啓進 2023/08/20 12:31

#笑点 林家木久扇さん、脳裏に焼き付く空襲の恐怖、戦争に見る人間の愚かさ

https://youtu.be/6LmrPSfXqqw?si=TWJfpR0FGvByQ_g5

  • 林家木久扇さん、脳裏に焼き付く空襲の恐怖 戦争に見る人間の愚かさ

人気テレビ番組「笑点」(日本テレビ系)でおなじみの落語家、林家木久扇(85)。明るくイジられキャラとして知られるが、時々戦争の記憶が脳裏に浮かぶという。その戦争体験に耳を傾けた。

7月下旬、東京都内。午前から焼けるような暑さの中、記者(屋代)は木久扇を尋ねた。2014年、喉頭がんを患い、「笑点」の大喜利コーナーを、一時期休演した。復帰当初は声を出すのがつらそうだったが、昨今は張りのある口調が戻っている。取材場所に行くと、「ようこそ」と出迎えてくれた。

2年前に脚を骨折し、以来、大喜利には座布団の上でなく、椅子に座って出演する。「正座は、15分ぐらいできるんですよ。ただ(座布団に)座るまでと後で立ち上がるのが、時間がかかる。格好悪くてね」。立つのはできるんですよと、ひょいと椅子から腰をあげて見せる。元気な姿に、ホッとした。そして、ゆっくりと自身の経験を語り出した。

1937年、東京・日本橋に生まれる。実家は久松町の雑貨問屋。番頭を何人も雇うなど、経済的に余裕のある家庭だった。

太平洋戦争の開戦後、戦火は次第に東京にも及び、44年ごろから空襲が激しくなる。空襲の記憶をこう語る。

「家の2階で寝ていましたが、部屋の三方にある窓のどれかがいつも明るいんです。空襲の炎で。大人たちは『茅場町が焼けた。きょうは両国だ。次は浅草かな』と会話していました」。子ども心に、異常だと感じていた。

軍国主義教育のもと、学校の先生が子どもたちに将来何になりたいかを尋ねた。「元帥になりたいです」といった回答が多かったが、絵が大好きだった木久扇少年は「絵描きになりたいです」。自著「ぼくの人生落語だよ」によれば、兵隊さんになりたいと一度も思ったことがなかったという。この頃既に、世の中を斜めに見る落語家の萌芽(ほうが)があったのかもしれない。

戦火を避けるため、母と本人、妹たちで、まず溝口(川崎市)へ移った。その後、事情があってさらに高円寺(東京都杉並区)へ。父親は警防団の班長をしていたため、日本橋を離れられなかった。

高円寺に移り住んでから数日後。45年3月10日の未明。米軍のB29機が多数襲来した、東京大空襲だった。

10日の朝、木久扇が高円寺の家の門を開けると、髪は焼け焦げ、真っ黒になった父が立っていた。久松町のあたりは、ほとんどが空襲で燃えてしまった。自分たちの家も。自転車を見つけ、こいでこいで、命からがら高円寺までたどり着いたという。

「父が防火用の貯水槽に逃げ込んだら、炎のせいで、お湯になっていたそうなんです。(日本橋の)近所には、防空壕(ごう)に避難して蒸し焼きになってしまった人もいた。もし日本橋にいたら、僕は死んでいたなと思いました。無残で、悲惨なことが起こったんです」

同年8月15日、杉並の桃井第三国民学校の校庭で、ラジオの玉音放送を聞く。戦後、米軍が見たこともないような巨大なトラックで走り回る様子を目にして、驚いた。「ああ、日本はこんな国と戦っていたんだ」。国力の差を改めて感じさせられた。

高校卒業後、社会人を経て漫画家デビューしたが、60年に落語界に入った。69年に「笑点」の大喜利メンバーになる。その間、前述の喉頭がんのほか、腸閉塞(へいそく)や胃がんを患い、いずれの時も「死」が頭をよぎった。しかし、「心」は折れなかったという。

「普通はしょげちゃうよね。でも、空襲の時の恐怖に比べれば、という思いはいつもあった。空襲の経験が僕の人生の始まり、『第一幕』だと思っているんです」

「笑点」での木久扇と言えば「おバカキャラ」がその代名詞。他のメンバーからも、毎週のように「バカ」とからかわれる。だが、社会情勢や環境問題への警鐘を込めた言葉が出る。

今、気になるのはロシアのウクライナ侵攻。「ニュースを見るたびにつらくなりますよ。母親を失った子どもが、焼け跡で泣く光景。自分たちも、あんな目に遭った時代があったと思い出します。腹立たしいというより、人間の愚かさが透けて見えるようですね」

翻って、現在の日本に思いをはせる。「僕は、せがれや孫たちを見てこう思うんです。ずっと平和な中で育ってきたから、本当に戦争になったときのことを想像できていない。戦争っていうのは、突然始まるんです」。今でも思い返すのは「近所の人が出征する。そして(遺骨が)箱になって帰ってくる」光景。そんな時代が来ないために、何が必要なのか――。今も考え続けている。

インタビューの最後、こう声をかけられた。「(戦時中を生きた人は)皆さん、いろんな体験をされています。ひとりずつその受け止め方は違うはずですからね」

戦争を知らない世代には、ぜひ、いろいろな戦時体験に耳を傾けてほしい――。そんなメッセージを投げかけられたように思った。【屋代尚則】

林家木久扇さん、脳裏に焼き付く空襲の恐怖 戦争に見る人間の愚かさ

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