●広翼の孔雀43●
すれ違いざまに獄卒に挨拶されたが、その声も聞こえてきた。
(鬼灯様機嫌悪そうだなあ・・・鬼灯様がいいっていうなら、俺がすぐに気持ちよくしてあげられるのに)
(うーん、着流しに流れる尻のしわが、いつにもまして絶妙だ・・・それにしても、男にしてはちょっと大きいよな、この尻・・・)
(相変わらず無表情だなあ。ベッドではどうなるんだろう・・・)
どれもこれも、如何わしい男たちの卑猥な言葉だった。
そして、その声がするたびに体の奥から欲情の波が突き上げ、鬼灯はそれをごまかすためにため息を吐きながら廊下を歩く。
廊下ですれ違う獄卒に挨拶される時も、妙な声が聞こえてくる。耳に聞こえてくるというよりも、頭の中で鐘のように響くよう、鬼灯には感じ取れる。
『今日も凛々しいなあ・・・抱きつきたい』
『髪の毛さわりてえー』
『おおっ、今日もステキな尻を拝めたぜ・・・!』
『相変わらず涼し気な目元だなあ、ゾクゾクする』
やたら尻やら顔面に対する内容が聞こえてくるので、鬼灯は着物の裾が捲りあがって尻でもみえているのではないかと訝しんだが、確認してみてもそんなことはあるはずはないし、顔も化粧などしていないし、妙な腫れもない。
それよりも、声が重なるたびに鬼灯の身体に性的な興奮がどんどんたまり、また自慰をしなければならぬほど身体が熱にうかされてくる。
(この声・・・みなさん、まさか私を毎日こんな風に考えていたのですか?)
そう考えて鬼灯は頭を振る。そんなハズはない。まさか自分が性的対象としてみられているなど。上司なのだし、自分がどれほど仕事に厳しいか、恐ろしいか、という巷の噂を知っている鬼灯は、すぐにその考えを打ち消した。
(妙な術のせいで、私に対する感情が歪んで聞こえているのだろう、まったく、精神的にも攻撃してくるつもりですか・・・)
術のせいと決めつけて考えてみれば、さほど気持ちの悪いものではない。まあ、気持ち悪いことには変わりはないが、彼らの本心ではないと思い至れば児戯に等しい工作だ。
それよりも、身体にたまり続ける欲情の熱が問題だ。
昨日は失態を犯し、朝から無様を晒してしまったが、これからは意識をしっかり持って、情欲に流されないようにするつもりだ。
そこで、鬼灯は昨日途切れた白澤との電話を思い出した。
自分から切ったので話が中途半端に終わってしまい、今、白澤が果たして自分のために躍進しているのかどうか、進捗の具合が気になる。
懐に手を差し入れ、携帯とは異なる妙な鉄塊が指先に触れ、昨日自分が壊したことを思い出した。
「烏頭さんのところにでも行きましょうか・・・」
そう呟いて、鬼灯は技術科へと足を運んだ。