こぐまクッキー 2024/02/23 00:04

【SS】相互の陰キャオタクくん・SS【前日譚】

みれいたそがこねこさんと出会う前、ただのフォロワーだった頃のお話。

※ 他作品のキャラクター・日高八千夜くんがガッツリ出てきます。


 家から予備校までの道のりを歩いているとき、おれはこの世で一番孤独を覚える。

 家から電車で10分ほど、無心で脚を動かす。ヘッドホンを取ると、冷え切った夜の空気にパチンコ店の喧騒、人混み、いろんなものが混じりあっては一瞬で消えていく。ヘッドホンから流れていたアニメのオープニング曲がまだ耳の奥に残っている感覚がまだある。予備校の看板はギラギラとしていて、その雑居ビルに虚ろな目をした浪人生たちが続々と入っていく。その後学生服を着たグループが笑いながら同じく雑居ビルの階段を登って行った。おれは、前者だ。虚な目をした浪人生。いつも心のどこかに焦燥感を抱いている、高校生でも大学生でもない何か。そしてその虚しさとか寂しさを埋めるために誰かと一緒にいることを選ぶわけでもなく、ずっとひとりぼっちで授業を受けている社会不適合者。

(ああ、またこの人愚痴ってる)

 参考書の詰まったリュックを降ろし、誰も隣に座って欲しくないので隣の席を荷物置きにする。
 教室の後ろ側の席。授業が始まる前、菓子パンを食べながらおれはスマホをいじっていた。
 ーーハンドルネーム・こねこ。こねこさん。
 おれはこの人が結構好きだったりする。
 もちろん異性としてじゃなく、単純に、シャベッターで観測していていいなと思う人だった。特別変なことを言うわけでもなく、うるさくもなく、ただ淡々とその日あった嫌だったことや良かったことを呟いているだけ。変に着飾ったりするでもない、その、本当の意味での日常生活の延長線がなんとなく癖になった。
 当然そんな面白くない人を、誰もフォローしない。おそらく数人の身内っぽい友人しかフォロワーがおらず、インターネット経由で知り合った(と言ってもただフォローボタンを押しただけだが)人はきっとおれだけだ。
 こねこさんについて知っていること。会社員。年はアラサーくらい。性別は女。会社が嫌い。キラパラオタク。キャラはぽるるが好き。たまにゲームやってる。猫が好き。時々カフェに行ってる。キラキラした日常はあんまり見られない。たまにネイルしてる。手が綺麗。……最後だけ、キモいな。
 サクサクとしたメロンパンはチープな味わいだ。口の端っこに少し砂糖がこびりつく。舐め取ってから、甘い缶コーヒーで流し込む。ずいぶん栄養の偏った夕飯だな。お母さんのお弁当はありがたいけど、毎日お弁当を食べるのはなんだかしんどかった。こうして、スマホ片手に気楽に食べる方がここでは居心地が良いのかもしれない。
『エレベーターで上司と二人きりになったらコロナ明けたら飲み会行きたいですねとか言ってきて一瞬で死にたくなった。一生明けるな』
『お局様がワイにだけ無言でお土産の菓子置いていって草。自分泣いていいスか?w』
『ニチアサアニメの録画失敗してアラサーなのに朝からポロポロ泣いちゃった』

「…………ふふ」
「あれ十和田くん何かいいことあったん?」
「ひぇっ!? な、なんでもないですけどなんなんスか……???」
「や、だってめっちゃやさしー顔してたよ?」
「そ、んなこと、ないですけど」

 一瞬、心臓が飛び跳ねてドッ! と痛いくらい鼓動した。
 同じ浪人生の男子だった。話したことはほとんどない。おれは半年近くこの予備校で誰かとコミュニケーションを取っていないのだ。
 おれのインキャ剥き出しの反応にも臆せず、陽キャ(仮)は「カノジョっしょ?」とニコニコ話し続ける。やめてくれよ、おれにカノジョなんているわけないのわかってるだろ。これだから陽の者は苦手なんだ。
 陽のコミュニケーションからどうにか抜け出したくて「や……違います……」と必死で声を振り絞ると、運良く教師が予定時間よりも早く入ってきてくれた。……優しい顔ってなんだろう。


「とーわーだーくん」
「……日高」
「ウェイ」

 予備校の授業が終わり、そのままそそくさと帰り支度をする。古びた階段を降りていって駅まで歩こうとするも、黒いパーカーを着た男に呼び止められた。
 怪訝な表情を作るおれに構いもせず、日高八千夜ーーいかにもカースト上位らしい存在、腹立たしい陽キャ男ーーは手をひらりと上げて合図する。

「何してんのー」
「予備校から出て来たの見てただろ」
「朝からやってんの? えらいねー」
「まあ日高くんと違って大学落ちたからね」
「十和田は外部受験じゃん。俺内部進学だし」
「……今日は家で勉強してて、夜から授業だった」
「フーン」

 自分から聞いてきたくせに、日高はあまり興味がなさそうだった。煙草を燻らせては煙を夜闇に吐き出す。予備校の近くのパチンコ屋、日高八千夜はよくここに出没する。日高とおれは同じ中学だった。中高一貫校の男子校、なので6年間ずっと同じ学校だったのだ。
 日高は内部進学で私立大学へと進み、今は大学1年生。かたやおれは息巻いて国立受験したものの、失敗に終わった。その頃にはもう内部進学は絶望的だったし、私大に進む気も起きなくて、結局1年間の浪人生活を選んだ。


「それよりさー肉いこうぜ肉。俺今日勝っちゃったから気分いいんだよねー」
「やだよ、おれ肉そんな食えないし……」
「お前焼肉行くと冷麺ばっか食うよなあ」
「日高が油っぽい肉ばっかり頼むからだろーが!」
「まじインキャな、お前」
「うぐ……肉に陰も陽も関係ないでしょ。……あ」

 スマホの通知が鳴る。シャベッターの通知音だ。

「あ…………」

 こねこさんがあなたの呟きをいいねしました。
 すぐにタップして確認すると、さっき授業終わった後になんとなく投稿した呟きをこねこさんがいいねしたみたいだった。(別にただの日常呟きなのに)なぜだか心がソワソワする。だってこねこさんは、おれのゲーム攻略コメントとかアニメ実況コメントにはあんまり反応しないのに、こうしてたまにどうってことない日常コメに反応してくれる。その度に、ああミュートはされてないんだなって、安心してしまう。

「女?」
「ちがっ! 違うけど!?」
「はは、ぜってー女っしょ」
「ぐぐ……」
「どんな女?」
「だから違うって……相互フォロワーだよ」
「あーネットね」

 ネット、と呟いた後、フン、と鼻で笑う。
 そんな日高があまりにもムカついたから、おれはつい大人気なく喋ってしまった。

「こねこさ……その人は、アラサーくらいの社会人で、優しくて」
「へー年上なんだ。顔は? 美人?」
「や、知らないけど、美人……なんじゃない?」
「知らねーのかよ」
「知るわけないだろ! だってただの相互なんだぞ!?」
「え何? そんな顔も姿も知らない人にあんな嬉しそうな顔してたん?」

 まただ。また言われた。
 今日って陽キャに絡まれる日なのかな。
 日高は短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んで「じゃーね」とまたひらりと手を挙げた。なんて勝手な奴なんだろう。これだからカースト上位リア充陽キャは……。

「……日高」
「んー?」
「おれどんな顔してた?」
「んー……」

 少し間を置いた後、おれの方に向き合った。

「好きな女から連絡きた中学生みたいな顔」
「は……はぁ!?」
「ぷっはは、その顔ウケる。じゃーな」

 今度こそ日高は雑踏の中へと消えていった。

「……なわけあるかよ」

 おれの所在なさげな呟きはパチンコ店と、行き交う人の音で消えていった。

 「…………」
 真っ直ぐ家に帰って風呂に入って、すぐにベッドに入る。眠りに就く前にスマホをいじっちゃいけないのはわかってるけど眠るギリギリまで触ってしまうのはオタクの性だ。
 気が付けば、いつも心のどこかにある焦りとか挫折感みたいなのが、今日は薄まっている。こねこさんは相変わらずアニメとか漫画の話をしていた。それはおれに向けられたものじゃないけど、どうしても話し相手のように思えてならないのだ。
 ーーこの人といつか、ちゃんと話してみたいな。
(何言ってんだ、おれは)
 勉強ばかりで疲れていて脳がバグってるのかもしれない。
 おれはスマホに充電ケーブルを差し込んで枕元に置いた。明日もまた、変わらない日常が待っている。勉強して、ネットして、勉強して、勉強して……。
 それはこねこさんも同じなんだろうな。
 そう考えたら、心が撫で下ろされるように軽くなった。なんでだろうね。


(終了)

さらっと出しましたが、みれいたその本名は「十和田美礼」です。
八千夜(他作品キャラ)と同じく、都内私立の中高一貫男子校で育ちました。内部進学できる付属校だったけれど、国立大学に進みたくて受験→失敗、1年間浪人しています。ガチガチの理系男子で、理数系科目が得意です。
きっと国語系苦手なんだろうなーってイメージです。本読むのも挫折するし……。
1年間浪人して無事志望校合格しました。なので八千夜の1学年下ですね。

よく考えたらサクラ・八千夜・みれいは同い年……!?!?

1件のチップが贈られています

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

記事を検索