ひゅー!!! 2022/11/21 08:47

オルナアタの果実【前編】

 1

「これが、禁断の……?」

 何キロ歩いただろうか。空を覆うように木が覆い茂る森の中。少し息が上がった間宮菜月の声が、不気味な程の静けさに染みていく。
 ボウケンイエローに変身していてもハッキリと分かる程の強い湿気と、濃い植物の香りが辺りに充満していた。
 菜月の目前には、流れる水が長い時間をかけて地表を削り作られた、石灰洞の入り口が広がっていた。
 まるで獲物が吸い寄せられるのを待ち侘びているかのような、巨大な怪物の口のようだ。そんな負のイメージを抱いてしまうのは、この洞窟の詳細を聞かされた以上は仕方のないことだろう。

「何が仕掛けられているか分かりません。慎重に行きましょう」

 整備もされていない山中を数時間に渡って歩いた後でも、西堀さくらは疲れの一つも見せず、冷静にそう告げた。同じく既にボウケンピンクに変身していたさくらは、枯れ葉と枯れ枝で出来た地面を踏み越えて洞窟へと近付いていく。
 ざわり、と背を撫でる悪寒を跳ね除けるように、菜月もその後ろに続いて歩き出した。

 ――サージェス財団によって『禁足地』と定められたスポットが、世界には幾つか存在する。
 その周辺に近付くための道は全て遮断され、地図やネット上を始めとした様々な資料からもその土地の存在を抹消される。
 もちろんその理由は、現代科学を大きく逸脱した危険な力を持つ秘宝、プレシャスによる被害を防ぐためだ。
 そして今、二人が足を踏み入れているこの森がまさしく、その禁足地の一つであった。
 一見するとなんの変哲もないこの森が禁忌として扱われている理由が、あの洞窟の中に潜んでいる。アクセルラーに表示されるハザードレベルがハッキリとそれを示していた。
 苔に覆われた岩肌に足をかけ、洞窟の入り口に軽々とよじ登ったさくらは、菜月に向かって手を差し出す。

「さあイエロー、足元に気を付けて」

「うん。よいしょっ……と」

 その腕をしっかりと掴んで、菜月もまた岩肌を一息に登り切った。膝についた汚れを手で払って、首をひょこりと傾ける。

「へへ。ありがと、さくらさん」

「イエロー、今はミッション中です。呼ぶ時はコードネームで」

 今日だけでも何度口にしたか分からない台詞で諌めながら、実際のところ、菜月のこの口調を直すことは無理だろうと諦めてもいた。
 命を懸けたミッションの最中であっても、緊張感とはおよそ縁遠い口調、振る舞いを貫く菜月に、さくらは当初、困惑したものだ。単なる子供……とも違う、何か不思議な生物と接しているかのような感覚。
 しかしその天然ボケとも言える彼女の性格は、厳格な教えの元で育てられたさくらとは対象的な、柔軟な発想と広い視野を持っていた。
 この任務には二人で臨むのが好ましいとボイスに告げられた時、相方に菜月を指名したのはそんな理由からだった。危険なミッションに挑むのならば、バディはなるべく自分とは正反対な人間が好ましい。それは以前の自分なら有り得ない考え方で、ボウケンジャーとして個性の強い仲間と様々な危険を潜り抜ける中、自然と色を変えていった価値観でもあった。
 そんなさくらの気を知ってか知らずか、菜月はマスクの額に備えられたライトを点けて、洞窟の中を覗き込む。

「あれえ。近くで見ると、案外ふつーの洞窟だね」

「油断は禁物です。ここからがミッションの本番ですから」

 そう言いながら、さくらも菜月と同じような感想を抱いていた。長らく森を歩いてようやくこの洞窟が見えた時は底知れぬ不気味さを感じたものだが、中を覗いてしまえば、洞窟自体は何ら特色のないものだった。
 四方を覆う滑らかな岩肌には苔が自生し、時々、岩の隙間から水滴が落ちる美しい音が反響する。深さはそれほどなく、入り口から差し込む陽の光によって内部を見渡すことは容易だ。洞窟というよりは、洞穴と呼ぶ方が正しいかも知れない。

 唯一の異変は、穴の一番奥の壁。その下方に、淡い紫色の光が浮かんでいることだった。
 顔を見合わせたあと、二人は頷いて、ゆっくりと洞穴へ足を踏み込んだ。苔むした岩による急な傾斜という悪路も、高機能なブーツによって滑ることなく軽やかに下っていく。
 紫色の光の元まで辿り着いたさくらは、アクセルラーを取り出して、そこに表示された情報を冷静な声色で読み上げた。

「ハザードレベル130、プレシャスです」

「うっわ……。なんていうか、思ってたよかグロテスク……」

 光の正体は、植物だった。
 地底から栄養を吸い上げるかのように、岩の隙間に幾筋もの太い根を張っている。
 紫色に発光しているのは、中央の房のような箇所にいくつも実った、不気味な果実だった。外見の特徴は事前報告と完全に一致している。こんな植物は、世に二つとないだろう。
 プレシャス『オルナアタの果実』。
 古代の文献や壁画に僅かな記録が残されているばかりの、空想の産物、もしくは遥か昔に絶滅したとされていた、植物兵器だった。

「イエロー、あまり不用意に顔を近付けないように。本来それは、人が手を触れてはならない禁断の果実です」

「うん。でも不思議だね。これを食べようと思う人が居るなんて」

「人の食への探究心は測り知れませんから。それに、私達がこれだけ近付いてオルナアタの影響を受けていないのは、アクセルスーツのマスクが空気中の成分を無効化しているからです」

「ってことは、ここで変身を解除しちゃったら……」

 菜月の問いに、さくらは首を横に振って答えた。
 この森にプレシャスが存在することは、かなり以前から判明していたらしい。古くからこの地に住む者たちの間でも、決して近付いてはいけない森として長らく口伝されていたのだ。
 オルナアタを現代の括りで分類するならば、麻薬、ということになるだろう。
 その実から放たれる豊潤な匂いは、半径十キロ内に居る人間の自我を失わせるとまで言われる。オルナアタに惹きつけられた者は一心不乱に匂いの元まで駆け寄っていき、そして、二度と戻らない。
 破滅に誘われた者がどのような末路を迎えるのか、その記録はどこにも残されていなかった。
 サージェス財団が森の隔離にまで踏み切りながら、プレシャスの確保に手を拱いていた最大の理由がそれだった。
 ロボットやドローンを用いてオルナアタを採取しようにも、まずはその強力な誘惑への対策を完成させなければ、悪戯に被害を拡大する可能性が極めて高い。オルナアタを中心に危険エリアを丸ごと立ち入り禁止とし、絶対に人を近付けない。長らくの間、それが最善手だったのだ。
 そこへ、あらゆる化学兵器、生物兵器を遮断するアクセルスーツの開発、ひいてはボウケンジャーの目覚ましい活躍により、ようやくこの森への調査にゴーサインが降りたのだった。

「とにかく、長居は無用です。早く済ませてしまいましょう」

 さくらはその場に片膝を付くと、オルナアタの実へと手を伸ばした。採取用のピンセット越しでも分かる柔らかな感触。それをゆっくり引き抜くと、何の抵抗もなく実は房から離れた。もがれた果実は、それでもなお紫色の光を放っている。果汁そのものに蛍光成分があるようだ。
 空気を完全に遮断する収容ポッドを菜月が差し出す。それを受け取ったさくらは、ピンセットごと素早く果実を収容して立ち上がった。

「よしっ。山登りは大変だったけど、無事に終わって良かったね」

「任務はサンプルの回収です。これを持ち帰るまで、気を抜かないでください」

 とはいえ、未知の植物が人間にとって脅威になるだけとは限らない。医療を大きく発展させる鍵となる可能性も有り得るのだ。収容、活用、破壊。どういった措置を下すか判断するためにも、まずはプレシャスの一部をサンプルとして回収することがサージェス財団からの指令だった。
 二人での任務になった理由は、オルナアタのような広域への影響が予想されるプレシャスの確保に、最大人数で挑むことはリスクが大きいと判断されたからだ。

「でも、そこまで人を狂わせちゃう効果って一体何なんだろ」

 ビンの中に収まった紫色の実を観察しながら、菜月がポツリと呟く。単に正気を失うほど美味しい果実……というだけなら平和な話だが、プレシャスがそう甘い代物でないことは二人とも良く知っている。

「さあ、そこまでは。文献を読む限りでは、依存性を伴う強い幻覚作用、あるいは媚薬のような効能か……」

「ビヤク……って、なあに?」

 あどけない菜月の質問に、歩き出していたさくらの足がピタリと止まる。

「それは……」

 どう答えたものか、言葉に詰まって生まれた沈黙に背を押されるように、さくらは再び歩き出しながら答えた。

「……生き物を、興奮させる作用を持つ、薬のことです」

 珍しく大雑把なさくらの回答に、菜月は人差し指を顎に当てて何か考えているようだったが、早歩き気味にさくらが離れていくのを見て慌てて後をついていく。

「なんか良く分かんないけど……さくらさんには全然効かなさそうだね、そーいうの」

「へ、変なこと言ってないで、早くここを出ましょうっ」

 顔の辺りが熱くなるのを感じて、さくらは今が任務中であることを自分に言い聞かせる。ついでに話題も変えようと、少し早口に言葉を継ぎ足した。

「この森は元々、人の手が入らない未開の地ですから。ターゲット以外にも、どんな危険生物が潜んでいるか分かりません」

 その台詞を受けて、今度は菜月の足が止まった。何かに気付いたかのように洞穴の中を見渡しながら、普段の調子と打って変わった訝しげな声で尋ねる。

「……ねえ、さくらさん。そういえばこの森に入ってから、虫って見かけた?」

「え?」

 意表を突くようなその質問に、またもさくらは返答に詰まった。
 道中は険しい山岳を踏破することやトラップの可能性、敵対勢力の動向に思考のリソースが割かれていて、そんな事にまで考えが回っていなかった。しかし言われてみれば確かに、この道中で一度もその存在に顔をしかめた記憶がない。虫が大の苦手なさくらだからこそ、確信を持ってその問いに答えることができた。

「見て、いません。いや、それどころか、鳥の声すら……」

 重たい風が吹いて、木々のざわめく音が洞窟の中にまで反響した。これだけ大きな手つかずの自然の中に、野生動物が全く存在しないことなどあり得るだろうか。
 木々とは生物の食料となり、住処となり、酸素となる。そしてその肥沃な土地で育った命の果てを、木々が吸い取っていく。それが自然のサイクルのはずだ。
 もしここに一切の動物が居ないのだとしたら。この広大な森の生命の循環図が、ガラリと書き換えられることになる。辺り一面に覆い茂る植物たちが、食物連鎖の頂点に君臨しているかのような……。
 さくらの背に冷たい予感が走ると同時に、その視界の端で何かが動いた。

「ッ……!!」

 瞬間、横薙ぎに飛んできた鞭のような“攻撃”を、さくらはギリギリのところで回避した。菜月の気付きがなければ、背後から直撃を浴びていただろう。
 直ぐさま姿勢を立て直して攻撃の正体を確認する。

「うそっ!?」

 菜月の悲鳴にも似た声。無理もない。さくらも目の前の光景に思わず舌をもがれる。
 岩肌の隙間から伸びた無数の根が、まるで触手のように滑らかに蠢き、二人を取り囲んでいた。目などあるはずもない植物だが、何らかの手段によって周囲の状況を把握しているようで、根の先端はブレることなく二人の方へと向いている。
 統率の取れたおぞましい光景だった。一つの意思によって全ての根が制御されているのならば、これはまるで巨大な怪物だ。

「退避を! 急いで!!」

 勢いよく叫んで、さくらは菜月の手を引いて洞穴の出口へ走り出す。もしも根が足元からも伸びてくることがあれば厄介だが、見たところその様子はない。全速力で走れば数秒で外へ出られる。外でも襲われることがあれば応戦するしかないだろう。それでも、この暗く狭い穴ぐらで戦うよりは幾分か有利なはずだ。
 緊急事態において凄まじい速度で回る思考を、光が止めた。紫色の光。二人の背後から放たれた強い輝きが、閃光となって眩く弾ける。
 次の瞬間には、さくらと菜月の身体を電流が貫いていた。

『きゃああああぁあああぁぁ!?』

 アクセルスーツから無数の火花が飛び散り、悲鳴が重なる。収容ポッドがさくらの手から滑り落ち、甲高い音を立てながら転がった。
 強力な電撃によって二人の全身の筋肉は硬直し、弓なりに背が仰反り、踵が浮き上がって爪先立ちになる。壁中に張り巡らされた根から放たれた幾筋もの光が、狙い澄ましたかのように“獲物”へと照射されていた。

(ありえない……! 植物に、こんな力が……!)

 人智を超えたプレシャスの脅威を全身で味わいながら、さくらは鉄のように固まった腕を何とか動かし、腰に下げた武器を抜こうと試みる。しかし指先がサバイバスターへと触れた瞬間、ビュン、という鋭い風切り音が響いた。同時に、胸に切り裂かれるような痛みが走る。

「んあぁああッ!」

 パッと白い火花が飛び、ダメージを浴びた胸を強調するように仰け反ってしまう。先程避けた鞭のような攻撃だった。強靭な長い根を大きくしならせた一振りは、目に見えないほど速く、剣のような切れ味を持つ。
 唐突に電撃が止み、弛緩した肉体がぐらりと崩れそうになるのを、鞭の応酬が襲った。

「きゃあっ! あっ!? はぅん!」

 衝撃に揺れる二人の身体を火花が照らし出した。背中、肩、胸……。前後左右から飛んでくる斬撃がアクセルスーツを切り刻む。

「ぁくっ、サバイバスター!」

 ベルトに下げた武器を引き抜くと同時に、菜月は三発の弾丸を間断なく発射した。
 狙いは完璧だった。しかしオルナアタの強靭な根は、零点下の速さでその身を収縮させると、反動の膨張によって弾丸をいとも容易く跳ね飛ばしてみせた。
 打ち返された弾丸が真っ直ぐに菜月へと向かい、防御すら間に合わない彼女の無防備な胸へ、続け様に炸裂する。

「そんな!? うわああああぁああぁぁ……!?」

 身体が浮き上がるほどの衝撃を浴びながら、四方からの更なる追撃が、倒れることすら許さない。
 前のめりに崩れかければ前方から、後ろへ仰反れば後方から、絶え間のない猛攻に晒される菜月は、まるで踊っているかのように斬られ続ける。

「あんっ! きゃっ! ぃやあぁあ!!」

 痛みと衝撃だけの世界に囚われ、その手からサバイバスターが零れ落ちる。反撃の余地すら与えられないまま、アクセルスーツが何度も、何度も火花を散らせた。

「はッ! サバイブレード!!」

 さくらは何とか手にしたサバイバスターを剣形態のサバイブレードへと変形させ、根の一つを斬り落とした。植物とは思えない重厚な手応えは、まるで筋肉の塊を切断したかのようだ。
 しかし多勢に無勢は変わらない。死角の足元から飛んできた斬撃が、左の太ももに命中する。

「くぁ! しまっ……」

 一瞬の怯みは致命的な隙だった。
 前方から大きくしなった根が勢いをつけて振り下ろされる。防御も回避も、間に合わな……。

「ぁ、ぁああああぁ……!?」

 思考ごと切り裂かれ、悲痛な叫び声に爆発音が重なった。アクセルスーツから立ち上った白煙を裂いて、さらに追撃が襲いくる。

「この…… あッ!?」

 それを迎撃しようと振り上げたサバイブレードを、狙い澄ましたかのように根が叩き払った。手から離れたサバイブレードが壁にぶつかり重い音を立てる。そこからはまるでスローモーションだった。脇を見せつけるように片腕を上げたさくらの身体を、前と後ろから二つの根が、挟み込むようにざっくりと斬り裂き……。

「きゃああぁああああああぁぁ……!」

 先程よりも更に大きな爆発。胸と背中から体重の火花が噴き出し、さくらの身体を覆い隠すほどの煙を巻き起こす。
 そこでようやく斬撃の嵐が止まった。猛攻から解放された二人だったが、ダメージの処理が追い付かないアクセルスーツからは遅れて何度も火花が飛び散り、その衝撃に揺さぶられるようにしながらガックリと崩れ落ちた。

「ぁ、あぁ…… ん、ぁ……」

「きゃっ…… ぁ、う…… ん……ッ」

 何とか立ち上がろうと腕で上体を起こすが、全身を斬り刻まれた痛みの余韻に力を奪われ、二人は硬い岩肌の上で悶え苦しむ。
 立て続けに大ダメージを浴びせられたアクセルスーツは黒く焼け焦げ、純白の布地を汚していた。

 倒れ伏した二人の姿を、上空から無数の根が舐め回すように観察していた。獲物の動きが充分に弱まったのを確認すると、未だ立ち上がることの出来ない二人の腕に、太い根が絡みついた。

「あっ!? な、何を……」

「きゃっ、やっ! 離し……ッ」

 二人の身体が持ち上がると同時に両足までが拘束され、完全に身動きが取れなくなる。それまでは独立して動いていた幾つもの根が、完璧な統率の下に二人の身体に巻き付いていく。
 為す術もなく宙に囚われた二人は、そのまま互いを見つめ合う形で壁の両端で磔となった。まるでオルナアタと一体になったようだ。
 抜け出そうと必死にもがくが、根は軋みを上げることすらなく、二人の自由を完全に削いだ。菜月の人間離れした怪力を持ってして、ビクともしない頑丈さ。
 さくらはマスクの奥で下唇を噛み締めた。
 ――迂闊だった。ここは根城で、そして、あの果実は『餌』だったのだ。
 自我を失わせる程の強烈な誘惑によって様々な生物をこの巣まで引き込み、捕食するための。恐らくこの森において、オルナアタこそが生態系の頂点に君臨する生物。
 禁足地に指定され人や獣が外から立ち入ることのなくなった今、虫や鳥を捕食して命を繋いでいた空腹の覇者に、大型の獲物が二体、ようやく舞い込んだということになる。

「く、ぅ……! こんな拘束、すぐに……!」

 諦めず抵抗を続ける菜月を嘲笑うかのように、またオルナアタから紫色の光が放たれた。マスクをしていても目が眩むような強い閃光。先程浴びたその攻撃の恐怖が蘇るよりも早く、菜月の身体を電撃が貫いた。

「うああぁあああああぁああああぁ……!!」 

「ッ、菜月!!」

 全身を駆け巡る痺れ。熱。痛み。根から直接叩き込まれる電撃の威力は、先程とは比べ物にならないダメージを菜月に与えた。
 絶叫を上げながら激しく身をよじらせる菜月の姿を、ただ見ていることしか出来ないさくらは、思わず彼女の名を叫ぶ。

 限界を迎えたアクセルスーツが、パァン、と乾いた音を立てて小爆発を起こす。許容量を超えた痛みが皮膚を破って飛び出すかのように、至るところから火花が噴き上がる。

「あぁ! んあっ! きゃあぁ!」

 動かすことのできる上体を必死によじらせて痛みを和らげようとするが、意にも介さず電撃は菜月の意識を蝕んでいく。

「あァ! くああぁああああああああぁぁ!!」

 背を仰反らせた長い悲鳴のあと、限界を主張するかのように、胸のシンボルマークから断続的に火花が爆ぜた。胸を突き出したポーズのまま数秒固まって、その後、糸が切れたかのように身体が沈む。

「ん、ぁ…… は、ぅ…… くッ…… ん……」

 それでもなお流れ続ける電流が、菜月の肉体をビクビクと痙攣させた。獲物の意識が尽きたのを確認したのか、唐突に紫色の光は収まり、電撃も止まる。その途端に菜月の身体から大量の煙が立ち上った。内側から痛めつけられたアクセルスーツは黒く煤けて、爆発により破れた箇所からは内部回路が露出していた。

「菜、月ッ! ぐあッ! ぁ、はうぅ!」

 菜月が電撃によって気絶する姿を眼前で見せつけられながら、さくらもまた苦悶の声を上げていた。 
 岩肌から伸びた何本もの細い根が、間を置かずにさくらの身体を切り刻んでいく。手足を完全に拘束されている状態では、その攻撃から逃れる術は何もなかった。執拗なまでの斬撃によって、アクセルスーツは無惨にも切り裂かれていく。

「ん、は……ッ! きゃうっ! ぃやあッ!」

 微かに動かせる胸と腰は、ダメージの大きさを主張するかのように悶えるだけだ。ズタボロにされたアクセルスーツは最早防御力を失い、ただ肌を切り裂かれるような鮮烈な痛みだけが脳へと送られてくる。
 マスクの奥でさくらの端正な顔が絶望に歪む。いつ終わるとも知れない責め苦に、菜月と同じく、その身体が痙攣を始めた。

「きゃあぁ! は、あぅん! ぁ、くぁ……! あ、ぅ……っ」

 悲鳴さえも次第に勢いを失っていく。気を失う訳にはいかなかった。しかし抵抗すら出来ずに全身をなます斬りにされる地獄の苦しみは、さくらの気力を文字通り削ぎ落としていく。

「ぐ、ぁ…… こん、な…… ぁ、んっ…… こ、んな…… ぁ……」

 視界が歪み、霞んでいく。全身から力が抜けて、思考すらままならない。派手に飛び散る火花がまるで血飛沫のようだ。生々しい死の実感が背中をゾクゾクと伝っていく。
 これまでも危険と隣合わせの任務をいくつもこなし、数多ものトラップを看破し、死線も何度か超えてきた。しかし彼女たちはついに地雷を踏んでしまったのだ。
 ――決して人が手を触れてはならない、禁断の果実。
 脳裡によぎる自らの台詞を聞きながら、さくらの意識は深い闇の中へと沈んでいった。

「は、ぁ…… んっ…… あ、ぅ……」

「きゃ……っ ぁ、ん…… やっ……」

 根城に静けさが戻った。聞こえてくるのは木々のざわめきと、徹底的に痛めつけられた二人の冒険者の、微かな苦悶の声。
 しかしオルナアタは、まだ恐ろしさの片鱗しか見せてはいなかった。さくらと菜月が禁断の果実たる所以を本当の意味で理解“させられる”のは、これからのことだったのだ。

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