「男になってきます!!」と言い残して家を飛び出した姪が怪しい組織にクリトリス拡張されてきたんだが
旅行の途中に事故に遭い、弟夫婦が死んでから十年。遺された姪を引き取った私は、彼女のために脇目も振らずに努力してきた。
その甲斐あって美しさだけでなく、当意即妙な受け答えをこなす賢さ、話し相手を楽しませる明るい心根──伯父である私の贔屓目を引いても、我が姪、メイ・オズボーンはどこに出しても恥ずかしくない、魅力的な令嬢になったと自負している。本当に。
ただ──陽気で異性とも気軽に話していた弟と違い、陰気で書物に向かっていた方が気楽な私にとって、家に魅力的な令嬢がいるということは非常に気疲れしてしまうものである。
その日も、夕食後の書類整理を行っているうち、いつの間にか書斎に入り込んだメイが書類に手を出したところを発見したことをきっかけに、口論になってしまっていた。
「そんな寝不足でふらふらしてる伯父様より、女であろうとたっぷり眠らせていただいてご飯ももりもり食べさせていただいている私のほうが仕事の能率もいいに決まってるじゃないですか! 伯父様の助けになりたいんです、ずうっと伯父様のそばにいますから! ここまで育てていただいた恩を返しちゃダメってんですか!!」
「お前は女の子だろう! 乱暴な言葉遣いをするな! それにお前を養育したのは家族として貴族として当然のことだ、つまらないことは忘れて伴侶となる若者でも探してこい! そもそも書斎に勝手に入るな、書類を触るなと前から言っておいただろう! 言いつけを守れないような子供が、恩を返すなどと偉そうなことを言うんじゃない!」
商人の家に生まれ、必死の勉強により王宮に勤められるようになり、とうとう官憲庁の機密書類を納める第九資料館の住み込み管理人を任せられるようになった私だ。メイを信じていないわけではないが、彼女が書類を汚してしまったら……責任を取るため、我々二人しかいない一族を滅せられる程度では到底償いきれない罪状だろう。
しかし、メイは小さなことを拾ってぐちぐち言い出した。
「伯父様いっつもそれですよね! あたしがなにしても叱責の一言目にはまず『女だから』って!! じゃあ私が男だったら、伯父様も文句がないってんですか!」
売り言葉のような言い方に、私も思わず返してしまった。
「あぁそうだな! お前が男だったら私も安心して仕事の手伝いも頼めたし、立派な後継ぎにもなっただろうな!」
しかし実際、お前は魅力的な女性なのだから。だから──なにかを口走ってしまうその時だった。
「じゃあちんこがありゃあ私を伯父様のお手伝いにしてくれるって言うんですね! ちんちんさえあれば伯父様のそばにずうっとおいてくれるってんですね!! 男と女の違いってけっきょくそこですからね!!! 股間についてるモノで区別するなんて、あたしこんなに伯父様の事想っているのに。伯父様の……伯父様の、伯父様、この石頭ァア嗚呼あああああああ!!!」
メイが大声で言った単語に気を取られてしまい、言いかけたことを忘れてしまった。
「ちっ……女の子が大声で、そんなことを口に出すものじゃない! はしたない!!」
それを口に出した時には、もう間に合わなかった。メイは書斎にかけていた私の外套を引っ掛けて廊下を走っていった。
「ちくしょー! そういうなら私、いや俺ちょっくら男になってきます!」
それだけ言い残し、メイは家を飛び出してしまった。
家を飛び出したメイと再会したのは、思っていたより早かった。
巷を騒がせている宗教団体、「ハルモマフロダイト」。男女両方の特徴を持つ神を崇めて、異なる属性を持つ人々の調和へ導くことを教義にしている、穏健な宗教団体だ。
しかし、彼らの内部に、「我らの神のすばらしさを、もっと知らしめる必要がある」と考え出した一派が発生した。
いままで行ってきた彼らの布教活動として、彼らの神を地上に広める──つまり教会で悩める人々が来るのを待ったり、彼らの神を絵画や文章に書き起こし、世の人にその素晴らしさを説くような布教活動では足りないとして、各地で少年少女をかどわかし、彼らの神として作り変えようという一派が現れたのだ。
ハルモマフロダイトの上等司祭であるヘルマ氏は、その一派を危険視し周囲の官憲、身分を問わず民衆にその一派のリーダーであるサルマキアの顔写真を公表して注意喚起を図った。
しかしヘルマ氏が全面的に協力している捜査であるにも関わらず、サルマキアの尻尾はつかめず、身体を改造されて無残な姿になる少年少女が発見されるばかりである。
捜査だけでも大変なのに、ヘルマ氏とサルマキア間のつながりを示唆する証言も行われ、官憲庁ではヘルマ氏をマークするために人員、時間を割かれ……私の住む資料館でも過去の記録を総ざらいする為に下を上への大騒ぎだった。
そうこうしているうちに新しい被害者が発見され──命は無事に助かったその被害者が、メイ・オズボーンと名乗ったのだった。メイが家を飛び出してから、わずか三日後のことだった。
三日ぶりに会った姪は、疲れ切った様子で頬がこけ、目の下は隈で真っ黒で──それでも、無事に生きていた。両手両足、どれもつながって生きている。
「あは……伯父様だぁ……♡」
私の姿を認めると、ベッドから起き上がりこちら側へ向かってきた。周りの看護人が制止しようとしても、彼女は私の方へまっすぐ歩み来る。
「メイ──」
私は、そんな様子のメイを──自然な様子で、抱き寄せることができた。私が異性に苦手意識を持っているとか、メイが妙齢の魅力的な令嬢だとか──そんなことは関係なく。
ただただ、無事に生きて帰ってきてくれたことが嬉しかった。彼女の姿を克明に実感しようと、自分から手を広げて抱き寄せ、抱きしめる。
ぎゅっ。
「……」
彼女の腰あたりと、胸に違和感を感じて、たぶんここがハルモマフロダイトに改造された部分なんだろうなと思う。ハルモマフロダイトに改造手術を受けた被害者の多くは遺体となって帰ってくることも多く、おそらくメイがそうなっていたら私は正気ではいられなかっただろう。
これからは性別などと言う些細なことを気にせずに、もっと素直にメイに気持ちを伝えよう、そう思っているとメイに小さな何かを渡された。
「……これは?」
メイに聞くと、彼女は小さく囁き返してきた。
「私が、彼らに受けた肉体改造実験の記録映像です……♡」
ハルモマフロダイトが実際に行った肉体改造実験の記録映像。貴重な記録を、私はすぐに庁官に提供しなければならない。
しかし、その前に私が一度目を通さなければならない。もしも映像の中でメイが貶められていたら──。面白おかしく受け取られるような暴言をぶつけられていたら。庁官に注意を促して、メイに好奇の視線を向けられないように配慮しなければ。二人っきりの家族なんだ、メイを守るのは私しかいない──その一心で、仕事が終わるまで記録映像を隠し持ち、居室に戻ってメイを寝かしつけてからその横で映像再生機器を引っ張り出す。
光も音も最小限にして、メイの横から離れたくないが記録映像も早く見たい。その矛盾を解決する為に布団を再生機器の上にかぶせ、音や光が漏れ出ないようにしてから私は再生機器を起動させた。
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