Palette Enterprise 2022/05/21 20:00

【文章/イラスト有り】魔弾の射手

きゅいいいいん、きゅいいいん。
 深夜2時。首都圏郊外のとあるビルの屋上。一人の女性が片手にハンドドリルを持ち、何かの作業をしている。
 大きく、細長い筒の着いた物の台座を縁にコンクリートネジで固定しているようだった。
「よし」
 そうつぶやいた女性の声はまだ幼さを感じさせる。
 ふと風がなびき、一瞬月が雲の合間から顔を覗かせる。月明かりに照らされた女性――いや、少女だ――の姿は実に奇妙な物であった。
 全身は闇に溶け込むように同色のボディスーツに覆われており、月明かりや周りの照明がほとんど反射しない。申し訳程度に胸を隠すジャケットと、股間にホットパンツを履いているのが分かる。あとはタクティカルグローブとゴツ目のブーツが見て取れる。
 それでも、さほど豊かなボディラインをしてはいないのが見て取れる。だが全体的に引き締まり、うっすらと筋肉が付いているあたり相当に鍛えているのがうかがえる。
 目鼻立ちはすっと通り、まるで彫刻のような怜悧な美貌を持っている。表情は少し硬いようだが、緊張している風でもない。
 まだうら若い少女は横に置いたバッグから大型の箱の様な物を取り出し、筒にセットする。そして右側のレバーを引いた。
「……風が南南西、湿度42%、気温24.3度、まあまあいい条件かな、コリオリを射撃CPUにセットして、と」
 そう、筒のような物は大型の対物狙撃銃だ。

 彼女の本名を知る者は少ない。いや、自分でも忘れてしまっているのかも知れない。だが通り名「マギア」の話を聞いたことがある物は大勢いた。曰く超凄腕の絶世の美女にして凄腕スナイパー、またある人は筋肉もりもりマッチョマンの凄腕スナイパー、あるいはアンドロイド義体の凄腕スナイパー。
 共通しており、そして唯一正解なのは「凄腕スナイパー」の部分だけだ。
 マギアは今16歳。親を淫魔犯罪で失い、軍に引き取られてから血反吐や血尿が出るほどに戦闘術をたたき込まれ、いまでは軍の汚れ仕事を請け負う殺し屋だ。
 だが、彼女はその境遇に満足していた。寝床と、食事と、探し求める両親の敵と出会える環境を提供してくれている軍には感謝しかしていない。
 今回の任務は軍の対淫魔作戦の情報を反社会勢力側に横流ししているダブルエージェントの始末だ。

 ゼロインを済ませたスコープを覗く。軍の防諜部の情報に寄れば、反社会勢力側の幹部ともうじき会合を持つはずだ。やたらと豪華なホテルのスイートルームのきらめきを眺めながら、いつターゲットが着ても良いように緊張を切らさない。
 待つこと数十分。
「――着た」
 ダブルエージェントと、でっぷり太った半淫魔の男が部屋に入ってくる。
「すぅ――……」
 大きく深呼吸し、息を止める。手ぶれしないように、グローブに覆われた指を引き金にかける。
「……!!」
 マギアはそのまま息が止まってしまうのではないかというほどに驚いた。ターゲットと半淫の男がこちらを見たのだ。
「!? 偶然? いや――違う!」
 身の毛がよだつ思いがした。スナイパーは位置がバレた時点で任務成功の確率はほとんどなくなる。
 任務を放棄し、その場を離れようと起き上がった次の瞬間。
 ぴしゅんっ!!
「おぁぁああああああっっっっっっ♥」
 赤い光線がマギアの右腕を貫いた。

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