6月6日はシンフォニックシュガーちゃんのお誕生日!
と、ゆーわけで、先ずは斎藤なつき先生のイラスト!
そして、野山風一郎先生のお誕生日SSです!
お楽しみください!
1
国際教導学園の研究室で、甘樹菜々芭はいつものように研究に没頭していた。
ノックの音が聞こえ、学園の生徒である御白晴香が入室してくる。
「甘樹先生、頼まれていたデータの整理、終わりました」
晴香の父親の遺産であるエメロード・ラピスを調整し、魔法戦士エメロードフィーネへと変身できるようにしたのは菜々芭である。
それ以来、菜々芭と晴香はちょっとした師弟のような関係になっており、晴香は菜々芭の仕事をちょくちょく手伝うようになっていた。
晴香は教え子として優秀で、菜々芭も色々と教えるのが楽しい様子であった。
「ありがとう。助かりました」
菜々芭は正面のモニターで途中だった作業を続けながら、横のモニターに晴香が整理したデータを表示する。
並行して作業を行っている菜々芭を見て、晴香は心配げに声をかけた。
「あの、甘樹先生、少し休まれてはどうですか? もうお昼ですし、何か召し上がった方が……」
休む気配のない菜々芭に晴香がそう言うと、菜々芭は白衣のポケットからスティックの栄養食を取り出した。
「大丈夫ですよ。これで済ませますから」
そう言われ、晴香は眉根に憂いを寄せる。
「栄養が偏りますよ。ちゃんとしたものを食べないと、お体にもよくありません」
「必要な栄養価とカロリーは計算してありますし、サプリも併用してますから。大丈夫です、今の仕事が終われば、少しは楽が出来るはずですから」
「それ、先月も言ってたじゃないですか。一つ仕事が終わったら、すぐ新しい仕事が入って……」
菜々芭は地上世界では魔法研究の第一人者である。それ故に、彼女のもとには検証すべき研究データが方々から集まるようになっていた。
地上世界でも魔法の認知度が徐々に高まっており、その研究の重要度は日々上がっている。今が一番忙しい時期と言っても過言ではなかった。
そして、その忙しさのピークもいつ終わるのか、まるで見通しが立っていない。
菜々芭と同じく研究者であった晴香の父親は、寝る間も惜しんで研究を続けた結果、早世している。
晴香が菜々芭を心配するのはもっともだった。
そんな晴香に、菜々芭は微笑みかける。
「限界だと思ったら、ちゃんと休みますから。そんなに心配しないでください」
「で、ですけど……」
「地上で活動中のキールだけでなく、ファルケ、シルヴァについても不穏な動きがあると報告を受けています。色々あってロアも不安定ですし、魔法戦士としてのんびりしているわけにはいかないのですよ」
「それは……」
平和を守る魔法戦士として菜々芭の言っていることは間違っておらず、晴香はそれ以上言葉を継げなくなる。
俯く晴香を見て、菜々芭は手を休めて椅子から立ち上がる。
そして、教え子の頭を優しく撫でた。
「晴香さん、あなたの心遣い、とても嬉しいです。ですが、人々を守るため、無理をしなくてはならない時もあります。私の研究が滞ったせいで、誰かが――あなたや仲間たちが傷ついたとしたら、私は自分で自分が許せませんから」
「甘樹先生……」
晴香は何も言えず、曖昧な表情を浮かべたのだった。
2
実験データの精査中、菜々芭は不意に気配を感じて手を止める。
次の瞬間、窓が勢いよく開け放たれ、黒い人影が飛び込んできた。
「何者ですか!?」
菜々芭は椅子を蹴るようにして立ち上がると、警戒しながら身構える。
背中を向けていた人影が振り返ると、菜々芭は驚きの声を上げた。
「キール! どうしてここに!?」
咄嗟に変身しようとした菜々芭を、キールは手で制する。
「待て。戦うつもりはない。今日は警告に来ただけだ」
「……警告?」
菜々芭が訝しげな表情をしていると、キールはポケットから取り出した袋をデスクの上に置いた。
「これに見覚えがあるかな?」
「それは……ああ、私が当局に通報した薬ですね!」
「そうだ! 君が通報したせいで、販売できなくなった薬だ! おかげで山のように在庫を抱える羽目になった!」
憤慨しているキールに、菜々芭は呆れた顔を見せた。
「あれ、あなたが作った薬だったんですか。魔法に関連する技術が使われていたので、取り扱いを中止するように各方面に通達しましたが」
「そうだ。俺の錬金術の知識をもとに開発した胃薬だ。市販品よりずっと効くぞ」
「いえ、普通に薬事法とかその他諸々違反ですし。っていうか、何でそんな商売してるんですか……」
「何をするにも先立つものが必要でね。世界征服のための資金稼ぎの一環だ」
胸を張って言うキールに、菜々芭は盛大なため息をつく。
「世界征服を目指している割には、随分と小規模な資金稼ぎですね」
「あまり目立つと君らに狙われてしまうのでね。地上世界の発達した流通ネットワークに裏から食い込んでやろうと考えたのさ」
「ものは言い様ですね。ただ通販を始めただけじゃないですか。何にしろ、あなたが開発した薬を市場に出すわけにはいきません。どんな仕掛けがしてあるかわかったものではないですから」
「仕掛けなんて何もないよ。商売は顧客の信用第一。信頼というのは積み上げていくのは大変だけど、崩れるのは一瞬だからね。品質管理は徹底してるつもりだ」
商道を語るキールに、菜々芭はますます呆れた。
「そんなに真っ当に働く気があるなら、世界征服なんてやめたらいいでしょうに」
その言葉を受け、キールの瞳が一瞬怜悧に光った。
「俺が野望を捨てたところで、俺は追われ続けるだろう?」
「…………」
菜々芭は無言を返す。
キールを追っているのは魔法戦士だけではない。
ゲートの力、未来の知識、銀髪の魔王の系譜、ロアの女王の血統――それらがある限り、キールは永遠に狙われ続けるだろう。
目立たぬように活動しているのは、追っ手を警戒してのことだった。
「ま、そういうわけでだ。あまり俺の商売の邪魔をしないでくれと警告しに来たんだ」
そう告げた後、キールは呪文を唱えて異空間からいくつものダンボール箱を取り出し、菜々芭の研究室に積み上げた。
「何ですか、それ?」
「君のせいで売れなくなった胃薬の在庫だ。賄賂代わりにここに置いていく。さっきも言ったように効果は保証するよ」
「そうですか。燃えるゴミの日に出しておきます」
「おおい!? 酷いな!? 君、気苦労が多そうだし、せっかくだから使ってくれよ!」
「気苦労の原因の一つが何を言ってるんですか。そんな怪しい薬お断りですよ」
「怪しくないって! ま、まあ、この薬は実はついでなんだ」
「ついで?」
「これを君に渡そうと思ってね」
そう言って、キールは兎が乗ったブランコの置物を菜々芭に渡した。
「何ですか、これは?」
菜々芭は手のひらに乗るサイズのブランコの置物をじっと見つめる。精巧に出来ており、軽く揺らすとブランコが前後に振れた。
そして、わずかながら魔力を帯びている。
「それは持ち主に危険が迫ると揺れるブランコのミニチュアさ。危険が大きければ大きいほど、揺れも激しくなる。今度売り出そうと思っている新商品だ」
菜々芭はブランコの置物をじっと観察する。
「……変な仕込みはないようですね」
「だからそんなことしないって。魔法のかかっている商品はまだ規制がかかっていないからね。この隙に売りさばく」
魔法がかかっているという触れ込みの商品が最近目立つようになったものの、そのほとんどは偽物であり、法規制の必要を国会でも議論されていた。
「どうしてこれを私に? これも賄賂ですか?」
菜々芭の問いに、キールは首を横に振った。
「いや、それは純粋なプレゼントさ。もうすぐ誕生日だろう、甘樹先生」
「誕生日……」
菜々芭自身も失念しかけていたが、確かにもうすぐ誕生日であった。
「学生時代はお世話になったからね。一応礼儀として」
そう言うキールに、菜々芭は不思議そうな顔をする。
「それだけで、敵である私にわざわざ誕生日プレゼントを?」
「君は得がたい人材だからね。いつか俺の下についてもらうために、こうして小まめにアピールしておくのさ」
冗談めかして言うキールに、菜々芭はため息をついた。
「この程度であなたに気持ちが傾くとでも?」
「まさか。魔法戦士の中でも君は最も籠絡の難しい人間だと思っているよ。だけど、君と俺とはどこか通じるところがあるとも思っている」
「そんなもの……ありませんよ」
菜々芭はわずかに言い淀んだ。
「ま、誕生日プレゼントは素直に受け取ってくれると嬉しいかな」
そう言って、キールは背を向ける。
去ろうとしたキールの背中に、菜々芭は声をかける。
「投降するという選択もありますよ。私たちの監視下に入ることで、他から守るということも……」
「そう簡単ではないことは、君だってよくわかっているはずだ」
振り向かずにキールが返した言葉に、菜々芭は押し黙った。
「それじゃ、また会おう、甘樹先生……いや、次はシンフォニックシュガーとして、かな?」
それだけ言い残すと、キールは窓から外に飛び出していったのだった。
3
学園の家庭科室で、晴香は包丁片手に調理台に向かっていた。
「それで……何を作るのですか、晴香さん?」
晴香の友人でエメロードナイツの一人、黒宇霞がそう尋ねる。
「これから甘樹先生の誕生日プレゼントを作ります」
その言葉に、もう一人の人物が反応する。
「菜々芭ちゃんの誕生日プレゼントですか?」
それは学園の理事長である百合瀬莉々奈だった。
「はい。最近甘樹先生は忙しすぎです。ですので、滋養強壮にいい料理を作って、少しでも先生の力になろうと思うんです」
晴香の提案に、莉々奈は笑顔で頷く。
「いいアイディアですね。菜々芭ちゃん、全然休みを取らないから……私も再三言ってるのだけれど」
「そうなんです。ですから、せめて美味しくて健康にいいものくらいは召し上がってもらわないと!」
晴香は気合い充分に腕まくりをする。
「そういうことですか。お手伝いしますよ、晴香さん」
霞も賛同し、晴香の隣に並ぶ。
晴香は買い物袋の中から、大量の食材を取り出した。
「健康にいい食材をできるだけ揃えました。これを使って最高の料理を作りましょう!」
そう言って晴香が手に取ったのは、赤い液体の入ったビンだった。
「それは何ですか?」
「スッポンの血です」
莉々奈の質問に晴香はそう答える。
「ス、スッポンの血ですか? まあ、滋養強壮の効果があるとは聞きますが……」
「このスッポンの血で豚肉、鶏肉、アジ、サバ、さんま、ウナギ、豆腐、ネギ、ニンニク、オクラ、長芋を煮込んで、酢を加えながら梅干しで酸味を足して、柑橘類で香りを……」
「ちょ、ちょっと待ってください、晴香さん」
食材を並べていく晴香を霞がたまらず制止する。
「そ、それ、全部使うんですか? 闇鍋みたいになりませんか?」
霞のツッコミに、晴香は笑みを見せる。
「大丈夫、全部健康にいいものだから」
「い、いえ、健康にはいいかもしれませんが、その、味が……」
「心配ないわ、霞ちゃん。これがあるから」
そう言って晴香が取り出したのは、カレー粉だった。
「多少の味のブレはカレー粉が隠してくれるから。カレーも健康にいい食材だしね」
「そ、そうでしょうか?」
霞は不安そうな視線を莉々奈に送る。
何事か考え込んでいた莉々奈は、一つ頷くと笑顔になった。
「素晴らしいです、御白さん。菜々芭ちゃんは私にとってとても大事な人。彼女の健康のためなら、私も協力を惜しみません。百合瀬財閥の全力であなたをバックアップします。必要なものがあったら何でも言ってください。すぐに用意させますから」
「ありがとうございます、理事長」
莉々奈もすっかりやる気になっており、晴香と二人で料理に燃えていた。
まだ常識的な判断力を残している霞は、どうしたものかと悩む。
「と、止めた方がいいのでしょうか……」
迷っていると、晴香が霞に顔を向ける。
「霞ちゃん、甘樹先生のために、一緒に頑張ろうね。霞ちゃんが手伝ってくれて、とっても心強いわ」
その笑顔が放つ輝きの前に、霞の判断力は塵となって消えた。
「は、はいぃ! 頑張りましょう、晴香しゃん!」
こうして止める者は誰もいなくなってしまった。
4
誕生日当日、キールからプレゼントされたブランコの置物が、唐突に激しく揺れ始めた。
「え? な、何ですか?」
危機を知らせるというブランコは、勢いよく前後に揺れていたかと思うと、さらに加速して回転を始める。
「な、何だか、ものすごい勢いで回っているんですけど……」
凄まじい勢いで回転していたブランコは、終いには鎖が千切れて飛んでいった。
それと同時に、研究室のドアが開き、料理の乗ったワゴンを押しながら晴香たちが入ってきた。
「お誕生日おめでとうございます!」
晴香たちの健康料理のおかげで菜々芭は久しぶりに連休をとることになり、キールにもらった胃薬は大いに役に立ったという。