LIMITED研究所 2022/03/08 14:00

『エヴァQ』という映画の正体 ~題名は「エヴァを救いたかった男」でいいのではないか~



はじめに
「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が公開されてから,早1年.

エヴァが完結して安心したような,「庵野ォ,まだかよォ」と文句を言いながら待ち焦がれる日々がもう戻ってこないと思うとが寂しいような.そんな複雑な1年間でした.

とはいえ,「結局,新劇場版って何が言いたかったの?,庵野が大人になったことは分かったけど,よくわかんない描写は残ったままなんだけど?」と言いたい人も多いハズ.特に後半は.

そこで今回から記事を3回に分けて,「Q」「シン」そして,「破」.この順番に解説記事を上げていきたいと思います.この順番が説明しやすいので.

第1回はみんな一番知りたい「エヴァQ」からです.先に結論から言ってしまうと
・エヴァを商売に利用する連中との戦いと,その先に見出された庵野監督の決意表明の物語である

・渚カヲルの正体が分かれば物語全体の構造が見えてくる
この二つを中心としてハナシをしていきたいと思います.


話を始める前にいくつか注意事項

1.当サークルの分析は主に,劇中描写と下記URLの記事を状況証拠とした,単なる妄想です.細かい認識の間違いに関してはお許しください.

【庵野監督・特別寄稿】『エヴァ』の名を悪用したガイナックスと報道に強く憤る理由
https://diamond.jp/articles/-/224881

より深く理解されたい方は,長いですがこの記事をご一読いただいた上で,または,ブラウザの別のタブでこの記事を閲覧しながら,今回の分析に目を通していただければと思います.



2.お話を時系列順に追って説明していくことはしてません.
説明の都合上,どうしても話が行ったり来たりしますのでご了承ください.



3.あくまで「この映画何が言いたかったの?」と言う部分にのみフォーカスして解説しています.細かい描写についての解説は「シン」についての記事で一緒にやった方が分かりやすいので,今回は割愛しています.



4.また今回の内容は,基本的に庵野監督の私小説としての分析をしたものです.旧約聖書がどーのとか,アダムとイヴがどーのみたいなことは一切触れません.

どうせ作り手もそんなん細かく考えてないっすよ.知らんけど





エヴァQってどんな話だったか

「破」から14年,ネルフから離反したヴィレによって初号機のついでにシンジ君は救出される.しかし自分以外の周りの時間が14年間も経っていた現実に耐え切れず,綾波に誑かされて,ネルフに戻る.

そこで新しい友達カヲル君に出会うも,世界が荒廃したのは自分のせい,さらに助けたと思った綾波はニセモノだったという新たな真実を告げられ絶望.残された最後の選択肢,第13号機による世界の書き換えという何の具体性もない希望にすがり,再びエヴァに乗りこむ.

しかし,カヲル君によると13号機を使って世界を書き換えるには,「希望」と「絶望」両方の槍が必要だったらしく,目的だった2本の槍はゲンドウの策略により用意された絶望の槍ロンギヌスのみ.「絶望の槍」のみを2本手にしてしまった13号機は「サードインパクト」の続き,「フォースインパクト」を引き起こしてしまう.

カヲル君いわく,「自分が死ねば,インパクトは止まる」らしいので,シンジ君からもらったDSSチョーカーによって自爆,しかしシンジ君が13号機に留まっているためインパクトは止まらない.そこで8号機で救出にきたマリがシンジ君を13号機から引っ張り出すことによってやっとインパクトは収束.何とかフォースは食い止められるのだった.



わざわざ書くまでも無いかと思いますが,ざっくりいうとこんな感じの話.


冒頭から良く分からない初号機救出シーン

エヴァQに限らずですが,新劇場版エヴァは「序」以外は,冒頭のタイトルが出るまでのアバンの展開が,その映画のメインテーマの要約になっています.

「シン」と「破」の説明がまだなので,具体例を挙げにくいのですが,

エヴァQの冒頭では

「ネルフによって凍結されたエヴァ初号機をヴィレが助ける」

「製作委員会(ガイナックス)によって,奪われてしまったエヴァと言うコンテンツをカラーが取り戻す」

と言う意味合いが込められています.

庵野監督・特別寄稿】『エヴァ』の名を悪用したガイナックスと報道に強く憤る理由
https://diamond.jp/articles/-/224881?page=4

上記の記事3~4ページ目を見てもらうと,「ガイナックスがエヴァの版権を利用して,庵野監督が知らない所でエヴァを使って放漫経営をしていた」,という趣旨の記載があります.恐らくQ冒頭の展開はこの「ガイナックスによるエヴァの悪用からエヴァを救い出す」ということがメッセージとして込められていると思われます.

今の段階では根拠に乏しいのは山々ですが,この解釈が正しいと仮定しないとハナシが進まないのでこれを前提として頭に入れておいてください.

この理解で行くと,「Q」全体,引いては「破」終盤の展開で言いたいことも見えてきます.


「Q」を読み解くカギ,Mark.06とサードインパクトの正体

ではなぜ,初号機はネルフによって凍結され,封印されていたのか.

理由はズバリ,ネルフやゼーレにとって重要なのは初号機ではないからです.

「Q」に関する記事でありながらアレですが,ここからはしばらく前提条件の整理のために「破」ついての分析となります.

「初号機は前座,本命はmark.06」

手元にアマプラなどの新劇場版の視聴環境がある場合は確認して頂いても結構です.


ゲンドウ:「真のエヴァンゲリオン,その完成までの露払いが,初号機を含む現機体の務めというわけだ.」

冬月:「それがあのMark.06なのか,偽りの神ではなく,ついに本物の神を作ろうというわけか」 (「エヴァ破」57:11,ゼーレとのリモート会議後)




Mark.06と言えば,「破」から登場した,月面で作られたエヴァンゲリオンで建造方式が他のエヴァとは違う個体です.ゼーレからは「真のエヴァ」と呼ばれ,サードインパクトを起こした初号機とシンジ君をカシウスの槍によって封印した張本人です.ちなみにゲンドウは建造にノータッチです.

ここでさらに再び下記事の3ページ目の記述を見てみましょう.




庵野監督・特別寄稿】『エヴァ』の名を悪用したガイナックスと報道に強く憤る理由
https://diamond.jp/articles/-/224881?page=3

「ガイナックス自体は、『エヴァンゲリオン』関連のCD-ROMやパソコンゲームソフトで大きな利益を出していたそうです。「だそうです」と伝聞になるのは、先ほども述べたようにその当時僕は経営に関わっておらず、そのことをほとんど把握していなかったからです。」 (上記事p3,21~23行)



つまり推察するにMark.06の正体とは商用コンテンツとしてのエヴァンゲリオン であると見て間違いないです.(ここテストに出ます.)


Mark.06= 「エヴァの脱衣麻雀」 であり,「エヴァのエロゲ」 であり,「エヴァのパチンコ」 だったんです!

この筆者は頭がおかしいと思ったのなら,まだ帰るのは早いです.



Mark.06とゲンドウ,初号機の関係

根拠はほかにもあります.ゲンドウと冬月がMark.06の建造現場の見学はさせてもらえるものの,月面への上陸許可は降りないという描写があります.

これはMark.06という商売道具としてのエヴァの存在は認知しているものの,制作には一切関与していなかった,ガイナックス時代の庵野さんの立場を象徴していると考えられます.



また,前述のようにゼーレがMark.06を「真のエヴァンゲリオン」と呼ぶのも,初号機はあくまで作品・版権としてのエヴァ であり,実際に会社(ガイナックス)や製作委員会(ゼーレ) にお金を生み出してくれるのは「コンテンツとしてのエヴァ」たるMark.06であると考えればしっくりくるのではないでしょうか.


【庵野監督・特別寄稿】『エヴァ』の名を悪用したガイナックスと報道に強く憤る理由
https://diamond.jp/articles/-/224881?page=3

『エヴァ』の名前を使って自分たちでお金を儲け、そのお金を自分たちで使うのは構いません。しかしその頃から、収益を上回る浪費が激しく、『エヴァ』のおかげで収益が上がっている客観的な事実を横に置いて『エヴァ』を利用しつづけるような経営に会社がシフトされていったと記憶しています。 (上記事p3,35~38行)



すなわち,初号機が凍結されていた理由も,

「版権としてのエヴァである初号機は存在してさえいればそれで充分,実際に仕事をするのはMark.06」
「『エヴァ』というアニメが世に出た後は,作品自体は用済み」

ということだとすれば筋が通ると思います.


「ニアサー」と「サードインパクト」

「破」終盤,初号機がニア・サードインパクトを起こします.これは言うまでも無く「新世紀エヴァンゲリオン」と言うアニメが庵野監督らによって世に放たれたことを示していると思いますが.それをカシウスの槍を持ったMark.06によって制止されます.
(この槍がカシウスであること,また,パイロットがカヲル君であることにも意味があるのですが,詳しくは後述します.)


そして,「破」の最後にくっついている予告編や,Qのセリフから,本チャンのサードインパクト自体はMark.06によって引き起こされ,世界は真っ赤っかになったようです.

・「ニアサー」と「サードインパクト」が別の物として描かれていること

・そしてサードを引き起こしたのが初号機ではなくMark.06であること



「Q」という映画を読み解くうえで,この二つを理解していくことが最重要であるため,頭に留めておいていただきたいです.詳しくは後述.





ゲンドウ,ミサト,シンジについて

話がそれて「破」の話をしちゃいましたが,ここからやっと「Q」の話に戻ります.ここからは14年後という舞台設定,人物配置,対立構造などいろんな設定について考えていきます.



世界を取り戻したいミサトと,「エヴァ」の再興をもくろむゲンドウ

ヴィレ=カラー

ネルフ=ガイナックス

と言うことは感覚的に理解して頂ける(と言う前提で話ちゃいますが)と思いますが,


「ヴィレにいるミサトが赤い世界を青に戻したいのは分かるけど,ネルフにいるゲンドウはなにがしたいの?」



ということがQの描写だけでは分かりにくいと思います.結論から書くとQでのゲンドウは 「ゼーレからの独立体制で,自分だけの『エヴァ』(第13号機)を始動させること」 を目的としています.

劇中描写としてはこれが目的ですが,当然ながら下記事にも記載されているように,「製作委員会,ガイナックスに頼らない自社制作方式での新たな『新劇場版エヴァ』を生み出すこと」 を象徴的に描いています.

「でもそれならヴィレ(=カラー)にいるミサトが第13号機の起動に抵抗するのおかしくない?」


という疑問が出てくるかと思います.

これに関しては,恐らくQ以降,経営者としての庵野秀明はミサト として描写されており,エヴァが誕生して以降の作家としての庵野秀明はゲンドウに仮託されていると考えると自然かと思われます.当然といえば当然ですが,どちらも庵野監督です.



これを言い出すと,登場人物全員,庵野さんの何かしらの部分を象徴したキャラ,もしくは庵野監督の記憶の中にいる誰かになってしまうと思うのですが,少なくともQにおいて庵野さんが大きな比重でライドしていると思われるのは,

ゲンドウ,ミサト,カヲル,シンジと考えられます.



ではなぜミサトとゲンドウが対立するのか,それは単純に作家としての自分が好き勝手にすると会社の人間に迷惑がかかるから です.




【庵野監督・特別寄稿】『エヴァ』の名を悪用したガイナックスと報道に強く憤る理由
https://diamond.jp/articles/-/224881?page=2

「僕はそのころ(ガイナックス時代)、作品至上主義を掲げていて、経営と創作活動は二律背反すると考えていました。なので、社員として在籍しながらも経営には関わらない形で、自分たちの作品を作ることに集中していたのです。
当時のガイナックスは、作品のクオリティーを重視する、僕たち作り手にとってある意味理想的なスタジオでした。もっとも、今考えるとコスト管理能力が足りなかったとも思います。クリエイティブ重視、現場重視の体制は設立当初からありました。」
(上記事p2,1~6行)



恐らくゲンドウvsミサトの対立構造は庵野さんのガイナックス時代の反省も込めた,自分の中のライトサイドとダークサイドを象徴する関係と見て妥当でしょう.




14年という設定とシンジ君

14年たってもシンジは子供のままと言う設定は,いろんな意味あいを含んでいます.

大人に成っても未だにエヴァと言う作品に縛り付けられてしまっている庵野さんであることは言わずもがなですが,

いい年こいてエヴァを見ている私たち自身の象徴としても描かれています.



ですがとりわけ,Qのお話をひも解くうえで一番しっくりくるシンジ君の解釈は

「TV版のエヴァを作っていた当時のままの庵野さん」 と考えればこの先のハナシを飲み込みやすいかと思います.



ゲンドウの策略とカヲルの誤算


それでは本題,渚カヲルの正体についての状況証拠を劇中から拾っていきます.
ここからのお話は多少,エヴァを世に放って以降の庵野さん周りについてのリテラシーが要求されるかも分かりませんが,知らない部分は各々調べて頂けると幸いです.

ロンギヌスとカシウスの槍

Qの時点では2本の槍については謎でしたが,「シン」でほとんど暴かれちゃったのでサラッと行きます.要は作品作りに必要な 「希望と絶望」 のことだと思っていいでしょう.

どんな規模,どんな種類であっても創作に携わる方なら分かるかと思いますが,小奇麗な部分ばかり作品に描いていられません.

日常生活で直面した嫌なこと,職場の嫌いなアイツ,嫌な形で別れた恋人,子供のころに親に言われた呪いの言葉.

私自身も,こういった絶望を作品に乗せないと,モノづくりなんてしてられません.

庵野さんのようにパンツを脱いでフリチンになり,お客さんの前で立ションまで披露し,「お前もやれよ」と誘ってくるレベルの馬鹿正直には成れませんが,

パンツを脱がないモノづくりなんてする価値ないと常々思っています.

2本の槍の正体とは,庵野さんのモノづくりに対する姿勢が反映された物であり,
その対の槍を第13号機が手にすることが出来れば,シンジの望む世界の書き換えが可能になる

というのがカヲル君の想定したインパクトだったのでしょう.


カヲルがシンジとなら世界を書き換えられると確信していたワケ

「シン」で書かれていた描写なので,「Q」の時点では分からないのですが,

槍は持ち手の意思に呼応して形状を変えます.パイロットが絶望の淵にあればロンギヌス,希望を見出していればカシウス へと変わります.

13号機はダブルエントリーシステムであるため,希望と絶望両方の槍を手にすることが出来ます.

つまりカヲルは,シンジと共に第13号機に乗り槍を手にすれば,確実にカシウスとロンギヌス対の槍を手にできると考えていたわけです.


当然シンジは絶望の淵,すなわちカヲル自身は自分がシンジにとっての希望の象徴であることを疑わなかった ということです.

が,結果はどうだったでしょう.自分が近づいたところで槍はピクリともせずロンギヌスのまま.サードインパクトが再開し,フォースインパクトを招いてしまいました.

13号機に乗る前の時点では,シンジとカヲルが互いに打ち解け合う描写もありましたし,シンジは確実にカヲルを「希望」と認識していました.カヲルの予期した通りに行けば,確実に2種類の槍を手にできたはず.

ではなぜロンギヌスのままだったか,それは第13号機がシンジのエヴァではなく,ゲンドウのエヴァ だったからです.


「ゲンドウ13号機に乗ってなくね」 とお思いでしょうが,恐らくゲンドウと同じ目線でエヴァに搭乗し,その人物がゲンドウの代わりに彼の願いであるフォースインパクトを引き起こしたと考えられます.一人しかいませんね,カヲル君です.

つまりカヲルは
『第13号機は「希望」と「絶望」の槍を手にしてシンジ君の願いを叶えるためのエヴァ』であると信じて疑わなかったわけですが,

実際には
『ゲンドウにとっての「絶望」の象徴である2人にロンギヌスを持たせ,13号機に乗っているカヲルを通して,ゲンドウの願いを叶えるためのエヴァ』だったわけです.


「シン」が公開していた当初から,ピアノの描写,「父さんに似ている」と言ったセリフからカヲルがゲンドウの片割れであることは言われてきましたが,「Q」のころからその片鱗は見えていたようです.


「Q」の終盤に

「君のせいじゃない,僕が第13の使徒になってしまったからね,僕がトリガーだ」

というセリフをカヲル君がシンジ君に言いますが,

つまりこのセリフが第13号機の主が,シンジではなく,カヲル(=ゲンドウ)だったということ.

また,第13の使徒という単語が出てきますが,13は忌み数とよばれ不吉な数字とされていることから,カヲルがこの時点で絶望の象徴になっていることを意味したセリフであると考えられます.



カヲルが「シンジにとって希望 」から「ゲンドウにとっての絶望」に変化することで,13号機が2本のロンギヌスを手にして覚醒する. 一体どういうことなのか.


少しさかのぼって思い出して見ましょう.


「破」終盤,カヲルが載ったMark.06はカシウスの槍を手にしていました.つまりこの時点では渚カヲルは希望の象徴だったということです.


先ほども述べた通りMark.06とは,引用している記事の内容から見て庵野さんが良く思っていない商用コンテンツとしてのエヴァンゲリオン です.それが希望の槍を手にしていることの意味とは何なのか.


その答えは先ほど述べたようにシンジ君を「TV版を作っていた当時のままの庵野さん」
ゲンドウを「14年後の庵野さん」と仮定して,カヲル君の正体を探っていくと答えが出そうです.



渚カヲルの正体 ~なぜ「希望だった」のか


結論から言って,渚カヲルの正体は,エヴァを生み出して以降,ガイナックスやゼーレの版権ビジネスの維持のために「新世紀エヴァンゲリオンの総監督:庵野秀明」を演じさせられていた頃の庵野さん と考えられます.


渚カヲル=「ガイナックスにパンダとして利用されていた頃の庵野監督」

下記事にこのような記述があります.

【庵野監督・特別寄稿】『エヴァ』の名を悪用したガイナックスと報道に強く憤る理由
https://diamond.jp/articles/-/224881?page=4

「山賀社長(当時)から直接「とにかく庵野の名前が取締役に入らないと、どこも信用してくれない。だから名前だけでもいいから役員をやってくれ」と言われ、「経営に興味ないしやる気もないけど、名前だけなら別にいいよ」と、取締役に入ることにしました。」(上記事p4,4~7行)


エヴァが終わって以降資金繰りに困っていたガイナックスを支えていたのはエヴァの版権ビジネスと,「エヴァンゲリオン総監督:庵野秀明」 の名前だったことは記事の内容から見て想像に難くないと思います.




舞台挨拶で明らかになった「渚指令」の正体

劇中描写(?)からも状況証拠があります.

「シン」が公開していた当時の最後の方,舞台挨拶付き7月11日17:45分の上映回,私も中継で鑑賞していたのですが,その時キャストの皆さんから庵野さんに質問をするというコーナーがありました.

ゲンドウ役の立木さんから「空白の14年のこと,一つだけでも教えてほしい」という質問があり,その時に明かされたのがコレでした.


「ゲンドウ,冬月はニアサー後ネルフ内で失脚,代わりに渚指令と加持副指令がネルフのツートップを貼っていた」




つまり,エヴァが生み出されて以降しばらくの間,ガイナックス内に作家としての庵野さん(=ゲンドウ)の立場は無く,お金をスポンサーから引き出したり,仕事を取ってくるためのパンダ(=カヲル)にされていた状況を反映した設定と推測できます.


製作委員会方式の普及によるアニメの大量生産

コレは有名な話ですが「エヴァ」の大成功により,「第2のエヴァ」を生み出すべく製作委員会方式による深夜アニメが大量生産されることに繋がりました.これにもエヴァの版権ビジネスによる利益が少なからず影響していたでしょうし,このアニメの製作方式の普及によって,アニメが量産されることで次の風潮が一般化した部分もあるでしょう.




アニメの市民権の獲得

そしてこれは記事を根拠にしたわけではないですが,私の身の回りの40代以降の方々はエヴァについて必ずこう言います.

「エヴァが流行ったおかげで,アニメは市民権を得た」

「アニメが好き,と人前で言っても平気な風潮が出来た.それまでは確実に迫害されてた.」

私は90年代に物心ついていた世代ではないので,エヴァが誕生以前,以後の世界の違いは良く分かりませんが,当時の生き証人の皆さんは口をそろえてこういった趣旨のことを聞かせてくれます.



「シン」終盤,カヲル君パートで加持さんは,彼についてこう語ります.

加持:「渚とは,海と陸のはざま,第1の使徒であり,第13の使徒となる,人類のはざまを紡ぐ,あなたらしい名前だ」(「シン」2:16:54,渚での加持さんのセリフ )


希望であり,絶望であると同時に,アニメオタクであるか否かを問わず,アニメを見ても迫害されない空気を作ってくれた.

ということを意味するセリフと取れると思います.
ちなみに「エヴァ」における「人類」とはアニメオタクの隠語 として使われていると考えられますが,それについては「シン」での解説で一緒に説明した方が分かりやすいのでまた今度.


カヲルを演じることが希望だった理由

ここまで示した状況証拠から

「初号機とシンジ君の覚醒をMark.06とカヲル君がカシウスによって止める」
すなわち,シンジ(=TV版を作っていた当時のままの庵野さん)にとって,カヲルが希望だった理由とは

「自由に作りたいものを作る作家としての自分の活躍が,エヴァの誕生と共に一旦ストップし,エヴァの版権ビジネスのために利用される自分を演じることになったとしても,会社の利益のため,そしてアニメ業界の振興のためになるならカヲルを演じることは希望だった.」

ということが反映されていると考えれば納得できるのではないでしょうか.
カヲルもそれを信じてシンジをトリガーとし,希望と絶望を手にして,新たなエヴァの誕生(=13号機による世界の書き換え)が出来ると確信したのでしょう.

ではなぜ,カヲルはそこからゲンドウ(14年後の庵野さん)にとって絶望の象徴へと変わってしまったのでしょうか.













ゲンドウによるカヲルの排除 ~なぜ「絶望になった」のか~

これについてはもう分かるかと思いますが,「古巣に利用されるままではエヴァを新たに作ることはできない」 と考えたことがやはり大きかったようです.


【庵野監督・特別寄稿】『エヴァ』の名を悪用したガイナックスと報道に強く憤る理由
https://diamond.jp/articles/-/224881?page=4

「僕の意見は社内会議で取り上げられず、取締役を続ける意味を感じなくなっていたころ、自身の次作品と して独自に進めていたオリジナル企画を凍結して、もう一度『エヴァンゲリオン』を作ることを決めました。自分でオリジナル企画を考えても『エヴァ』の亜流にしかならない。ならばもう一度『エヴァンゲリオン』を劇場版として作ったほうがストレートで、停滞しているアニメーション業界のためにも、自分自身のためにもいいのではないかと考えたからです。」(上記事p4,26~35行)



こう考えると劇中でのカヲル君,ゲンドウ周りの様々な描写の説明が着く気がします.



独り歩きを始める版権ビジネス

先ほど
・「ニアサー」と「サードインパクト」が別の物として描かれていること

・そしてサードを引き起こしたのが初号機ではなくMark.06であること

がQを読み解くうえで最重要と述べました.

ここで「Mark.06がサードを引き起こしたということは,サードインパクトもカヲル君がやったのか?」と思う方もいるかもしれませんが,

実はニアサーの時とは違い,サードインパクトが起きた当時,Mark.06にカヲル君は搭乗していません





再び記事を引用します.

庵野監督・特別寄稿】『エヴァ』の名を悪用したガイナックスと報道に強く憤る理由
https://diamond.jp/articles/-/224881?page=3

『エヴァ』の名前を使って自分たちでお金を儲け、そのお金を自分たちで使うのは構いません。しかしその頃から、収益を上回る浪費が激しく、『エヴァ』のおかげで収益が上がっている客観的な事実を横に置いて『エヴァ』を利用しつづけるような経営に会社がシフトされていったと記憶しています。 (上記事p3,35~38行)




ここでエヴァQでのセリフも見てみましょう.
シンジ:「あれは,エヴァ?」

カヲル:「そう,エヴァMark.06.自立型に改造され,リリンに利用された機体の成れの果てさ」

(「エヴァQ」1:07:24,セントラルドグマでのセリフ)





つまり,カヲルが載ったMark.06が初号機を止めるところまではまだ希望を見いだせた庵野さんですが,いつしかMark.06は自立型に改造され,つまり庵野さんの手を離れて, サードインパクトを起こしてしまいます.



カヲル君を演じる庵野さんの手を離れて版権ビジネスが独り歩きを始めたことにより,
彼の知らない所で作られたMark.06は,ガイナックスの経営を支えるための道具としての意味合いが強くなるにつれて,ますます手に負えない存在となっていったようです.




「ニアサー」から「サードインパクト」流れをまとめるならば,

・「ニアサー」=TV版エヴァの誕生によるアニメーション表現革命
・「カシウスを持ったMark.06によるニアサーの制止」
=庵野さんが希望を見出していた版権ビジネスによる利益と,アニメの市民権の獲得

この二つがエヴァ誕生の 「功」 の部分を象徴しており,


・「自立型になったMark.06によるサードインパクト」
=放漫経営により独り歩きを始めたエヴァの版権ビジネス

が,エヴァ誕生の 「罪」 の部分を象徴しているものと考えてよさそうです.










ゲンドウのゴーグルとパチンコ

「Q」のゲンドウはTV版でゼーレのトップが目につけていたようなゴーグル を着けて登場します.

何気ないキャラデザのように見えますが,新劇場版誕生の経緯と関係したデザインであり,庵野監督の決意表明の証でもあると考えられます.

これまで引用してきたものとは別の記事になりますが下記事をご覧ください.



グラウンドワークス「エヴァンゲリオンの版権ビジネスが成功し続けている理由」
https://shuchi.php.co.jp/the21/detail/7451

 
『劇場版も1997年に終わって、勢いはひと段落していましたが、不定期ではあるものの、ゲームが発売されたり、DVDが発売されたりといったことは続いていて、そのたびに、メーカーなどに「一緒に何かやりましょうよ」とお声がけしていました。

 そうしているうちに、2004年に出た遊技機の『CR新世紀エヴァンゲリオン』が大ヒットしたんです。

 ――それが大きな転機になった?

神村 パチンコのおかげで、普段アニメを見ない方々にまで認知が広まりました。その結果、市場に出ていたDVDが一気に品切れになって、発売元のキングレコード〔株〕から「何が起こっているんだ?」と連絡がありましたよ(笑)。

 それ以上に大きかったのは、各社で決裁権を持っている、年齢が高い方々にも知っていただけるようになって、企業タイアップなどの企画が通りやすくなったことです。「こんなアニメ知らないよ」から「知ってるぞ。カヲル君が出たら大当りのやつだな」に変わった。これは本当にパチンコがヒットした影響です。

(中略)

――エヴァンゲリオンのパチンコ化は、どのような経緯で?

神村 庵野(秀明)監督自身が「パチンコにすればいいのに」と言い出した んですよ。ちょうどその頃に「パチンコ化のライセンスは空いていますか?」という問い合わせがいくつか来ていたので、お話を聞いて、許諾しました。』







「新劇場版エヴァを作るお金を捻出できたのはパチンコによる収入のおかげ」



なんてのは有名な話ですが,結局作品を作るのにはお金が必要なんです(ここテストに出ます). エヴァをお金儲けに利用されることを「絶望」として認知していたであろう庵野監督も,新劇場版を作るうえでは仕方がないと,愛のない版権ビジネスに加担せざる追えない状況が00年代に確かに存在したようです.




おそらくゲンドウのゴーグルとは

新劇場版エヴァの製作費捻出のための絶望の版権ビジネスを,製作委員会と同じ目線(ゼーレと同じゴーグルを着けて) でやらざるを得なかった00年代の庵野さんの状況を示していると考えられます.


これらのことから,「Q」でのゲンドウ(00年代の庵野さん)の真の目的は,
カヲル君が想定していた 「希望と絶望を両方手にした13号機による世界の書き換え」(シンジ君の望むエヴァ世界の再興) ではなく,

「例え絶望の版権ビジネスにエヴァを売り渡すことになったとしても,ゼーレとカヲルを葬り,新劇場版を発足する足がかりを作ること」 であったと考えられます.

庵野監督がエヴァQという物語に込めた決意の証が,ゲンドウのゴーグルや,絶望しか手にしていないにもかかわらず,覚醒を遂げる13号機(新劇場版エヴァの企画発足)に表れていたと考えられます.


ここで,劇中の冬月とゲンドウのセリフを見てみましょう.

冬月:「酷いありさまだな,ほとんどがゼーレの目論見通り だ.」

ゲンドウ:「だが,ゼーレの少年を排除し,第13号機も覚醒へと導いた.葛城大佐の動きも計算内だ.今はこれでいい」

(「エヴァQ 」1:27:24,フォースインパクト制止後のセリフ)



エヴァをパチンコに使った不本意なビジネスが,実質的にゼーレ(製作委員会)のやっていることと同じであることを庵野さん自身が自覚していること.

そして,ゼーレと同じ手段を用いたとしても,カヲルとしての自分を排除し,ゼーレと決別した形でエヴァを作ること,この二つを象徴したセリフであるとみて間違いなさそうです.




シンジ君という14年前の自分の目に「希望」として映っていたカヲル君としての自分の欺瞞性や

パンダにされていることに自覚的でありながら,それを利用してでも新劇場版製作の資金調達をしなければならない事実が,ゲンドウ(=14年後の庵野さん)にとっては「絶望」に変化してしまっていたこと.


これがゲンドウが,13号機の覚醒を利用してカヲル君を排除したかった理由と考えられます.






まとめ

エヴァンゲリオン 新劇場版:Q」とは,結局何を表現している映画だったのか.これまでの分析からまとめてみたいと思います.


登場人物に仮託されている庵野さん
・シンジ=「作家として自由に,経営のことなど気にせずにエヴァを作っていた14年前の庵野さん」
・ミサト=「カラー設立後,経営者となった庵野さん」
・ゲンドウ=「カラー設立以前,ガイナックス内で新劇場版エヴァを独立して制作することを目論んでいた庵野さん」
・カヲル=「ガイナックス内で仕事を取ってくるための客寄せパンダとして利用されていた庵野さん」




「ニアサー」と「サードインパクト」
・初号機は版権,作品としてのTV版エヴァ.「ニアサー」はTV版エヴァの誕生により,アニメ業界に表現革命がおこったというエヴァ誕生の「功」の側面

・Mark.06とはエヴァを利用した版権ビジネス,「サードインパクト」とは,庵野さんの不本意な形で独り歩きをし始めた版権ビジネスが,もたらした様々なエヴァ誕生の「罪」としての側面

・Mark.06に乗るカヲルが,シンジの乗る初号機をカシウスの槍で制止.
これは,エヴァと言うコンテンツが版権ビジネスのために利用されるとしても,それによりアニメが市民権を得て会社の利益が生み出せることがかつての庵野さんにとっては希望だったことを指す.






カヲル,ゲンドウそれぞれの目的

・渚カヲルの目的は,シンジにとっての希望である自分と,絶望の淵にあるシンジの二人で,第13号機に乗ってロンギヌスとカシウスの槍(作品作りに必要な希望と絶望)を手にし,シンジ君の望む世界(シンジが作りたいエヴァ) を作り出すこと.





・ゲンドウの目的は,第13号機に二本の絶望の槍を持たせてフォースインパクトを起こし,カヲルとゼーレ(製作委員会)を排除すること.

→ 不本意な版権ビジネスの手を借りたとしても,会社から独立して新劇場版エヴァを作ろうとしたことを指す.





・カヲルはシンジ君(=かつての庵野さん)にとって自分は希望だったことから,13号機で希望と絶望の槍の両方を手にできると考えていたが,年月を経た庵野さんであるゲンドウにとっては絶望の象徴でしかなかった.

→庵野さんに取ってガイナックス内で客寄せパンダをやらされていることが絶望へと変化していた




・カヲルは13号機がシンジのためのエヴァではなく自分(またはゲンドウ)のためのエヴァであること,また自分がゲンドウにとっての絶望に変わっていたことを知らなかったため,2本のロンギヌスを手にした13号機はカヲルをトリガーとして(ゲンドウの願いを叶えるために)覚醒してしまう.

→絶望のパチンコビジネスにエヴァを捧げるしかなかったが,00年代の庵野さんの望みである独立制作体制でのエヴァのための足掛かりを作り,カヲルとしての自分と決別できるなら本望だった.





これらを短くまとめると

「たとえ不本意なやり方になったとしても,エヴァを商売に利用する連中から救い,そして商売に利用される自分を殺し,エヴァ新劇場版を始動すること.」

これが「エヴァQ」という映画で庵野さんが言いたかったことと考えられます.


終わりに

どうだったでしょうか.私の文章が分かりにくいうえ,論の詰め方も強引であることは承知の上ではありますが,おそらく参考文献の記述などから見て,庵野さんの主張と当たらずとも遠からずな解釈は出来ているとは思います.

「Q全然分かんなかった」って人も,大筋のテーマだけは理解して帰ってもらえれば幸いです.


このほかの細かい描写,
・黒いアヤナミの正体って何なのか
・リリスの正体って何なのか
・Mark.06の中に使徒がいた理由って何なのか
・アダムスの器ってなんなのか(これについてはほぼMark.06と同じだと思いますが)
・なぜ綾波レイは初号機の中にいなかったのか

など色々細かい描写についての疑問が残るかと思いますが,この辺は「シンエヴァ」や「破」と一緒に解説した方がスムーズに説明できると思うので,また次回に回したいと思います.

纏まりのない記事にお付き合いいただきありがとうございました.