じゃが 2024/06/10 19:00

親友に告白されて試しに付き合ったら大好きになっちゃった話2(♡ありver.)

 響子が引越していったあとの数日はあまりにも悲しくて、小春は自分の部屋に引きこもっては一日中泣き続けた。入学式も始まっていない大学は全く行く気がせず、中退してフリーターをやりながら東京で響子と暮らそうなんてことを本気で考えていた。
 しかし実際に学校が始まってしまいえばそんな甘えたことを言っていられる余裕もなく、長すぎる授業に多すぎる課題、新しい友達作りにサークル選びと、悲しんでいる暇もなく日々が過ぎていった。
 とはいえ響子への連絡は毎日欠かさず行っており、響子の方からも毎日欠かさず連絡がくる。なんだかんだ充実した毎日を過ごしていて、会えない寂しさも忙しさでだんだんと埋まっていき、毎日のメッセージのやりとりや電話で会話するだけでじゅうぶん幸せを感じることができた。
 そして大学生の長い夏休み。お互い部活やサークルがあるためずっと一緒とはいかないが、それでも今まで全く会えなかった日々を思えば贅沢に感じるほど一緒に過ごすことができた。それでも別れの日は寂しくて、また冬休みまで会えないかと思うと新幹線東京駅のホームで小春は大号泣してしまい、周りからの視線を集めることになった。響子は必死に小春をなだめながらも、新幹線が駅を出発してからメッセージで『正直、小春があんなに泣いてくれて嬉しかった』などと送ってきて、小春は再び車内でぐすぐすと涙を流すはめになった。

 傍から見れば小春の感情は完全に恋愛のそれであったが、小春自身は未だに親友と恋人の線引きが自分の中でできないでいた。
 しかし距離が離れていても、学校で様々な人と関わりあっても常に心の真ん中にいるのは響子だということで、自分の感情が恋愛の方に確実に傾いている自覚はあった。
 響子のことを胸を張って好きだと言える日がもうすぐだと思うと毎日が楽しくて仕方なかった。
 いつ自分から告白しよう。せっかくだから、付き合った日に自分から告白しなおそう。場所は響子に好きだと言われたあの教室だったらロマンチックなのではないか。小春はそんな浮かれた妄想を毎日しながら、部活の合宿で忙しいという響子と会えなくなってしまったつまらない冬休みをどうにか乗り越えた。
 そしてあっという間に年が明け、冬休みが終わり、授業が始まる。
 その頃からだった。小春が響子に違和感を持つようになったのは。

 まずは、毎日欠かさないようにしていた連絡が途絶えるようになった。だんだんと返信が遅くなり、まだおやすみも言っていないのに返信がこない。そして次の日のお昼頃、「ごめん、寝落ちしてた!」というメッセージが入る。初めは響子も疲れているのだろうと気にしていなかったのだが、その回数が増えていくとさすがの小春もイライラすることが増えてきた。

『そんなに忙しいなら連絡控えた方がいい?』

 小春にとっては嫌味のつもりだった。ごめん、と一言謝ってくれればそれでよかったはずなのに。

『そうだね。小春に申し訳ないし、その方がいいかも。ごめんね。時間がある時はこっちからちゃんと連絡する』

 このメッセージがきっかけに、響子と小春のメッセージは途絶えてしまった。時間がある時に連絡すると言ったのにそもそも連絡はこない。そして小春からもなんとなく連絡しづらく、通知のないスマホを眺めては溜息をつく毎日となった。

「小春ー。最近内緒の恋人とはどうなってんの? 前はうるさいくらい惚気てたのに、最近あんま聞かへんけど」
「え。いやー⋯⋯普通普通! 特に変わりないから話すことないねん!」

 友人には、恋人が同性であることをあえて言ったりはしていない。引かれるとまでは考えていなかったが、言っても反応に困るだろうと思って内緒にしていた。

「ふーん。冬休みは向こうが忙しくて会えへんかったんやろ? 喧嘩でもしたんちゃうん?」

 小春はいつも自分たちがラブラブで喧嘩もしたことない、と調子に乗って自慢して回っていたので友人もそれを冗談のつもりで言ったのだろうが、今の小春にはその言葉がぐさぐさと刺さってうまく返すことができない。そんな小春の様子を見て友人の涼子は何かを感じ取ったのか、「ほんまに大丈夫?」と眉をひそめた。
(言いたい⋯⋯相談して楽になりたい⋯⋯でもどこから説明すればいいんやろ⋯⋯)

「実は⋯⋯変わりないのは嘘で⋯⋯その⋯⋯」
「え、もしかしてほんまに喧嘩したん?」
「喧嘩ではないねんけど⋯⋯向こうが忙しいから、毎日の連絡はなしにしようって⋯⋯」
「まじ? まあ小春の彼氏って確か〇〇大学やもんな。レベル高いし、課題とか忙しそう。しかもサークルやなくてガチのバスケ部やろ? そりゃあ夜はスマホ触る暇もなく寝落ちやろうな」

 彼氏、という言葉に小春は引っかかったが、今はそれをぐっと飲み込む。

「そうやねんけど⋯⋯めったに会えへんのやし、メッセージくらい返してくれてもよくない? というか、好きやったら連絡したくならへんの? っ、もしかして、飽きられたとか⋯⋯」
「気持ちは分かるけどちょっと落ち着きーや。ていうか小春、恋愛の好きか分からへんとか言いながら普通にむっちゃ好きやん」
「⋯⋯そう、なんかな」
「ただの友達にそこまで切羽詰まらへんよ、普通は。知らんけど」
(響子が、好き)

 普段なら最後に疑問符がつく問いかけが、この日はなぜか妙に腑に落ちた。

「相手が他の誰かと付き合うことを想像してみたら? どう?」

 もし響子が、自分以外の人と手を繋いでいたら。そんな想像をするだけで、黒い感情が、一気に小春の中に広がっていく。

「あはは! 想像だけでそんな顔になるんやから、好きかどうか考える必要もないわ」
「え、ウチ、どんな顔してたん!?」
「鬼みたいな顔」

 涼子が両手で目を吊り上げ、口の端を大袈裟に上げて鬼のようなものの真似をする。そんな顔がおかしくて、小春は口を開けて大笑いする。

「まあ、そんな気になるんやったら会いに行ってみれば?」
「会いに?」
「そ。サプライズで。『来ちゃった♡』ってやつ。自分で言っといてなんやけど、古っ!」
「迷惑にならへんかな?」
「どうやろうな。迷惑に感じそうな相手なん?」
「うーん。たぶん、大丈夫?」
「じゃあ一か八か行ってみたら? 会って話せば案外すっきりするかもしらん。あかんかったら、一緒にスイーツビュッフェ行ってやけ食いしよー♡」
「それ自分が行きたいだけやん。行くけどー」

 小春の胸にあった暗くて重いものが、スッと軽くなるのを感じた。いつか涼子に響子を紹介したらどんな反応をするかな、と想像を膨らませていると、小春のスマホが振動する。画面を見ると、待ちに待った彼女の名前が表示されていた。急いでメッセージを見てみると、『一人暮らし始めたよ!』の文字と、響子らしく無駄な物がないスッキリとした部屋が写った写真が送信されていた。

「待って! 一人暮らし始めたって連絡来た!」
「まじで!? タイミング良すぎやろ。これはもう行くしかないやん」
「うん!」

 春子は急いで響子に住所を聞くメッセージを送り、明日の新幹線の時間を確認する。

「明日は授業お昼までやから、それから準備して新幹線乗ればいい感じの時間に着きそう!」
「明日行くん!? 行動力すご」
「だってもう、タイミング神すぎるやろ? この勢いで行かな、また色々考えちゃいそうやし」

(そうや。別に予定が会わへんくても、普通にこっちから会いに行けばよかったんや。そしたら響子が忙しくても前より会える)
 久々に響子に会える喜びで、この日の残りの授業はほとんど小春の頭に入っていない。
 にこにこと浮かれて花を飛ばしている小春の隣で、涼子は呆れ顔で溜息をついた。



 平日とはいえ東京は人が多い。小春はその人波に流されそうになりながら、乗り換えアプリを何度も確認しつつ響子の家へと向かう。
 着いた場所には小さいけれど小奇麗なマンションがあった。小春は響子に教えてもらった部屋番号の部屋へ行き、どきどきと心臓を鳴らしながらインターホンを押した。
 誰も出ない。部屋を間違えていないか確認してから、もう一度インターホンを押すがやはり応答がない。
(まだ部活かな⋯⋯。そういえば響子のスケジュールなんて全く知らんもんな)
 一度マンションを出て周りを確認する。もうすでに日は落ちており、春とはいえ夜になると少し冷える。小春は一度最寄りの駅まで戻り、そこのカフェで一息ついた。

『今日って何時頃家に帰るん?』

 とりあえずそれだけメッセージを入れて返事を待つ。
 しかし、待てども暮らせども返事はこない。返事が遅いのはいつものことだが、知らない土地で周りに知り合いもいないとなると、とたんに不安や寂しさが大きくなってくる。
 サプライズだから今日小春がここにいることを響子は知るはずもない。それは分かっているのに、既読もつかないメッセージ画面を見ていると苛立ちや悲しみが募っていく。

 しばらくうだうだと時間を潰してから時計を見ると、もう夜の十時を過ぎていた。この店も十時半には閉店するらしく、もう店内に小春以外の客はほとんどいない。メッセージアプリを確認するも、未だ既読マークもついていない。
 粘ってみたが、結局十時半になっても既読はつかず、店を出るしかなかった。行く当てもない小春は、とりあえず響子のマンションへと戻る。明るかった時間と違って、同じ道なのに夜は別の景色のように見えて、この道が合っているのかさえ分からない。小春は不安に泣きそうになりながらも、どうにか響子のマンションへとたどり着く。部屋の前にいたら不審者だと思われそうだったので、マンション前で待つことにした。メッセージを確認するがやはり既読はついていない。

「⋯⋯響子のあほ」

 スマホの画面が涙で滲んで見えなくなる。ぽたりと一粒画面に落ちた時、少し離れた場所から女性二人の話し声が聞こえてきた。その声が近づいてきて、小春ははっと顔をあげる。
(響子や)
 響子は以前会った時より、服装も雰囲気もずいぶん大人っぽくなっていた。そして隣にいる友人であろう女性も、そんな響子にぴったりのおしゃれで今時な女性。小春はとっさに、顔を見られないよう二人に背中を向けた。響子は小春に気付かなかったようで、そのまま二人でマンションの中へと入っていく。そしてしばらくすると、二人の声は部屋の鍵を閉める音とともに全く聞こえなくなった。
 小春はしばらくマンションの前で固まっていた。これから自分がどう行動したらいいかも分からない。もう一度メッセージアプリを確認しても、まだ既読はついていなかった。
(どうしようどうしようどうしよう)
 心臓がばくばくと嫌な音を立てる。
 ただの友達。きっとそうだと思いながらも、小春はなかなかそれを確認する勇気が出ない。

『今日も忙しい?』

 しかし、時間はとうに二十三時を過ぎていた。響子の家に泊まらせてもらおうと考えていたためホテルの予約もしていない。このままでは東京で野宿することになりかねない、と、震える指でメッセージを送信した。すると数分後、小春の手の中のスマホが震えた。
『ごめん! 気づかなかった!』 
『今ちょっと忙しいから返信遅れる』

 続けて来た二件のメッセージに、小春の視界がまたじわりと滲む。自分との連絡より、あの友達の方が優先だと言われたように感じた。

『どうしても今日話したい。時間作られへん?』
『どのくらい?』
『わからへん』
『十分くらいなら大丈夫』

 十分という数字に思わず乾いた笑いが出そうになるが、『わかった。じゃあ今からでええ?』と送信。『わかった』と返信がきたところで小春は覚悟を決め、マンションの中へと入った。
 響子の部屋の前に立つ。先ほどよりも、緊張は幾分かましだった。
 インターホンを押すが、すぐに応答はなかった。このインターホンはカメラが付いているから部屋の中から外を確認できるタイプだ。今部屋の中で自分の姿を確認して、疑問に顔を歪める響子の顔が容易に想像できた。
 中から足音が聞こえてくる。そして次にがちゃりと、鍵が開く音。

「小春⋯⋯?」

 ずっと会いたかった。視線が交わったのはいつぶりだろう。画面越しにお互いの顔は見ていたけど、やっぱり映像とは違う。久々に見た彼女はやはり前より大人っぽくなっていて、大学生活を満喫しているのが見ただけでも分かった。そんな彼女に対して、何も変わっていない自分が余計惨めに思えた。

「響子⋯⋯」
「こ、小春⋯⋯どうしてここに⋯⋯」

 戸惑いしかない表情。普通に考えたら予想外すぎてこの顔になるのも分かるのに、今の状況だと自分が来たらまずかったのかとでも思ってしまう。たまらなくなって目をそらすと、響子の体の隙間から写真で見たあの部屋が見えた。そしてその部屋の真ん中に、先ほど見た女性が座ったままこちらの様子をうかがっている。そして手には、コンビニでもよく売っているパッケージだけでも甘そうな缶チューハイを持っていた。

「会いに⋯⋯来た⋯⋯あかんかった⋯⋯?」
「え!? そういうわけじゃないけど、それならそうと前もって言ってくれれば――」
「だって響子、いっつも忙しい言うて返事もくれへんやん」
「そ、それは⋯⋯」
「響子の返事待ってたら、いつまでも会われへんやん!」

 我慢していた涙がまた目から零れ落ちる。大好きな人に会えて幸せなはずなのに、なぜ自分は今日こんなにも泣いているのか。それを考えれば考えるほど、また涙が流れていく。

「⋯⋯それに関してはごめん。でも小春、とりあえず中入りなよ」
「⋯⋯あの人、誰なん」
「え? ああ⋯⋯えっと、いとこだよ」
「いとこ? へえー、そうなんや」

 自分の予想以上に冷たい声が出た。友達ならまだ分かるが、いとこなんて言われても、もう少しましな嘘があるだろうとしか思えなかった。さすがの響子も、小春の声色にムッとしたようだった。

「何その言い方。あの人に失礼でしょ」
「ウチのことは放置で、あの人のことは庇うねんな」
「ねえ、小春、どうしたの? あんた今日なんかおかしいよ?」
「あのー⋯⋯二人で話したいだろうし、あたし今日は帰るよ」

 険悪な二人を見かねてか、部屋で座っていた「いとこ」の女性が立ち上がって玄関まで来た。

「そんな。もう時間も遅いし、危ないですよ」
「大丈夫だって。もう、響子ちゃんは心配性だな~。ほらあなたも、家入りな」

 我が物顔で響子の家に居座る女性、そしてそんな彼女と響子の仲良さげなやりとりを見て、小春の中で何かがぷつん、と切れた。

「小春っ!」

 気付けば小春は走り出していた。マンションを飛び出し、当てもない道をひたすら走る。しかし、運動が苦手な小春はすぐ体力が切れてしまい立ち止まる。肩で息をしながら周りを見渡すと、全く知らない景色が広がっている。
(どこや、ここ⋯⋯)
 いよいよ今日の寝床が怪しくなってきた。とりあえず漫画喫茶、もしくはビジネスホテルでも探そうとスマホの画面をつけると、響子からの着信が三件入っていた。メッセージも数件きているようだったが、ホーム画面で見られるのは『今どこ?』の一件のみ。その通知を見ていたら、また涙があふれてくる。どれだけ泣いたら気が済むんだと自分にツッコミを入れながら通知を全部消す。そして、今日の寝床を検索⋯⋯ではなく、とある場所へと電話をかけた。

『もしもしー? どうしたん?』
「⋯⋯涼子⋯⋯うぅっ」
『え、なに、泣いてんの?』

 深夜、知らない土地、恋人とは喧嘩中。そんな心細い状況で涼子の声を聞くと、一気に安心感が広がっていく。

「うわあぁぁ⋯⋯もうそっち帰りたいぃ⋯⋯⋯⋯」
『⋯⋯もしかして、喧嘩したん?』
「うん」

 電話の向こうから盛大な溜息が聞こえてくる。

『何で、って聞きたいところやけど、あんたもしかして、今外?』
「うん」
『泊まる場所は?』
「知らん⋯⋯」
『⋯⋯⋯⋯念のため聞いとくけど、自分が今どこにおるか分からへん⋯⋯ってことはないよな?』
「⋯⋯⋯⋯知らん」

 またまた盛大な溜息が聞こえてくる。

『彼氏に連絡して迎えに来てもらえ。喧嘩はその後や』
「無理。知らん女が家におった」
『はあ!? なんやそれ、気色悪っ!』

 涼子は口が良い方ではない。小春は涼子のそんなところが少し苦手だと思うところもあったが、今の状況だと自分の言いたいことを代わりに言ってくれているようですっきりする。

『うーん⋯⋯じゃあ近くで満喫かビジホ探した方がええな。スマホで検索した?』
「まだ」
『じゃあ早く』
「うん」

 涼子に指示されると、少しだけ心が落ち着いた。一度スマホから耳を離し、漫画喫茶を検索する。ここから二十五分程度あるけばあるようだった。次にビジネスホテルを検索。こちらは漫画喫茶よりも、もう少し近くにあった。

「満喫は結構歩くけど、ビジホはまあまあ近いかも」
『じゃあビジホ行こ。それまで電話繋いどくから』
「ありがとう。涼子は優しいな」
『そんなん今更や』
「早くそっち帰って、涼子とスイーツビュッフェ行きたいわ」
『それな。あの時は冗談のつもりで言ったのに、ほんまになるとは思わんかったわ』
「涼子って、優しいけど気遣いはできひんよな」
『あ、電波悪くて電話切れそう~』
「うそうそ! 冗談やって!」
「――小春!!」

 後ろから急に腕を掴まれ、小春は思わずスマホを地面へ落としてしまう。静かな夜の住宅街に、カシャン! と不快な音が響き渡った。

「やっと見つけた⋯⋯」

 おそるおそる振り返ると、息を切らしている響子と目が合う。小春にしては頑張って走ったつもりだったが、土地勘もない上に運動部の響子にはすぐに追いつかれてしまったようだ。

「なんかよく分かんないけど、とりあえずいったん家に帰って話し合おう? もう夜も遅いし」
「い、嫌⋯⋯あの人がいるとこに帰りたくない⋯⋯」
「っ⋯⋯何でそんな我儘言うの? 急に来たのはそっちじゃん!」

 響子の言葉に、小春は弾かれたように顔をあげる。響子もまずいことを言ったと思ったのか、気まずそうな顔をして「ごめん」と一言呟いた。

「⋯⋯響子の言う通りやと思うで。ウチが秘密で勝手に来たんやし。だから気にせんといて。ウチももう帰るし」
「帰るって⋯⋯もう新幹線ないでしょ? どうやって帰るの」
「響子には関係ない」

 小春がぴしっと言い切ると、辺りがしん、と静まり返る。そんな中、足元から『小春!? 大丈夫!? どうしたん!?』という涼子の声が小さく聞こえてきて、スマホを落としたままだったと思い出す。しゃがもうとしても響子は手を離してくれる様子はなく、「スマホ拾えへんから離して」と小春が言うと、響子はしぶしぶその手を離した。

「ごめん、スマホ落とした」
『もーびっくりしたやん!! 小春が誰かに襲われたかと思って⋯⋯』
「心配してくれてありがとう。そういえば涼子、明日予定空いてる? さっき言ってたビュッフェ、明日行こうや!」
『それは別にええけど⋯⋯大丈夫? 今そこ、誰かおるんちゃうん? なんか声聞こえてたけど』
「あー⋯⋯」

 小春がちらりと目線をあげると、響子が無表情で自分のことを見下ろしていた。その目は見たこともないほど冷たくて、小春の小さな背中が少しだけぞくりとした。

「その、言ってた人」
『え? 彼氏?』
「まあ⋯⋯そんな感じ」
『いやいや! 何で彼氏を前に私と話してんの! ちょっと電話切るわ、気まずいし』
「い、嫌や! お願い、切らんといて――!」

 その瞬間、小春の耳からスマホが引き抜かれる。あ、と思った時には響子が小春のスマホを耳に当て、「もしもし? 失礼ですがどちら様でしょうか?」と涼子に話しかけていた。

「ちょ、何してんの! 返して!」

 響子は小春よりも七センチほど背が高い。今日は小春もヒールを履いているのでもう少し距離は縮まっているはずだが、それでも手を伸ばしてもうまくかわされてしまう。

「私は小春の恋人です」

 声は聞こえないが、そっちこそ誰やねん、とでも聞いたのだろう。
 しかし、涼子は小春の恋人が男だと勘違いしている。響子の言葉を聞いて、混乱を極める涼子の顔が小春の頭に浮かんだ。

「いえ。私は女ですけど」
「やめて! 返して!」
「⋯⋯小春に彼氏?」

 じろりと響子が小春を見下げる。別に悪いことは何もしていないのに、その鋭い視線に小春はたじろいでしまう。

「どういうこと?」
『小春ー! どういうことなん!?』

 二人に挟まれ小春は頭を抱える。何をどこから説明したらいいのか、小春の頭ではさっぱり分からなかった。

「え、えっと⋯⋯」

 とりあえず涼子には恋人は男ではなく女だったと説明すればそれで解決する。でも響子の方は? 友達に説明するのが面倒だったから男ということを否定しなかった、なんて言って、傷つかないだろうか。そもそも今は喧嘩中で、もはや別れる、という選択すらちらついていたのに、どんな顔して説明すればいいのだろうか。
 小春がぐるぐる迷っていると、突然スマホから聞こえていた涼子の声がぶちっと途切れる。見てみると、響子が通話を終了させたようだった。

「ちょっと、何勝手に――」
「彼氏ってどういうこと?」

 凍えるような冷たい目。涼子がいなくなったことにより縋る人もいない。小春をどんどん恐怖感が支配していく。

「もしかして今日急に来たのって⋯⋯彼氏ができたから別れるって言いに来たわけじゃないよね?」
「⋯⋯え」
「初めの頃言ってたよね。もし好きな人ができても逃げずに言うって」
「そ、それは⋯⋯言ったけど⋯⋯でも違う! 彼氏なんてできてへん!」
「じゃあさっきの子?」
「へ⋯⋯」
「明日ビュッフェに行くんだよね? 東京から帰ったその日に一緒に遊ぶなんて仲いいね」

 絡まった糸はほどけるどころか、どんどん複雑に絡まっていく。小春の頭はもうパンク寸前で、何も思考できなくなっていた。

「涼子は⋯⋯ただの友達で⋯⋯」
「うん」
「大切な⋯⋯友達で⋯⋯っ」

 冷たい表情をした響子の顔が、どんどん涙で滲んでいく。小春の脳の容量が、もう限界を迎えていた。

「涼子さんが大切なの?」
「⋯⋯うん」
「すごく?」
「⋯⋯うん」
「⋯⋯私より?」
「え⋯⋯――っ!」

【 基本プラン 】プラン以上限定 月額:200円

前回と同じく、♡喘ぎver.の方も淫語はありません。

月額:200円

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