●スキャンダラスブラック10●

うららかな気候に包まれ、誰もが和んだ気分になる桃源郷。
しかし、そこにある薬屋、極楽満月の主人は、なんだかおもしろくなさそうに生薬の葉をくるくると回している。



「白澤さーん、気分が乗らないなら、今日はお休みにして薬草でもとりにいきませんかー?」



桃太郎が生薬の瓶を一つ一つ拭きながら、椅子に腰かけてテーブルに足をのせている、だらしない恰好の白澤に声をかける。



「うーん・・・そだねー・・・」



しかしそう返事する声に力はなく、なんだか最近、どうも上の空なのだ。



(またフラれたのかなあ?でも、今回はちょっと立ち直りが悪いなあ。あ、もしかして鬼灯さんと別れたとか?)



鬼灯と白澤の仲を知っている桃太郎は、自分の都合の良い展開を考えて少し気分が高揚してしまった。
最近鬼灯が「地獄の三大美男」と噂されるようになってから、鬼灯のメディアへの露出があからさまに増えた。
これまで政見放送など堅苦しい番組にしか出なかったのに、トークバラエティなどに軽々しく出演し、軽薄な雑誌の取材にも片っ端から答えている。
発言には必ず「新卒募集」の思惑があったが、それをずっと聞かされている者は、それが鬼灯の「お約束」なのだと思い、本気で新卒を募っていると思っている者は減る一方だ。
そんな事に鬼灯は気づいているのか気づいていないのかわからないが、たくさんのメディアに取り上げられることによって動く姿が大勢の目に見られることにより、その美貌が注目され、過剰に演出されている。
鬼灯の色香は実際に会ってみなければわからないものだが、最近の高画質なTV画面は、その魅力すら表現してしまっている。



桃太郎は「敵が増える」と危惧していたが、桃太郎のカンが当たったとなれば、一番の邪魔者が去ったと言う事で、これで鬼灯に改めて告白しやすくなる。
いや、上司の別れた相手と付き合って、今後師弟関係が崩壊しやしないかとも危惧し、桃太郎は手放しでは喜べなかった。



(あー、今何してんのかなー)



桃太郎は鬼灯の美貌を思い浮かべながら、スマホを取り出してツイッターを覗く。
ある一部のファンが鬼灯のことを執拗に追いかけ、雑誌の掲載情報やら今日のスケジュールやらをいちいち上げるので、桃太郎は彼女のツイッターを追うだけで鬼灯の今の状況をつぶさに知ることができる。



そして、掲載された写真に桃太郎は少し驚いてしまった。



「白澤さーん。鬼灯様が、EU地獄のえらいサンと揉めたらしいですよ?」



「へ?EU地獄?」



相変わらず気のない返事の白澤にツイート画面をかざし、目の前に突き出してやる。
すると白澤の細い目がみるみる丸くなり、桃太郎からスマホを奪って両手で持ち、画面にかじりついた。



「こっ・・・!コイツ・・・!」



「え・・・お知り合いですか・・・?」



画面には、駅のホームでトイレを前にして仁王立ちになり、見下ろす先に銀髪ボブカットの細身の青年が倒れている情景を、真横から撮ったショットがあった。



『鬼灯様暴力沙汰!?あ、ありのままを説明するぜ、っていうか、トイレからこの人吹き飛ばされてきたんですけれど、そしたら鬼灯様がそのトイレから出てきたんですけれど!?一体トイレで男二人、何してたの!?キャー!』



その画面には、地獄の悪魔アスモデウスが地面に座り込み、立ち尽くす鬼灯を見上げている構図だったが、鬼灯の上半身の着物が明らかに乱れているのがすぐ目に付いた。



白澤はその雑誌を机にたたきつけると、すぐさまスマホを取り出してある番号にかける。



『はいもしもし』



ダルそうな鬼灯の声が聞こえたが、その声の奥に妖しい響きが潜んでいるのを白澤は見逃さなかった。



「おい!お前EU地獄のあの悪魔と会ってるじゃないか!」



まくしたてる白澤に、チッと舌打ちをする音が鬼灯から聞こえてくる。



『はあーい!白澤さん様!お元気ですかあー?』



鬼灯とは打って変わった軽薄な調子で、急に電話に割り込んできた人物に、白澤は驚愕しながら必死で頭の中を整理する。



「おい、おいおいおいおい!お前らなんで一緒にいるんだよ!その・・・アデスくん!鬼灯の身体は完治したんだ!付きまとっても意味ないから!」



『ふふ~ん、そうですかあ~?じゃあ、また新たにドールの刻印をつけるだけですヨーうふふふふふ』



「あーっ!ダメダメダメ!とりあえず鬼灯から離れて!一体何しに来たの!?」



『あらあら、随分嫌われてしまいましたねえー悲し・・・僕は普通に日本地獄の観光にきただけなんですよ・・・決して地獄の三大美男を追っかけてきたわけではありません、ええ、決して!』



もう間違いなくアデスは鬼灯目当てでこちらに訪れている。
鬼灯に後遺症まで残す苛烈な性的儀式を行い、あげく性奴○の楔まで打ち込んで返してきたのだ。
白澤の施術でかなり効力は薄らいだが、術者の本人がそばにいるとなると話は別だ。



『ふふーん、ホオズキさん、次はどこへ連れて行ってくれるんですかぁー?できれば、あそこのきらびやかでベカベカに装飾した妖しい雰囲気のビルに行きたいんですけれどー?』



「ラブホに誘うな!」



戯れのようなやり取りをしながら、白澤は気が気でない。
鬼灯に変わって!と急いて怒鳴ると、代わりに鬼灯の声が聞こえてくる。



『・・・こういうわけで、この方に付きまとわれて、今は困っています・・・』



「困っています・・・っていうか、お前体は大丈夫なのか?その・・・欲情してないか?」



『サイテーですね。誰がそんなこと・・・うっ!』



「ど、どうした!?」



『もう・・・!いえ、ちょっとわき腹を突かれただけです。お気になさらず』



淡々という鬼灯だったが、さきほどの声は閨のそれに近い声色だった。



「い、今どこにいるんだよ!」



『教えたら来るつもりですか?この方を引き離してくださるなら、教えますけれど』



その鬼灯の提案を、白澤は一つ返事で受けた。


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