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思叫堂~ロア~ 2019/01/02 18:36

次回作予定:クトゥルフもの 台本2

前回意見募集しましたが、ホラーテイストならば男性ナレでも平気そうという事で有難う御座いました!
ご意見参考にしつつ、作成していこうと思いますっ!

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そう、あれは確か、暇を持て余した連休中にふと思い立ってしまったのが原因でだったはずある。
特に帰省(きせい)する予定もなく、かといってめっきり寒くなってきたこの頃、何処か明確に予定を作り遊びに行くというのも気分が乗らないと、特に何の予定も立てていなかった、貴方。
その結果、最初こそ骨休めと家でゆっくりしていたのだが、それを過ぎると時間を持て余し始めてしまい、休みが終わるまであと何日、何時間などと……益体もなく考えてるようになってしまっていた。

連休も半ばを過ぎ、今更何処かに予定を立てて旅行に行くのもなと、ついつい無為に過ごしてしまい、ネットで動画やSNS等の文字をぼうっと眺めるだけの時間を過ごしていく。
特にこれといって目を引くものもなく、眠気がやってきてくれるまでの暇つぶしという思い過ごしていた貴方は……ふと、一つの話題に目を留めた。

それは、貴方の住所から割合近い……電車で数駅離れた先にあるとある、山奥の廃屋の話であった。

曰く、廃屋になる以前の持ち主は怪しげな男で、その男が住んでから山の動物の姿を見る機会が減っている。
曰く、その持ち主の男は数週間に一度、買い物をしに町まで降りていたが、もう数ヶ月その姿を見ていない。
曰く、持ち主の消えた洋館……廃屋からは、夜毎奇怪な生き物の鳴き声のようなものが聞こえて、人が寄り付かない。
曰く、噂を聞き興味本位で行った大学生のグループが、酷く慌てた様子で逃げ帰り"怪物”を見たなどと騒いだらしい。
曰く、そうした話に好奇心を刺激された物好きが何人もそこに向かい、怪物は見なかったが不気味な雰囲気を感じたと声を揃えている。

曰く、……そうした物好きたちの中には、行くと言ったきり行方不明になったまま未だ帰ってきていないものもいるという。

そんな、よくある怪談。都市伝説の類にある、子供だましのような話。
SNS上では嘘か真かと、冗談半分に面白がって行った行ってないなどといった盛り上がりを見せていたその話に、貴方は……目を留めてしまったのだ。

普段であれば、くだらないと読み飛ばすか、ふざけて冗談交じりに一言二言参加してみる程度であっただろうその話題。
だが、どうしたものだろうか……暇と、無為に時間を過ごさずに済むという僅かな高揚でもあったのだろうか?
行き帰りを考えても、使うのは精々数時間、その程度であれば構うまいと……どうせ悪ふざけに過ぎないのであろうからと。
そのノリと雰囲気と……軽い恐怖を愉しんでやろうなどと、貴方はその廃屋へ、足を向かわせる事を決めてしまったのだ。

《ざっざっざ……ざぁぁぁぁ、かーかーかー……》
(山奥を歩く音、鳥の鳴き声)

駅を降り、最寄までのバスから降りた頃にはすっかりと夜は暮れ、小さな山とはいえ深緑(しんりょく)に覆われた道を歩くのは、それだけで心の中の小さな恐怖心を煽り立てるようであった。
手元にあるのは用意してきた懐中電灯の頼りない明り。
それは深い緑色の闇の中でか細い光の束を作り出し……跳ね返る光は、恐怖を肴に面白おかしく語るのであれば成る程、うってつけと言えるのかもしれない。
確かにこんな雰囲気の中にある廃屋ならば、噂の1つも湧いて出てくるだろうという事は理解出来るものであった。

周囲から聞こえてくる鳥の……夜鷹の類(たぐい)の鳴き声であろうか?
種類までは分からないが、森に住む鳥のざわめきが貴方を警戒するように……或いは、森の奥へと誘うかのように鳴き続けている事が、やけに貴方の神経を敏感にさせた。

そうして、しばらく頼りない明りの下(モト)進んでいくと……。

《ざっざっざ……ぴた》
(歩みが止まる音)

木々の葉に月明かりが減じられぼんやりと、まるで蜃気楼かのように揺らめいて……ソレは、あった。
元は白かったのであろう外壁には蔦(ツタ)が這い回り。壁には不気味な罅割れにより、緑と茶色が入り混じるまだら模様と成している。
見えている窓の幾つかには罅が入り、或いは窓枠だけを残し、その奥。
既に人の気配の絶えた空間は、まるでここは人の住むべき場所ではないと言うかのように、沈黙を湛えたぽっかりとした暗い闇を曝け出している。
地面を見れば、幾つもの茶色の石のような塊が転がっており、その様相から辛うじて、剥げ落ちた屋根の欠片なのであろう事を想像させるのであった。

一言でいえば、廃墟。
一言でいえば、残骸。

あえてきちんと名前をつけるのであれば……幽霊屋敷。

木々により、薄れた月明かりがより一層この廃屋を不気味に飾り立てる。
確かに噂の1つも沸かない方がおかしいであろう、それだけの雰囲気をこの廃墟となった洋館は携えていた。

《ぎ、ぎ、ぎ……ぎぃぃぃぃぃぃぃ》
(重く錆ついた入り口の扉を開ける音)

錆つき、鈍く重い音を立てる鉄格子の外扉を開き、触れただけでがさりと木々の欠片が零れ落ちていく中、重い正面扉に手を掛け……廃屋の扉を開く、貴方。
すでに外観の様子からして、十分過ぎる程に背筋にうすら寒いものを感じ、ごくりと唾を飲み込むものの……折角、ここまで来てしまったのだ。
中も見ていかねば勿体ないと。そう、足を……その館の中へと、進ませてしまった。

《ぎ……きぃぃぃぃぃぃ…………ぱたんっ……》
(開いた扉がゆっくりと閉まる音)

-=-=-=-=-=-

中に入れば、そこは正しく荒れ果てた……といった言葉以外が見当たらない空間が広がっていた。

足が折れ、布地もぼろぼろと捲(マク)れている元ソファだったらしきモノ。
色褪せ(いろあせ)、糸が解れ(ほつれ)、所々床を透けさせている残骸というしかないカーペットであっただろう布きれ、等々。
かつて、人が生活していた事があったのであろう……その名残だけを残す、そんな空虚な空間がそこにはあった。

ただ良く見回してみれば、そうした荒れ果てたものに隠れるように、ペットボトルや空き缶といった、恐らくは貴方と同じように噂を聞いて見物に来たのであろう、物好き達の名残が存在していた。
本来ならば、室内にゴミが放置されているという、眉を顰めるべき環境かもしれないが。
この空間にあっては唯一、それこそ人がいた証のようで、妙に心安らぐのを貴方は感じるのであった。

《ぎしり、ぎしり……》
(軋む床の音)

朽ちた木々から漏れる月明かりと、懐中電灯の淡い光を頼りにざっと中を見回していくと……恐らくは食堂や客室であったのだろう部屋が貴方の前に姿を表す。
だが、何処も同じように朽ち果て、今も使えるようなものは殆ど残っていないようであった。
雰囲気だけならば、未だに薄ら寒いものを感じてはいるものの、その変わり映えのしない。
言ってみれば、廃墟というイメージの想像そのままである姿しかないために、それが不思議と貴方にほっとした思いを抱かせた。

――この調子なら、案外雰囲気だけはあったとか、書き込んで盛り上がれるかもしれないな。

外観の雰囲気に何処か気圧されるものを感じていた貴方は、その安心感からかぱしゃりっと記念とばかりにその荒れた様子をスマートフォンで撮りつつぐるりと見て回って行く。
マナーが悪いながら、人が確かに何度も来ていると分かるゴミを見かける度(タビ)に、苦笑いとでも言うべき笑みを浮かべながら、1階を見て周り、そして軋む階段を上り2階へ上がる。

《ぎしり、ぎしり……》
(階段の軋む音)

階段を上った所で、近くにある部屋も覗いてみたが……2階は元の住人の私室(ししつ)が多いのか寝室や物置といったものが、ちらほらと姿を見えるようになってきた。
けれど、一つだけ鍵の掛かった部屋はあったものの 。
そのどれも特別に目を引くようなものはなく……、変わりばえのしない荒れ具合に、貴方は安堵と何処か拍子抜けしたような思いが沸いてくるのを感じながら。

――もう見るべきものもないし、そろそろ帰ろうか?

などと、この廃屋への興味も薄れ始めさせていた。……2階の最も奥にある、その部屋へとその足を踏み込ませてしまう、その瞬間までは。

今にして思い返せば、違和感ならば廊下のその直前……部屋の扉に近づくにつれて注意すべきものは多かったように思える。

例えばそれは、割れたガラスの窓の縁(フチ)に妙に粘り気を残した、唾液というには量が多すぎるねとりとした付着物が着いてはいなかったか?
例えばそれは、部屋に近づくに従い落ちていたゴミが減っていき……辛うじて残っていた幾つかの物は、熱……いや、まるで酸にでも溶かされ変形したような、不可思議な形で転がってはいなかったか?

振り返ってみれば。
今になってみれば。

それは確かに、異変の前兆であったはずであった。
けれど貴方は、その時……それに気付く事が出来なかった。

或いはそれは、変化のない荒れ模様がもたらす退屈と安心感こそが……その目を、耳を、曇らせていたのかもしれない。

貴方は、その最奥の扉に手を掛けた。
ノブへと手を当てた時、ひやりと……一際、背筋に走る悪寒を……貴方は確かに感じたはずだったのに。

-=-=-=-=-=-

その部屋は……いや、部屋と呼んでいいかも分からないその場所は、視界の全てを埋め尽くす程に、ソレに塗れていた。

所々、木材であるはずの床が溶けたプラスチックのように大小に侵食され、穴がぽつりぽつりと空いている。
元々設置されていたであろう、家具という家具、床や壁その全てに……何らかの残骸によるものか灰色とも茶色ともつかぬものを内包した、ぶるぶると不気味に震え続ける緑色の粘着質な唾液……いや、ナニかの這いずり回った名残としか思えぬ、むわりという刺激臭と不快感を感じさせる付着物が、余す所なくへばりついていた。

そして何より、その場所の中央……。

この空間の主であると。
この空間の源であると。
この空間こそ、自身であると。

そう主張するかのように、ぐちゅりぐちゅりと目や口を生やしては消しながら、不定形に形を変え、その透ける緑色の体内に取り込んだ何かを熱心に貪るように蠢く……貴方の知る、どんな生物とも一致しない、するはずのない……ナニかが、そこにいた。

《がた……っ》
(驚きに足音を立ててしまう音)

驚きのあまり、貴方はよろけそうになる足を支えようと足に力を込めた。
だが、倒れる事こそ耐える事が出来たが……足へと加わった力は、そのまま床へと伝わっていき。
朽ち掛け脆くなっていた床は……物理学の作用に正しく回答せんと、ぎしりと……大きな音を立ててしまう。

《ぐちゅり……ねちょり》
(ショゴスが体を動かす音)

ショゴス
《てけぇ…………????》

ぐちゅり、ぐちゅりと何か……白い、まるで大きく穴の開いたボーリングの玉のような白いナニか。
同じく白い、折れた垂木(タルキ)や、木の枝といったようなサイズの棒のようナニか。

それ等を体内に入れながら熱心に貪り、ぶるぶると震え続けていた人の背丈程もある緑色のソレは、ぴたりとその震えを止めた。
それからゆっくり……そう、形が変化し続けている以上明確にそうと分かるはずがないのに。
何故か貴方にははっきりと分かった。
ソレがぐるりと視線を動かして、確かに……貴方を認識してしまったのを。

ほんの数瞬、瞬きを何度か出来たであろう、それだけの時間。
その間だけ……ねちょりとも、ぐちゅりとも、音が一切しない沈黙が、部屋の中に広がった。

だが、それもほんの僅かな間の事だけであった。
緑色の不透明に濁った体に、貴方の方向に向けて確かに……目と口、としか形容出来ない部位を発生させたソレは、再びブルブルと体を揺らし始め……その体で、獣の、鳥の、人の。
この近くで見かけるられる生物、その全てが一つに集まり、同時に叫んだような甲高い不協和音を奏でながら……明らかな歓喜の叫びを上げたのだ。

ショゴス
《てけぇ……り、り……てけぇぇぇぇぇぇ!!りーーーりーーーーーぃぃぃいぃぃぃいい!!!!!!!!!!》

-=-=-=-=-=-=-

それから先は、倒れてしまった貴方にとっても夢の……いや、悪夢のような出来事の連続であった。
一瞬にして襲われ、部屋の奥へと逃げ込むしかなかった貴方は、辛うじて上へと繋がる梯子を部屋の中に見つけ。
粘着物が体に張り付く不快感に耐えながら、緑色の化け物から逃れるべく必死に上がり、その先の部屋へと駆け上がった。

そして、そこであの黒い書物を読み…………そう、そして。
そして、……あの化け物を退けた、黒く、華奢で……何処か人間離れした雰囲気を持った少女に出会う事になったのだ。

仔山羊
「じゅる……ん、ちゅぅ……れちゅぅ……んんぅ、起きていないと勃ちが悪いですね。
ん、ちゅぅ……まったく、力が必要だと言ったというのに……マスターとして、ちゃんと分かってるんですかね?んっ、じゅるるぅぅっ……!」

倒れてしまった貴方がこれまでの経緯を思い出し、ようやく意識を取り戻そうとしていると……。
何故か妙に、下半身が生暖かく……いやはっきりと快感と分かるものが伝わってくる。
それは貴方のモノを吸い付き、しゃぶり、舐め……丹念に何度も上下に、左右にと動いている。
まだ意識がはっきりしていない中、ずきずきと痛む頭を揺り動かすようにして、ゆっくりと上半身を起こし目を開いた所で。

貴方は、化け物に襲われるのとはまた別の驚きを、味わうことになるのであった。

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思叫堂~ロア~ 2018/12/28 01:18

次回作予定:クトゥルフもの 台本1とご意見募集中

吸血のフィーちゃん、愉しんで頂けてるようで有難う御座いますー!
ぼちぼち次回作を作っていこうかと思ってまして、今度はクトゥルフものとかいいかなぁなぞと台本つくっておりますっ!

それで、今回男性ナレにしてみたらどうしようかと少し準備してみたのですが……如何でしょうか?
まだどうしようか悩んでる所がありまして、ノイズ取りなどはまだですが。
これにノイズ取り、SE追加、仔山羊ちゃんの台詞を入れていく……という感じを考えております。

参考にさせて頂きたいので、感想を是非是非頂けると助かりますっ、お願いしますっ!

-=-=-=-=-=-


【黒い子山羊の物語:冒頭】

《がこん……っ!》
(椅子をつっかえ棒にする音)

ショゴス
《てけぇりりりぃいいいいいいいいっっっっっ!!!!》

《どんっ、どんっ、どんっ!みしみしみし……》
(扉を叩く音と、軋む扉)

ドンドンドンと、所々小さく穴の空いた扉が激しい音を立てて悲鳴をあげる。それは、貴方が急ぎ扉に押し当てた椅子が支え棒としてあげる騒音であった。
この異音にして奇音(きおん)、耳を塞ぎたくなる怪音(かいおん)を放ち、破壊を振りまこうとしている存在。

それは、目や口をぐじゅぐじゅと生やしては自ら消化するように泡立つ、大きく、不快な、緑色のスライムとしか形容出来ない化け物……それが放つ轟音(ごうおん)であった。

化け物に出会った部屋は、異様という言葉そのもの。
粘液という粘液に塗れ、部屋の奥には積み上がった朽ちかけた木箱が重なり、貴方はその後ろにあった梯子の先にボロボロの扉をどうにか見つけ、そこに逃げ込んだのだ。

――やっぱり、興味本位でこんな廃屋なんかを見に来るんじゃなかった!
怪しい影を見たなんていう言葉に、好奇心を働かせるんじゃなかった!!

そんな、今更しても仕方のない心の叫びを、何度も繰り返す貴方の背後で響き続ける破滅の音。

《じゅわぁ……》
(扉のとける音)

だが、気のせいでなければ……気のせいであって欲しいと切に願うものの。
扉からはじゅくじゅくと、何か……まるで硬い物が溶け落ちていくような音がはっきりと破壊の音に混じり貴方の耳に届いていた。

タイムリミットを告げてくるかのようなその音に急かされるようにして、逃げ込んだ部屋に何か助けになる物はないかと、貴方は視線を彷徨わせた。

……そこは、直前の部屋とはまた別の、一種の異様としか表現し出来ぬ部屋であった。
歪(いびつ)に歪み(ゆがみ)、不気味に捩れた樹木のような形の蝋燭。
顔の倍はあろうかという立派過ぎる角を持ち、額に五芒星のような文様が刻まれた黒い山羊の剥製。
そして何より、部屋中の壁という壁、床という床、その全てに余す所なく描かれた、何処の文字とも分からぬ蚯蚓の断末魔の動きを表したかのような異様な文字が、その全てを覆い尽くしていた。

黒魔術、カルトの儀式。
そんな言葉がいやでも思い浮かんでしまうその部屋は、どう考えてもマトモな人間が発想すらしないような部屋であり、
その狂気の有様が救いを求める貴方の精神を、余計に追い詰めてくるようであった。

けれど、そう……けれど。
何よりも、貴方の精神を追い詰めているのはその部屋の在り様ではなかった。
そこに置かれた全ての家具、置物、床や壁の異質な文字、それ等全てが……。

一様に、背後から迫り来る怪物の粘液と思わしき緑色の粘着物に覆われ……溶け、崩れかけているという事であった。

ショゴス
《てけぇりぃぃい!!てーけーりーりぃいいいいいいいいっっっっ!!!!》

気付けば、先程まで聞こえていたドンドンと叩くような音が消え失せている。
それと同時に、じゅうじゅうと何かを溶かす音がより大きくなってきているのを、貴方は確かに感じとってしまった。

――この部屋は、決して安全な逃げ場所ではない……。

貴方がそう察するまでに掛かった時間はほんの僅かなものであった事だけが、不幸中の幸いと言うべきものであっただろう。

恐怖が喉元のすぐ近くに、絶叫という形で上って(のぼって)来るのをはっきりと感じながら、貴方は何か逃げ道はないかと忙(せわ)しなく辺りを見回し続ける。
そして……ふいに、とある事に気付いた。

粘液に塗れた山羊の剥製のその真下。
そこに何かを捧げる祭壇のような台と、そこを中心にした小さな円状の周辺にだけ……何故か粘液が存在していない事を。

《ダダダダダッッ》
(駆け寄る音)

その気付きに何かを感じた貴方は、急ぎその台へと向かう。
何かこの窮地から逃れる術がないかと目を血走(チバシ)らせる貴方に……粘液が避けた円の丁度中央。
その台の上に、黒い……何かの毛皮と思われるモノで丁寧に装丁を施(ほどこ)された、一冊の本が置かれている事に気付く。

貴方はその事実に救いを求めるよう、黒い本に手を伸ばし……しっかりと掴んだ。
手に触れた本の装丁の感触は、まるで呼吸する吐息のように生暖かい水気を帯びており、ざわりと……気のせいかもしれないが、微かに鼓動するかのような脈動(みゃくどう)を感じさせた。
貴方はこの、まるで生き物であるかのような、不気味な感覚を放つ本を思わず手を放しそうになる。
だが、未だ止まぬ、迫り来る危険の音がその嫌悪感を押し殺させ、本を……開く事を選ばせた。

《ぱら、パラララ……》

本を開くとそこには、英語やドイツ語と思われる比較的見覚えのある文字、それに床や壁に描かれた奇怪(きっかい)な文字が入り混じり、ツギハギだらけの異様な文章の羅列を作っていた。
箇所によっては古い……それこそ何十、或いは何百年、それ程昔の本をコピーでもしたのかのような皺だらけのページや、紙質(かみしつ)からそもそも作られた年代自体も違うようなものが入り混じり、本と呼んでいいかも分からぬ紙片の集合体といった様子であった。
そうした理解の及ばぬ……本と呼ぶべきかも怪しい、正しく(まさしく)奇怪なる紙の束……それが黒い毛皮の装丁の本の内容だった。

勿論、貴方にはそれは読む事も、文字の意味の一つすら分からぬモノであったために、一刻(いっこく)を争う現状においては、解決の糸口にすら成りえぬモノであった。

落胆と恐怖、そうしたものに心が塗り潰されそうになるのを感じながら、それでも何かないかと必死にページを捲(めく)っていると……その本の中に数行。

そこにだけ、読み方の注釈を入れたかのように、一つの付箋(ふせん)が張られている場所がある事に貴方は気付いた。
その付箋だけは、何故かひらがなで……まるで決して読み間違える事のないようにでもしたかのように、こう書かれていた。

――「え=う しゅぶ=にがあす! んが=りら ねぶ しょごす!」
――「いや いや しゅぶ=にぐらす! いあーる むなーる うが なぐる となるろ よらなるか! 」

付箋にはただそれだけ。
意味のわからぬ、何を指すかも分からぬその言葉だけが記されている。

だが、あまりに……そう。
あまりに異常なこの状況に、何かが起きると期待した訳でもなかったが……貴方は気付くと、その付箋の言葉を呟いた。
貴方がその言葉を最後まで言い切った瞬間、何故かくらりと一瞬意識が遠くなった……。

そして、黒く大きな巨木、いや巨木と思える程に大きく捻じ曲がった雲のような体と角を持った歪(ひず)んだ黒い山羊のようなナニかが、貴方を見つける……そんな幻影を見た、気がした。

《じゅる…………どごんっ!!》
(溶け落ちる音)

ショゴス
《てぇけぇーーーーー、りーーーーーーーりぃいいいいいいいいい!!!!》

だがその瞬間、貴方の背後で硬かったはずの何かが溶け落ち、そして爆ぜるように木材が跳ね飛ばされる音が貴方の耳に届き、ハっと後ろを振り返る。

そこには既に、辛うじて貴方を守ってくれていたはずの扉は存在していなかった。
代わりとばかりに、無数と目と口、そして不定形にわななく粘液を滴らせた……貴方を襲おうとした化け物が、もはや何の障害もないと嘲笑うかのように全身を蠢(うご)めかせている。
そして化け物は、ようやく追い詰めた獲物を味わうべく……ゆっくりと体の一部を触手のように伸ばし、ゆっくり……ゆっくりと……貴方に向かって、その触腕(しょくわん)を纏わりつかせんとした。

もはやここまでと、粘液を滴らせる触手を目前に、ぎゅっと目を閉じる貴方。

せめて、その触手に捕われても痛みがないようにと祈り……。
もはや、そんな儚い望みを願うしか出来なくなった貴方の耳に、ぴちゃりと、粘液がまさに絡まる音がはっきりと聞こえたそうになった……その瞬間。

仔山羊
「めぇ”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”…………!!」

《ばしんっ!!》
(触手を叩き落とす音)

ショゴス
《でげぇっ!?てけ、り……りぃいいいいいいっっ!!!!》

甲高く、濁り……動物の声のようで何処か(どこか)不快感を思わせ……なのに、何故か(なぜか)愛らしい。
そんな形容し難い(がたい)ナニかの叫び声が響いた瞬間、間近に迫った、濁った水音が遠くに弾かれる音が聞こえた。

そして、今まで貴方を嘲る(あざける)ように耳障りに喚(わめ)いていた怪物の、焦るような悲鳴が部屋に響いたのだ。

仔山羊
「お母様の子供である私たちと、奉仕種族のどちらが優秀かこの目で見たい……。
そんな馬鹿げた願いを、よくもこんなバラバラで、不躾で、無様な切り貼りの言葉での嘆願。
何より、精神力だけという粗末な供物(くもつ)しか用意せず……お母様にお願い出来たものですね?
まったく……人間というのは、本当に失礼で無謀(むぼう)な生き物です」

ずるずると、遠ざかっていく様子の粘り気のある水音を遮る様にして、涼やかな声が……貴方に語りかけてきた。

何が起きたか理解出来ず、大きく目を見開く貴方の目の前に……濡れるような長い長い黒髪。
不思議なものを見るように貴方をしみじみと見つめる、漆黒の瞳。
そして、体をシルクのような滑らかな質感(しつかん)の……けれど所々フリルの混ざったシンプルながら可愛らしい黒いドレスを纏い、両耳に小さな山羊の角を模したイヤリングをつけ、そこだけは少女らしい愛らしさを残している。
華奢で、背丈に似合わぬ怪しげな色香を感じさせる少女が……部屋の中に立っていた。

仔山羊
「それにしても、お母様も……!
こんな願いを聞き届けたのも不思議ですけど、供物が不足だからって……こんな人間のような体で来させるなんて。
お陰で……アレを一時的に追い払うだけでヘロヘロです。
……貴方が召喚主(マスター)ですね?
召喚(よ)んだのですから、しっかり責任を取って下さいよ?」

黒い少女は少しだけ不機嫌そう呟き、そして貴方の前でドレスの裾を摘み、小さく頭を下げ礼をする。

仔山羊
「“千匹の仔を孕みし森の黒山羊”が娘、黒い仔山羊……招来の願いによって貴方の元へ参りました。
人らしい傲慢な願いでしたが、お母様が聞き届けた以上見事あの不定形の汚物……奉仕種族の、ショゴス……で良かったですか?
えぇ……お母様の娘として、見事あいつには勝利してみせましょう!
けれど……こんな力のない、人間のような体になってしまったのですから……力の足りない分は魔力の提供という形で協力をして頂きますからね、召喚主(マスター)?
めぇぇぇぇ……!」

貴方には全く訳の分からぬ事を告げながら、少女は可愛らしく小首を傾げ、くすりと……微笑(ほほえ)んだ。

そんな姿を見ながら、貴方は危険と緊張感からの開放による安堵(あんど)。
……何より、彼女が現れる瞬間から感じていた。異様なまでの精神の疲労感に引きづられるようにして、ふらりとその場に倒れてしまう。

《ふら……どさりっ》
(倒れる音)

仔山羊
「え……あの、マスター?……マスター??
まだショゴスは生きてますし、力も頂いてないから倒れられても困るのですけど?
え、っと、マスター?……人間?……おーい!!
寝られると、困ってしまうのですけど、おーいってば……マスター????」

少女が困ったように貴方を揺すってくるのを感じながら。
何故、こんな事になったのだろうかと……貴方は、ここに来る経緯を思い返しながら、ゆっくりと意識を手放してしまうのであった……。

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思叫堂~ロア~ 2018/12/15 14:19

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