! 色々お揃いだ。俺は澤下といいます。俺もリモートワークでこの部屋にいて、同じく単身。一緒ですね」
「お、お一人、ですか……?」

 宇和野は挨拶のタオルを差し出しながら戸惑った。
 都心まで数駅というエリアにあるこのマンションは、築浅で駅まで数分という好立地、そのうえエントランスにはコンシェルジュが待機しているハイグレードマンションだった。
 年齢が高ければそういうものかと思っただろうし、夫婦であればパワーカップルかと納得しただろう。けれど宇和野と同世代の上、同じく独り身なのだという。
 そう思えばどこかが何となく違う気がする。澤下のシャツのボタンがつやつやと輝いている気がする。

「う……っ!」
「宇和野さん?」
「オーラが……!」

 金持ちだ。そう思うだけで金色の威圧感が見えた気がした。

 宇和野はこのマンションを買ったわけではない。購入者が貸しに出したのか、賃貸物件として引っ越してきたのだ。それも不動産屋が確認の電話をかけて回るほど破格の好条件だった。
 本来こんな場所に住める人間ではない。外観を見上げて思い、エントランスに入って思い、ダンス教室を開けそうな部屋にも思った。そして今、隣人を見てまたそう思う。
 自分はどこからどう見ても貧乏人だ。精一杯身奇麗にしてきたが、安いシャツとスラックスはひと目でバレてるんじゃないだろうか。
 焦る宇和野からタオルの箱を取りながら、澤下という男は大きく笑う。柔和な印象とは裏腹に、大きくハッキリとした笑顔だった。

「オーラって! いや、言いたいことはわかりますよ。隣が賃貸だっていうのは知ってるので……でも、……オーラって!」
「ぶっ、分不相応だとはわかってます! ごっ、ご迷惑っ、ご迷惑にならないように……!」
「だからそんなのいいですって! 集合住宅として協力して暮らしていけるなら、どういう形態で住んでるかなんて関係ない」

 笑いながらの口調はただ明るい。
 同世代らしい砕けた口調のせいだろうか。宇和野はほんのわずか、十分の一ほど安堵した。友達に肩を小突きながら言われたような気がしたのだ。気にするなよ、関係ないだろ、と。
 もちろん真に受けたりはしない。不愉快に感じる住人もいるだろう。ただ澤下はそう思っていない。優しげなその顔が本心を隠しているとは思えなかった。
 彼は笑いの余韻を残したまま息をつく。

「って言われたって、すぐには緊張解けないと思いますけど。……宇和野さんってそんな感じがする」
「それは……その、すみません……」
「謝っちゃうのか。宇和野さん全然悪くないのに。……でもそういうところ可愛いなあ」
「っか……!」

 冗談だったのだろうか。真っ赤になった宇和野に澤下はまた大きく笑った。
 子供っぽいということか? 世慣れていないとからかわれたのか? 宇和野は自分の焦りでいっぱいで、その一言を聞き漏らした。

「思ってた通りの人でよかった」
「……え?」
「いいえ。ねえ! ところで急なんだけど、今日って予定開けられますか? マンションの一階、多目的室で飲み会があるんです。青年会の気楽な集まりですよ」
「せ、青年会?」
「マンションって管理会社の代わりに住人組合があるんですけど、その中でも特に集まるのが好きな男メンバーがサークルみたいなのを作ってるんです。住人だけで遊ぶ集まり。とか言って全然青年じゃないんだ。最年長は六十」
「は、はあ……。でも、じ、自分は賃貸なので、多分出る資格が……」
「大丈夫! ただの親睦会ですって。ね? 俺も一緒に行って紹介します。一気に知り合いが増えますよ」
「知り合い……」

 宇和野は特殊な賃借人だ。嫌な顔をする住人もいるだろう。
 けれどそういう場で挨拶をしたら、緊張でおどおどしながらでも顔を見せたら、少しは心象が違うかもしれない。

「…………」

 ノリのきいたワイシャツ。オーダーなのか体に合ったスラックス。
 ふたりは似たような服装で、だからこそ互いの経済力や身分差を感じる。だが彼はそんなこと気にも留めていない。顔を見れば優しく微笑むその人は、宇和野を急かしたりはしない。
 青年会。彼はきっとメンバーと宇和野の間に立って、この人柄で場を和ませてくれるだろう。彼がいれば自分でも失敗せず輪に入れるかもしれない。

「あの……じゃあ、お、お願いできますか?」

 その言葉に澤下はパッと笑う。彼の明るい微笑みは、この世に悪意があることを忘れさせるものだった。
 隣人が彼でよかった。
 いい人だ。宇和野はそう安堵の笑みを返した。




「おーい。大丈夫? ねえ、宇和野さん?」
「は、はひ……」

 マンションの一階、日の当たらない北側にある広間で、宇和野はどうにかこうにか頭を起こした。
 十畳程度の空間は、普段は住人専用のキッズルームとして使われているらしい。グレーのジョイントマットが敷き詰められ、壁際には絵本の詰まった背の低い棚が並んでいる。
 そんな場所に十数人の男が集まり酒を飲んでいるものだから、室内には妙な熱気がこもっていた。

「み、みなさんに、ご挨拶、できたでしょうか……」

 呟く合間も、宇和野の頭はふらふら不安定に揺れた。
 マンションに一番多いだろう三十代から、澤下の言う通り六十代まで。雰囲気も職業も違う住人たちだったがみんな、飛び入り参加だというのに宇和野を歓迎してくれた。
 全員愛想よく良い人で、心配していたような不信の目で見られることはなかった。どうぞどうぞと酌をしてくれ、それだってまだ飲めるか気持ち悪くないか逐一注意を払ってくれた。
 気を使ってくれて、優しくしてくれて、困ることも慌てることもなかった。
 だから、本当に、自分がなんでこんなに酔っているのかわからないのだ。

「すっ、少し、少し、酔って……。し、失礼を、したかも、しれません……」
「ずっと横にいたけどそんなことない。みんな宇和野さんのことを気に入ってたよ。……困り顔で引っ込み思案なところがいいって、好評だった」
「こうひょ……? ……す、すみません」

 舌が回らない。宇和野は慌てて口元を押さえた。
 こんなの酒の飲み方も知らない子供のようだ。焦りを察したように、澤下は座卓の水差しを取りながら言う。

「引っ越しで疲れてたのかな。じゃあアルコールなしで飲もうか。酸っぱいのしかないけど大丈夫?」
「は、っ、はい……すみません、ごめ、ご迷惑……」
「大丈夫だよ。待って、少し甘いのを足すね」

 レモン色の液体をグラスに注ぎ、そこに、澤下はガムシロップを二つも三つも投入する。
 そんなに、と思う目は自然とその容器を追いかけていた。ガムシロップだろう。お猪口よりも小さなよくある容器。ただ業務用か何かなのか、真っ白なパッケージには何も印刷されていなかった。
 澤下は中身を混ぜながら微笑む。

「ああ、多く見えたかな。これは自然派のもので普通のより甘くないから。……大丈夫、天然素材だから体に悪いものじゃないよ。……はい。ただの普通の、レモネード」
「レモネード……」

 言葉通り、おずおず口をつけたそれには心地いい酸味があった。口を洗うだけのつもりだったのに、薄めのレモネードはゴクゴクと喉へ入ってしまう。
 口当たりは爽やかだったが、溶け残りだろうか、底に溜まっていたガムシロップの甘味が口の中にねっとりと残った。だから宇和野は、礼もそこそこに注がれた二杯目をすぐ持ち上げてしまう。
 澤下はその飲みっぷりには触れずに囁く。

「もう挨拶は終わったから、無理しないで過ごしてね」
「あ、ありがとう、っございます……。しょ、初対面なのに親切にしてもらって……」
「せっかくのお隣さんなんだから」
「……と、隣が澤下さんでよかった……」

 青年会の飲み会で、きっと顔見知りと楽しく盛り上がりたいだろうに。澤下はずっと宇和野に付き添っていてくれた。
 こんなに親切な人はなかなかいない。それが隣人なんて。隣だからという理由だけでこんなに世話を焼いてくれるなんて。
 飲み慣れるとレモネードが薄味に感じる。宇和野はマドラーで軽く混ぜてみたが、なかなか溶けないガムシロップが上に登ってくるだけだった。口の中がこってりと甘くなる。

「はあ……♡」
「美味しそうだね、宇和野さん。……そういえば本業は何をしてるの?」
「あ、あの、あの……前までデザイン事務所にいました。は、恥ずかしいです。あまりお洒落じゃないのにこんな肩書きで……」
「たしかに素朴な感じだけど、そんなことない。シンプルな服装、宇和野さんの雰囲気にすごく合ってるよ」
「は……♡」

 左隣に座っている澤下は、右手で宇和野の正座の腿に触れた。
 スラックスの素材感を確かめたかったのかもしれない。撫でられても、宇和野は「化学繊維なのがバレたら恥ずかしいな」とぼんやり思うだけだった。

「今は自営業って言ってたけど、独立したの?」
「っ、は、はい……っ♡ 下請け、みたいな、っ、感じですけど……っ♡」
「ああ。だからこのマンションに。転職って家に求めることが変わるし、ちょうど引っ越しするタイミングだもんね」
「はい、……っ、あ、あ……っ♡」
「ん?」

 とろけた、甘えたような声が誰のものかわからない。澤下にもそういう顔をされ、宇和野はただ首を振った。
 ふたりは多目的室の一番奥にいた。宇和野が角にいるような位置関係だ。だから澤下の背後にはたくさんの男たちがいる。酒を楽しむ男たちの喧騒。その中の誰かがふざけているのだろう、と宇和野は考えた。

「な、なんでもな、っ♡ ぁ、あと、あとは……っ♡ っも、もうずっと独り身かなと思って、お金っ、や、安いところ……っ♡」
「諦めるのは早くない? まだ二十六歳でしょう?」

 年齢を言っただろうか? 一瞬思うが、背中を抱かれてわからなくなる。言ったかもしれない。知っているのなら言ったのだ。温かな手が腰を撫でると思考が働かなくなる。

「だ、だって、あまり、もっ、モテない……ッ♡♡ 収入も、ふっ、不安定になるからっ♡ むっ、難しいと、思、おもって……っ♡♡」
「諦める必要なんてない。宇和野さんは魅力的だよ」
「ふぁあ……っ♡♡」

 初対面にこんな愚痴、と気づく前に囁かれるから、それが耳に唇を触れさせながらの声だから、宇和野は細く喘ぐしかできなかった。
 澤下は親身な友達のように、低く穏やかな声で宇和野に寄り添う。腰を抱き、回した手で足の付け根から下腹までを撫でつつ甘く続ける。

「この先どんなことがあるかはわからない。けど、宇和野さんはいいところがたくさんある」
「あ、ありがとう、っございます……ッ♡♡」
「何も知らないのにって思ってる? でも控えめで謙虚な人なのはわかるし、体だって、ほら、魅力的だ。……少し痩せ型だけど骨格がいい。足だって長いし……」
「は……♡ は……っ♡♡」
「腰回りも綺麗な直線だ。鍛えても、少しむちむちさせても映えるよ」

 左手が正座の内腿へ入り、右手が腰を抱くように宇和野の下腹を撫でる。
 人が集まっている部屋のせいか、それとも体全部が密着しているせいか。服の中にじんわり汗が浮かんだ。

「そうだ。通勤って意外と運動になってたんだよ。自宅で働くなら意識的に体を動かそう。あ! マンション内にジム設備を置くか住人会議で聞いてみるのもいいなあ」
「っはあ……♡♡ さっ、澤下さん、ご、ごめんなさい、俺汗くさい、あっ、汗が……っ♡♡」
「男がこんなにいると暑いよね。みんな同じだから気にしないで」

 言葉が悪かったかもしれない。汗をかいてると言って、澤下の無意識の興味を引いてしまったかもしれない。
 裾を入れたシャツとスラックス姿で、一番布地に包まれているのは腹部分だ。汗が、と言われて確かめたくなったのか、内腿を揉んでいた手が少し持ち上がる。
 澤下の手が触れて、宇和野も気づいた。
 正座の中央、澤下がピクリと手を止めたそこには、宇和野の勃起がある。

「っご、ごめんなさい! これっ、これは、これは……ッ!!」

 宇和野は両手で股間を押さえた。必死でシャツの裾をかき集め、背中を丸めてそこを隠す。
 なんでこんなことになっているかわからない。ただの飲み会だし、澤下のスキンシップだって酔った宇和野を介抱してくれただけだ。
 なのにこんなになっていて恥ずかしい。セクハラをしたようで申し訳ない。

「大丈夫」
「ぅあ……っ♡♡」

 ふうっ、と耳に吹きかけられた吐息に、宇和野の背筋が細かく震える。勃起を自覚すればそれが快感であることもわかってしまった。

「耳元でごめん、みんなに聞かれたら恥ずかしいかなって。くすぐったいだろうけど少しだけ我慢して。できる?」
「っ、は、はいっ♡ はい、ぃ……っ♡♡」
「彼女がいないなら仕方ないよ。何も悪くない。引っ越しで疲れてて、そこにアルコールが入ったから体が混乱したんだね」
「は、は……っ♡♡ はい♡ はい……っ♡♡」

 必死に頷きながらも、宇和野は何を言われているのか半分も理解していなかった。
 密やかな声が耳に触れるたび、息継ぎの細い息、苦笑の吐息が首に触れるたび、腰がビクビクと跳ねてしまう。過敏になっている自分が理解できず、戸惑うので頭がいっぱいだった。

「……勃起、どうしよっか?」
「っあ、あの、といれ、トイレに……っん!」

【 500円 】プラン以上限定 支援額:500円

プランに加入すると、この限定特典に加え、今月の限定特典も閲覧できます 有料プラン退会後、
閲覧できなくなる特典が
あります

バックナンバー購入で閲覧したい方はこちら
バックナンバーとは?

月額:500円

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

限定特典から探す

記事を検索