●広翼の孔雀4●
地獄にたどり着いてからは、金棒に変わる○問道具として、いつもの物よりもほっそりしているが、棘がするどいものを選んだ。
普段から黒い金棒を見慣れている獄卒からすれば、細身の獲物を持っている鬼灯は奇異に映るらしく、通りすがる獄卒のほとんどが、通り過ぎても鬼灯を目で追っていた。
(うっとおしいですね・・・)
しかし鬼灯は、そんな彼らの目線にそれ以外のものが混じっているなど露知らず、今日の視察地へ向かう。
今日訪問する地獄は等活地獄だ。
殺人を犯した罪を背負った亡者が落ちる罪で、ここの○問はとくに熾烈に行わなければならない。
この中の亡者たちは互いに敵対心を抱き、自らの身に備わった鉄の爪や刀剣などで殺し合うという、一方的に獄卒から○問を受ける地獄とは一風変わった地獄だ。
争わない者でも結局獄卒に身体を切り裂かれ、粉砕され、また復活するという無限の地獄と苦痛を繰り返す。
一際血なまぐさい地獄だが、鬼灯には慣れたもので、向かう足取りに重みは一切なかった。
「あっ、鬼灯様!いらっしゃいましたか!」
殺伐とした地獄であることから、ここで働いている獄卒の面構えも堂に入っている。
現世でそこいらにいる強面とは一線を欠く迫力に、初めてここにきた亡者たちは圧倒されているようだ。
「お疲れ様です。お仕事は順調にいっていますか?」
「はい、これからみんなを集合させて、鬼灯様に挨拶いたします!」
鬼灯は等活地獄の獄卒の面々と対峙し、彼らの仕事ぶりを的確にアドバイスし、ダメだしをし、少し称賛し、帰ろうとした。
すると、一人の獄卒が鬼灯に歩み寄り、いかにも相談がありそうな様子で鬼灯の前に立ち尽くす。
「どうされました?」
「いえ、あの・・・ここではなんですので、ちょっとあそこで・・・」
指をさされたそこは、ぽっかり空いた狭い洞窟で、その奥は明かりが届かず、暗い口を開いている。
「個人的なご相談なら、現場監督にお願いします」
「いえ、そうではなくて・・・じつは、等活地獄で粉飾決済が噂されているんですよ・・・、でも俺平獄卒ですし、公で言うのはちょっと・・・」
その言葉に、鬼灯は眉をひそめた。
「なんですって?それは捨て置けないですね。それでは、大まかな説明をあそこで聞かせていただきましょう」
そう言って、二人は獄卒たちの目の届きにくい洞窟へと入っていった。
松明の明かりを頼りに少し奥へ進み、獄卒が適当な場所に松明を置いて周囲の明かりを確保する。
「それで、詳しいお話とは?誰が首謀者で行っているんですか?」
「それはですね・・・」
すると獄卒は一気に鬼灯の眼前に迫り、その細い両手首を力強く掴みにかかった。
「くっ・・・!」
まさかこんな展開になるとは思いもよらず、鬼灯は突然生じた手首の痛みに持っていた金棒を取り落とした。
狭い洞窟内にガラガラと無機質な金棒の転がる音が響き、鬼灯は必死に獄卒の手を振り払おうとする。
「鬼灯様、お慕いしていました・・・」
突然の告白に、鬼灯は「またか」、とあきれ返った。
鬼灯に邪な念を抱いている獄卒は、ごくまれにいる。無碍に断ることもできるが、こういう場合は、さっさと身体を一回交わして、それでキッパリ終わらせるのが、鬼灯のいつもの手段だった。
閻魔大王の第一補佐官という高官である鬼灯を屈服させたい、という支配欲が自分にたいして歪んだ感情を生み出すのかはわからないが、こういう獄卒にはある種失望感を覚える。
「わかりました。では一度だけです。それっきり、もう二度と私にそういう想いを抱かないでくださいますか?」
「ええっ!いいんですか?鬼灯様が・・・!」
全ての過程を吹き飛ばして、いきなり抱かせてくれるとは思ってもいなかったようで、獄卒は舞い上がった。
どうせ体目当ての刹那の支配欲を満たすだけの感情だ。
それならば、とっと満たして平常運転に戻ったほうが良い。
「かまいませんよ。どうします?」
「・・・・・」
獄卒はしばらく逡巡していたが、鬼灯に深く頭を下げて
「よろしくお願いします!」
と叫んだ。
「わかりました。では・・・」
そう言って鬼灯は黒い着流しの裾をまくり、履いているステテコを脱ぎ始めた。
目の前でその光景を見ている獄卒は、うわ、マジか、すげえ、信じられねえ、などと興奮を隠せない様子だ。
着流しの中の下着をすべて取り去るのを見て、獄卒は鬼灯におずおずと進言する。
「鬼灯様・・・俺、あなたを下にして抱きたいです・・・」
「・・・面倒ですね」
そう言って鬼灯は地面の上に転がり、仰臥する。固い地面が頭に痛く、早く済んでくれ、と鬼灯は思った。
しかし鬼灯が思っている間に、すぐ獄卒は鬼灯の身体に覆いかぶさり、ひどく興奮した様子で見降ろしてくる。
「はあ、はあ、鬼灯様・・・!」
一方、冷めきっている鬼灯は滑稽ともとれる獄卒の興奮した顔を平然と眺める。性欲に狂った人間というのは、本当に必死で、醜くも情熱的だ。
ーーーあの白澤もこんなふうに・・・
一瞬うかんだ妙な考えを払拭し、鬼灯は獄卒のされるがままに力を抜いた。
(ん?)
獄卒の手が鬼灯の鎖骨を滑り、それだけでゾクゾクとした官能がつきあげてきた。
そのまま着物の襟から手を差し込まれて、素肌に手を触れられると体の痙攣が我慢できないほど感じてしまった。
「んんっ・・・!ちょ、ちょっと・・・」
しかし獄卒はそのまま着物を長襦袢ごと引き下ろして肩をあらわにし、現れた白皙の素肌に舌を這わせ始める。
「んっ、ん、んんっ・・・ま、まってください、おかしい、何か・・・あぁっ!」
ビクン、と鬼灯の身体が弓なりに反り返り、獄卒の指が胸の突起にかかった瞬間、鬼灯はこれ以上ないほどの快感を体に受けた。
(なんだこれ、絶対におかしい、この獄卒、媚薬のたぐいでも盛ったか?)
平素の鬼灯が抱かれるとなれば、不感症を貫いて、されるがままに触れさせ、挿入の時だけ艶やかな反応を返すだけで、それ以外は徹底して無反応を維持する。
しかし、この獄卒の指が素肌に触れると、我慢できない愉悦がこみあげてきて、思わず声が喉からこぼれてしまう。