田宮秋人 2022/10/15 21:19

ブレイズハート小説版 第1話

暗い洞窟の中、時折散る火花が辺りを明るく照らす。だが、そこに映るのは影ばかりだ。
「はぁぁぁっ、水流斬!」
 凛とした声と共に二振りの刀が振るわれると、剣閃が水流となって黒い影を切り裂く。影は声もなく闇に溶け、消えていった。一人残ったのは、長い髪をポニーテールにまとめた一人の少女。首から下を黒いスーツに身を固め、両手には二振りの直刀が握られている。彼女の名は十乃川雪菜。闇より出でて世界を混沌に貶めようとする者達を人知れず屠る、退魔忍だった。
「まったく……やっと出口の近くまで来たのに、敵の数は増える一方ね」
 この洞窟に入ってから体内時計で10日近く経過している。いくら訓練を重ねているとはいえ、10日も単独で行動していると疲弊の色は隠しきれない。
「そろそろ出口が見えてもいい頃だけど……この音は一体?」
 記憶を頼りに洞窟内を音もなく駆ける雪菜。だが、その耳に水しぶきのような音が絶え間なく聞こえてくることに違和感を覚えた。出口が近くなるにつれ、その音は大きくなっていく。
「まさかと思うけど……」
 いやな予感を覚えながらようやく月明かりが差す出口が見えてくる。だが外は暗く、さらに滝のような雨が降り注いでいた。
「最悪ね……」
 雨が降り注いでいるだけであれば、なんの問題もなかった。だが、洞窟の入り口は土砂に阻まれ、ほとんど埋まっていたのだ。隙間から差し込む月明かりが、この先が外であることを主張している。いくら疲弊しているとはいえ、雪菜ほどの力があれば、この程度の土砂崩れを吹き飛ばすことは不可能ではなかった。
「見つけたぜ……活きのいい獲物ってのはあんたのことだな?」
 背後から強い魔の気配を感じ、雪菜はゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは、全身が黒光りしている四本の腕を持つ妖魔、ヴィランだった。
(まずいわね……まだこれだけの力を持つヴィランがいたなんて)
 雪菜は刀を構え、低く姿勢を取る。それを合図に、ヴィランもまっすぐ雪菜に向かって走り出した。
「どらぁっ!」
 四本腕のヴィランが大きく右腕を振り上げ、雪菜の頭を潰す勢いで殴りかかってくる。雪菜は拳が当たる直前で再加速して躱し、背後に回って刀を振り上げる。
「水流斬!」
 下から上へと切り上げた剣閃は、水を伴ってヴィランの背中を切り裂く。だが、ヴィランはそこで事切れることなく、振り返ってさらに殴りかかってきた。
「ハッ! この程度か。だいぶお疲れのようだな!」
(こいつ、私の技をわざと受けて……くっ、早い!)
 水流斬を放った後の瞬間を狙った一撃にガードが間に合わず、雪菜はお腹に力を込める。次の瞬間、ヴィランの拳が腹部を直撃し、雪菜の身体は洞窟の壁面に叩きつけられた。
「がふっ!」
 意識が飛びそうになるものの、すぐに壁を蹴って離脱し、次の一撃を躱す。息を整えようとするものの、ヴィランは執拗に雪菜を追いかけてきた。
「なんだよ、一撃入っただけでもうスピードダウンか? ま、今までさんざん同胞を屠ってきただろうから、元々疲れてて当然だよなぁ?」
「相手が疲弊してきたところを襲うなんて、よほど腕に自信がないのね」
 背中にまで響くダメージに足が浮いているような感覚を覚える。少しでも時間を稼いで体勢を整えようと考えていたが、ヴィランは間髪入れず殴りかかってきた。躱す度に地面や壁の岩が粉砕され、つぶてが飛び散る。なんとか躱せているものの、先程のダメージが予想外に響き、息を整える暇がない。
「くっ、しつこい……水流斬!」
 少しでも相手を引かせようと放ったものの、ヴィランはさらに加速し躱しながら雪菜の懐に入り込む。
「おせぇな。止まって見えるぜ」
 防御しようと手足をクロスさせて身を小さくした瞬間、ヴィランの腕が雪菜の両腕を掴んだ。左右に大きく腕が広げられ、無防備を晒す。がら空きになった胸にもう二本の拳が振り下ろされようとして、それを蹴りでいなす。
「はっ、器用なもんだ。だが、諦めが悪いぜ!」
「うぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 掴まれた両腕がきつく締め上げられ、あまりの激痛に手の感覚がなくなる。耳に伝わる金属が固いものを叩く音に、剣を取り落としたことを知らされた。
「さて、このまま足だけでどれだけ攻撃を防げるかな?」
「そんなもの、この腕さえ剥がせば!」
 渾身の力を込めて雪菜の両腕を握りしめるヴィランの手首を左足で蹴りつけるが、まるで固い柱を蹴りつけたかのようにまるで効いていない。それどころかその左足も掴まれ、強く下に引っぱられる。
「あぁぁぁぁぁぁっ! ぎっ、いぃぃぃぃっ!」
 両腕に加えて左足も関節が外れるかと思うほど強く引っぱられ、激痛に絶叫してしまう。激痛に無防備になったところへ最後の拳が雪菜の腹を再び打ち抜いた。
「がは……っ!」
 ダメージが突き抜け、衝撃が脳しんとうを起こす。無防備になったところへさらなる殴打を受け、雪菜の細い身体が何度も大きく揺さぶられた。
「あぐっ、うぁっ、がはっ! ぎぅっ、つぅっ、ぎぅぅぅぅっ!」
 肌に密着するように着ていたスーツが裂け、白い肌が露わになる。殴打の嵐が止む頃には、雪菜はすっかり力をなくしてうなだれていた。
「随分大人しくなったな。それじゃ、せっかくの獲物だ。楽しませてもら……ぐっ!?」
 弛緩した雪菜の身体が大きくしなり、右足がヴィランの左目に向けて槍のように伸びる。だが、一瞬速くヴィランが躱し、目の横をわずかに切った。
「くっ……」
「へぇ、俺の隙を突こうと、わざとやられた振りをしてたなんてな。だが、そういう生意気な奴は楽しめるんだよな!」
 ヴィランは雪菜の四肢を掴んで持ち上げると、勢いよく地面へと叩きつけた。
「がはっ!?」
 背中強打し、肺から空気が一気に吐き出される。そこへ腹へと追撃を受け、全身が痛みと衝撃に飲み込まれた。身体が痺れ、手が感覚を失ってしまう。それを見たヴィランは、叩きつけた雪菜の足を持ち上げながら覆い被さってきた。
「離しなさい……っ! ぐっ、くぅっ!」
 雪菜の両足が耳の辺りまで折り返され、腰が大きく浮いて股間が上を向く。ヴィランが上から雪菜を包むようにのしかかってくるせいで、押し返すことも出来ない。度重なる殴打と両腕を強く引き延ばされたダメージがまだ回復せず、両手も満足に力が入らなかった。
「おいおい、俺は的だぜ? お前の言うことなんざ聞くわけないだろ。離れてほしかったらさっきみたいに抵抗してみせろよ」
 雪菜が動けないのを理解しているのか、ヴィランは笑みを浮かべながら挑発してくる。雪菜はそれに対し、奥歯を噛みしめることしか出来ない。
(私では力不足なの? それでも、やるしかない……。耐えて、必ずこいつを滅しないと)
 頭の片隅にあるのは、今でこそ塞がれている洞窟の外だ。ヴィランが洞窟を出てこの島の住民に襲いかかれば、甚大な被害が出るのは目に見えている。それを防げるのは、今ここにいる雪菜しかいないのだ。
「その目……まだ諦めてないって感じだな。面白い、こいつはかなり楽しめそうだな」


<本編より一部抜粋>

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