【MooNSHINeR】8月作品
■プレリュード
アヴァルド大陸の東側、古くから細かな領地争いを繰り返してきたダィング諸国の中でも長い歴史を持つ大国ガルシア王国。
私は現ガルシア王、正妃エルラーナの三女として生をうけた。
王族として厳しい教育を受けてはきたものの、何不自由のない暮らしをさせてもらってきた。将来は国内の有力貴族か、友好国の王侯貴族に嫁がされることになるだろう。場合によっては、敵対国への人質に出されるかもしれない。
若くしてすでに姉二人とは美貌に差があると知られていたので、良縁に恵まれる可能性は低いだろうこともわかっていた。
だからと言うわけではないけれど、自分なりに国の力になろうと努力してきた。
女性の身では国政に参与できないので限りがあるが、国のため、国民のためにできることを考え、立場さえ利用して慈善活動を行ってきた。
それを煙たがる貴族がいるのも知っている。早くどこかの国に嫁がせてしまえ、という声も聞いていた。
二十歳もとうに超え、いよいよ城内での腫れ物扱いが目立ってきた頃。水産資源問題で争っていた国との小競り合いを、力でねじ伏せた勇猛なる青年騎士がこう言った。
「此度の報奨として、第三王女を娶らせていただきとう存じます」
彼の名はリオン・D・ベリル。
ベリル公爵家嫡男にしてディアルード侯爵。王国騎士団・西方師団副長を務め、数々の戦績を誇る青年騎士。
そして……私の、密かな思い人でもあった。
* * *
彼との出会いは、ベリル公爵家主催の舞踏会だった。
まだ二人の姉王女たちも嫁ぐ前のこと。その美貌で舞踏会の華となっていた姉たちと比べて影の薄い私を、彼はダンスに誘ってくれた。
舞踏会を主催した公爵家嫡男がその国の王女を誘う。それは当然の礼儀と言える。義務と言ってもいいだろう。しかし彼の態度はとても清々しく、立場からの義務感や社交辞令などを感じさせないものだった。
それと同時に、ある種の慣れも感じさせた……女性の扱い方、に。
当時、騎士になりたての彼だったが、学生時代の艶聞は少なからず聞こえていた。
曰く、彼のために泣いた女性の涙で大河も濁流の渦が巻く、と。
しかし麗しさに欠け、浮いた話のひとつもない私には無縁のこと。彼は義務で私と踊っただけで、見初められることなどありはしない。
そう思っていたし、実際、それ以上のアプローチが彼からあったわけではない。
変化は、私の心にあっただけ。
初めて男性に恋心を抱いてしまった……ただ、それだけのこと。
以来、彼の活躍に耳を澄ませるようになった。
その名声が聞こえてくる度、私も負けじと王女としての責務に力を入れた。
あまり興味のなかった社交界にもなるべく出席するようにして、彼の姿を見つけては密かな喜びを得ていた。
そして次第に、彼と話す機会も増えていった。
会話を重ね、彼の人柄に触れる度、私の胸は熱くなった。
しかしその喜びは、おくびにも出すわけにいかない。王女である私のほうから、特定の男性への恋心を見せるわけにはいかなかったから。
彼に焦がれるこの心を、いつか他の誰かに向けなければならない日が来るだろう。それは寂しいことではあるけれど、この胸の熱さを知ることができて幸せだった……そう思う日は、遠くないと思っていたのに。
誰もが、もちろん私自身さえも耳を疑った彼の発言からおよそ半年。
私は、ディアルード侯爵夫人となるべく王族を離れた。
あっという間だったし、永遠にも感じられた半年。
私はいまだ彼に求婚されたことが信じられないでいたけれど、盛大な結婚式を終え、私たち二人のために用意された館の一室で、今、彼と向かい合っている。
「ようやく二人きりになれましたね、私の可愛いお姫様」
誰?
私の知っているリオン様は、こんな浮ついた言葉を選ぶ人ではないはず。
これまでの彼は、私が王女であることを知りながらも無闇にへりくだったりせず、それでいて粗野にはならない好青年だった。その朗らかな人柄にも惹かれていたのに。
「あぁ、すみません……私、お、俺もまだ、緊張しているようで。でも、仕方ないでしょう? やっと、姫をこの腕に抱けるのだから……浮かれもしますよ、ねぇ」
おかしい。
好いていたのは私のほうだけで、彼からこんなに思われていたなんてことは……
「これからは毎日、あなたの熱い視線を独り占めできる……こんなに嬉しいことはない。さぁ、そのサファイアの瞳に俺を、俺だけを写すんです」
そう言われたから、初めてのキスの間もずっと薄目を開いていた。
彼もまた、その空色の瞳で私を捕らえる。
今宵はもう、この世にただ二人きり……
この幸せが永遠に続くことを求めて、私は新郎の太い腕に身を委ねた。
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