『ヤンデレCD Re:Turn』プレリュード第六楽章(終章)

「岬ちゃんちって親がいなくて二人暮らしなんだって? 親戚とかいないの? おじいちゃんやおばあちゃんは……」

「ちょっとシッキー、いきなり失礼でしょ……!」

野々原岬に対する質問に、夢乃が慌てた様子で割って入ってくる。

「ご、ごめんね岬ちゃん! シッキーに岬ちゃん家の事情は説明してはいたんだけど……ちょっと空気が読めないというか読まないというか……胸に栄養が行き渡りすぎて考えが足りないというか……」

あらあら、小鳥遊夢乃はユーミアをそんな目で見ていたのですか、全く、誰のためにこんなことをしていると思っているのかしら。
まあいいです、どちらにしてもユーミアは近くこの街に別れを告げる身……。
しかし……夢乃は気付ていないようですが……見なさい、野々原岬がユーミアに向けるあの瞳……。不信、警戒、猜疑、疑念、そして殺意……。その全てを攪拌し、凝縮し、呪いよりもおぞましい言わば虚無とでも表現すべき色彩を湛えたあの瞳を……。

野々原岬は重い沈黙のあと、その唇を開いた。

「私は……パパとママどっちのおじいちゃん、おばあちゃんとも会ったことはありません、お兄ちゃんが産まれる前に死んじゃったと聞いています。親戚は……どうなんでしょう。両親が事故に遭った時、私はまだ小さかったから……。でも、お葬式の時も誰も来なかったと……。お葬式の面倒を見てくださった小鳥遊のおじ様が言っていたそうです」

「岬ちゃん、いいよシッキーにそんな昔のこと説明しなくても……ほら、シッキーも謝って……」

“嘘”……ですよ。野々原岬。
祖父祖母の件は真実ですが、ユーミアが依頼した“千里塚”の調査によれば、親類縁者は存命しています。そして、事故当時その連絡を受けているはずなのです。しかし、彼らは葬儀の場に現れることも、あなた方を引き取る提案をすることもなかった……。その意思があったにも関わらずです。
まあしかし、これはユーミアの胸の内に留めておきましょう。情報源を追求されても説明のしようがありませんので。

「ふーん、そっかー、いわゆる天涯孤独の身……いや、あっくんがいるから孤独ではないよね。ごめんね岬ちゃん、変なこと訊いちゃって」

「いえ……もう昔のことですから」

「ごめんついでにもうひとつ」

「シッキー! いい加減に……」

ここで止めてはだめですよ小鳥遊夢乃。ユーミアはこれだけは言っておきたいのです。

「岬ちゃん、ご両親のご遺体は……いまどこにあるのかしら? お墓の中は……何も入っていない、空っぽなのでしょう?」

「……へ? シッキー? 何……言ってるの……?」

野々原岬の変化はすぐに表れた。
虚無の色を湛えたその大きな瞳は微動だにせず、まっすぐユーミアに向けられている。
まず、首筋に赤い斑点が出現した。
その赤い斑点はみるみる大きくなってまるで生き物のように首筋から顎を伝って頬に移動し、さらには瞳の周りを赤く染める。額を這い上った斑点は、そのまま髪の中に消えていった。
その間、野々原岬の顔からは表情と呼ばれるものがあらかた消え去っていた。
先ほどまで野々原岬の瞳は様々な負の感情を発していた、夢乃にはわからないでしょうが、ユーミアにはわかります。それは殺意すら包括していた……。

しかし、今の野々原岬からは何の感情も感じられない。もはやその表情は虚無ですらない、見事です……野々原岬、ここまで完璧に感情を圧殺することが出来るとは……。

夢乃は事態についていくことが出来ず、野々原岬とユーミアの顔を交互に見つめている。その沈黙を破ったのは、やはり野々原岬だった。彼女は両手で顔を覆い、突然泣き出したのだ。

「うぐぅ……そんな難しいこと……わかりません……パパも……ママも……お墓の中で……眠ってると思います……どうして……ひぐぅ……そんなおかしなことを言って……私をいじめるんですか……ひどい……ひどいです……うぅうぅ……」

「岬ちゃん! 泣かないで、ホントにごめんね、大丈夫?」

夢乃が野々原岬の隣で、背中に手を当てている。“アレ”を見てすら野々原岬を思いやれるのだから、夢乃も大したものです。まあ、理解出来ないのも道理と言えますが。

そして……泣きながら野々原岬はユーミアを見た。
顔を覆った両手の指の隙間から……彼女はユーミアを見つめたのだ。

あ……この目……これはユーミアを殺る気ですね……。
うふふふふふふふふ、くふふふふふふふふふふふうふふふふふっふふ、相手になってあげてもよろしいのですが、ユーミアの出番はここまでですよ……。

------☆------☆------☆------☆------☆

家まで送ると言ったけど、岬ちゃんは一人で帰りますと言って、涙を拭いながら帰って行った。
岬ちゃんには改めて明日、きちんと謝らないと……。それよりも……!
あたしは我慢していた怒りをついに爆発させる。

「シッキー! あたしはシッキーを友達だと思ってたけど、そう思ってたのはあたしだけだったみたい! さっきのは何? 年下の女の子の家庭の事情をあげつらって、挙句の果てに泣かせて! それって楽しいわけ?」

「全然楽しくないし趣味でもないよー。どうせ女の子泣かせるなら、ハイエースに放り込んで身動き取れなくしてからお洋服を一枚ずついただいちゃうほうが性に合ってるかなーw」

「ふざけないで!」

こんな時になに言ってんのシッキーは。
友達になってから2か月ちょい、ちょっとおかしなところもあるけど変に気が合うとこもあって親友になれたかなって思ってたのに……! さっきのアレは信じられない! やっぱ病んでたのかシッキー!?

「いま、弓亜にすごく失礼なこと考えたでしょ?」

「やっぱ病んでたのかシッキーって考えた」

「うわー、人をメンヘラ扱いかよー」

あたしはシッキーに取り合わずシッキーの胸倉を掴んだ。

「ひえー」

「いい加減にして……何を考えてるの? 岬ちゃんが何か悪いことした? あの子はね、両親が死んじゃって、あっくんしか頼る人がいないんだよ……。こんなこと言いたくないけど、可哀そうな子なの、あたしたちより年下なのに、必死に頑張って生きてるんだよ! それをあんたは……」

突然シッキーはあたしの背中に両腕を回した、そして耳元で囁く。

「夢乃のその人を信じやすいところ……ユーミアにとってはとても新鮮で斬新なものでした。あなたのこれからの人生が実りあるものであることを、この四季島ユーミア、心より願っておりますよ」

「ちょっと、シッキー!? 何わけのわかんないこと……」

「ひとつだけ、野々原岬にはご注意おそばせ。あの子は目的のためなら手段を選びません。恐らく過去の事件も……」

「はぁ!?」

シッキーはあたしを軽く突き飛ばし、舌を出して笑っていた。

「ごめんね夢乃。でも忘れないで、弓亜は夢乃のこと、結構好きだったよ! じゃーねー」

あたしは茫然としてシッキーを見送った。
全然わけがわからないし、ついていけないよ……。
そして……“好きだったよ”って……、なんで過去形で言うのよ……?

次の日、シッキーは学園に来なかった。
朝のHRで担任が説明することころによれば、家庭の事情で引っ越ししてしまったということだった。

はあ? 引っ越し? こんな急に……お別れも言わずにどうして……。
やっぱシッキー、あんたのこと、理解出来そうもないわ……。

その数日後の夜、お惣菜をあっくんちに持って行った時、岬ちゃんに尋ねられた。

「あの……ちょっと前にお会いした、夢乃さんのお友達って……どうしてます?」

「え? ああ……シッキーね……突然引っ越しちゃったみたい、親友のあたしに何も言わずに……」

言い終わる前に、岬ちゃんに両肩を掴まれた。
すごい剣幕でまくしたてられて……え? 岬ちゃん?

「引っ越したって……どこにですか!? 転居先の住所は!?」

「いや、だから、ほんといきなりで、何も聞いてないのよ……住所はわからないし、ケータイも解約しちゃってるみたいで……」

「そう……ですか……ご、ごめんなさい、私ったら……」

「いや、いいけど……」

岬ちゃんは何かブツブツ言いながら、自分の部屋に引っ込んでしまった。
うーん、こう言っちゃなんだけど、あたしの周りってちょっと普通じゃない感じの子が多めなのかな……。
なんちゃって、岬ちゃんとは仲良くしていかないと!
あたしが“お姉さん”にならなくちゃいけないんだから……。
まあその前に、あっくんをどうにか攻略しなくちゃいけないんだけど、あいつめー、いつになったらあたしの魅力に気付いてくれるのかなー。

はあ、ダメダメ。他力本願じゃダメだ。あの朴念仁には力押しじゃなきゃ通じないって、最近わかってきた。
見てなさいシッキー、もしこの先あんたに再会できたら、その時はあたしの素敵な彼氏を紹介してあげるからね!

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※このミニストーリーは、2020年7月26日配信予定の『ヤンデレCD Re:Turn』プレストーリーです。読まなくても本編には全く関係ございませんのであしからず。

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