少女と風神のとある一日
少女と風神のとある一日
「よしっ、こんなものかしらね」
風寺響(ナル)は自室での作業を終え、達成感と共に息をついた。目の前には、フローリングに置いた小さな2段ラック。そこに、セッティングし終えたばかりの小動物用の飼育ケージがちょこんと鎮座している。ケージの中にはたっぷりのウッドチップを敷き、巣箱や回し車、コーナートイレを配置してある。
『……ここが彼女の住まいになるのですか?』
ナルの頭に響いた声。その主は、ナルを依り代とする風の化身、ウルトラオラージュである。
「そうよ。結構いい感じでしょう?」
相棒の風神に答えつつ、エサを入れた器と給水ボトルをケージにセット。そして満を持して、勉強机に置いていた小さな紙の箱をそっと手に取り、蓋を開けてケージの中へ置いた。
「ほら、出ておいで。ここがあなたのおうちよ」
箱に声をかけると、中からヒョコっと顔を出したのは、尾の無いネズミのような小動物。グレーの毛並みに、額からお尻にかけて黒い筋模様が通っているジャンガリアンハムスターだ。
『それにしても急でしたね。ご友人から突然この仔を託されるとは……』
「里親が見つからなくて困ってたからね。無計画に増やすのは感心しないけど」
言いながら、ナルはケージの中のを眺める。
短い手足でヨチヨチと歩き回る幼いハムスター。エサ入れに体ごと入ってみたり、床敷を掘り散らしてみたりと、ケージ内を自由に探索している。そうこうしているとハムスターは後ろ足で立ち、つぶらな瞳でじっとナルを見つめていた。
キュゥンッ!
「はうぅ……き……きゃわいい! メイにも見せなきゃ!」
すぐさまスマホを手に取ってカメラを起動させ、あらゆる角度からシャッターを切る。
この日、半ば押し付けるようにして学校の友人からハムスターを譲られたナル。最初こそ戸惑ったものの、もともと動物好きなこともあり、ホームセンターで飼育グッズを買い揃える頃にはハムスターとの生活をあれこれ想像し、心を踊らせていた。
なので、
『……むぅ……』
自分の内にいる風神のテンションが妙に低くなっていることに、ナルは未だ気付いていなかった。
「 オラージュ見て! 回し車に乗ってるわ! さっそく遊んでみたくなったのかしら? ほんと元気ねぇ、この子」
そんなことを言いつつスマホを動画モードにして構えていると、少し遅れて返事が聞こえた。
『私には……元気というよりも、新しい環境に置かれて落ち着きが無いだけのように見えます』
(あれ? なんかすごくまともな回答がきたわね……)
何かにつけて感動するオラージュには珍しい、感動の無い至極もっともな返答。そして、どことなく投げやりな雰囲気を漂わせているのは気のせいだろうか。
「まあそうなんだろうけど……ほら、もしかしたら本当に遊びたくなった可能性もあるでしょ?」
『……そうですね。もし回し始めたら、ずーーっと観察できますね』
それだけ言うと、オラージュはプイッとそっぽを向いたようだった。
「オラージュ?」
ナルはようやくオラージュの様子がおかしいことに気付き、撮影の手を止めた。
「ねえ、どうしたのよ? なんか元気ないじゃない」
『そのようなことはございません。どうぞ、私などにお構い無く、その愛くるしい鼠嬢とお戯れくださいまし』
「ネズミ言わないの」
思えば子ハムを引き取ってからこんな調子だった気がする。
(まさか……)
ナルは思い至った結論に半信半疑だったが、とりあえず確かめてみることにした。
「……わかったわ。じゃあお言葉に甘えて、しばらくこの子とふたりっきりのつもりで過ごそうかしら?」
そう言ってハムスターを取り出し、ケージの上に乗せる。
すると、
『──ッ!!!』
オラージュから言葉にならないほどのショックを受けている気配が伝わってきた。ついでに、押し殺した嗚咽も。
『うぅ……グスッ……』
(こ、これは……)
ナルは確信した。
間違いなくこの風神は嫉妬している──ハムスターに。
「ちょ、冗談だから! オラージュが強がり言うから、ちょっと意地悪しちゃったのよ。ごめんってば」
『つ、強がってなどいません! 私は曲がりなりにも……神、ッ……で……ナルの関心と愛情を一身に受ける存在がひとつ屋根の下にやって来ようと……私は広い心で受け止めっ……ぐすっ……う……うぅ……!!』
(うわぁ……す、すごい泣いてる……後半喋れてないし……)
ここまで焼きもちを妬かれると嬉しい反面、この風神の情緒が心配な気もする。
(うーん、どうすれば機嫌を直してくれるのかしら……あっ、そうだわ)
ナルは当初から予定していたことを思い出す。
(本当はひとしきり盛り上がったあとで言おうと思ってたんだけど……)
こうなっては仕方ない、と、ナルはハムスターをケージに戻してから傷心中の相棒に話し掛けた。
「ねえ、オラージュ。この子の名前なんだけど……」
『ぐすっ……ひっく……な、まえ……?』
「“フーコ" にしようと思うの」
『ふぅ……こ……?』
「うん。オラージュは風の化身で、私の名字は風寺。だから、わたしたちと縁のある“風" をこの子の名前に入れたいと思って」
『……!』
オラージュがハッとしたように泣き止む。
『それで、"フー"コ……。ナ、ナルは……私たちに由来する名前をお考えになったと……?』
「そうよ。ピッタリかなーと思ったんだけど……いや?」
そう聞くと、オラージュがブンブンと首を横に振る気配が伝わった。
『とんでもございません! とても、 とても光栄ですっ! ナルが、私の要素も命名に取り入れて下さるなんて……!』
感極まったように言うオラージュ。 先ほどまでのローテンションはどこへやら。オラージュはすっかり元気を取り戻していた。
『私たちに由来する名を持つ、はすむたー。嗚呼……私、フーコの事が愛おしく思えて参りました……!』
「フフ……そう思ってくれるなら、この名前を考えた甲斐があったわ。仲良くしてあげてね」
『はいっ!』
ナルはオラージュの嬉しそうな様子に思わず笑みをこぼす。
その時、カラカラカラ……と軽やかな音が室内に響き渡った。
『! ナル! フーコが回し車を……ほら、はやくご覧くださいな!』
オラージュの声にケージの中を見ると、フーコが回し車の中で軽快に走っていた。
「すごーい! 本当に走ってくれるなんて…こうしちゃいられないわ! 動画録らなきゃ!」
少女と風神のとある一日。その日は少しだけ、特別なものになったのだった。
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ナルとオラージュのほのぼの、ようやくの完成です…!
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