羞恥好き。 2024/05/17 15:30

S級ダンジョンへ。

王国1のギルドに併設されている酒場で1番単価の高いつまみである、レッドボアのジャーキーをしがみながら、不快な喧騒が止むのを待っていた。



 しかし、どれだけ待てど喧騒が止むどころか、どんどん騒がしくなってくる。

 いい加減怒鳴ってやろうかとそちらに目を向けると、勇者パーティー御一行がこのテーブルに向かってくるのが見えた。



「こんにちは。あなたがS級シーフのドリーグさん?」



 こちらに話しかけてきたのは勇者ネルビアだった。きっと、無表情であれば見られただけで心臓が止まるような美貌は、親しみのある笑顔でより魅力を増していた。



「あぁ、その通りだぜ勇者様よォ。なんか用かい?」



 俺は、小心者故死ぬほどビビり散らかしている心を押さえつけながら、そう皮肉げに応える。



「おっと、自己紹介は必要なさそうだね。じゃあ、手っ取り早く話をしよう。──────仕事の依頼だよ。」



 遠くから、俺のため口を咎め叫んでる女騎士の声を無視して、勇者は可憐なウィンクをしながらそう言った。





 ♢



「なるほど、男が1人必要なダンジョンねぇ...」



 俺達は流石にあの騒ぎの中仕事の話をする事は出来ず、防音機能付きの個室がある高級料理店に移動していた。



 そこで聞いた話は、とある不思議なS級ダンジョン攻略の依頼だ。曰く、普通なら分かる最奥までの階数が分からない。曰く、男が1人いないと入る事が出来ない。

 曰く─────攻略すれば、願いが叶う。



 現代最強のSSランクパーティーで、SSS級ダンジョンにも潜っている勇者様方が何故いまさらS級ダンジョンなんか攻略するのかと思ったが、願いが叶う、ね...。



「なるほど、それがホントなら俺も乗ったも同然だが、信憑性はあるんかね?」



 俺はそう、葉巻を吸いながら言う。

 基本的にダンジョンに潜るやつなんざぁ俺含めて、リスクとリターンの計算も出来ないバカだ。

 どデカいリターンがあればスグに乗る。それでいて、S級まで上がるヤツはどんな手段を使ってでも逃げ生き延びる覚悟と自信がある。



「おいシーフ。お前に許された行動は"快諾する"、それだけだ。平民で、男で、シーフなんて奴が疑問など持つな。」



 そう、射殺すような目付きで言葉を叩きつけるのは女騎士のアリシアだ。なんのコンプレックスがあるのか、同じ空間にいるのも我慢ならないと言う言外の圧が物凄い。

 その顔も肉体も美しすぎるまで美しいんだがなぁ...



「アリシア。貴女のその男嫌いにもボクは理解を示してきたつもりだよ。でも言ったよね、こちらから仕事の依頼をした人に失礼な態度は取らないって。」



 厳しく勇者ネルビアは咎める。ほー、年上のメンバーに対してもちゃんと手網を握ろうとはしてる訳だ。



 まぁ、勇者の言葉以上に、男とシーフに対する嫌悪感が勝ってるようだがな。

 俺はアリシアの納得いっていなそうな顔を見ながら思う。



「ごめんね、ドリーグ。後でちゃんと説得するから。

 それで、願いが叶うと言う根拠の話だったね。それはダンジョンの報酬欄に"願いを叶える"と書いてあったからだよ。」



 ほう。報酬欄か。

 

 報酬欄とは、ダンジョンを踏破した際に確実に貰えると保証された報酬だ。しかし、基本的にダンジョンには報酬欄何てものはなくランダムであり、報酬欄があるダンジョンはなにか特別なダンジョンなのだと考えられている。



 なるほど、報酬にそう書いているなら話に乗ってもいいだろう。"願いを叶える"とだけ書いているのなら、誰が、何個、どんな願いを叶えるか確定はしていないが、こういうダンジョンで損した試しがない。ここはもう、勢いで乗るべきだろう。長年の勘がそう言っている。



「乗った。この仕事、俺も関わらせてもらうぜ。」



 その言葉を聞いて、やった!と無邪気に喜ぶネルビア。喜び方まで素直で可愛い。偏屈な俺でさえそう思う。



「そうと決まれば、改めて自己紹介だね。ボクの名前はネルビア。何の因果か、勇者になっちゃったただの町娘だよ。できる事はそうだね...闇魔法以外の全てかな。」



 そう、光魔法のライトボールを指に灯しながら言う。

 その姿は町娘と言うには神々しい。神に愛されると言うべき様相だ。



 それにしても、闇魔法以外全てが出来るとは...勇者とは本当に末恐ろしい。

 

「私は、ソフィと申します...。救世の聖女をやらせて頂いております。得意な事は聖魔法、でしょうか...。」



 自信なさげに言う彼女は、聖女だ。

 この国に何個もある似非宗教ではなく、本物の神に選ばれし聖女。

 まぁそれまで神の実在など証明されていなかったから仕方ないんだがな...。

 14年前、突然神が世界終末の予言をし、世界を救うべきもの達に力を与えたって訳だ。



 まぁソフィのその伏し目がちな目を見れば、その力が祝福だったか呪いだったかは分かりそうなものだがな。



 しかし、その儚げな雰囲気が彼女の神秘性を押し上げていた。



「エリカ・ホルン。よろしく。」



 そう、死ぬほど無関心そうに呟いた少女は、賢者だ。



 今までの2人は違い、ただ魔法への興味と研鑽のみで世界を救うパーティへと選ばれた。

 どんな戦闘ができるのか聞いていないが、まぁ魔法ができるんだろう。



 人間自体に興味が無いのだろう。普通にしていればぱっちりしていて可愛らしい印象を与えるだろう空色の瞳は、常に眠たそうに細められ、だるそうに野菜をハムハム齧っていた。 



「アリシア・アルバーンだ。アルバーン家の長女である私が、お前のような男とパーティを組むなど本当に遺憾だが、勇者に免じて受け入れてやる。」



 ネルビアに肘でつつかれ続け、ようやく挨拶したアリシア。

 おそらく、馴れ合わないスタンスを示しているつもりなのだろうが、まだ若いな。不和を引き起こしかねない態度は何にしろ止めるべきなんだがな...

 俺は大人だからな。優しく受けて止めてやるか。

 決して、見るだけで固まっちまうような美人がこちらを睨んでるのが怖すぎてビビってる訳では無い。決して。

 

「はぁ...まぁ俺も名乗るか。俺はドリーグ。得意な事はトラップ解除、解錠、荷物運びその他諸々冒険が楽になる事はだいたい出来る、しがないシーフだよ。」 



 そしてこんな美人だらけの中にいたら浮いちまう冴えないおっさん。



 やれる事は誰でも出来る事。その水準をかなり上げただけだ。たっけぇ魔法袋を買ったから物をもてる量だけは自信があるがな。



「それじゃあ、自己紹介も終わった事だし予定を決めましょうか。予定は三日後。皆もプロだろうし、必要なものは自分たちで用意する。いいかい?」



 そう勇者は場を取り仕切る。かなり早急だが、まぁS級冒険者にもなれば皆出来るという前提があるんだろう。

 俺もその日程に異存は無いので、頷く。



「よし、決定。それじゃあ、3日後S級ダンジョン探索に行くよ!」



 その彼女の声で、今日の会議は終了した。

 

 





 あれから三日後。俺達はS級ダンジョンへのワープ地点前に立っていた。



「みんな、準備はいい?」



 そういう勇者の声に、それぞれの相槌が聞こえる。



どいつもこいつも一流だ。この3日間であらゆる持ち物もコンディションも整えてきたのだろう。


「それじゃあ、行くよ!」



 気負った様子も無く、ネルビアはそう声をあげながら、ワープホールに手をかざした。



『S級ダンジョン"■■■の夢" 探索条件:ランクS以上 男性1人以上 女性2人以上

 条件達成────それでは、いい探索を。』



 そう聞こえた瞬間、視界が真っ黒に染まった────









 ────「あー、みんな無事?」



 全ての音がぼやける中、そんな声が聞こえる。

 どうやらワープは成功したようだ。



 いつもの癖で、周りの状況をすぐ把握する。

 360度が鬱蒼とした森の中、明らかに人工物の石造りの1本道が遠くまで続いている。



 ワープホールの付近300mは必ずモンスターができないようになっているが、その安全圏を超えればすぐモンスターが出てくるだろう。



「あぁ、無事成功したようだな。」



 状況把握に集中していると、アリシアの声が聞こえた。

 どうやら、無事に転移は成功したらしい。

 ほかの2人も返事をしていた。



「よーし、大丈夫そうだね。だったらもうやることは1つ。この道を抜けて、ダンジョンへ向かおう!」



 そう元気よく言う勇者。なぜだか分からないが、ワープホールはダンジョンの目の前に置けず、こうやって数キロほどダンジョンまで歩いていかなくてはならない。

 そこまでに、D級ダンジョンならDランクモンスター、

 S級ダンジョンならSランクモンスターが湧いて出てくるわけだ。



勇者の掛け声に1つ頷いた俺達は、安全圏を抜け、ダンジョンへ目指し始めた。





 ♢





 あー、なんじゃこれは。

 俺は呆れすぎてため息もつけない。



 仮にもS級ダンジョンへ向かう道中。Sランクモンスターが出るはずなのに、ひとつも相手になっていない。



 もし街中に現れれば都市が1桁じゃ収まらない程破壊されると言われているブラックドラゴンが、ネルビアの光を帯びた一刀で素材が残らないほど蒸発される。



 数え切れないほどの人間を食い殺してきたデーモンボアが、アリシアの唯の一刀で両断される。





 ただ息を吐くだけで、幾つもの森を毒に冒してきたコカトリスは、エリカが無言で手をかざしただけで、酷く圧縮され存在ごと消えた。



「おい!シーフ。お前は何も出来ないんだから素材でも剥ぎ取っておけ。遅かったら置いていくからな!」



 俺に向かって怒鳴るアリシア。



 ったく、わざわざ剥ぎ取る素材を残してるのはお前だけだっつの。

 

 俺はそう思いながら、素材用のナイフを取りだし剥ぎ取りを開始する。

 頭を落とし、内臓を消し飛ばし浄化魔法を使い皮と肉と角と骨だけにする。この間3秒。



 シーフとか言う不遇職でSランクになるにはこれぐらいの雑用力を持ってなければならない。



 その様子を見たアリシアはふん、と1つ鼻を鳴らして前へ歩いていった。



「ドリーグさん、凄いですね!あんなに手際よく捌いてしまうなんて...」



 そう話し掛けてきたのはソフィだった。

 鬱蒼として森の中、彼女は微笑みを絶やさず歩いている。



 「こんなもん、慣れだ慣れ。」と俺はぶっきらぼうにあしらう。30超えても褒められ慣れてない俺は照れ隠しにこうするしかないんだ。



「それでも、凄いです。皆さんの役に立てているのですから。私はいつも皆さんの後ろを着いて歩いているだけなので...。」



 そうやって曖昧な笑みを浮かべるソフィ。

 まぁ、確かにあの様子を見れば回復役のソフィがする事はほとんどないのか。



「まぁ、回復の名手である聖女様が後ろに着いてるってのはそれだけで安心に繋がるだろう。

 それに、後ろを着いて回ってるってのは俺も同じだからな。」



 それについちゃあ俺の方が年季があるぜと、情けないカッコつけをする。



 すると、ソフィが初めてふふっと声を出して笑った。

 可愛い。天使かよ。



「みんな!着いたよ!」



 俺がソフィに悩殺されている間に、いつの間にか着いていたらしい。早すぎるだろ。

 

 前を見ると、荘厳な門が見えた。

 高い塔が無いということは、地下に向かう階段型のダンジョンなのだろう。



「よし、みんな。これから本格的なダンジョン探索が始まる。ボク達の最優先事項は、生きて帰ること。その次が報酬さ。だから、気を引き締めていこう。」



 その言葉に一人一人、返事をする。



 ネルビアは、パーティメンバーの意志を確かめ、静かに門を開いた。





 ♢





 緊張感を持って、ゆっくりとダンジョンの中に入る。

 中は、ゴツゴツとした岩に囲まれた広い密室だ。

 目の前には目立つ半透明の障壁があり、他には何も無い。



 入った瞬間モンスターに奇襲をかけられた事もあったので、なかなか拍子抜けだ。



「うーん、かなり特殊なダンジョンだね。これは試練系かな?」



 こういうダンジョンの場合、突然ボス級のモンスターが召喚され、倒したら進めるようになったり。

 指定された呪文を唱えれば進めるようになったり。



 何かをこなす事で進める場合が多い。



 俺達は明らかに意図して置いてあるだろう、白い板状の障壁に近づく。その瞬間。



「まずい!扉が閉まる!」



 地面と擦れる重い音を鳴らしながら、あの大きさでは考えられない速さで門が閉まっていく。

 ダメだ、ここからでは誰も間に合わない。



「チッ、間に合え!」



 そう言ってアリシアが自分の持つ長剣を投げ付ける。

 Sランクだけあってそのスピードは凄まじく、左右の門が閉じる瞬間に長剣が挟まった。



 しかし、ゴリッと言う音と共に剣は虚しくも折れてしまった。



「ダメだったか。油断したな。」



 固定観念って奴か。ダンジョンの扉が閉まることなんてこの数十年1度も無かったんで青天の霹靂である。一筋縄じゃ行かないようだ。



「ダメだ、これは開かないね。」



 馬鹿力のネルビアとアリシアが力いっぱい押しても、エリカがどんな魔法を使っても空くことは無かった。



「みんな。障壁。」



「そうだね、それしかないか...。」



 エリカの足りな過ぎる言葉を即座に理解したらしい俺以外の皆が、障壁に向かって歩いていく。



 息があってんなぁ。そう呟きつつ、置いていかれた俺も追いつこうとしたその瞬間。



『イグニッション』



 そんな声と共に、障壁付近から全てが爆発した──。

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