●スキャンダラスブラック6●
(くっ、こんな姿を撮られるなんて・・・!なんとかスマホを奪わないと・・・!)
鬼灯は焦ったが、両手を拘束され、ぐらぐらする意識ではろくに抵抗もできない。
両足がようやく自由になったので、せっかくの機会だというのに、それでも自由に身体を動かせられない自分が歯がゆかった。
その時、鬼灯に無体を働いていた一団の動きが止まった。
鬼灯はどうしたのだ、目の錯覚かと違和感を感じたが、実際に動けなくなってしまっているらしく、男たちはわめき始めた。
「おい、身体が動かねえぞ!」
「なんでだ!?これどうなってんだよ!」
「変だぞ!おい!なんなんだこれ!」
指一本動かせない男たちを前にして、鬼灯の理性が凛と立ち上がった。
捕まれていた両腕は容易にほどけ、鬼灯は立ち上がると、目の前でスマホを掲げたままで止まっている男からそれを奪い、金棒を奪還して素早くその場から逃げ去った。
正直一人一人金棒で叩きのめしたかったが、鬼灯の意識は未だ混濁の最中で、この包囲網から脱出できたことが唯一の救いだった。
隣の車両と車両の間の喫煙所に入ると、一気に眩暈が強くなる。
「くっ・・・!」
意識を失いそうになったが、とにかくスマホを破壊することが先決だ。
鬼灯はスマホを床に落とすと、その上から金棒を振り落として一発でスクラップにした。
しかし、そこまでが鬼灯の限界だった。
(あ、いけない、気を失う・・・)
そう思って床に倒れ伏しそうになった時、誰かが鬼灯の両肩に手を置いた。
「大丈夫ですか?」
その瞬間、鬼灯の混濁していた意識は明瞭になり、一気に意識が回復し、鬼灯の心も体も正常に戻った。
驚いて自分の肩に手を置いた人物を振り返ると、そこには女性とも男性ともとれる、端正な美貌の人物が立っている。声からして男なのだろうと分かったが、まだ若さあふれるピンとした声色で、好感の持てる人物だった。
「はい、大丈夫です、ありがとうございます」
その者の身体から神気が感じられたので、おそらくなんらかの神なのだろう。
しかし、長年生きている鬼灯でも見覚えのない柱だった。
「鬼灯様ともあろう方が、なぜあのような輩に?お身体の加減でも悪いのでしょうか?」
丁寧な口調で話しかけてくる神だったが、自分のことは知っているらしい。
「私のこと・・・」
「あはは、下世話ですが、雑誌で知りました。地獄の三大美男ということで、実に華々しいですね」
そのことを指摘されて、鬼灯は羞恥を覚え、相手の顔から目を逸らした。
背の高さは鬼灯と同じほどで、顔を向ければ正面から視線がかち合う。
しかし気まずそうにしている鬼灯とは裏腹に、その神は言葉をつづけた。
「実物を拝見するのは初めてですが、なるほど、実に美しい。美しさの中に色香があって、僕でもクラクラするほどです」
「・・・お恥ずかしいばかりです。私を助けてくださったのはあなたですか?」
鬼灯はため息交じりに言葉を吐き、改めて神に向き直って問い正す。
「差し出がましいとは思いましたが、尋常な様子ではなかったので・・・。全く、不逞な輩です。顔は全て覚えましたし、出自も追えますから、こちらの警察機関に届けておきますよ」
こちらの・・・?ということは、この神は日本の柱ではないということだろうか。
「あの、失礼ですがお名前を教えていただけませんか?不勉強で申し訳ありませんが」
鬼灯の申し出に神は機嫌をわるくするどころか破顔し、明るい声で返答した。
「いえいえ、僕なんてまだまだ名乗るような神ではありません。正式にお役を担えたら、名乗らせていただきます」
そう言うと、次の停車駅にさしかかり、鬼灯の言葉をさえぎって「では」と下車してしまった。
「せめてお礼を・・・」
という鬼灯の言葉を残し、列車のドアは閉まり、走り始めた。
窓越しに鬼灯を見送りながら、神は笑顔を絶やさなかった。
「またお会いしますよ、必ずね・・・」
そう呟いて、プラットホームを後にした。