●それだけでいいんです5●

俺は再び鬼灯様の脚立となり、同時に至福の時間を存分に味わった。
この体温のぬくもりが、総毛立つほどにここちいい・・・。鬼灯様、俺を一生椅子にしてください・・・そういえば、現世の読み物で人間椅子ってあったな・・・
なんて妄想をしている間などない!この状況を一分一秒記憶し、身体と心に刻み込むのだ!



首を向ければすぐ隣に鬼灯様のおみ足がある・・・
ああ・・・
舐めたい・・・・
はっ!何を考えているんだ俺は!そんな邪念など捨て去らなければ!
しかし、チャンスはいまだ。でも、絶対にキモいと思われる!思われてしまう!いやだ!
葛藤が再び俺の脳内を占め、鬼灯様の感触を記憶するのを邪魔してしまう。



俺が数分の間、それを何度も繰り返している間に、鬼灯様は作業を終え、無情にも至福の時間は終わりを告げた。
鬼灯様が去っていく瞬間の白い足とぬくもりを忘れるものかと覚悟し、俺は脚立の役割を終え、鬼灯様を無事に地面に下ろす。



手押し車に手を添えて、鬼灯様は軽く頭を下げながら



「お疲れ様でした。ありがとうございます。山帰来さん」



と言った。



え、え、え、え、え、え、!?
お、俺の名前・・・・!!どうして!?



「えっ、あ、どして・・・」



俺は敬語も忘れて鬼灯様相手に反射的に尋ねてしまった。しかし鬼灯様は気分を害された様子もなく、訥々と述べる。



「黒縄地獄で、たびたび優良賞を取っていらっしゃるでしょう。身体が大きいと聞いていたので、すぐにわかりました」



俺の身体よっしゃあああああ!そして、まじめに仕事して優良賞とった俺もよっしゃあああああ!



「以前お会いしたのは四か月前、視察へ行ったときでしたっけ。違ってたらすみません」



お、俺を見ていてくれていたんだ・・・!しかも、なんか謝られている!なんで!?謝らなくてもいいですよ、なに言ってるんですか鬼灯様!



次々と起こる予想外の事態に、俺は小便が漏れそうだった。嬉ションだ。両足もガクガクしてくるし、身体が熱くなって額から汗が伝ったのが自分でもわかる。体裁を作りえているかどうか判然としないが、俺は必死に耐えていた。



「近くで見たら、思っていたよりも大きいですね。おかげさまで助かりました。また何かの際にはおねがいしますね」



そう言ってもう一度鬼灯様は軽く俺に頭を下げ、踵を返した。
俺などに頭を下げてくれた鬼灯様に、俺は挨拶をし返すのも、返事もすることもできず、ただ佇むだけだった。
そんな最中においても、俺の目線は鬼灯様の背中から腰の見事なラインにくぎ付けだった。天パが多い鬼とは違ってストレートな黒髪が翻り、例の花と白檀の香りが舞ったような気がした。



今なら、鬼灯様を・・・



俺は確かにガタイのいい鬼の中でもさらに体格が大きい鬼だ。鬼にしては華奢な目の前の美しい人を、力づくで組み敷けるかもしれない!



って、何を考えているんだ俺は!!



自分がとんでもない邪念を抱いてしまったのを自覚し、俺は首を左右に激しく振った。



鬼灯様は俺を知っていた。俺の名前を憶えてくれていた。近くまで寄ってきてくれた。身体を触らせてくれた(?)。



それだけで十分じゃないか・・・



そう恍惚に浸っていると、鬼灯様は手押し車を押しながら、俺一人を置いて資料室から出て行った。



これほどの好条件の中、自分の欲望のまま行動してしまってもおかしくない。だが、俺はそれ以上に、鬼灯様に嫌われたくなかった。
「優良獄卒」「名前を知っている」「体がおおきい」「(自分の中では)紳士だった」
この好印象を消したくない・・・!



今俺が肩車をしていたのは、地獄の第一補佐官、鬼神鬼灯様だ。



自分がそのようなステージにあがる人間ではないと分はわきまえている。
それに、野望はある。
出世して、今回のような偶発的な出来事ではなく、いつか鬼灯様と肩を並べて一緒に仕事ができれば、それは嬉しすぎる。



俺は埃臭い資料室でしゃがみ込み、乙女のように顔を両手で覆った。
今も思うと、信じられない体験だ。
あの憧れの鬼灯様が、俺の背中に、肩に・・・!
これで半年女いらない!
いやいや、なにをまた邪なことを考えているんだ、俺は出世して、鬼灯様にもっと褒めてもらうんだ!
でも、今はこの幸福感に浸っていたかった。
誰もいない空間で、また暗がりになるかもしれないということも忘れ、俺は先ほどまでの出来事を一から克明に思い出し、一人ニヤけていた。




廊下を歩いていると、数人の獄卒とすれ違い、鬼灯はそのたびに軽く会釈を交わした。
自分の執務室まで帰り、少し考えてから巻物が空になった手押し車を見て顎に手を添える。



「・・・ちゃんと分別のある方でしたね・・・」



そう呟いて、鬼灯は残りの仕事に取り掛かるべく、椅子に座ってペンを握った。



(終)


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