【MooNSHINeR】7月作品【乙女向け】
キミの作った味噌汁を毎朝飲みたい。
今どき、この言葉をプロポーズに使う人がいるだろうか。
いないとは言い切れないけど、いない可能性が極めて高いとは言えるだろう。
けれど、こう言った人なら知っている。
ボクの作った味噌汁を毎朝飲んでくれないか。
誰あろう、私の父である。
料理人である父が、母に告げた求婚の言葉。
母はそれを受け入れ、私が生まれた。
それから二十と数年、父の背を追うようにして料理人になった私も、是非この言葉を使いたいと思っている。
私の作った味噌汁を毎朝一緒に飲んで、朝食を取るという規則正しい生活をし、三食しっかりと食べることで健康を維持するお手伝いをさせてはいただけないでしょうか、と。
少々回りくどいけど、これだけ言っても、あの人は首を傾げるだろう。
そして目を細くしてこう言うのだ。
ありがとう。でもボクは小食だからね。
違う! そこじゃない!
毎朝一緒に、のところに反応していただきたい!
……のだけれど、きっとあの人はわかっていて話をはぐらかすのだ。
私の思い人――塩野敏矢さん。
またの名を、汐野はや先生、は……
* * *
塩野さんは、うちの近所に住んでいる小説家。
ペンネームを汐野はやと言う。いくつもの賞を受け、作品が映画化などもしている著名な作家先生だ。
そして、両親が営む小料理屋の常連さんで、特例として出前を受け付けているただ一人のお得意様でもある。
出会いは、私が両親の店でお給仕のアルバイトをしていた学生の頃。
第一印象が、線が細すぎて健康状態が心配、だったのは我ながらどうかしてると思う。
では、恋愛感情ではなく母性愛なのか。
もちろんそんなことはない。
いつも一人でカウンターの端に座り、ほんの少しの料理と二三合のお酒を嗜む。その佇まいの静かさ、所作の美しさに惹かれ始め、気付けば言葉を交わすようになっていた。
学生の頃は彼が小説家だとは知らず、その博学さに大人っぽさを感じていた。
十五も年が離れているのだから大人に違いないのだけれど、それ以上に彼の品の良さが体育会系で粗野な私にはとても眩しく見えたし、そこに強く憧れた。
料理人になるべく専門学校に通おうと決めたのは、あまりに小食な彼に美味しく栄養のあるものを食べさせてあげたいという欲が生まれたから。
専門学校を卒業し、彼の生まれ故郷である京都の老舗料亭で数年の修行を経て、一年ほど前に両親の営む小料理屋で跡継ぎとして板場に立った。
以来、彼の料理はすべて私が担当している。
久しぶりに会った彼は、父ではなく私の料理も喜んで食べてくれた。技術には自信があったし、愛情もたっぷり込めている。
あとはもう極めて個人的に、彼のためだけに料理を作りたいのだけれど、何度お願いしても聞き入れてはもらえずにいた……
専門学校に入る際、最初の告白をした。
答えは、もらえるどころか言葉の意味を理解できないとばかりに首を傾げられた。
学校を卒業して修行に出る前、改めて告白をした。
かろうじて取り合ってはもらえたけど、最終的には年の差を理由にされた。
修行から戻ったあの日にも告白をしたのだけれど、言葉巧みにはぐらかされた。
……私に女性としての魅力がないのだろうか。
容姿や体付きには一定の自信がある。スーパーモデルとまではいかないが、女性らしさはそこそこ備えているつもりだ。
年齢差は確かに大きいけれど、親子ほどの差があるわけでもない。少し珍しいくらいの差でしかないはず。
有名作家である彼と一介の料理人である私では釣り合わないと思われている、なんて狭量な人間であればそもそも好きにならない。
同性愛者でないことは当人に確認しているし、熟女にしか興味がないわけでもなさそうだ。彼の著作に性的なシーンも描かれていたから無関心ということはないだろう。
もしや過去に女性に手痛い目に遭わされたことがあるのか、そもそも他人との関わりを極端に避けたがる気質なのか。
少しばかり厭世的なところはあるし、友人も少ないと言うし、個人的なことはあまり多くは知らないけれど。
それでも私は、彼の所作が好きなのだ。
私の話を静かに聞いて、切れ長の目を細めて微笑んでくれるところが。過去に旅した土地の話をしてくれる際の美しい言葉選びが、情景を思い起こさせるような描写が。そして、その声が。
食事に置ける箸の使い方も、酒杯を傾ける首の角度も。不意に出る、長い髪を掻き上げる仕草も、その指の細さも、首筋の色っぽさも、和装が似合いすぎる体付きも、なにもかも。
そんな私が、今は彼の家の鍵を預かっている。
残念ながら恋人としてではなく、料理を運んだ際に勝手に上がり込んでお膳立てをするため。それと、いざという時に安否を確認するために。
物騒な話だが、仕方ない。
少し前、出前に行った際、彼が風邪で倒れていたことがあった。
執筆が忙しくなると店に来なくなる彼のために、半ば押し付けるかのような料理の配達だったが、これが功を奏した。
その看病の後、彼から直接鍵を預かったのだから少しは期待してもいいだろう。
嫌われてはいないはずだし、ただ便利に使われているだけということもない、はず。
いや。もはや、どう使われたとしても構わない。全自動お料理マシーンにだって、少しは感謝してくれるだろう。
その感謝の念を、直接伝えてくれればいいのだ。
この、体に!
声優:一野瀬達哉
イラスト:鬼モチ
7月22日(土)発売予定です。
よろしくお願いいたします!
紹介文は後ほど追記します~(^^/
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