●広翼の孔雀44●
「ごめんください」
いつもは騒がしい機械音がけたたましく鳴り響いている技術科だが、今日は何故か静謐としている。そして、この部屋にいる獄卒たちが、鬼灯と目を合わせないよう、そそくさと挨拶をして逃げてゆくのだ。
『ああああ、本人だ、鬼灯様だああああ』
『やっべ。あれマジで本物かもしれねえ』
『みればみるほど本人ソックリだもんな、あれはヤバいよ・・・』
そんな囁き声が再び鬼灯の中に木霊し、鬼灯は例の動画か、とあきれ返った。
作業部屋の奥にあるPC室に入ると、そこで見たのは、今朝あった人物の後ろ姿、その背後を左右にウロウロと苛立たし気に行き来しているのは、髪が金髪の馴染みの鬼だった。
「烏頭さん蓬さん、こんにちは。どうですか?私の動画は?」
烏頭は鬼灯の声をかけられ、そこで初めて鬼灯の存在に気づいたらしく、弾かれたように顔をあげ、鬼灯を目の前にして困惑した表情をしていた。
「あ、ああ鬼灯、珍しいな、こんなところに。なんか用か?」
『ヤバイ・・・こいつのこんな姿、とっとと消さなきゃなんないのに、全然捗らねえ・・・こいつになんて言おう。それにしても、やっぱりあれって本人だよな・・・うん、間違いない。エロいから!』
こいつ下種だ・・・
鬼灯は烏頭の思考にげんなりしながら、マックとにらめっこを続けている蓬の方へ声をかける。
「蓬さん、どうですか?進捗具合は。私に似た人物の如何わしい動画、消せましたか?」
背後から声をかけられ、蓬も小さく椅子から飛びあがって、急いで振り返って鬼灯に視線を向けた。
「あ・・・鬼灯・・・それが、一度は完全に消せたと思ったんだけど、ダウンロードしていた誰かが何人も同じ動画上げてて、ツイッターの方もアカウント停止させたんだけど、なんせトレンド8位になっちゃったからな・・・注目度も高くて、ネットではその話でもちきりになっちゃってるんだよ・・・それもなんとかしようとしているんだけど・・・」
「なんとかいってないんですね」
「うん、ごめん・・・」
幸い、蓬からは心の声は聞こえてこない。他の獄卒たちとは違って、二次元にしか興味がないこの鬼は、鬼灯という男の鬼、しかも幼馴染の鬼灯には、最初っからそういう感情は持ち合わせていないらしい。
と、安心していたら・・・
『鬼灯の貴重な映像が、こんな安売りされちゃってホントに噴飯ものだよ!コイツのエロいところを知っているのは、俺たちだけでなきゃいけないのに・・・!』
こいつも下種だ・・・
と鬼灯はあきれ返ったが、二人が理由はどうあれ、自分の心配をしてくれるのは、焦る心の声からも感じられる。
この二人は、夜な夜な鬼灯を技術科に呼び出し、新しい機械の試作品だと銘打って、鬼灯の性的な反応をさせ、最後には二人でだまって輪○するという悪癖がある。
古くからの幼馴染で、二人に抱かれるということは鬼灯は気づかないでいるが、聡明な鬼灯がそれに気づかないはずがない、と二人も毎回思いながら、夜の遊戯はやめられないのだろう。
少しでも性欲のはけ口になって二人のフラストレーションの解消になればよい、と鬼灯は黙って抱かれているが、この二人の真意はどうなのだろうか。
今直球で聞けば確実に心の声で判明するだろうが、それをするのは反則だと鬼灯は思い、二人とは必要最低限しか会話しないようにした。