●忘我の君41●
次に鬼灯が目覚めたときには、部屋には誰もいなかった。
自分を抱いていた・・・というより犯していた王はすでに姿を消し、縛られていた白澤がいる場所には、縛っていた縄だけが散乱している。
目隠しは外され、腰には帯びが未だにかかり、衣服の意味をなしていない着流しが引っかかっていた。
それらを取り払って全裸になり、鬼灯は風呂へとシャワーを浴びに向かう。
熱めに設定した湯に当たりながら、鬼灯の心には忸怩たる思いがあった。
白澤を懲らしめようと自分から画策したとはいえ、王が予想外に機嫌を良くしてしまい、自分もつい快楽に抗えず醜態をさらしてしまったと思う。
今、自分に対して執着を持っている白澤にだからこそできる仕打ちだが、少しやりすぎたかもしれない。
いつもの白澤と違って自分に懸想しているのだと思うあまり、少々図に乗ってしまったような気分になる。
何よりもまず、跡形もなく消えてしまった白澤が空恐ろしい。
王が彼の縄を解くはずはなく、おそらく術を使って自分で解いたのだろう。
それならば、白澤はどの時点まで自分たちを見ていただろうか。
王に目隠しをされて、周囲の状況は耳からしか聞き取れない。
途中まで、ひどく抗議の声を含んだ白澤のうめき声が聞こえていたが、快楽に嵌められてしまってからは覚えていない。
浴室から出てタオルで身体を拭きながら、鬼灯は自分らしくもなく悶々と思考を巡らせている自分に気づかない。
新しい着物を出して用意している最中、ベッドの宮に置いた携帯がチカチカと光っているのを視界にとらえた。
少々嫌な予感に苛まれながら、確認してみるとメールが一件と着信が一件。
メールは後回しにして、着信のあった相手へ返信のコールをする。
出てきたのは、いつも嫌と言うほど耳にしている上司の声。
『鬼灯君、大変だよー!今どこにいるの?』
「ああ・・・今、自室にいます。どうかしましたか?」
そう言って、閻魔大王の喉が鳴る音が聞こえてきた。何かしらの失態が生じて、鬼灯に叱られないか構えるときの仕草だ。
『人頭杖が・・・どっかいっちゃって・・・』
「はあ?」
ここぞとばかりに、鬼灯は不機嫌そうな声を上げる。
心のもやもやも相まって、その迫力は一層深みを帯びていた。
『ヒエエ!ちゃ、ちゃんといつもどおりの場所にしまおうとしたよ?でも、途中で係りの子が何者かに襲われて、杖をぶんどられたらしいんだ!』
鬼灯はため息をつく。
ここをどこだと思っているんだ、地獄だ。人を見たら泥棒と思えどころではないというのに、この上司は毎回どこか詰めが甘いところがある。
「で、誰に杖をとられたんですか?」
『いや、それが、取られた子もわからないの一点張りで・・・。でも、なんだか知ってそうな雰囲気なんだよ、ねえ、これってどういうことかな?』
オロオロと鬼灯に問いかける閻魔大王に、すぐに行く、と伝え、鬼灯は通話を切った。
そして、改めてメールを開いてみる。
送信者は、一番話したくなくて、話したい相手だった。
『このメールを見たら、速攻連絡すべし』
添付された画像には、人頭杖を担いだ白澤の邪悪な笑みが映されている。
(国家問題になりますよ・・・)
だから、白澤に杖を取られた従業員は犯人を言えなかったのだ。
白澤の思うとおりに行動することは悔さを感じたが、今はつきあってやるしかない。
そう思い、鬼灯は白澤の電話にコールした。