●広翼の孔雀2●
いつもよりも遅めの起床をし、鬼灯は隣で眠りこける閨の相手を見下ろした。
方耳に耳飾りをつけた細身の青年は、黒髪を乱れさせて枕に顔を押し付けて眠っている。
鬼灯は一つため息をつくと、寝台から一人降り、露天温泉へと向かった。
ため息がおもわず吐き出される心地よい湯につかりながら、鬼灯は白澤と自分の関係を考える。
こうやってまともに閨を共にしだしたのは、いつからだろうか。
これまでは一刹那身体を交わすだけの相手だったのに、いつの間にかしっとりと寝台を濡らしながら、互いに吐息を交わす仲になってしまっている。
鬼灯が恨みある獄卒たちから私刑を受け、その治療に携わってから、白澤は変わった。
ただの興味本位、性のはけ口、処理、程度の扱いだったものが、まるで毎晩閨に導く女性たちのように、身体全体を愛するようになったのだ。
常闇の鬼神である鬼灯の闇の気が、白澤の神気と競り合って、普通の相手では味わえない天上の快楽を得られると知ってから、こうなったのだろうか?
鬼灯が白澤をどう思っているかというと、正直、吝かではない。むしろ、恋慕しているといっても過言ではない。
そんな鬼灯の気持ちを知ってか知らずか、白澤は鬼灯を姫のように抱き、時には手荒く犯し、結局は互いにこの相手としか得られない極上の快楽を貪るのだ。
(ただれた関係ですね・・・)
現世にはセフレ、という関係があり、鬼灯も他人のそういう関係は悪くないと思っているのだが、いかんせん、鬼灯は相手に心が傾きすぎている。
そんな折、白澤の中の神気が狂いを生じて、一時ではあるが鬼灯に激しく言い寄ってきたときがあった。
しかしそこで、私も、などとしおらしいことを言える鬼灯ではなく、忌々しそうに跳ねのけながら、慕っている相手に言い寄られる快感は甘く、少なからず鬼灯は楽しんでいた。
だがそんな時間はすぐに終わりを告げ、白澤は元の女好きに戻り、、鬼灯とは、強い快楽が欲しい時だけ閨を共にする仲に戻った。
(このままでもいいんですが・・・)
何千年と温め続けていた密かな思いだ。恋ごころ、と言えるほど発達したものではないにしろ、鬼灯にとって、ただ身体の関係だけを続けるのが、だんだん辛くなってきている。
それに、最近の白澤が自分を抱く時の表情を思うと、いたたまれなくなってくる。
(私のことを、好きでもないくせに・・・)
それなのに、白澤の愛撫は甘く、鬼灯を蕩かせるのに十分な技巧で白皙の身体を愛でる。
その時の白澤の表情が優しくて、鬼灯は何故か、何かが首元にせりあがってくる感覚を覚えながら、露天風呂を後にした。
「あ、起きたのー?おはよ」
「はい、おはようございます」
白澤がようやく目覚めたとき、鬼灯はすでに黒い着流しに腕を通し、、腰帯を巻き付けているところだった。
そんな鬼灯の様子を眺めながら、白澤は鬼灯を指さして言う。
「ああ・・・やっぱり、跡は残らないんだね・・・」
「?なんのことですか」
そう聞き返した直後、鬼灯は昨晩、白澤が執拗に首筋に吸い付いて、朱のしるしを残そうと躍起になっていたことを思い出し、完全に鎮火していた官能が頭をもたげそうになるのを必死にこらえた。