【SS】サクラくん誕生日SS
サクラくん、お誕生日おめでとう!
生まれてきてくれてありがとう。
◇
「……あ」
その日はたまたま、会社の飲み会があった。大きな仕事が終わったので居酒屋で打ち上げをしていたのだ。
俺は余りワイワイと話すのが得意じゃないから、隅っこの方で黙って出されたものを食べていたんだけど、事務のおばさんや先輩たちが気を遣ってくれたのか話かけてくれた。笑顔を作ることで必死で、ありがたいけれど、少し疲れた。
夜。一応暦上では春だけども未だ冬の空気が残ったいまの季節、深夜ともなるともう真っ暗で街灯の灯りだけが頼りだった。風が吹いて俺の熱った頬を冷やしていく。
コンビニに寄って暖かいコーヒーを買う。飲み会の料理だけじゃちょっと物足りなくて、つまみになる物とか明日の朝ごはんなんか色々買ったら2000円以上かかってしまった。コンビニで散財するのって貧乏あるあるらしい。でも今はスーパーは空いてないからしょうがない。そうこうしているうちに日付が変わった。
3月9日。
俺はこの世に生まれて21年経過したらしい。
「…………」
ちら、とスマホをみた。音も光もないそれは手の内でひっそりと佇んでいる。
少しだけ期待していた。でもあいつは日付が変わるころには寝ていることが多いから。きっと、明日の朝、元気なメッセージが届いているだろう。
スマホをポケットにしまって、ホットコーヒーをちびちび飲みながらアパートまでの道のりを黙々と歩く。古びたアパートの、老朽化が進んでいるであろう階段をなるべく音を立てないよう登っていく。かん、かん、深夜のせいか、音がやけに響いた。
「ただいま」
誰も呼応することがないって分かっているのに、つい声をかけてしまう。誰にだ、自分にか。孤独で過ごしてきた自分の癖がちょっと恥ずかしい。
「おかえり」
「えっ?」
そもそも明かりがついている時点で分かったことなのに、酒に酔っていたせいか全く気が付かなかった。
○○はもう一度
「おかえり、サクラくん」
と、控えめな笑みを浮かべた。
「な……んで?」
「ごめん、合鍵使っちゃった」
「い、いいよ、それは……」
まさか○○がいるだなんて思わなかったから、心臓がいやにバクバクしている。合鍵は、ずいぶん前に渡したっきりだ。使ったのは今回が初めてだと思う。
「あ……それ」
丸いテーブルの上に、卵サンドやチキンなんかが置かれていた。
あ……と、言葉を漏らす前に○○が慌てて口を開く。
「今日サクラくん仕事忙しかったの知らなくて! ごめん、サプライズしたかったの。メッセージ入れればよかったね……」
「○○……ごめん、今日打ち上げで、飲み会行ってた」
「大丈夫! 明日あっためて食べよ、ね?」
そうして、慌てるようにサランラップをしたお皿を冷蔵庫に入れていく。
「……サクラ、くん?」
「今、食べるよ」
「え、でも、結構量が」
「ちょうど腹減ってたんだよ」
「……サクラくんがいいなら、いいけど」
「○○は、食べたの?」
「ちょっとだけ」
きっと俺のことを待ってあんまり食べないでいたんだろうなあ。
そう考えたら、胸がはり裂けそうになった。
「……いた、だきます」
「うん」
やけに緊張していた。
本当は嬉しい、と即座に感じるべきなのに。俺はなぜだか緊張と不安と、焦りで心臓が高鳴っていた。やけに居心地が悪い。それはきっと、俺が今まで、誕生日に……こんなふうに、祝ってくれる人が、いなかったからで。
「さ……サクラくん……」
気がつけば俺は、卵サンドを頬張りながら涙をこぼしていた。
こんな美味しいサンドイッチは生まれて初めて食べた。
「うぐ、う……美味しい、美味しい。……はは、なんでだろ、涙が出てきて……」
「疲れてるんだね、いっぱい作ったから、いっぱい食べてよ」
「うん、うん……」
涙で口の中がしょっぱかった。拳で目を拭うと、○○も向かいに座ってサンドイッチや唐揚げを頬張っている。昔、こういうのをテレビでみた。家族でお祝いする『普通の』誕生日会。美味しい食べ物、ジュース、暖かい家族。一年に一回だけの特別な日。
「美味しいね」
○○が、心の底から安堵したような腑抜けた笑みを浮かべている。
「美味しいよ」
美味しいっていう気持ちを共有できる喜び。それがあるだけで、俺はきっと、一生生きていける気がする。
「余ったら明日の朝、食べよ」
「うん」
「ケーキもあるから、一緒に食べようね」
「うん」
「……サクラくん、ほんとにこんなのでよかった?」
「うん、これが、最後の晩餐でもいいくらい」
「バカ!」
俺の冗談に、○○が吹き出した。少しだけ咎めるみたいに唇を尖らせて
「何度だって、作ってあげるから」
「……」
「最後だなんて、嘘でも言っちゃダメだよ」
うそじゃないのに。
俺は最後の夜も、お前といたいよ。
「……ごめん」
「うん」
ふふ、ふふふ。腑抜けた笑みが、俺たちを包み込む。
こんな夜更けだから、大笑いはできなかった。
それから俺たちは、その日あった他愛無いことを話しながら、飯を食った。ケーキは入り切らなくて、明日食べることにした。
「今日、一緒に寝よっか」
「うん……疲れて眠い」
「お疲れ様、サクラくん」
そうして俺たちは、一つの布団に2人で縮こまりながら眠った。
現実と眠りのはざま。グラデーションみたいな感覚。そんなときに、俺は変な夢をみた。花畑の中に幼い俺と○○がいて「いつか××しようね」と言い合っている。空には鳥が飛んでいて、澄み渡るような青空が広がっている。それがやけに印象的で、終わりのない夢の中に、ずっと浸っていた。
起きてもきっと、一人じゃないって分かっているから。
俺はやっと、安心して眠ることができる。まるで赤子のように、人生に希望があるって疑うこともしないで。
3月9日。
俺は21歳になる。
新しい1年が始まって、そのほとんどを○○と過ごしていくだろう。
そうやって、幸せへと、一歩一歩と。歩いて行っても……いいのかな。
「サクラくん、いいよ」
夢の中の小さな○○が、そう微笑んだ。気がする。
◇
「……サクラくん、もう寝た?」
返事の代わりに、すうすうという規則正しい寝息が聞こえてきた。
サクラくんは、まるで胎児みたいに丸まって寝るくせがある。子供の頃何度か一緒にお昼寝したけれど、その時からずっと代わっていない。
もう2時を過ぎていて、眠い筈だけどなんとなく眠りたくないようなそわっとした気分だった。サクラくんは仕事と飲み会があって疲れているのだろう、ものの数分で眠りに就いた。
「サクラくん」
少しだけガサガサしているけれど、細くてきれいな髪の毛。ああ、後ろっ側が跳ねている。寝ぐせのまんまだ。
「おやすみなさい」
当然だけど、返事はない。けれど隣で息づいているサクラくんがいるだけで私の心は満たされていた。
「いつか、結婚したいな」
ポツリと呟いた自分の言葉が、シンと静まり返った部屋にこだまする。……なに言ってるんだろう、私。子供じみた、夢物語みたいな言葉。でもサクラくんが聞いたらきっと大喜びしてくれるんだろうな。
21歳の、少年少女から一歩踏み出しただけの若者が。結婚だなんてそんなの、夢みたいな話だ。夢。まだ手の届かない場所にある曖昧なこと。
私はサクラくんと別れる気は毛頭ない。まだまだ先のことだって分かっている。それでも……いつか。いつかの話だけど。
「いつか、結婚しようね」
今はこの言葉だけでいいの。
いつかの約束だけで、私は……わたしたちは、ずっとずっと頑張れるんだから。
おやすみ、サクラくん。
誕生日おめでとう。
2024/3/9
「執愛幼馴染」八ッ橋サクラお誕生日記念SS
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