『ヤンデレCD Re:Turn』プレリュード第三楽章
夢乃さんがウチの敷地から出ていくのを、カーテンの僅かな隙間から確認する。
もう一人、夢乃さんと一緒にいた女は誰かしら。なんだかハーフみたいな綺麗な感じの女だった、胸のサイズも夢乃さんと同じくらいかな……。はあ……まったく、どいつもこいつも……。
ウチの勝手口から侵入しようとした夢乃さんをその女は制止し、連れて行ったようだ。やれやれ、今日のところはもう心配ないかな……。今は夢乃さんなんかに構っている暇はない、“そんなことに時間を取られている場合じゃあない”。
懐に忍ばせていたモノを机の引き出しにしまい込んで鍵をかける。こんなもの、お兄ちゃんに見つかったら叱られちゃうもんね。
私は自分の部屋を出る前に、室内をざっと見渡して何度目かの舌打ちをする。心の中で何度も繰り返される疑問が抑えきれず、口に出てしまう。
「これは……一体誰の仕業なの?」
私は階下に降りる。
そしてやはり同じように、今日この家に帰宅してからもう何度も繰り返したかわからないが、リビングの入口からその室内を見つめる。
何度繰り返そうが、結論は同じだ。
“何かが、おかしい”
そう、帰宅した瞬間から私にはわかった。馴染み切った自宅のはずなのに、何か……、異物が紛れ込んだような、奥歯にものが挟まったような違和感……。
私は右手の爪を噛む。
最初は夢乃さんがまた勝手に入ってきたのかと思った、あの女……、いつもいつも人の家に、お兄ちゃんと私の大事な家にズカズカと入り込んできやがって……。
しかし、私はその疑惑をすぐに打ち消した。
夢乃さんが家に入ってきたのなら……私には臭いでわかる。あの女の臭いを、この私が忘れるはずがない。
もっとも、当たり前だけど私は犬じゃない。臭いというのは例えであって……上手い言葉が見つからないけど、残留した気配、雰囲気……、そのあたりが近いかもしれない。
でも、いま私が感じているのは夢乃さんのものじゃない。
正直に言えば、どういう気配もない。この家は今朝、私とお兄ちゃんが家を出た時と、少なくとも“見た目”は何一つ変わっていない。
しかし、私は感じている。例えて言えば、玄関からリビング、私の部屋からお兄ちゃんの部屋まで、0.1ミリずつ何かがズレている感覚。トレーシングペーパーに写した絵を、ほんのちょっとだけズラしたような……、そんなおかしな感覚を私は感じている。
誰かが侵入した……というのは考えにくい。私の部屋にも違和感を感じているが、誰かが部屋に入ったとすれば、私にはすぐにわかる。扉に仕掛けていた私の髪は、朝に部屋を出た時のままだったのだ。
でも……やはり誰かが私とお兄ちゃんがいない間に、“この家に侵入した”。そして……目的はわからないけど、何かを探した……? 一体何を……?
考えろ私、誰かがこの家で、何かを探したと仮定するのよ。
この家で、他人の関心を誘うような事件があったとすれば、それは……パパとママが死んでしまったあの事件しかない。
それ以来、この家では何も起こっていない、少なくとも私は事件以後“今のところ”何もしていないし、お兄ちゃんの行動に関しては今さら確認するまでもない。
なら……やっぱりパパとママの事件のことを……?
どうして今ごろ……不審な点は何もないはずなのに……。誰がどう見ても、ワイドショーで何度か報道されて終わってしまうような、ありがちな不幸な事件のひとつでしかないのに……。
それに……この家を調べても、何も出てこない。それはわかっている。いつまでも……“そんなものを残すはずがない”じゃない。
夢乃さんと一緒にいたあの女……、あれは誰だろう。どうして突然現れて、夢乃さんを連れて行ったのかしら……。
まったく……夢乃さんだけでも厄介なのに、あまり手間をかけさせないでほしい。今現在なんの手掛かりもない以上、あの女について、少し調べたほうがよさそうだ。
玄関のドアが開く音がする。
この気配はすぐにわかる、お兄ちゃんだ、帰った来たんだね。
急いで晩ご飯の支度をしなくちゃ。
お腹が空いてるはずのお兄ちゃんを待たせるわけにはいかないもの。
私はリビングを出て、玄関に顔を出す。
「お帰りなさい、お兄ちゃん♪」
※このミニストーリーは、2020年7月26日配信予定の『ヤンデレCD Re:Turn』プレストーリーです。読まなくても本編には全く関係ございませんのであしからず。