体操のお兄さん 第一体操 1~3

第一体操の1 悪の組織からお邪魔します


  『――よかろう、では、お前に任せる。速やかに日本を手中に納め、我らのモノにしてしまうのだ!』
 『ははっ! 吉報をお待ちください! 必ずやご満足頂ける結果を御覧に入れましょう! 我らが総統閣下に栄光あれ!』
 
 
 なーんて大見栄を切って日本にやって来たものの、財布の中身を確かめた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「とうとう軍資金が底を尽くぞ……」
財布には漱石が3枚。通帳の残高はすでにゼロ。さらに、今週中に家賃を払わないと追いだされる未来が大家から宣告されている。
「ど、どうしよう……大事な拠点が……ルガルム日本支部が維持できない、と言うより、俺のカラダも維持できないぞ……」

「ルガルム四天王」の一人であり、日本征服を任されたルガルム日本支部・支部長「鋼鉄のゼラン」ともあろう俺が、貧苦の前に無残なる敗北を喫しようとしている。
『総統閣下! ワタクシであれば最小の力で最大の成果を上げて御覧に入れます!』
って言ったら本当の本当に「最小」で仕上げなければならない事になるとは思っても見なかった。

派遣されたのは俺一人だけ。直接つき従う戦闘員ゼロ。故に組織力は「最小」
武器、俺の肉体のみ。つまり、戦力も「最小」
軍資金、当面必要になるであろう最低限の生活費(拠点入手費用も込み)と言う財力だって「最小」だ。

下積みの戦闘員からあれよあれよと出世して四天王の1人に選ばれ、敬愛する総統閣下の横に並ぶことを許されたのは3年前。
『総統閣下、A国の支配、終了致しました』『でかした、サロヌ』
『総統閣下、B国の利権、奪い取りました』『嬉しいぞ、シシュフ』
『総統閣下、C国の大統領、配下にしました』『さすがだな、スレイ』
他の将軍たちが着々と実績を積みあげている中、俺一人だけ抜擢されてからの3年、めぼしい報告を行えていなかった。

総統閣下は何もおっしゃらない。
度量の大きな御方ゆえに言葉でアレコレ細かい指摘などなさらない。本当に懐の大きな素晴らしいリーダーである。
だが、総統閣下の寛大さに甘えて何もしていないのではないか? 
「ゼラン殿、聞くところによるとおぬしの出身地の昔話に三年寝太郎なるおとぎ話があるらしいのう?」
「すると、お前は4年目も寝太郎になるつもりか?」
「戦闘員たちをトレーニングすることにかけては一目置いているけど、お前の仕事はそれだけかい?」
三将軍たちが言葉の槍を突き刺してくる。
将軍としても四天王としても、この程度の働きぶりでは配下に示しがつかないのでは? と視線の矢を射かけてくる。
総統閣下に気にいられ、わずかな期間で昇進してしまった俺へのやっかみや嫉妬心もあるのだろう。
三将軍は俺の代わりに自分の子飼いを将軍に付けようと虎視眈々、席が空くのを舌なめずりをして待っているのだ。
弱肉強食は組織の外だけじゃなく中でも行われている。

………ヤバイ、このままでは、ヤバイ……。
そんな俺の危惧は、すぐに現実となった。

『総統閣下。恐れながら、ゼラン殿を将軍になされましたが見込み違いだったのでは? 
実績らしい実績がまだ一つも聞こえてこぬでは、同じ将軍として私も恥ずかしゅうなって参ります。
……ところで、私の下にソリルと言う腕の立つ者がおりまして、この者を一度閣下に見ていただきたく……』

 盗み聞きなどするつもりは無かった。
招集を受け幹部会議の部屋に入ろうとしたら、シシュフの声が耳に届いてしまったのだ。

「閣下! お待ちください! 私が! 私が日本を手に入れて参ります!」
これ以上シシュフの話を総統閣下の耳に入れてはいけない。部屋に入るや否や、俺は閣下に申し出た。
けれど、これは確たる準備や計画があった訳では無い。ノープランなのに勝手に言葉が出てしまった。
総統閣下や幹部の前に飛びこんだ勢いで、その場だけの「耳ざわりの良い発言」が全員に響き渡った。
「ほう? 堂々とよう言うた。なんぞ考えがあるのか? ゼラン殿」
シシュフが眉を寄せて俺を睨んだ。横やりを入れられたせいで言葉にも目にも怒気がこもっている。
「もちろん。ただ、事は秘密裏に運ぶのが我らの常套。この場では明かせません」
「……吾輩もこれから日本を落とそうと思っていたのだが」
サロヌが苦虫を噛んだような顔になった。
「サロヌ様、その役目、私におゆずり下さい」
「せめて少しくらいは計画のあらましを総統閣下にお聞かせすべきじゃぁないかい?」
スレイが総統閣下に同意を求めるように顔を少し上げた。
「…………いや、しかし……」中身など無いのだから何も言えない。
冷や汗が流れた。
この辺で俺は冷静さを取り戻したと同時に、勢いに任せて大口を叩いてしまった、と悔やむ気持ちが湧きだして来た。
けれど、今更「あれは嘘です」など口が裂けても言えない。
寛大なる総統閣下も嘘は裏切りとみなして厳しく処断されるだろう。
なので、

「最小の投資で最大の効果を上げる。これこそが我がプランの要約、とだけ申しましょう」

アドリブにしてはなんとか恰好の付く発言だったな、と胸を撫で下ろす。

『ならば、ゆけ。お前に任せる』



――――それから3か月

 「くそっ! 今日はいつものバイトくんじゃなかったからオマケしてくれなかったぜ。畜生っ」
残りわずかな軍資金であっても腹が減っては戦も何もできぬ。
手に提げたビニールの袋には『スパイシーからあげちゃん』と缶ビール。おにぎりが3個。これは夕飯の代わりでもある。
いつものバイトくんだったら
「お兄さん、今日もかっけーっすね! からあげちゃんオマケしちゃいますぅ!」
って2個は足してくれたのだが、今日は不愛想なおばさんが立っていた。何と言う不運だろう。
5個ぶんの値段で5個しか入れてくれなかった。
バイトくんの人の良さが改めて身に沁みる。ああ、そうだ、今度うちの戦闘員として迎えてやろう。給料もコンビニよりは良いし
福利厚生もバッチリの超ホワイトな悪の組織だから、きっと喜んでくれるだろう。
「それに引き換えあのオバハンはダメだ。サービス精神の無さは悪魔の所業に等しいぞ。俺が日本を手に入れたら真っ先に再教育してやる。まずはスクワットを5セットと腕立てを――」

「ああーっ! ちょっとちょっと! そう! 君だよ! 君! ちょっと待って!」

なんだ? このオッサンは声を俺に掛けているのか?
ルガルム日本支部である『呪霊荘』……もとい、『寿礼荘』の部屋に戻って、早くからあげちゃんをつまみながらビールを飲みたいのだが。
「何か用か?」サングラスをかけたサーモンピンクのスーツの男だ。
「キミィ! 良いね! 良いよぉ! 超いい! まさにうってつけぇ!!」
うるさいし、ぎゃぎゃん喚くし、俺はこういう奴が大嫌いだ。
「っるせぇっ!」
バキィッ!!
思わず拳を街路樹にぶつけると、太い幹に拳の跡と幾つものひびが入った。
「うわひゃ! って、すんごぉ~い! 君、見た目通り超強いのねぇ~!」
「何だぁてめぇ? まだ俺につきまとう気かよ?」
ビニール袋をそっと下ろして指をバキバキ鳴らしてみせる。
「いえ! いえいえいえ! ちょっと待った! タンマ! タンマですよっ!」
男は懐からサッと名刺を出して俺に渡した。どの指にも金の指輪がされていて、成金趣味が正直ケバい、キモい。

【日の出テレビジョン 番組制作統括責任者 河豚野 独男】

「かわぶたの? どくお?」
「フ・グ・ノ、と申しますよ! フ・グ・ノ!」
「で? 河豚野さんが俺に何か用っすかぁ~?」凄く嫌そうに睨んでやった。
「ちょ! ちょっと! そんな目でみないでよぉ~! ねぇ、お兄さん? テレビに出てみる気は無い?」
「は? テレビ?」
「そそ! ワタクシ、日の出テレビの番組制作の責任者、まぁ、プロデューサーってのをやってる訳よ。
でね、新番組の出演者を探してたんだけど、イマイチ誰もピンと来なかった訳! 
でもね! 今、そう、まさに今! ピーンと来たの! あなたに! 君に! YOUに! だからねぇお願い! 是非協力して! お願い!」
スカウト? マジでスカウトですか。
でもコイツ、自称プロデューサーっつってるけど、ホンモノか? 偽プロデューサーじゃないのか?
「あ~! な~に~? なぁに~? 君ぃ! 信じてないって目をしてるぅ~! じゃぁ、来てちょうだい! ワタシは本物のプロデューサーだ、って証明してあげるから!」
「いや、俺、これから夕飯兼晩酌のビールを……っておい!」
河豚野は素早く道路わきに待たせていたタクシーを呼び俺をシートに押し込み、ドライバーに目的地を告げた後は携帯であちこちへ電話しまくっていた。
「おお! 俺の! からあげちゃんが! 俺のビールがぁ!」
ハッと気がつきゃなけなしの金で買ったスパイシーからあげちゃんとビールとおにぎりは、はるか後方の街路樹の根元に置き去りに。
何と言う事だ。俺の軍資金は残り2000円しかないんだぞ!


 河豚野の声を上の空で聞き流している間に、タクシーは日の出テレビに到着した。
いや、本当にテレビ局に来るとはね。
警備員に対し顔パスで通る河豚野に驚く俺を引っ張り込んで、ビルの中の一室に座らされた。
「はい! 一応履歴書! 一応書いてね! 面倒だけど一応! んでもってこれが契約書! 一読したら一応サインだけちょうだい!」
何だ何だ? 履歴書ぉ?
まごつく俺の前にアフロの男が立った。
そして、真っ赤な口紅の女も立った。
「鮭腹(サケハラ)ちゃん! 伊倉(イクラ)ちゃん! お任せするわ! 彼をカッコ良く仕上げちゃってちょうだい~!」
「OKボス!」「了解であります!」
ブラシとヘアアイロンとプロ仕様のカットハサミをザザザッと俺の頭に当てる鮭腹。
そして、ファンデーションをまぶし、ペンシルでアイラインを描いたら唇にグロスを塗った伊倉。

「おおー!」
「うわぁ~!」
鮭腹と伊倉が俺を見て固まっている。

「何? ど、どうなったんだ俺!?」
訳も分からず河豚野に詰め寄る。

「スゴイわ! やっぱワタシの目に狂い無し! あなた! 超イケテルわ! これなら番組にもバチンとはまるし、
視聴者への訴求力も期待できるわよ!」
疑問の眼差しを鮭腹と伊倉にも向ける。
「本当にボスの言う通りです。凄く決まってますよ」
「ほんとね。ちょっとしか弄って無いのに、ここまで化粧映えするなんて」
「? ……はい?」
どうやら褒められているようだ。鏡を向けられ覗き込んだら、アクション俳優かファッションモデルみたいになっちまってる俺が映っていた。
「こ、これが、俺?」
「そうね! そうね! あなたね! 上質な原石は、少ししか磨かなくていいのよね! じゃぁ、今度は
コレに着替えて! はい! こっちで、衣装に着替えてみて! たぶんサイズは合うと思うから!」
衣服の入った紙袋を渡され、隣の部屋に追いだされた。
ドアは一つしかない。着替えずに出ようものならフグ野郎がぎゃーぎゃー喚くだろうから、仕方なく袖を通してみた。


 「素晴らしいっ! 超、お似合い! 超、サマになってるわ!」
「ええと、この衣装って……」
着替えてさっきの部屋に戻った。河豚野の目がこれでもか、というくらい大きくなった。
タンクトップにロングのジャージパンツ。だけど、少し小さめで太ももやヒップラインがハッキリ浮かぶ。
鋼鉄のゼランともあろう者が何が悲しくてこんな恰好をしてるんだ。これじゃぁまるで――
「『体操のお兄さん』にぴったり! 見込んだ通りの良いカラダよね!」河豚野郎は鮭腹や伊倉と手を組んできゃっきゃと浮かれている。
何がそんなに嬉しいのやら。
「状況を分かってらっしゃらないようですので、私からご説明させて頂きます」
「ぬお!? お、俺の背後を取った、だと?」気配を全く感じなかった。凄腕のアサシンかよ?
「驚かせてすみません、私はこう言う者です」

【日の出テレビジョン 番組演出 鰯田 群司】

「イワシタ、と申します。いわゆるディレクターと言われる類の仕事をやっております」
影のように地味なジャケットを羽織った40代くらいの男がぺこりと頭を下げた。
「うちの上司がいきなり引っ張ってきたようで、まことに申し訳ありません。順にお話いたします。こちらへどうぞ」
「は、はぁ……」
鰯田ディレクターは誰もいない静かな会議室に俺を導き入れた。
「実は、間もなく春の新番組がスタートすると言うこの時期になって、急きょ欠員が生じてしまったのです。
それは、番組のメイン出演者になる予定だった人物でした」

鰯田さんの説明をまとめるとこうなる。
日の出テレビジョンでは春からスタートする新番組の一つに、健康的な生活を提案するヘルス&ビューティー番組を立ち上げた。
河豚野プロデューサーは優秀なスタッフを招集するだけではなく、自らオーディションの陣頭指揮を取って出演者を吟味し採用。なんとか期日までに準備万端整えた。
ところが、だ。
メインコーナーに出演する「体操のお兄さん」役の人が「他にやりたいことが見つかった」と、辞退を申し出た。
そして、引き止める周囲の声も聞かず海外に出発してしまった。
よりによって明日が放送と言う間際になって。
「明日!? 明日放送ですか!」
「ええ。生放送の番組なのです。ライブ感を売りにした内容で放送すると各方面へ告知は済んでいました。後戻りできないんです」
しかし、メインの出演者が居なくなったとなると他の企画での穴埋めどころか、生放送そのものが難しい。
プロデューサーは四方八方手を尽くしたものの、代役になれそうな人物は見つからず、いたとしてもスケジュールの都合がつかなかった。
大ピンチも大ピンチのプロデューサー。事は河豚野個人の責任だけでは済まなくなる。すでにスポンサーも付いて、
予算も結構食いつぶしている。スタジオに仕込むセットだけでも莫大な費用が掛けられていた。
「あなたに出会う前、プロデューサーは私に電話をして来たのです。最後の希望も潰えた。もう私はダメだ、と」
一縷の望みをかけて一度は拒否された人物の元へ、直談判に向かった河豚野。
しかしその人物からも、
『俺、明日の朝から群馬でのドラマ撮影入りますんで、物理的に無理っすよ。せっかくの大河なんで。どっちが大事かなんて、俺に言わせないで下さい』
とうとうダメだ、もうおしまいだ、鰯田ディレクターに万策尽きたと電話を入れた直後、通りかかった俺を見つけたらしい。
「ですから、あなたの事情や都合も聞かず、ここまで引っ張ってきて誠に申し訳ないと思います。ですが、
初回だけ、一回だけでも構いませんから、どうかご協力頂けませんか?」
「得体の知れない俺みたいなのを採用しちゃっていいんですか? 一回だけだとしても」
「構いません。あなたさえ良ければ。たった一回で出演者が変わったとしても理由なら後付けでいくらでも作れますし。
どうか我々を助けてもらいたいのです」
ディレクター鰯田が席を蹴ってガバッと土下座をした。その姿に、必死さに、胸を打たれた。
いいのかなぁ? 俺、あんたらどころか日本を征服しに来た悪い奴なんですけど。
いや、やっぱダメだろ。
悪の組織の四天王の1人が、「体操のお兄さん」デビューなどしようものなら、他の将軍たちになんて言われるか。
ましてや総統閣下から不興を買うような事があったら、俺、組織に戻れないじゃん!
ルガルム日本支部の支部長としても安易に引き受けるべきでは無いだろうし。
「……いや、だけど、俺は、そう言われても――」

――ググゥ~~~

腹の虫が盛大に鳴った。さっきコンビニで買った夕飯を食べられなかったせいだ。お金が乏しいからこの一週間、一日一食生活で耐えてたことも原因としてあるかも知れないが。
「おや、夕飯がまだだったのですね? では――」
鰯田ディレクターはただちにカツ丼、天丼、寿司、うな重、と出前を頼んで俺の前にずらりと並べた。
「どうぞお召しあがり下さい」
美味そうに湯気を立てるご馳走の数々。こいつぁニオイが、た、たまらんですよ!
しかし、コレを食っちまったらもう断れないんだろ? 逃げ道を失くし引くに引けなくなっちまう。 
じゃ、じゃぁ、食べちゃダメだ……うう、凄く食べたい……けど、が、我慢するぜ……。
俺は、こう見えて、お前らを支配しようと企んでいる悪の組織の大幹部様だぜ? 
美食の○問に負ける訳にゃいかねぇ……よ、涎が、溢れて、止まらないぜっ! ジュルルルッ!

「それと、ギャラなんですが、引き受けて頂けるのでしたら前金としてこちらを」
封筒が寿司と天丼の間からすっと突き出され俺の前に置かれた。
一応中身を確認すると
「じ、10万っ!?」
「はい。番組が無事に放送できましたらさらに10万円お渡しできます」
これだけありゃ、家賃が払える! 日本支部から追い出されずにすむ! 残りでしばらく食いつなぐこともできるぞ!
「……わかりました。お引き受けしましょう。ですが、一回だけ、ですよ?」
そうだ。これは活動資金を頂く、いや、奪い取る一つの方法なのだ。悪の組織の幹部らしい濡れ手に粟、なやり方だろう。
「ありがとうございます! ええ! ええ! 一回でも! とにかく明日の本番に穴を開けるのが回避できれば、それだけで十分です! ……で、お名前は何と?」

「俺の名はゼラン。鋼鉄のゼランだ」


 第一体操の2へ続く

フォロワー以上限定無料

ネタ見せやお知らせ、無料公開作品を閲覧する事が出来ます。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

限定特典から探す

記事を検索