Iyan(イヤン) 2024/03/02 21:47

時間差両想い一周年記念SS

恋をするつもりなんてなかった。






 斑鳩隼人という男は、とにかくモテにモテる人生を歩んできた。

 美醜というものは幼い子どもでも好意の一環になるらしく、隼人が幼稚園の頃は送迎バスで隼人の隣に誰が座るかで女子がしょっちゅう揉めていたし、
 小学生になると運動会のリレーでアンカーを走った事を理由に「隼人くんってかっこいいよね」と同学年の女子の中で隼人ブームが起こり、バレンタインでは学年違いの女子にまで追い掛け回された。

 中学では学区外の学校に入学したため知り合いこそ減ったものの、どんどん背が伸びた隼人のアイドルめいた容姿が話題になり、とうとう別の学校からも隼人を一目見るために校門で下校を待つ生徒が現れてきた。

 本人の意思に関係なく、斑鳩隼人はとにかくモテにモテる人生を歩んできた。

 そして高校生になり、周りにちらほらカップルが生まれても隼人は一人でいた。
もちろん高校生になってもモテるのは相変わらずで、1年生の頃からひそかに隼人のファンクラブが発足したくらいだ。
 いっそ彼女を作ってみればどうかと思ってみたものの、惰性で告白をOKした女の子とはなんだかんだあり一か月で別れてしまった。

『隼人くん、私のこと本当に好きなの?』

 何度か彼女のようなものを作ってみたものの、最終的に言われるのはいつもこのセリフだ。隼人も別に彼女たちを100%利用しようと思って付き合っていたわけではなかった。

 ちゃんと好ましい部分もあったし一緒にいて楽しいとも思っていたし、それをできるだけ言葉にもしてきたつもりだったけれど、どうやらそれは彼女たちの及第点には至らなかったらしい。
 周りの女性たちからの牽制に疲れ、隼人の愛情を疑い、最終的にはみんな向こうから離れて行ってしまった。

 何度目かの別れの後、隼人は恋愛に白旗を挙げた。


 そして、事件は高校最後の年に起きる。

「いやぁ、モテる男はつらいねえ」
「高校でこれだろ?大学生とかになったらもっとすごいんじゃねえの」
「……想像させんなよ。俺はもう嫌なんだって」
「カーッ羨ましい!俺もそんなこと言う位モテてみたいわ」

 ある日の放課後、何人かの友人たちとの下校中にそんなことを言われて隼人は眉をしかめた。
 ただでさえついさっき校門で知らない女子にラブレターを渡され、断って泣かれたところなのだ。羨ましいなら多少引き取ってほしいくらいだ。

 まあ、友人の言葉もわからないではない。

 隼人も友人の立場であればなんてもったいない、モテて困るなんて単なる自慢じゃないかなんてそんなことを考えたかもしれない。
 しかし、好意とはいえ全く知らない人から不躾な視線を送られ、こっそり写真を撮られ遠巻きにコソコソされても嬉しいとはとても思えなかった。
 芸能人でもあるまいし、隼人は一介の高校生でしかない。

 これからもこんな生活が続くのかと何度目かのため息をついていると、隣を歩いていた友人が一言も喋らないことに気が付いた。
 普段うるさいくらいのお喋りなのに、珍しい。

「工藤、なんか元気ない?」
「……」
「……マジでどうしたんだよ。何かあった?」

 思わず声をかけると、友人――工藤はばっと隼人を振り返り睨みつけた。

「……何かあったとか、お前が言うなよ」
「は?何怒って……」
「由利子がさあ!お前のことが好きなんだって!」

 い気味に叫ばれて隼人が口を閉じると、工藤は堰を切ったようにまくしたて始めた。
 ユリコとは、工藤が付き合っていた女子の名前ではなかったか。

「お前の……っ、お前のことが好きだから、俺と別れたいんだって!クリスマスは一緒にいられないんだって!」
「工藤……」
「何で……何でお前なんだよ!俺の方が好きなのに!」

 一緒にいた別の友人が隼人と工藤の間に入って工藤をなだめようとするが、ヒートアップした工藤はさらに声を張り上げる。

「どうせお前に告ったって断られるだけなのにさあ!諦められないって……!畜生、お前の……お前のせいで……っ!」
「クドっちやめなって!隼人のせいじゃないだろ」
「うるせえよ!」

 今にも隼人に掴みかかろうとする工藤に、隼人は何も言えなかった。
 工藤の彼女とはグループで遊びに行ったときに一緒になったが、二人きりになったことはなかったし親しく話をしたこともなかった。

 工藤と一緒にいた彼女と挨拶をしたことはあったが、それ以上のことはなかったはずだ。
 それなのに一方的に好意をもたれたのであれば、隼人にはどうすることもできない。
 それは、隼人を傍で見てきたこの友人にもわかるはずなのに。

「ごめん」
「……悪いと思ってねえのに謝るんじゃねえよ」
「……でも、ごめん」
「……」

 隼人の言葉に工藤はそれ以上応えず、先に帰ると言って速足でその場を去って行ってしまった。残された別の友人は口々に隼人をフォローしてくれたが、隼人もまた何も言えずにその日は家に帰ってさっさと眠るしかなかった。

 そして、工藤とはその日からろくに会話を交わすことなく、そのまま卒業してしまった。
 大人になった今も工藤とはそれっきりだ。

 あの一方的な縁切り事件の後件の彼女から呼び出しを受けたが、いつもならきちんと告白を面と向かって断る隼人がその時は呼び出し場所にすら向かわなかった。
 彼女には卒業式の後も一度声を掛けられたが、完全に無視したのでその後は知らない。

 あの時から、恋人がいる女性にはなるべく関りを持たないようになった。

 なるべく顔を見せないような髪型にして、あらゆる会話を最小限にして。

 とにかくもう、全部嫌になってしまったのだ。






 ……という話を酒にまかせて話すと、先輩が泣いた。

「……なんであんたが泣くんですか」
「だってぇ」

 寒いから鍋でもしようと集まったが、先輩が実家から送られてきたのだと持ってきた日本酒が進みすぎたらしく、二人ともそれなりに酔いが回っていたようだ。
 隼人が高校の時の友人と絶交する原因になった話をすると、あまりの内容にショックを受けたらしい先輩がぽろりと涙を落した。

「まったくもう……ほら」

 そばにあったティッシュケースから何枚か引き抜き、先輩に差し出す。
 受け取ってもらうつもりで差し出したそれに先輩が体を寄せてきたので、いつかのように鼻に押し付けてやった。
 そのまま控えめに鼻をかんだので、微笑ましさに口元が緩む。
 付き合いだして分かったことだが、自分は割と構いたがりだったらしい。
 ついでに乾いた部分で目元の涙を吸ってやる。

「隼人くんもそのお友達もかわいそう。どっちも悪くないのにね」
「まあ、その二人何年か前に結婚したらしいんですけど」
「……えぇ!?」

 丸めたティッシュをゴミ箱に投げ入れながら言うと、先輩は目を真ん丸にして隼人の顔を見上げた。涙も引っ込んだらしい。
 思わず吹き出すと笑ってる場合かと睨まれるが、全く怖くもなんともない。

「まあ、俺の中では区切りのついた話なんで」

結婚式の招待状は届いたが、隼人は行かなかった。

「隼人くんがいいなら、いいけど……」

 納得しきれていないような彼女の腕を引いて抱き寄せる。自分に背を向けるように膝に座らせると、大人しく胸に収まった。
 付き合いたての頃はこういう触れ合いに照れて照れて仕方がなかった彼女が、今は心得たように体重を預けてくれるようになったのだから、これも大した進歩である。
 それにしても、確かに外から聞いたらひどい話なのかもしれない。
 隼人の中では区切りをつけた関係のつもりだったが、こうして過去を話して彼女の反応を見ていると、胸の奥の方が慰められるような心地がした。

「なんかさ、隼人くんだけずっと損してるじゃない」
「まあ、その後も何かと女性関係ではいろいろあったんで……でもまあパートナーがいる女の人が苦手になったのはその時からっすね」

 そう言って彼女の首元に鼻先を埋めると、くすぐったそうに身をよじるのを抱きしめて止めた。そのまま深く息を吸い込むと、彼女の柔らかく甘い香りがする。
 なすがままにされている彼女が隼人の頭を力強くよしよしと撫でてくれたので、犬のような扱いに喉の奥で笑いながら抱きしめる腕に力を込めた。

 彼女に自己申告したことはないが、隼人自身付き合いだしてからずいぶん甘えるようになった。おそらく古い友人たちが今の自分を見たら絶句するだろう。見せないが。

「あ、私に彼氏がいるって思ってたのも、そういう話だったりする?」
「……ですね。だからあんまり近寄らないようにしてたんですけど」

 先輩がふとそんなことを言い出したので、隼人の眉間にしわが寄った。
 営業のなんとかいう男が先輩にコナをかけていたのを見て、てっきり付き合っていると思っていた件についてはいまだに忸怩たる思いがある。
 その勘違いのせいで仕事上の先輩とはいえ彼氏持ちだからと最低限の接触を心がけていたのだが、今考えると本当にもったいないことをしていたものだ。

 件の男については後日先輩がきちんと彼氏持ちであることを伝えていたので今のところむこうからのアプローチは止んでいるのだが、いつ第二第三のああいった輩が出てくるとは限らないので、隼人としては早く彼女の苗字を斑鳩にしてしまいたかった。

「まあさっきも言った通り、俺の女性に対する過去って割とろくでもないものが多いんですけど」
「うん、思った以上に壮絶だった。大学のストーカーの話もヤバかったね」
「それもまあ解決してるんで良かったんですけど、そうじゃなくて」

 いぶかしむ先輩の体勢を変えて横抱きにする。
 付き合うまでにいろいろあったが、今こうやって彼女を腕の中に収めていられるようになって本当に幸運だったと思う。一度逃してしまったせいで辛い思いをさせた分、今後は溺れるほどの愛情を注ぎたい。

「女の人とちゃんと付き合うのも久々だし、こんなに好きになったのは先輩が初めてなんで……責任、取ってくださいね」
「えっ……はい」

 一瞬の沈黙ののち随分キリっとした表情で重々しく頷くので、思わず吹き出してしまった。

「なんで笑うの!ちゃんと真剣に答えたのに!」
「す、すいません……。いや、好きだなって思って」

 そう言って憤慨する唇にキスを落とすと、ごまかそうとしてると怒られた。それでも何度か音を立てて唇をついばむと、仕方がないなと諦めて首に腕を回してくれる。
 息継ぎをしながらの長いキスも、ずいぶん上手くなった。

「大好きです、先輩。……だから早く、結婚しましょうね?」
「ンンッ……!ま、前向きに検討します……」
「……ダメって即答しなくなっただけ進歩ですけど、早くしないと大きいお腹でバージンロード歩く羽目になりますからね?」

 柔らかいラグマットにそっと彼女を押し倒しながら笑いかけると、みるみる顔が赤くなっていく。触れた素肌が熱いのは、酒のせいだけでなないだろう。
 隼人も彼女には他の誰にも見せたことのない姿を晒しているが、彼女のこんな潤んだ瞳もこの先に見る痴態もすべて隼人だけが知っているものだ。
 そして、今後誰にも見せるつもりもない。
 
「……隼人くん、大好き」
「俺もですよ、先輩」

 恋をするつもりなんてなかった。

 過去形にできて、本当によかった。

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