バットマンという教科書
バットマンという教科書
米国映画でもアイアンマンやスパイダーマンの様な勧善懲悪っぽい作品はあります。
それらの作品は日本のヒーローモノよりは正義と悪がわかりにくい部分は多いです。
しかし、バットマンは悪党が笑って正義が常に苦しんでいる作品なんですよね。
どれだけ酷い人殺しでもその人間を処刑してしまったら同類になってしまう。と常にバットマンは人を殺しません。
それは人を殺すのが悪いからという単純な理由ではなく、悪い人間と同列になるのを恐れているからです。
バットマンがヒーローになる前に1番怖い物が"コウモリ"だったからこそ自分が1番怖い存在になるという単純にして革新的なシンボルなんです。
鋼の戦士だからアイアンマン。蜘蛛に刺されたからスパイダーマン。そんなヒーローとは意味合いが違います。
自分の最大の弱点を最大の武器にする。
これって創作者にも言える事だと思っていて、人間不信な人って人の心の闇をよく理解しているし、
血が苦手な人は、人の痛みや恐怖心などの心情がよく理解できる人なんじゃないでしょうか。
普通の人が考えるホラーと、毎晩誰かに追い掛けられる悪夢を見る人の考えたホラーはどちらが怖いか考えるまでもないです。
もう何回観たかわからないバットマンですが観るたびに考えさせられる映画です。
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