倉くらの 2023/01/30 08:22

「その想いは愛だった TL版」サンプル

おはようございます。
「その想いは愛だった」のBL版をTL版に直したものを販売申請かけました。
近々販売始まります!


【BL版との変更点】
主人公の名前・一人称変更
性描写部分の若干の変更
フェリシアが続編で女の子らしく可愛らしい恰好をさせられる。
「愛欲と愛情は紙一重」のおまけSSが付きません。

BL版は小説投稿サイトに本編UPしてあるため、その分おまけが付きます。
あと屋敷の時のお話なので、処女を守らないといけないのでシドは手を出せないから男女でこのお話は無理だったので…削りました。


表紙が似通っているので、購入される場合には間違わぬようご注意お願いします。
もし間違って買ってしまった場合&別バージョンが読みたいという場合でも奥付記載のアドレスに連絡いただければ、別バージョンを無料で差し上げますのでお気軽に連絡ください。
※購入したことを証明できるスクショなどを送っていただくようお願いしています





「その想いは愛だった」 TL版サンプル


 私は同じ騎士団に所属しているシドという男に長い間憧れを抱いていた。だが、残念ながら当の本人に嫌われていると知ったのはつい最近のことだ。

 何故そんなことを知ったかと言うと、シドとその友人が話しているところを偶然立ち聞きしてしまったせいだ。

「なあ、何でフェリシア様はよりにもよってうちの騎士団なんかに入って来たんだ?」

 フェリシア、と私の名が騎士団の訓練所から聞こえてきたことで、廊下を歩いていた足を止める。訓練所は開放感があって扉もついていないから、少し耳を傾ければ話が筒抜けの状態となる。

 貴族として生まれ、立ち聞きなんてみっともないことだと教えられてきたが、話の内容がどうしても気になってしまったのだ。息を潜めて廊下の壁に張り付くようにして立つ。

 声の主は確か、ミハイルという名の男で、士官学校時代からのシドの友人だったはずだ。砕けた口調。そうなると会話の相手は必然的に絞られる。

「さあな。貴族の考えることなんて分かるものか」

 相手は私の予想通りシドだった。
 シドの声を聞けたという嬉しさよりも先に背中に冷たい汗が伝う。シドがこんな風に話すのを初めて聞いたせいだ。私の知るシドは無口だけど、私に対しては丁寧さがあった。不機嫌極まりない、忌々しそうな口調などついぞ聞いたことがない。

「案外お前を追ってここまで来たとか?」

 ミハイルの鋭い指摘に、今度は心臓がドキドキと早鐘を打つ。
 そう、彼の言う通り私はシドを追ってこの騎士団に入団した。だが次に口を開いたシドから零れ落ちた言葉は、私を絶望の底にたたき落とすものだった。

「はっ。そうだとしたらまた取り巻きを使って俺に嫌がらせをするために来たんだろう。どこまでも嫌な奴だ」

 嫌な奴。シドが私に対して向ける感情。
 初めて聞いたその思いに、鏡を見ずとも自分の顔が青ざめていくのが分かる。呆然と立ち尽くす。嫌がらせ、嫌な奴。これまでにシドに対して嫌がらせなどそんなことをした覚えは一切無い。無いのだが……彼にとってはこれまで私の取っていた行動の一つ一つが気に入らないものだったらしい。

 その後もシドとミハイルの間で何らかの会話が交わされていたようだったが、ショックで立ち尽くす私の耳には届かなかった。だから、立ち去るタイミングすら失って、会話を終えた二人が廊下に出てきたところでかち合ってしまった。

「わっ」

 ミハイルの驚いた声が上がる。しまったと思って顔を持ち上げると、同じくこちらを見ていたシドと視線がぶつかった。
 やはり同様にしまった、という気まずそうな表情を一瞬浮かべたシドだったが、すぐにそれは冷ややかなものに切り替わる。

「聞いてたのか」

 もはやこの状況で嘘や誤魔化しを言っても仕方がない。私はこくっと小さく頷く。はあっとため息をついてシドが言葉を続ける。

「聞いていたならはっきり言わせてもらう。俺はもうあんたに仕える下働きの男じゃない。屋敷もとっくに出たんだ。だからもうこれ以上俺に関わるな」

 絶縁通告とも取れるその言葉に、とっさに何も言葉を返すことができず唇をわなわなと震わせることしかできなかった。
 私が何も答えなかったことに眉を顰めて訝しんだシドだったが、言いたいことを言い切って満足したらしく「じゃあな」と背を向けて去って行った。

 私が呼ぶといつもすぐに駆け付けてくれたシドが、こちらを一切振り返りもせずに。
 去っていくシドの、私を固く拒絶するその姿を見ていたらぶわっと涙が溢れ出てきた。感情を表に出すなという家の教えすら忘れ去って。

 一体何でこんなことになってしまったのだろう。嫌われていた、嫌われていた、その事実が針のようにちくちくと胸に刺さって離れない。


「え、ちょっ……」

 去っていくシドと立ち尽くす私を困ったように交互に見ていたミハイルだったが、私が突然泣き出したことによりおろおろと慌てだす。

「フェリシア様。こちらへ!」

 ミハイルによって先程まで二人が話をしていた訓練所の中に連れて行かれて、片隅に置かれた椅子に座らされる。その間も私の目からは次から次へと涙が落ちる。他人の前で泣くのはみっともないことだという教えは頭の中にあるのに、一度感情が溢れてしまったせいで止まらない。

「えっと、もし良ければ話を聞かせていただけませんか?」

 丁寧な口調で、未だに私のことを貴族として扱うミハイルに鼻をすすりながら「同僚としての口調で構わない」と伝えると「それじゃあ、遠慮なく」と口調を崩し始めた。隣の椅子に腰かけたミハイルが首を傾げながら問いかけてくる。

「僕が知っている話だと、フェリシアは子供の頃から今までシドに嫌がらせをしていたんだよね……?」

 ミハイルの口から出てきた「嫌がらせ」の言葉。まただ。私には一切そんなことをした覚えがない。だから首を横に振る。

「してない。するはずがない」

 だって、シドは私の憧れであり英雄だ。そんな彼に嫌がらせなどするはずがない。

「でも、シドのことを嫌っているんでしょう?」

 思いも寄らぬミハイルの言葉に目を瞬かせる。どうして私がシドを嫌いになどなるのだろう。そんな日は絶対に来ない。ぶんぶんと音を立てる勢いで首を横に振る。
 私は状況が飲み込めず不可解だという顔をしているミハイルに、幼い頃のことを話し始めた。



 両親が孤児だったシドを屋敷の下働きとして引き取ったのは私が十二歳の頃だった。引き取った理由は貴族としての義務である慈善事業の一環だったと思う。

 初めて部屋で引き合わされた時、シドに対しては目つきの鋭い子供だと思ったのが第一印象だ。それに黒髪に黒目の組み合わせは珍しいとぼんやり思ったぐらいで、特にそれ以外の感情など持ち合わせなかった。そんな私だったが、その印象が大きく変わったのは比較的すぐのことだった。

 ある日のこと。馬で遠乗り出かけた時に私は魔獣に襲われたのだ。
 普段は魔獣など出ない平和な場所だったから、大人の供は連れていなかった。
魔獣に驚き、興奮した馬の背から転がり落ちて地面に叩きつけられて、逃げることもできずもう駄目だと思った。

 その時だった。供としてついてきたシドが颯爽と私の前に現れて鮮やかな剣さばきで魔獣を退治したのだ。それを見た時、私の胸は苦しいぐらいに脈を打った。

 代々騎士を輩出する名門であるルートベルク家に生まれた私は、当然のことのように騎士となるべく育てられた。父の期待に応えるために髪を短くして、口調も男らしくしてきた。だけど、残念ながら私自身はと言うと剣の腕はさほど上達しなかった。それどころか魔獣に出会った瞬間恐怖で震えるしかなかった。そんな情けない私とは裏腹にシドは一切怯えることもなく冷静に対処したのだ。

「英雄」そんな言葉が自然にすとんと胸に落ちてきた。そしてあの瞬間、私はシドに強い憧れを抱いたのだ。



 できることならば彼と友達になりたい。
 私には友達と呼べる存在は一人も居なかったけれど、シドとそんな間柄になってみたいと強く思った。

だけど、そうした私の感情は両親や屋敷の者にとっては褒められたものではなかったらしい。貴族の私が下働きの者と仲良くしてはいけないと何度も窘められた。
 砕けた口調で話しかけるのも駄目、あれも駄目、これも駄目と制限をかけられてしまう。

 段々と思い通りにならない現実に心は疲弊する。しかし様々な制限をかけられても私はシドを側に置くことを諦めなかった。それにシドだって絶対に私のことを拒否しなかった。呼べばいつだって駆け付けてくれる。屋敷の人の目があるから会話なんてほとんど交わすことはできなかったけれど、シドが傍にいてくれる。それだけで満足だった。

「シド、ずっと私の傍にいろ」
「はい」


   ***

 成長し、士官学校へ入る年齢になるとシドと一緒に入学した。彼を連れて行けるように両親に交渉したのだ。シドには剣の才能があると。いずれは私などよりもずっと立派な騎士になれるに違いないと。少々頼りないところのある私だったから、しっかり者のシドが付き添うことに対して両親は反対をしなかった。そしてシドもまた士官学校へ行くことになった。

 そこから先のシドは才能を一気に開花させることになる。講義を学ぶにつれて剣の腕はさらに磨きがかかり、進級に伴って特進コースへと進んだシドと普通コースの私はクラスが離れてしまった。

 新しいクラスになったシドにはミハイルという名の友人ができた。そしてクラスが離れたことにより今までみたいにずっと私の傍にいてくれるわけでも無くなった。置いていかれてしまったみたいで、これには少し寂しさを覚えた。

 でもシドは昔から今も相変わらず私が呼ぶと駆け付けるし、頼みを何でも聞いてくれるから、安心していたんだ。
 私が彼にとっての一番だと。


 やがて将来の進路を決める時がやってきた。

 オレイユ王国には現在四つの騎士団が存在していて、シドは平民が多く在籍する黒狼騎士団への入団を決めた。実力主義と言われている騎士団だ。活躍すればするほど上へと昇ることができる。きっとシドならば上へ行くことができるだろう。

 私のもとには白鷲騎士団からの勧誘があった。こちらは反対に貴族が多く在籍している。私に対しては実力が認められたという訳ではなく家柄で声を掛けられた……そんな気がしている。

 でも、私は……。私はどうしてもシドと離れたくなかった。
 だから黒狼騎士団へ入団できるように、自らの足で掛け合いに行った。
 私の実力では黒狼騎士団へ到底入れるものではないと分かっていたけれど、諦めたくなかった。そこで入団のために面接を受けに行ったのだ。結果は自分でも信じられないことだけど、合格だった。

 だけど家からは猛烈な反対にあった。
 平民が在籍する黒狼騎士団に入るなんて認められないと。ルートベルクの家系からはほとんどが白鷲騎士団へと行くのだ。祖父も、父も、兄達もみんなそうだった。
 私はそれでも黒狼騎士団へと入りたいと訴えると、今度は騎士団へは入らなくていいからどこかの貴族と結婚するように言われる。

 これまで騎士になるべく育てられたのに、そうまでしても私をあの騎士団へ入らせたくないのだ。世間の評判を気にして、そんな風に感じる。
 自分だって騎士には向いていないかもしれないと薄々気付いていたけれど、自分なりに努力をしていた。両親によってそれら全ての努力をないがしろにされた気がした。
 今更女らしくして、ドレスを着て、刺繍をする? そんなの無理に決まっている。

 これまで私はずっと家の方針に従ってきた。シドとだって本当は友達みたいに仲良くなりたかったし、気軽に話しかけてみたかったけれど我慢してきた。家族の求めに応じて貴族らしくあろうと努めてきた。だけどもうこれ以上は我慢できなかった。好きでもない会ったこともない相手と結婚もしたくない。

 初めて反抗らしい反抗をしたのだ。
 私が家の方針に従わないことに両親は激怒した。あんなに恐い表情を初めて見た。そして家から勘当されて追い出されたのだ。気持ちを入れ替えて白鷲騎士団に入るか、結婚すれば許すと言い渡されて。



「それで、フェリシアは家を出てしまったの? そのこと、シドは知っているの?」

 これまでのことを話し終えると、ミハイルは驚いた様子で問いかけてくる。

「いや…知らないだろう。私が家を出たのはシドが家を出た後だったから」

 一足先に黒狼騎士団へ入団を決めたシドは、そのタイミングで家を出たのだ。

「あー……なるほどねぇ。何だか段々と分かって来たぞ」

 顎に手を当てたミハイルは何やら考え事をしている。

「僕が抱いていた君への印象って、手下を使ってシドにあらゆる嫌がらせをする奴だったんだよね」

 ミハイルの言葉の意味が分からなくて、私は首を捻る。

「うん、その反応。君は知らなかったんだね……」

 困ったように眉を下げるミハイルの口から語られた内容は、とても驚くべきものだった。

 幼い頃は屋敷に仕える使用人達から、士官学校に入ってからは私の取り巻きに、シドは数々の嫌がらせを受けていたらしい。

 思い返してみれば、士官学校ではやたら話しかけてくる人達が多かったように思う。ただ、彼らの目当ては私の家に取り入りたいという下心が明け透けだったので相手にすることもなく、ほとんど会話を交わしたことも無かった。それなのに私の知らない水面下では様々なことが起こっていたのだ。

「お前みたいに汚らしい平民がフェリシア様に近付くな」「これはフェリシア様が望んでいること」と、時には暴力を伴ってシドは嫌がらせを受けていた。シドがそのような目に遭っていたなんて、少しも知らなかった……。

 シドは自身の身を守るためになるべく私と距離を取ろうとしていたらしいけど、私がそれを許さなかったから、ますます周りに目を付けられるという始末。

「そんな……そんなことがあったなんて」

 私の行動のせいでずっとシドが辛い目にあっていたと思うと、胸が苦しくなる。その間、私は何も知らずに呑気に過ごしていたのだ。どうしてそのことに気付けなかったのだろう。
 シドに憎まれ、嫌われていたって当然じゃないか。ショックからぶるぶると体が震える。

「君は……そうか。本当はシドのことが好きだったんだね」

 好き。そう、シドに抱く思いは憧れだ。魔獣から助けてもらったあの日から。

「僕からシドに伝えようか? 周りが君達の仲を裂こうとやっていたことだって。フェリシアは何も知らなかったって」

 ミハイルの言葉に、私は目尻に涙を溜めたまま首を横に振った。
 知らなければ罪にならない?

 とてもそうは思えない。私は、彼の置かれている状況を知ろうともしていなかったのだ。もっとシドだけでなく周りにも目を向けていれば状況はずっと変わっていただろうに。盲目にシドだけを見続けていて、それを怠っていたのだ。
 そんな私がシドを思う資格なんてあるだろうか。

「どうかシドには何も言わないで欲しい。これ以上彼を煩わせたくない」

 シドはようやく私からも、私の家からも解放されて騎士団の中で居場所を見つけて自由を得たのだ。それなのにまた私のことで彼を煩わせたくないと思った。

「そうか。君がそう望むのなら」

 ミハイルは私の気持ちを汲んでくれたようだ。

「フェリシアはこの先どうするの? 白鷲騎士団へ行くのかい?」
「……このまま黒狼騎士団へ残ろうと思う。私が残ることはシドには歓迎されないだろうけど、一度決めた道だから最後までやり遂げたい」

 身分に関係なく全ての民を守るため黒狼騎士団は結成された。
 シドのことが大きなきっかけだったけれど、私が黒狼騎士団へ入りたいと思ったのはその理念に惹かれた為でもある。
 家の反対を押し切って、初めて自分自身で選んだ道だ。例えシドに嫌われていて居づらくても辞めたりはしない。

「そうか。僕は本当に君のことを誤解していたみたいだ。君の真心がいつかシドにも届くといいね……」

 そんな日はきっと来ない。シドはもう私の顔など見たくもないだろう。キュウッと胸が苦しくなる。
 ミハイルの言葉に押し黙ったまま何も答えなかった。


シド。
私の気持ちが君の重荷になっていたなんて知らなかったんだ。辛い思いをたくさんさせてこれまで本当にすまなかった。
 ああ、私が貴族でなかったら。違う立場で出会っていたら、ミハイルのように君と友達になれていたのだろうか。
 本当はもうこんな気持ちを持っていてはいけないと分かっているけれど、私にはこの気持ちを捨てられそうにない。
 もう絶対に君に迷惑はかけないと誓うから、だからどうか、君を想うこの気持ちだけは赦して欲しい。



 あれから私はなるべくシドの視界に入らないように努力した。
 新入団員としての訓練期間中、彼から距離を取った。
 シドから私に話しかけてくることはないから、私が距離を置けばいともあっさりと切れる縁だったのだな、と少々寂しく思う。
 しかしながら、そんな感傷に浸っている暇もないぐらい訓練は厳しいものだったので、それは有難かった。

 体力があまりない、これは私の弱点だった。
 騎士団には他にも女子はいたけれど、こんなにも体力が無いのは私だけだった。
 鎧を身に着けて走り回っているとそれだけで息が切れて、目の前がくらくらとしてくる。動きが制限されることもあって、私は鎧ではなく胸だけを覆う形の胸当てに変更してもらった。全身を覆う鎧に比べたら軽さはあったけれど、それでもそれなりの重量があって、夕方ともなると肩で息をしながら地面にへたり込んでしまう。そうなると上官によって頭から思いっきり水を掛けられるのだ。
 ここでは男も女も関係ない。扱いは皆一緒だ。

「おい、誰がへばっていいって言った!? ここは貴族の社交場じゃねえぞ。付いて来れないならさっさと辞めちまえ!」

 怒号が飛び交う。
 こんな風に怒鳴られた経験なんて人生で一度もない。それに、同期の者達からは距離を置かれている。私が怒鳴られる様を遠巻きに見られているのだ。

 自分自身の不甲斐なさや、怒鳴られる姿を他者に見られることによって自尊心は粉々になる。正直言って泣き出したい、逃げ出したい気持ちになるけれど、唇を噛みしめてぐっと堪える。
 同期の者達に距離を置かれている理由はすぐに判明した。

「お前って金の力で入団したんだろう」

 少々吊り目の可愛らしい顔立ちの男が、私を睨みつけながらそんな話をしてきたからだ。

「だってそうだろ。お前みたいな実力で黒狼騎士団に入れるわけがないんだ。ここにいるのは皆剣の腕の立つ者ばかり。だったら理由は一つ。金に物を言わせて入団したんだ」
「違う。そんなことはしていない」

 私は貴族ではあるが、自身に財産があるわけではない。ましてや両親からは強く黒狼騎士団入りを反対されていたのだ。援助も一切打ち切られているし勘当された状態だ。物を言わせる金などあるはずもない。
 だったらどうして黒狼騎士団に入れたのか……それは私だって不思議だし、理由を知りたいぐらいだ。

「シドに嫌がらせする為にここまでするなんて最低だな」

 しかしいくら違うと言ったところで、ラルという名の可愛い顔立ちの男には信じてもらえなかった。それどころか、ラルが私に敵対する態度を取り始めたせいか団内の皆も同調するようになってきたのだ。
 そこからの私への風当たりはますます強くなる。
 嫌がらせや暴言のような悪意をぶつけられることが多くなった。
 偶然居合わせたミハイルに気付かれ、「僕が注意しよう」と言う彼を引き留める。

「いいんだ、ミハイル。これは私が自分で何とかするべきことだから」

 きっとこれは因果応報というやつなのだ。
 シドが幼い頃から受けていた扱いが今度は私に来たというだけの話だ。それに、他者から辛く当たられることで少しはシドの気持ちが分かった気がするんだ。シドもこんな風に長年悲しい思いをしていたのだと思うと、私が泣き言を言えるわけもない。


 だけど私を一番打ちのめしたのは、遠くから見たシドの笑顔だった。
 騎士団の仲間達に囲まれて楽しそうに笑うシドを見た時、胸を掻きむしられるほどの痛みを感じた。息が上手く吸えない。

 だって、私は知らない。
 知らなかったんだ、君がそんな風に屈託なく笑う姿を。

 目の奥がツンと痛む。ああ、私は本当に君のことを分かっていなかったんだな。これまで抱いていたものが独り善がりな想いだったということに改めて気づく。それが何よりも辛かった。


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