●それだけでもいいんです4●

「あっ、停電ですね」



いきなりの暗闇に俺は一瞬肝を冷やしたが、鬼灯様が冷静な声でそう告げるのを聞いてすぐに状況を理解できた。



「このところ、電力が不安定でこまりますね・・・。申し訳ありませんが、下ろしていただけますか?」



あああ、この至福の時間がこれで終わりか・・・



「復旧したら、もう一回お願いしますね」



よかったああ!もう一度最上の楽園を味わえる!今度こそ、優秀な脚立になりつつ鬼灯様の体温を末期まで記憶するのだああ!



俺は腰をかがめて鬼灯様が転倒しないようにゆっくりと、丁寧に、おごそかに地面に下ろした。



「どうも」



何も見えない暗闇だが、すぐ右隣りで鬼灯様の甘い声が聞こえ、視界が閉じられた分それが鮮明に聞こえてドッキドキする。
くらがりで鬼灯様と二人っきり・・・
なんて素敵なシチュエーションなんだ。それに、微かに匂ってくる花のような白檀の香りは、もしや鬼灯様からの賜物?



「ううっ・・・」



俺は幸福の連続でめまいがして、その場にへたり込んでしまった。



「どうされました?ご気分でも悪くされましたか?」



しかも俺を気遣ってくださっている。幸福の追い打ちに、俺は再びうめき声をあげた。
吐く息が荒くなり、もう興奮が止められなくなってくる。
あれ?これ興奮だけか?いや違う、心臓がキュウと縮こまるような息苦しさ、何も見えない恐怖、不安、ただならない汗・・・
そうだ、俺は暗所恐怖症だったんだ。



地獄という場において暗所なんてあたりまえなんだが、ボヤっとでも光があれば俺は平気なんだ。だけど、完璧な暗がりだと、胸に恐怖が突き上げてきてたまらなくなる。
叫びだしそうな自分を抑え、なんとか鬼灯様の前での醜態は抑える。それだけでも自分をほめてあげたい・・・。
胸を押さえて心臓の鼓動を押さえている俺の隣で、鬼灯様の香りが強くなったような気がした。
するとその直後、俺の腕に滑らかなぬくもりが伝わってきた。



も、もしや鬼灯様・・・?いや、まさかそんなことあるはずがない、これが鬼灯様だったら、夢に違いない。
暗所の恐怖と過呼吸になりかけた俺は、現実と夢のはざまを行き来していた。
しかし、腕を伝わってくるぬくもりは確かで、その温かさはどんどん下がり、とうとう俺の掌にまでたどり着き、向こうから手を優しく握ってきた。



「わああ!」



俺はあまりの現実離れした状況で混乱し、結局無様な叫び声をあげてしまい、その場で縦に揺れてしまった。
しかし、確かに俺を握った柔らかな温かさは、そんな愚かな俺の恐怖を包み込むように握る強さを大きくしてゆく。



「大丈夫です。私はここにいます」



少し優しげな声で、確かに鬼灯様の声が真横でした。



え?鬼灯様?マジで?じゃあ、この握ってくれてる手って鬼灯様?
それを理解すると、俺は暗闇の恐怖と憧れの君が自分を気遣ってくれているという事実に、色んな感情がごちゃまぜになってしまった。
たぶん涙を流していたと思う。
しかし俺の手は、鬼灯様の手を無意識に強く握り返していた。



「・・・少し痛いです・・・」



「はっ!す、ずみまぜん!」



半泣きの俺は反射的に手を引っ込めようとしたが、またもやたおやかな手が俺のゴツい手を掴みなおし、ゆっくりと引き寄せた。



「動くと危険です。すぐに明かりは点きますから、このまま静かにいましょう」



そう静かな声で言われて、俺の中のごちゃまぜだった感情が沈静していくのを感じた。
暗がりを思うと怖さは言い知れないが、俺はあの鬼灯様と手をつないでいる。



「暗がりが怖ければ、目をつぶっていなさい。明かりがつけば、起こしますよ」



鬼灯様にそう言われて、俺は目からウロコだった。そうだ、目をつぶればいつでも暗闇なんだ・・・。
まあ、そう簡単に言うが、この暗闇にいる、という状況が怖いのであって、視界を閉ざせば万事解決なんてそんな馬鹿な話はない。
だが、俺は不思議とその言葉がストンと胸に落ち、若干の安堵を手に入れた。
それはたぶん、隣にあこがれの鬼灯様がいて、その鬼灯様が俺を励ましてくれて、さらに手を握っていてくれていることが、大きな要因であることは違いない。



真っ暗闇に、一方が性の対象にまでしている憧れている麗人がいる。
男として、鬼として、ここでモノにしなければ噴飯ものだが、
俺はこれだけでいい。
あの鬼灯様と手をつなげて、暗闇でしばしのデートだ。
目をつぶると、鬼灯様の、鬼にしては柔らかく、絹のような肌触りの掌が感じられるし、それにともなった高貴なぬくもりが感じられる。
さらに高嶺の花を演出する香しい匂いまでさせてきて・・・なんだここは、もう天国か?



停電の時間はどれぐらいだったのだろうか。
たぶん三分もたっていなかっただろうが、俺にとっては悠久の時間にも思えた。



「あ、点きましたね」



鬼灯様のつぶやきと共に俺の至福は終わりを告げたが、目を開けた俺に、まだ幸福が待っていた。
確かに鬼灯様の白い手が俺の武骨な手を握り、さらにこちらの様子を窺うように俺の顔をのぞき込んでいる。
俺のような不細工面、あなたような黒いお目目に映したらつぶれてしまいますよ、と言いたかったが、当然言葉は出なかった。
頼りない明かりの下で、彫刻のような陰影を湛えた鬼灯様の正面顔は、本当に見とれてしまうほど綺麗だった。
こんな美しい人が、今でも俺の手を握ってくれている。
奇跡だ。でも、何か言わないと、ずっと見つめられ続けてしまう。こんなお方に見つめ続けられるほど、俺のメンタルは強くない。もう、この場から溶けてなくなりたい気分だ。それは恥ずかしさとも、面映ゆさとも、照れとも、喜びとも思えた。



「そ、そうですね」



生唾を飲み込みながら、俺は必死にその言葉を告げた。



「そうですか、よかった」



少し嬉しそうな声に聞こえたのは、俺の妄想が入っていたのだろうか?
なんだかもう、鬼灯様だけが光り輝いて、ほかの景色はぼやけて見える。



「それでは、お仕事の再開です。肩車、よろしくお願いします」



そう言った声は、いつもどおりの抑揚のない鬼灯様の声だった。鬼灯様はすぐに立ち上がり、再び俺に手を伸ばす。
これはもしや、手を伸ばしてもう一回握手ということか?
そんな幸せ、もう一回味わっていいんですか?
俺は立ち上がって、鬼灯様の掌を両手で掴んでひどくニヤけてしまった。自分でもニヤけているのがわかっているから、鬼灯様にもみられているだろう。
その証拠に、手を差し伸べただけなのに急に手を包み込んできた俺を、鬼灯様は眉をひそめながら、少し首をかしげて見ていた。


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