【SS】ホワイトデーの八千夜くんとオネーサン
大遅刻ホワイトデーSSです!
八千夜くんって喧嘩の理由が半々くらいの時までは素直に謝れるけど、100自分が悪いときはほんとに謝れなくなっちゃいそうでかわいいね~
◇
「じゃあもう何もいらないから」
「は? ……なにキレてんすか」
「もう八千夜くんと話したくないなあ」
「え……ちょ、〇〇」
「…………寝るなら、お客さん用の布団あるから。そっちで寝てよ」
「冗談だよね?」
「冗談じゃないよ」
オネーサンの、珍しく素っ気なく冷たい声色に、俺はただ狼狽えることしか出来なかった。
心臓がいやな感じに鼓動を刻んで、3月の夜らしい冷たい空気が頬を切っては身体を冷やしていった。なのに、身体の芯だけは奇妙に燃えているみたいだった。電車に乗ってからすぐにメッセージを送る。いつもはすぐ返ってくるのに、待てど待てど返事はなかった。人気の少ない車内で、ただガタガタと車両の揺れる音だけが俺を急かしている。
その日俺たちは、付き合ってから初めて喧嘩らしきことをしてしまった。
「それで……家出てきたの?」
「そうだけど」
「うわ……」
言葉の通りだ。ギスった空気のまま沈黙が走り、終電の時間が差し迫っていたのでそのまま帰宅した。
それからオネーサンとは、連絡らしい連絡は取れていない。
「それで……LINEの既読も?」
「ついてねーよ」
「…………」
十和田が変な顔をしている。きゅっと眉根を寄せて、目を凝らしているような。理解しがたいものを見ている顔だ。
ていうか、そもそも俺はなんでコイツに恋愛の愚痴を言っているのだろうか。ここはイオンのフードコート。どこにも行く当てがなかったので地元のイオンに寄ったら、コイツがいそいそとゲームコーナーにいたので、やることもなかったので話しかけたのだ。素っ頓狂な声をあげて俺の顔をジッとみては「なんだ、日高か……」と、はぁ、と溜息をついた十和田にじんわりと腹が立った。なぜこんな、女児がやるようなゲームに夢中になっている大学生陰キャオタクくんに話しかけてしまったのだろう。
しかし、昼時だったし、こうして流れで一緒に飯を食っている。
「なんで俺とお前でイオンで飯食ってるのかねえ」
「話しかけてきたのはお前だろ……全く、これだから陽キャは。自分勝手で、彼女も大事にしないで……」
「っせえな、女出来たことない十和田くんに言われたくないんだけどー?」
「お、おれにもカ、カノジョ、いるし……」
「ほんとかあ? どうせネットだろ」
「ち、ちがう! ほんとに会ったし、今も連絡してるし……」
消え入りそうな声で、十和田はモゴモゴしながらクレープを食べている。なんでこんなのに説教されなきゃなんねーんだよ。まったく……苛立ちを募らせながら俺はハンバーガーを食べていた。てか昼飯にクレープチョイスするのってどうかと思う、女子か?
基本的に受け身な十和田だが、この日はなぜだか色々と積極的に会話していた。
「そもそも、なんで喧嘩したの」
「や~…………それはな~」
「…………」
「…………」
沈黙。俺は口火を切ることが出来なかった。
そんな俺を見て、十和田はぼそっと呟いた。
「どうせお前が悪いんだろ」
「…………」
「日高って、口悪いし。態度も悪いし。性格も悪いし」
「そうです~~~俺が100悪いんです~~~~」
はぁ、とデカい溜息を吐く。
そう。俺が悪い。
俺が照れ隠しに、オネーサンが料理が下手なことを揶揄ったから。オネーサンは一生懸命作ってくれたし、不格好だったけど全然不味くなかったし、いっぱい練習してくれたの知ってるのに。『もういいよ』オネーサンの突き放したような諦めの言葉が脳裏を反芻する。また、憎まれ口を叩いてしまった。そして……
「〇〇のこと傷付けちゃったーーー…………」
俺ってほんと、駄目な男だ。
ハンバーガーの包装紙をぐしゃぐしゃにしてトレーの上に放る。どうしたらいいか分からなかった。今まで余り喧嘩らしきことをしたことがなかったのは、全部オネーサンが許してくれるからだ。けど今回、初めてオネーサンが怒っている。こんな時どうすればいいのか、俺には分からなかった。
「謝ればいいじゃん」
「それな」
「分かってるじゃんか……」
そう言って、クレープの包み紙を折りたたんでいく。
そうなのだ。謝るほかなかった。
「でも俺、どんな顔して会えばいいかわかんねーよ。十和田ならどうする」
「え……わかんない」
「わかんないのかよ」
「だっておれこねこさ……カノジョと喧嘩したことない」
「あっそ」
じゃあな、とトレーを持って席を立つ。十和田が引き留めることはなかった。
そのままフードコートを後にして、モヤモヤした気持ちを抱えながら家に帰る。「……」そのままキッチンに向かう。冷蔵庫には一応一通りの材料があった。お返し用のケーキを作る材料として用意したものだ。
「…………あー、あーあーあー!!!!」
「八千夜うるさーい」
「……ちっ、すんませねえ~」
キッチンで奇声を発していたら、姉貴に怒られた。気持ちのやり場がない。どうしたらいいんだ。料理の件で喧嘩したのに、手作りのお返しをするのはいかがなものか。かといって買ったものを渡すのも忍びない。
「くそーーーもう一週間連絡取ってねぇよ…………」
こうしている間、どんどんオネーサンとの距離が空いていく気がして嫌だった。愛想つかされたらどうしよう。そんな風にネガティブな感情が渦巻いていって、いつの間にか俺はベッドの上でぼうっと天井を眺めていた。
(〇〇も、こんな気持ちなのかな)
一週間、言葉を交わさないだけで、俺は焦っていた。〇〇に会いたかった。……寂しいっていうんだろうな。これは。
「会いたいです」
……いや、いやいや。恥ずかしいだろコレは。
文字を打っては消し、打っては消しを繰り返していく。
「……あッ」
既読。スっと、その文字が、メッセージの右端に浮かんだ。
〇〇が俺のメッセージを見た証拠だ。その瞬間を見てしまった。今俺とオネーサンは画面越しに繋がっていた。
「いま通話できる?」
急いでメッセージを打つ。すぐに既読になる。しかし1分経てど返信が返ってこない。「も~~~~…………」なんなんだよ。俺のメッセージ見てるくせに。1分も返事に迷うなって!
1分が鉛のように過ぎていく。1秒が、長い。気晴らしにインスタとか見てればいいのに、それも出来なかった。いまこの瞬間俺の心は〇〇に握られているのだった。
ブルル、とスマホが震える。〇〇からの着信だった。いつも3コールくらいで取るのに、今日は絶対逃げられたくないからすぐに出る。
「もしもし」
「……なにか用事?」
いかにもな、不機嫌そうな声だった。
もしかしたら……もう機嫌善くなっているかもしれない、なんていう甘い考えは消えていった。
「あ……仕事中だった?」
「ううん、終わった」
「あーーー……や、最近……連絡なかったから」
「……」
「心配、しただけっていうか」
「……あっそ」
「なにしてた?」
「仕事して、帰って寝るだけ」
駄目だ。なにを話しても、〇〇の態度が軟化することはなかった。
本当はもっと上手いことやれる筈なのに。うまくできねえ。独りよがりなのは分かっているけど……
「今どこいんの」
「え……仕事帰りで、駅の近く」
「じゃあそこで待っててよ」
「な、なんで」
「会いたいから、会いにいく」
「はぁっ!? ちょ、いま21時だけど!」
「20分くらいで行くから、ちゃんと待っててよ」
通話を切ると、俺は急いでスマホをポケットに捻じ込んで駐輪場まで駆け込む。そのまま夜道を自転車で駆け抜けた。駅まで何分かかるだろう。この道をずっとずっと真っすぐ進んでいけばいいハズだ。――もう帰ってしまっていたらどうしよう。そう考えると心臓がぎゅうっと締め付けられた。全速力で漕いでいるせいか酸欠で頭が痛くなってきた。
風が頬を切って冷たい。
なのに体の芯はしきりに燃え続けていた。
一度も止まることなく、駅前までやってくる。21時を過ぎてもなお、人通りは多くて自転車を停める場所もない。自転車を手押ししながら〇〇の姿を探す。駅にはそれらしき女性の姿はない。近くのカフェにでも入っているのだろうか? ドっ、ドっ、と心臓がいやに鼓動を繰り返す。
見当たらないのでメッセージを送ろうとした瞬間、
「八千夜くん」
声をかけられる。
パッとスポットライトが当たったみたいに、そこだけ違う場所に見えた。
「こっち」
〇〇は飲み物を手に取りながらベンチに座っていた。その姿を確認して安堵した瞬間ドッと疲労感が押し寄せてくる。
〇〇が立つ気配がなかったので、自転車を横に停めてベンチに座る。
「帰ったのかと思った」
「まさか」
「……急にごめん、どうしても……会て話したかった、から」
「だからって、家から走ってきたの?」
「そう、チャリで爆走してきたの。バカみてーだろ」
「うん……」
手に持ったカップをキュッと握る姿が、なんだか儚く見える。
「あーーー……」
勢いに任せて行動に移したはいいものの、こうして顔を突き合わせてしまうとどうにも照れてしまう。恥ずかしい。後悔の念が湧いてくる。キモいって思われたらどうしよう。
などと考えていたら。〇〇が先に口火を切った。
「年甲斐もなくさ、嬉しく思っちゃったよ」
「え……マジ?」
「まじ」
「……なら、いーですけど」
ぽりぽり頭をかいていると、○○は心なしか嬉しそうにはにかんだ。
「だって、ちょっと喧嘩したくらいで、自転車で会いにきてくれるなんてさ。誰にもされたことないよ」
「……ふーん」
「なんか映画っぽいね。あれ、あれだよ、ジブリのさ……」
「あーもーハズいからやめてくださいって……」
「なーんか八千夜くんって、せいじくんに似てるよねえ? 素直になれないとことか、女の子に意地悪するとこも」
「もーーー……って、こんなこと言いにきたんじゃねぇんだよ。……ご、」
「うん?」
「ご、……ごめん、あの時」
「……」
「○○のこと、傷つけた」
街灯に照らされた○○が俺を見据えている。
その顔立ちはいつもより幾分か大人びて見えた。
「バレンタインのとき……俺、手作りで貰えるなんて思ってなくて。だから、余計に浮かれちゃってて」
「……なに、唐突に」
「いいの、最後まで聞いて」
〇〇が訝しむように答えるけど、俺は黙って次々と話を続けた。
「いつもみたいに、憎まれ口叩いて、オネーサンのことイジって……その、……俺が悪いのなんて、分かってんだよ。謝りたいって、思ってるし」
「……うん」
「でも、謝るの、なんか怖くて。オネーサンが怒ってるとこ初めて見るから、余計に。……LINEも未読スルーされてるしさあ」
「だって……怒ってたもん」
「う゛……ほ、本当にごめん。ああいうのもう、やめるから……」
尻すぼみになっていく言葉が情けない。
○○を真っ直ぐ見ることもできなくて、○○がどう思ってるのか考えると怖くて仕方なくて。ああ俺ってやっぱり臆病者だ。あの時から変わらない。人の気持ちが見えなくて怖いんだ。同じ気持ちでいられないことに、耐えられない。
「怒ってたよ! でもね、そんなの忘れちゃった」
はぁ、とため息をつく。でもその端々は通話した時よりずっと穏やかだった。
ふふ、と腑抜けた笑顔を浮かべる○○に、俺はいつの間にか心の底から安堵していた。
「彼氏がこんな必死になって、全力で会いにきてくれて、そんな気持ち消えちゃった」
「許して……くれるの?」
「もちろん」
「あーーー……」
「ど、どしたの? 頭痛!?」
「ちげーよ……」
「わっ!?」
街中でこういうことするカップル、前はめっちゃ嫌いだった。まさか俺がこうなるなんて思ってもみなかったけど。ちょっとだけ気持ちがわかる。
「幸せ噛み締めてんだよ」
腕の中に包まれた○○が恥ずかしそうに呻き声をあげる。
縮こまっている姿がどうにも愛おしくて、またぎゅう、と力を入れて抱きしめた。
「会いたかった」
「……私も、会いたかったよ」
○○がそうぽつりと呟く。たった一言、同じ気持ちでいれたことが嬉しくて、1週間溜め込んだ不安と寂しさが溶けていく。身体がじんわりと暖かくなって、今が3月の夜だってことを忘れてしまいそうだった。
ああなんかもう、俺ってバカみてーにこの人のこと好きなんじゃんか。
2024/3/17