●スキャンダラスブラック14●

「鬼灯!大丈夫か!?」



白澤が鬼灯からの連絡で駅に駆け付けたとき、当の鬼灯はホームの片隅に座り込んでいた。
まるで周囲からの目を気にするように壁にもたれかかって縮こみ、愛用の金棒も持っていない。座り方もおかしかった。臀部を直接床について、その周りを着物の裾で覆っているような奇妙な出で立ちだ。
さらに普段の鬼灯からは感じられない淫靡な雰囲気が体にまとわりつき、白皙の顔が心なしか上気しているように見える。



「どうしたのお前?こんなところで・・・!って、立ち上がれば?」



「うぅ・・・立ち上がりたいのはやまやまなのですが、立つと・・・零れる・・・」



「零れるって、なにが・・・あ!」



鬼灯が最低限裾をまくり上げ、座っている地面を見せると、そこには明らかに情交の後らしい体液のまじりあった跡があった。



「おいおい、どうしたんだよ?何があった?」



周囲を無意識に引き付けてしまう鬼灯のことだから、最近の知名度に乗じて、電車で無体を働いてきた輩がいたことは確かだろう。
しかし、普段の鬼灯ならばここまで身体を汚されるなどありえないことなのだが、と白澤は思案に暮れた。



「アスモデウスさんが・・・電車に乗ってきて・・・」



その一言で、白澤は弾かれたように鬼灯へ視線を向ける。



「はあ!?なんであいつが出てくんの!?」



「いえ・・・なんだかその、つけられていたようです・・・」



つけられていたにしても、鬼灯ならばあれだけ目立つ悪魔の尾行ぐらい気づくはずだ。
となれば、アデスと接触する直前も、気づけないほどのもめ事があったのかもしれない。
白澤はスマホを取り出してツイッターをチェックしようとしたが、座り込んでいる鬼灯が先だと思い、スマホはポケットにしまって鬼灯を担ぎ上げようとした。



「んんっ!零れる、零れるっ・・・!」



立ち上がろうとしない鬼灯に業を煮やしかけたが、「零れる」「立てない」の状況で白澤は全てを察知した。
白澤はポケットティッシュをまるまる一つ取り出して鬼灯に渡し、鬼灯に背を向けて「壁」を作ってやる。
その背後で、やるべきことを察した鬼灯がごそごそと動いているが、背後は見ない。



「ありがとうございます、助かりました・・・」



そう言って鬼灯が使用済みのティッシュを渡してきたので、白澤は我慢の糸が切れたかのように怒鳴った。



「そんな物返してくんな!ゴミ箱に捨てろ!」



しかし、子供でもわかる次の行動を、あえて白澤の嫌がらせに使うということは、鬼灯がすでに精神的に立ち直っているということだ。
どんな凌○のされ方をしたかはわからないが、鬼灯の精神面に問題はないと見て良いだろう。



「それで金棒はどうしたの?」



「電車の中に忘れてきました。たぶん回収されているでしょうから、後で駅舎へ行って取りに行ってきます」



淡々とした声で話す鬼灯だが、やはり白い顔がほんのりと紅くそまっている。
好き通るような白い肌に端正な美貌が乗っている様は美術品のように見事だが、そこに朱が交わることによって、生き物としての生々しさが生じ、急激に妖艶さが顔を出す。
白澤が鬼灯を性の対象としてみているからそう見れるのだろうか、今の鬼灯は色香を振りまき、自分がいなければ、すぐにでも怪しげな場所へ連れ込まれそうな危うさがあった。



「ほら、歩けるか?次はどこへ行くつもりだったの?」



「うっ・・・今日の仕事は全てキャンセルです・・・非常に理不尽ですが・・・」



文字通り仕事の鬼である鬼灯が業務を放り出すほど、今は体調が思わしくないと言う事だ。
西洋の悪魔が、鬼灯に一体何をしたのかは明白だが、場所も時間もわきまえないアデスに、白澤は非常識の思いを禁じえない。



一人で立とうとすると、ふらふらと足元がおぼつかない鬼灯を見て、白澤は仕方なく肩を貸してやる。



「か、厠に行きたいです・・・」



「トイレぶっ壊れてたから使用中止だよ。駅を出て、商店街でトイレ借りよう」



そう言って、白澤は鬼灯に肩を貸したままホームを歩き、改札を出て隣接の駅ビルに入り込んだ。



「あれ、鬼灯様じゃない?」



「ほんとだ!あら?しかも白澤様も一緒じゃない?」



「なんで?あの二人仲悪いんじゃないの?」



人の多い駅ビルの中では、二人の登場で若い女性たちが色めき立っていた。



「あー、ごめん、急病人なんだ。だからちょっと道ゆずってねー」



白澤は周囲に愛想をふりまいて騒ぎを治めようとするが、人が人を呼んでちょっとしたお祭り騒ぎになりつつあった。
中には断りもなしにシャッターを切る者もあり、温厚な白澤の心にもざわめきが立つ。
床に姿が映るほど磨き込まれた男性用トイレに二人して入ると、先に入っていた男たちも一瞬注目して目を剥き、白澤に顔を向けられてあわてて視線を逸らせた。



鬼灯を個室に入れると、白澤はトイレから出て、男女の札が下がったトイレの壁にもたれて待つ。
しかし時間にして十分は待っただろうか。鬼灯が出てくる気配は一向になく、白澤の心は不安の限界に達した。
トイレに入ると、一つの個室が閉まっているだけで他には誰もいない。
白澤は鬼灯の入っている個室のドアをノックし、中の様子を鑑みる。



「おおい、暗黒鬼神。調子はどうなんだよ?」



すると、しばらくして聞こえてきた声は予想を大きく外れたものだった。



「んん・・・るさい・・・しろ、ぶたぁ・・・・」



明らかに閨の中でしか出さない声での返事に、白澤の身体が熱くなり、すぐに開けるよう激しくドアを叩きまくる。



「おいおい、何してんだよ!ちょっと開けろ!」



白澤が声を上げると、鍵の外れる音がした後、無言でドアが少し開けられた。
その隙間から滑り込み、白澤は便座の上に座っている鬼灯を見て言葉を失う。



「うう・・・っ・・・・」



個室の中はむわっとした熱気に包まれ、鬼灯が発情したときの独特の芳香が漂い、床には使用済みのトイレットペーパーが散らばっていた。



「おいおい・・・どうしたんだよ・・・」



心配そうに顔を覗き込む白澤を、鬼灯が涙を湛えた瞳で上目遣いに見ると、恨めしそうにつぶやいた。



「この、馬鹿神獣・・・!神気を抑えることも、はぁ、できないんですか・・・」



そう言って鬼灯は足をゆっくり広げ、それにつれて着物の裾が割れてゆき、眩暈がするほどの白い美脚が現れる。
その様子に息をのんで魅入る白澤だったが、同時に自分のしでかした失敗にも気づいた。



闇の魔力を含んだアデスに犯され、その直後に正反対の性質である白澤の神気を当てられ続けては、収まりかけていた身体の中の熱が再び頭をもたげてしまう。
いわば、乱れた猫の毛並みをブラシで整えた直後に、反対から撫でて逆なでしてしまうようなものだ。



鬼灯の胸元を見ると、治まっていた性奴○の刻印が再び鈍光を放ち、鬼灯の呼気で上下する胸元で怪しく揺れている。



「全く、本当に手のかかるヤツだよ・・・」



白澤が鬼灯の手をとると、その甲に口づけ、発した言葉ほど、この状況を憂いている様子ではなかった。
むしろ手への口づけだけで体中を震わせている鬼灯を見て、愛おしさがどんどんせりあがってくる。


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