八卦鏡 2022/03/15 00:00

寮長日記9[虫女・前編]

生徒会室
学園内で、伝染性膿痂疹が流行している。
俗に飛び火と呼ばれる細菌感染症だ。
皮膚に紅斑を伴う水疱や膿疱が現れる。
それが破れて、びらんや厚いかさぶたができる。
接触感染を起こす為、本日から学校閉鎖となった。
しかし、生徒会室には、生徒会長の鮫影刹那の姿があった。
刹那の傍には、副会長の河豚静香の姿もある。
刹那は厳しい表情で、来るべき生徒を待っていた。

白滝聖良(しらたき・せら)

医学部の部長を務める、三年生の女生徒だ。
そして、あの学生寮の寮生でもある。

トントントン

生徒会室の扉がノックされる音が響く。

聖良「医学部の部長が、往診に参りましたよ」

刹那「どうぞ」

刹那が促すと、扉が開き一人の女生徒が現れた。
制服に白衣姿で、眠たそうな顔をしている。

聖良「生徒会長も、飛び火に感染しましたか?」

聖良は気怠そうに、生徒会室の中へと入って来る。

刹那「いや、私も副会長も飛び火には感染していない」
刹那「君を呼び出したのは、我々の診察の為ではない」

聖良「ボクに医療以外を求められても、何もできませんよ?」

刹那「呼び出した用件は、飛び火についてだ」

聖良「飛び火に関する医学部の見解は、既に提出済みですよ?」
聖良「あれ以外の情報は、医学部にはありませんよ」

刹那「今回は、医学部ではなく、寮生として君を呼び出した」

聖良「それは、妙な言い回しですね」

刹那「これ以外の表現が難しくてな」
刹那「今回の飛び火は、超常的な事象が関わっている可能性がある」
刹那「君の医学以外の意見を聞きたい」

聖良「そういうのは、寮長の方が得意だと思いますよ」

刹那「あの魔女は、寮生に関係ない事には協力的ではない」

聖良「それなら、寮生が関係するようにすればいいのでは?」

そう聖良が発言した途端、刹那の顔が険しくなる。

刹那「それは、寮生の誰かを飛び火に感染させろという意味か?」
刹那「あまり、私を見くびるなよ!」

殺気にも似た空気が、生徒会室に満ちる。
普通の生徒なら、萎縮してしまうだろう。
しかし、聖良は眠たそうな顔のままだ。

聖良「ふっ、冗談ですよ」
聖良「前の生徒会長は、学生寮と権力争いをするつまらない人間でした」

刹那「今は私が生徒会長だ」
刹那「あの権力に執着した女は失脚した」

聖良「ふっ、そうでしたね」
聖良「私でよければ、生徒会に協力しましょう」

刹那「感謝する」

聖良「それで、今回の飛び火に関係する超常的な事象とは?」

刹那は傍らの静香に説明するように促す。

静香「まず、医学部の今回の感染症の見解を、再度お願いします」

聖良「今回の感染症は、飛び火で間違いない」
聖良「飛び火の原因となる細菌は、人間の皮膚に常駐している」
聖良「飛び火は虫刺されや転んだ傷などから、二次感染で発症する」
聖良「今回は、学園内に発生してる虫に噛まれる事で発症している」
聖良「今回の感染症は、医学的見地からは、超常的な事象は何もない」

静香「問題となるのは、学園内で発生してる虫です」
静香「当初、目撃した生徒達の証言では、スズメバチでした」
静香「そこで、駆除した虫の死骸を生物部に調べさせました」
静香「結果、その虫の正体はアカウシアブでした」

聖良「そうだね、アカウシアブはスズメバチにそっくりだ」

静香「虫の被害者は、皮膚を刺されたのではなく噛まれています」

聖良「そうだね、アカウシアブは吸血害虫だからね」

静香「そして、発生源が未だに特定できていません」

聖良「そうだね、アカウシアブは巣を持たないからね」

静香「学園内の場所と時間に関係なく、大量に発生しています」

聖良「確かに、学園内に大量に発生する原因は不可解だね」
聖良「アカウシアブは、主に自然豊かな山地に棲息する」

刹那「そう、そこが重要だ」

刹那が話に割って入る。

刹那「まずは、これを見てもらう」

刹那が指示すると、静香が手に持つタブレット端末を聖良に見せる。

赤い画面に、英数字の8に似た赤い文字が並んでいる。

聖良「これは?」

刹那「数日前、廃墟研究部の女生徒が消息を絶った」
刹那「山奥のゴミ処理施設の廃墟に、取材に行ったらしい」
刹那「その後、心配になった他の部員が、その場所で捜索を行った」
刹那「これは、その場所で回収されたビデオカメラの映像だ」
刹那「映像は、この赤い背景に8の赤い数字の映像がほとんどだ」

聖良「ほう」

聖良は興味深そうに、タブレット端末の画像を凝視する。

刹那「そして、鮮明に映っている映像が一枚だけある」
刹那「その内容は、グロテスクでビザールなものだが大丈夫か?」

聖良「人間の死体をはじめ、そういう類のものは見慣れています」

刹那「そうか」

刹那が頷くと、静香がタブレット端末の画面をスワイプする。

映像の端は赤くなっているが、人間と何かが鮮明に映っている。

聖良「この映像の人物が、廃墟研究部の女生徒ですか?」

刹那「そうだ」
刹那「問題はその女生徒の背後にいる、奇妙な生物だ」

聖良「…………………………」

刹那「次は音声だが、こちらはノイズが入ってるが普通に聞き取れる」

刹那がそう言うと、静香がタブレット端末の音声ファイルをタップする。

ビデオカメラの音声ファイル(CV.小日向 南)

聖良「…………………………」

この音声から、ゴミ処理施設の廃墟で、何かに襲われた様子が分かる。

聖良「なるほど」

刹那「これらの情報から、君の意見を聞かせてくれ」

聖良「これから述べる意見は、私がかつて読んだ魔導書からの知識です」

静香「魔導書?」

聖良「そう、魔導書です」
聖良「魔導書に書かれてあった知識以外は、何も分かりませんが宜しいか?」

刹那「かまわん」

聖良「その女生徒を襲ったのは、バオート・ズックァ=モグだと思われます」

刹那「バオート・ズックァ=モグ?」
刹那「何だそれは?」

聖良「かつて、惑星シャッガイに棲息していた怪物です」
聖良「一見すると蜂のような、昆虫の部位を繋ぎ合わせた外見をしています」

刹那「この画像と音声だけで、怪物を特定できるのか?」
刹那「それは、かつて君がこの怪物を見た事があるからか?」

聖良「いえ、全て魔導書からの知識で、この目で見た事はありません」

刹那「では、何故だ?」

聖良「特定した決め手は、一番最初の赤い背景に赤い8の数字の映像です」
聖良「バオート・ズックァ=モグは、常に電磁波を放出しています」
聖良「その電磁波を浴びたデジタルデータは、確実にバグります」
聖良「そのデータをモニターで表示すると、8を羅列した画像が現れます」
聖良「ちなみに、その画像には何の意味もありません」

刹那「なるほど」
刹那「映像と音声から、その怪物に女生徒が襲われているのが分かる」
刹那「具体的に、その怪物が女生徒に何をしているのか分かるか?」

聖良「おそらく、アカウシアブを体内に寄生させているのでしょう」

刹那「その怪物は、アカウシアブを操れるのか?」

聖良「先程話した電磁波で、あらゆる昆虫を支配できます」

刹那「という事は…」

聖良「その女生徒は、アカウシアブの歩く巣となっているでしょう」

刹那「その女生徒が、この学園に戻り潜伏している可能性があると?」

聖良「そうですね」

刹那「その目的は何だ?」

聖良「残念ですが、その魔導書は途中で解読を中止しました」

刹那「何故だ?」

聖良「私の医療に役立つ内容ではなかったからです」
聖良「未読のページに、新たな情報が記されている可能性はあります」

刹那「その魔導書の続きを解読できるか?」

聖良「その魔導書は、今も私が所蔵しているので解読は可能です」

刹那「では、魔導書の続きの解読をすぐにやってくれ」

聖良「ふむ、いいでしょう」
聖良「このまま放置すると、危険な事態になるのは私も予想できます」
聖良「魔導書の解読が終わったら、すぐにお伝えしますよ」

聖良は気怠そうに刹那たちに背を向けると、生徒会室を退室した。

刹那「今日は学校閉鎖で、学園内に生徒たちはいない」
刹那「アカウシアブの歩く巣となっている女生徒を狩り出す」

静香「すぐに風紀委員会に連絡して、捜索させましょう」

刹那「ふむ、それと…」

学生寮
学生寮307号室。
白滝聖良の部屋だ。
普段は、保健室と連結した医学部の部室にいる事が多い。
学生寮の自分の部屋には、めったに戻らない。
聖良は本棚から一冊の書物を取り出し、机の上に置いた。

オレンジ色の謎の皮で装丁された魔導書。
ページのサイズがバラバラで、表紙から歪にはみ出ている。
全てラテン語で記され、著者は誰か分からない。

アピスメモリア(蜂の記憶)

それが、その魔導書の名前だった。

聖良「さて、まずは紅茶を淹れよう」

聖良は気怠そうに、マグカップに電気ポットの保温の湯を注ぐ。
そこにティーバッグを放り込むと、適当にちゃぷちゃぷさせる。

聖良「はい、あまり美味しくない紅茶の完成!」

聖良は紅茶を机に置き、椅子に座る。
そして、眠たげな顔であくびをする。

聖良「魔導書の解読と簡単に言うが」
聖良「魔導書の解読は精神を蝕む」

魔導書を開くと、紙面にラテン語の文字が並んでいる。

聖良「禁断の知識は、狂気と同じだ」
聖良「本来は、ボクのような普通の人間が読むべきではない」
聖良「そこで…」

聖良は机の上に置いてある、薬瓶の蓋を回して開ける。
その薬瓶の蓋には、スポイトが付いている。
スポイトを摘むと、黄色い薬液がスポイトに吸い上げられる。
それを紅茶に数滴たらすと、紅茶が黄色に変色する。

聖良「ボクが調合した、特別な精神安定剤」
聖良「これで、狂気が精神を蝕むのを阻む」

サニドアイ

聖良が、別の魔導書で調合法を発見した薬だ。

聖良はマグカップを手に取り、黄色い紅茶を口に流し込む。

輝く金色の瞳を持つ者
驚異の宮殿に住む猊下
冒涜的なクトゥルフの双子
我に狂気に抗う心の加護を

聖良は呪文のような言葉を静かに呟く。

聖良「さて、始めますか!」

聖良は魔導書の解読を始めた。

夢想郷
そこは、剥き出しのコンクリートの壁が崩れた廃墟だった。
倒れたコンクリートの柱を椅子にして、一人の少女が座っている。

鉄山歩(てつやま・あゆみ)

廃墟研究部の部長にして、廃墟をこよなく愛する人間だ。
歩は壁の穴から広がる外の景色を眺める。
濃灰色の空と、半壊した謎の建造物が霞んで見える。
廃墟好きの歩にとっては、心が落ち着く素晴らしい場所だ。
歩の座る柱の前には、赤錆の浮いた金属のロッカーが倒れている。
それがテーブルだと言わんばかりに、その上に食べ物が置かれている。
カレーライス、ハンバーガー、フライドチキン、ラーメン。
全て歩の大好物の料理だ。
アイスクリーム、ケーキ、チョコレート、ポテトチップス。
全て歩の大好物のお菓子だ。
コーラ、カフェオレ、アップルジュース。
全て歩の大好物の飲み物だ。
ハンバーガーにかぶりつき、ポテトチップスを摘んで、コーラで流し込む。

歩「ぷはっ!」

歩はあまりの美味しさに、満面の笑みを浮かべる。
さっきから食べまくっているが、全く満腹にならない。
ひたすら、食べる事による美味しさの快感が続く。
食べ物は、蜂のような仮面を被った黒服達が持って来る。
さながら、歩は女王蜂のような待遇だ。
冷静に考えれば、これは異常な状況である。
しかし、歩は何の疑問も持たずに、食欲に任せて食べ続ける。
満腹感はないが、歩の下腹部は妊婦のように膨らんでいた。

寮長日記9[虫女・後編]

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