ひゅー!!! 2023/04/07 20:00

アバレを喰らうモノ【前編】

アバレを喰らうモノ


1

「イエローフライングダガー!!」

 かけ声と共にふわりと宙を舞った彼女の身体が勢いよく旋回した。両手にそれぞれ握られた自慢の武器、プテラダガーが連続で標的を斬りつける。
 アバレイエローこと樹らんる。
 素早い動きと跳躍力に長けた女戦士だ。地球の侵略を企む組織エヴォリアンの魔の手から平和を守る爆竜戦隊の一員でありながら、今は単身で敵と交戦していた。
 しかしそれは、勝負というにはあまりに一方的な展開だった。
 エヴォリアンが産み出した怪人、トリノイドは、アバレイエローの可憐な動きにただ翻弄されるばかりだ。引き締まった肉体に程よくフィットした黄色い光沢スーツが、滑らかなボディラインを自然と浮き立たせていた。

「ぬぬぬ……舐めるなぁ!!」

 攻撃を浴びて仰け反ったまま数歩だけ後ろに退がったトリノイドは、ガトリングになっている両腕から植物の種を乱射した。動物と植物と無機物の混合生物という特徴を持つトリノイドたちは、それぞれが個性的な攻撃を持っている。恐らくこの種も被弾すると厄介な副作用を発生させることだろう。
 しかしトリノイドが両腕を構えたのを察知したらんるは、弾丸が発射された時には既に空へと舞い上がっていた。
 空中は彼女のフィールドだ。一度跳び上がったアバレイエローは、風を味方につけたかのようにトリノイドへの距離を詰めると、空中で何度も斬撃を繰り出した。

「ぐっ、ぐおおぉ!?」

 咄嗟に両腕のガトリングを交差させて防御の姿勢をとったトリノイドだが、二つの刃による怒涛の乱舞に圧され、重心が僅かに崩れる。その隙を彼女は見逃さなかった。
 クロスされた敵の腕を蹴り上げ、空中でクルリとターンしたアバレイエローは、その勢いを乗せたプテラダガーで思い切り敵を斬り裂いた。

「ぬわああああああぁ……!!」

「これで終わりよ!!」

 トリノイドの断末魔を掻き消して、勇ましく澄んだアバレイエローの声が決着を告げる。後ろ向きにゆっくりと倒れたトリノイドの身体が轟音と共に爆ぜるのを、着地と同時に背中で受け止めた。

 少し遅れて、辺りにトリノイドの残骸が散らばる。その中に混じって、無骨なデザインをした鍵のような物体がらんるの足元へ転がった。
 黄色いグローブに包まれた手でそれを拾い上げた彼女は、鮮やかな勝利の余韻に浸る間もなく駆け出していた。
 戦いはまだ終わりではないのだ。彼女の使命は、囚われた仲間をこの鍵で助けることなのだから。

 これは最悪のゲームなのだ。

「ふーん、まさかあいつが一番乗りとはな」

 空中に浮かんだビジョンに映るアバレイエローの姿を見つめながら、アバレキラーはそう呟いた。
 アバレンジャーに良く似たデザインの白い戦闘スーツに身を包みながらも、禍々しい形の椅子に足を組んで腰掛けるその姿は、およそ正義感からは掛け離れた不遜な気配を放っている。

「余裕で見物している場合かぁ? せっかく捕えた奴らの爆竜、このままでは取り返されてしまうではないか」

 エヴォリアンの構成員であり、トリノイドの製造を担当するミケラが青い顔の眉を顰めて訴えた。自らの生み出した怪人をあっさりと撃破され、それすらさも当然と言った様子で観戦されていては面白くないだろう。
 しかしアバレキラーは悪びれる様子もなく、平坦な口調で答える。

「そういうルールだからな。お仲間の命が懸かってるんだ、多少は必死になって貰わないとこうして見物する価値もない」

 アバレンジャー達の相棒である爆竜たちがエヴォリアン−−引いてはアバレキラーの手によって捕縛されたのは二日前の事だった。
 爆竜たちを失い、巨大な敵に対抗する術を持たない今のアバレンジャーを追い詰めるならば、ジャメーバ菌によって巨大化させたトリノイドや、同じく構成員のヴォッファが造るギガノイドを出陣させる作戦が最も合理的だ。
 二人のその提案を、しかしアバレキラーは「つまらない」の一言で跳ね除けた。そして替わりに、自らの立案した計画をエヴォリアンに命じてみせたのだ。

「言われた通り爆薬はセットしておいたぞ。あれなら爆竜といえど、ひとたまりもないだろうよ」

 頭に生えた無数の触手を蠢かせながら、現れたヴォッファが報告した。 
 地中奥深く、ダイノガッツを封じられ眠りに落ちた爆竜たちの周囲には、大量の爆薬が埋め込まれた。炸裂すればいくら巨大生物といえ命はないという量の。
 爆破までに与えられた猶予は六時間。
 アバレンジャーに課せられたミッションは、タイムリミットまでに各地へ散らばったトリノイドを倒し、封印を解くための鍵を手に入れ、爆竜たちを救出すること。
 正義を振りかざすアバレンジャー達が、怒りと焦りに精神を焼かれながら奔走する様を見物することがアバレキラーの目的であった。
 彼にとっては他者の生命も尊厳も、全ては塵芥に過ぎないのだ。
 脳髄が乾いて仕方がない、果てのない退屈。
 それを潤すことができるのは血の滴りだけだと、本能が告げていた。

「だがその鍵も入手されちまったんじゃ、救出も時間の問題だなァ。お前はそれで満足なのか」

 自らの立案を却下されたことに未だ納得のいかないヴォッファが皮肉るように尋ねる。いや、そもそもこの男が何食わぬ顔でエヴォリアンのトップに居座り指示を出していることに、ヴォッファは欠片も納得がいっていないのだ。
 しかしこの男の実力は、そして残虐性は、エヴォリアンである自分たちをも遥かに凌ぐ強さを持っていた。アナザーアースの侵略には、この男が実権を掌握することが近道なのかもしれない。
 “部下”のそんな複雑な心中を察する気もないアバレキラーは、その顔を一瞥すらせずに鼻で笑うように答えた。

「ま、見てな。ゲームにはラスボスが付き物なんだぜ」




 2

 人通りも少ない郊外の一角。恐らく地下に何かを建設する工事が途中で打ち切られたのであろう、骨組みや資材が打ち捨てられたように置かれている建設現場の地面に、四角く切り取られた人工的な穴がぽっかりと空いていた。薄暗闇の中、石をそのまま削ったような無骨な階段が下へと続いている。
 入口から漏れる冷たい空気に混じって、爆竜たちの強力な生命反応がその奥から感じられた。罠の可能性もあるが、それでも行くしかない。告げられた爆発のリミットまで、既に残り二時間を切っていた。
 らんるは黄色いグローブに包まれた右の拳をギュッと握ると、踏みしめるように一つずつ階段を下っていった。
 穴から差し込む上界の光は次第にか細くなって行き、歩が進むごとに闇が濃度を増していく。十メートルほどの階段を下りきった頃には、辺りはすっかり真の暗闇に包まれていた。それでもアバレンジャーに変身し五感が強化されているらんるには、目の前に立ちはだかるスチール製の巨大な扉が見えていた。それだけでなく、その扉に施された妖しいエネルギーの流れも。
 これがただの鉄の塊ならば、全力のパンチで容易くぶち抜いて中へ突入できただろう。しかし、やはり、そんな抜け道は用意されていない。不愉快でも、結局は敵の用意した理不尽なルールに則って行動することが、仲間を救う確実な道なのだ。
 憤りをぶつけるように、らんるはトリノイドを撃破した証である鍵を扉へとかざした。

「さあ、鍵は持ってきたわよ! 観念して扉を開けなさい!」

 その叫びに呼応するかのように鍵が妖しく輝くと、鉄の扉に纏われたエネルギーがゆっくりと左右に流れ始めた。その力に引きずられるように、重い鉄の扉が左右にスライドしていく。
 地響きのような音が数秒に渡って続き、完全に扉が開かれると、らんるの手にあった鍵は粒子状になって消えていった。
 同時に、むせ返るような濃い土の臭いが流れ込んでくる。
 扉の向こうには更に広い空間が広がっていた。相変わらず闇が広がるばかりだが、息遣い、或いは鼓動のように伝わってくる仲間たちのエネルギーを、よりはっきりと感じる。
 しかしらんるの足は止まっていた。眼前に広がる黒一色の世界に怖気づいたからではない。その闇の中に、さらに別の生物の気配が漂っていたからだ。
 こちらへと向けられた明確な敵意。殺気と言ってもいい。刺されるような威圧感を全身に浴びながら、それでもらんるは威勢よく叫んでみせた。

「……そこに居るのは分かってるわよ。正体を表しなさい!」

 それを合図とするかのように、バン、という軽い音が響き、一息に闇が照らされた。掘り出したまま放置された岩肌の天井に這った幾つもの照明が、同時に点灯したのだ。
 アバレンジャーに変身しているらんるは、激しい明転に目が眩むこともなく、前方の“それ”を見つめていた。

 獣。
 白と黒を基調としながら、返り血を浴びたような赤い模様が不気味に散った外殻。鋭く伸びた手足の爪。背を丸めて前傾姿勢になりながら、睨みつけるようにこちらを射抜く深紅の目……。
 これまで相手にしてきたトリノイドやギガノイドとは違う。らんるはひと目でそう確信した。
 初めて相対する存在でありながら、その怪物が纏う気配を良く知っていたからだ。生物としての熱を持たない、それどころか周囲の温度を奪っていくような冷たいオーラを放つ、あの白い悪魔−−。

《ようこそアバレイエロー、ここがラストステージだ》

 脳裡に掠めた男の声がどこからともなく響いて、らんるの全身が強張る。
 この狂ったゲームの主催者、アバレキラー。彼は自らの空虚を満たすことにしか興味がない。目の前の敵は恐らく、そんな悪魔が最後に用意した障壁だろう。

「ここまで来て新しい敵をけしかけるなんて、往生際が悪いわよ」

《倒す敵が一体だなんて言った覚えはないな。まあ安心しろよ、そいつで最後ってことは約束してやるさ》

 らんるの抗議を軽い口調であしらったあと、不遜な態度を崩すことなく弁舌は続く。

《とはいえそいつは、お前らの爆竜から奪ったダイノガッツから産み出した怪人に、俺の力を限界まで注ぎ込んだ上物だ。その反動で理性は吹き飛んで、敵を壊す本能しか持たない猛獣になっちまったがな》

 説明を進めながら、アバレキラーの声色に少しだけ温度が宿っていく。内容の残虐性とは裏腹に、まるでお気に入りの玩具を自慢するような情調を帯びた語り口が、らんるの胸に静かな怒りを溜めていった。
 卑劣な欲求を満たすため、大切なパートナーを人質にとり、更には怪人を産み出すための駒同然に扱ったこと。彼女の強い正義心に火を灯すには充分すぎる悪虐だ。

《いわばキラービースト。圧倒的な暴力に、下らない正義の心とやらでどこまで抗えるか、精々楽しませな》

「あなただけは、絶対に許さんたいッ!!」

 その怒りに背を押されるように、アバレイエローは地面を蹴り大きく跳躍した。舗装もされていない土が深く抉られて飛び散り、踏み込みの強さを伝える。
 アバレンジャーのエネルギーであるダイノガッツは、謂わば精神の力。感情の昂りは出力に直結する。先程たった一人でトリノイドを圧倒したのも、大切な仲間を人質に取られた怒りがらんるの実力を全て引き出したことが大きかった。
 真っ直ぐな正義感を持つ彼女が、真っ直ぐな感情を爆発させた時。かつてない程の爆発的なエネルギーがらんるの中に燃え上がっていた。胸の中心から湧き上がる熱によって体温が上昇していくのを感じながら、それでもらんるは冷静に敵を見据えていた。
 キラービーストの体勢は、視線も、さっきまでと全く変わっていない。
 みなぎるダイノガッツの全てを込めた拳が、アバレイエローの渾身のスピードに乗って、標的へと向かっていく。

「はあああああああああああァァ!!」

 激情をそのままぶつけるような叫び声と共に、アバレイエローの全てを乗せた一撃がキラービーストに叩き込まれた。
 その瞬間。
 禍々しい爪の生えた大きな手が、らんるの拳を正面から受け止めた。

「……え?」

 一転して時間が停止したかのような静寂。それは一秒も続かなかったが、かつてない集中状態にあったらんるには、そこからの全てがまるでスローモーションのように映った。
 渾身の一撃を、全開のダイノガッツを乗せた拳は、キラービーストの左手一つで軽々と受け止められた。その怪物が残った右腕を無造作に振りかぶる。意識の全てを攻撃へと費やしていたアバレイエローの、余りにも無防備な鳩尾へ、怪物の右腕がめり込み——。

「んぐふうううぅぅ……ッ!?」

 身体を貫かれるような衝撃と共に、アバレイエローの身体は“く”の字に折れ曲がっていた。強化スーツではとても受け止めきれないダメージが、数瞬だけ遅れて内臓へと伝わり、逆流した胃液が唾液と混じってメットの中に飛び散る。
 キラービーストがそのまま腕を振り抜くと、アバレイエローの身体はボールのように地面を跳ねながら吹き飛んだ。

「あ゛ッ! ぐあッ! ん゛あぁああぁ!!」

 そしてなす術もなく岩壁に叩きつけられたあと、重力のままにズルズルと崩れ落ちる。呼吸もままならない痛みが全身を駆け巡り、アバレイエローはそのダメージを体で表現するかのように地面の上でビクビクと痙攣した。点滅する視界の中、訳も分からず苛まれることしかできない。

(ウソ、でしょ…… な、にが…… 起きて……)

 それでもらんるの脳は、迫りくる脅威に対して懸命に働いた。耐え難い痛みに軋む身体を無理矢理に動かして何とか立ち上がる。鳩尾を右手で抑え、内股になって上体を支えながら、未だ霞む視線で敵を捉える。
 これだけ大きな隙を晒しながら、キラービーストは追撃してこなかった。最初に対峙した時のまま、獣のように背を丸めて、凶悪な意志を宿した赤い瞳だけがこちらに向けられている。
 白い見た目とは裏腹に、底さえない闇を覗き込んでいるかのような、得体の知れない感覚。少しずつ和らいできた痛みに代わって、戦慄が足元から這い上がってきた。
 これまで感じたことがないようなパワーが全身に溢れてくるのを実感しながら、一撃で倒し切るつもりで打ち込んだ、全力のパンチだった。
 それをあっさりと受け止められた。だけでなく、恐らくキラービーストにとっては軽く打ち込んだだけのようなカウンターで、これ程のダメージを。
 拳のひと振りで突き付けられた戦闘能力の差。燃え上がっていた闘志に冷水を浴びせられ、らんるの足が恐怖で竦む。

《おいおい、どうした? もうブルっちまったのか?》

「ッ……黙りなさい!!」

 心を蝕もうとする黒い感情を振り払うように、らんるはベルトに下げたアバレイザーを引き抜いて素早く構えた。ノータイムで引き金を絞ると、発射された幾筋もの光線がキラービーストへと真っ直ぐに飛んでいく。圧縮されたエネルギーが着弾すると同時に炸裂し、白い火花となって薄暗い辺りを照らす。
 放った全ての弾が命中した。にも関わらず、全身から立ち上る白煙の中、キラービーストは微かなダメージさえ感じさせることなく直立していた。
 あまりの光景にマスクの奥で目を剥くらんるに向かって、キラービーストがゆっくりと歩き始める。未だ銃口が向けられていることなど意にも介さずに。
 くっ、と短く喉を鳴らして、らんるは何度もアバレイザーを撃ち込んだ。その外殻に少しでも傷を与えるべく、肩の関節部を集中して狙撃し続ける。しかし何十発とエネルギー弾を浴びせようと、キラービーストの歩みを止めることも、遅らせることさえできない。まるで迫りくる巨大な壁を撃っているようだ。
 その巨体が数メートルにまで近付いた時、らんるはアバレイザーをソードモードに変形させてキラービーストに斬りかかった。どれだけ強靭な外殻であろうと、あれだけの銃撃を集中して浴びせたならば無傷とはいかないはずだ。まだ白煙の上がる敵の肩へ向かって、ぶ厚い鉄塊すらも容易くスライスするその刃を、渾身の力で叩き込む。
 ギン、と凍てつくような音。

 敗れたのはアバレイザーだった。キラービーストの外殻の圧倒的な硬度は、弾丸も刃も、アバレイザーの全てをあっさりと跳ね除けたのだ。

「そんなっ」

 根本から叩き割られた銀色のブレードがくるくると上空を舞っていく。反射的にそれを目で追ってしまったのが、致命的な隙だった。顎が上がったことで無防備に晒された首元へ、キラービーストの無骨な手が潜りこむ。

「あ、ぐあッ!?」

 咄嗟にガードを試みるが遅かった。不覚を悟った時にはもう、純白の生地に包まれたらんるの首に、鋭く伸びた凶爪が食い込んでいた。不条理なまでの握力がアバレスーツの上からでも気道を完全に圧迫する。その手を必死に引き剥がそうとすればする程、眼前の怪物との力の差をまざまざと実感させられ、らんるの背筋から熱が失われていく。

「くぁ…… 離、して…… ぁ、あぁぁ……ッ」

 肺に残された僅かな酸素を懇願と苦悶で吐き出した瞬間、らんるの足先が地面から離れた。キラービーストの膂力の前に華奢な身体は易々と持ち上がり、苦しみが痛みに変貌する。もがく身体を支えるものは何一つなく、ただ首を絞められるまま、黄色いブーツは無様に空中を泳いだ。
 マスクの中、苦悶を形どる唇の端から涎が流れ落ちる。

(苦、し…… このままじゃ…… 意識、が……)

 完全に酸素を断たれ、思考すら途切れ途切れになっていく。抵抗する手段を考える暇もないまま、視界が明滅し、鼓動の音が遠ざかる。

「ぁ、んぁ…… は、がッ……」

 バタバタと宙を蹴っていたらんるの足の動きが、次第に大人しくなっていく。懸命にキラービーストの手を引き剥がそうとしていた両腕も、ついに力を失ってだらりと垂れた。
 ちぎれかけた意識の残滓が疎らに脳と肉体を結び、弱々しく投げ出された四肢をビクッ、ビクッ、と跳ねさせる。このまま気を失えば、待っているのは確実な死だ。もはや勝負は決着したも同然だった。
 しかしキラービーストの遺伝子に取り込まれた悍ましい悪意は、そんな呆気ない幕切れを許さなかった。
 目の前に吊り下げられたアバレイエローの肉体。その無防備な身体に向かって、キラービーストは空いていた右腕を思い入り振り上げた。黒く禍々しい爪が三筋の残像となって、らんるの胸の膨らみをバッサリと切り裂く。

「は、ぁッ!? くああぁああああぁぁ……っ!!」

 朦朧としていた意識が鮮烈な痛みによって覚醒した。痛烈なダメージを浴びせられたアバレスーツから火花が噴き出すのと同時に、キラービーストはようやくらんるの首から手を離す。支えを失った身体は火花の勢いのままに錐揉み回転で吹き飛ばされ、そのまま受け身も取れずに地面へと打ち付けられた。
 悪夢のような首絞めから解放されて激しく咳込みながら、それ以上に、切り裂かれた胸が焼けるように痛む。瞼を何とかこじ開けて傷を確認したらんるは、驚愕の声を上げた。

「そ、そんな、アバレスーツが……!!」

 アバレンジャーの証である胸のシンボルマークごと、強化スーツが深々と切り裂かれていた。銃弾をも跳ね返す強靭なダイノファイバーは破壊の衝撃から黒く焼け焦げ、その下から、ダイノガッツを全身に巡らせる神経回路が仕込まれたインナーが露出している。
 メカの構造を知り尽くすらんるに、その事実は身も凍るような絶望感を与えた。これまでの激しい戦いでも、あのアバレキラーと対峙した時でさえ、強化スーツが損傷したことなど一度としてなかったのだ。

《あいつから目を切らすとはずいぶん余裕だな》

「えっ……」

 アバレキラーの冷淡な声にハッとして、らんるの肩が跳ねる。
 アバレスーツを破壊されたショックから、僅か数秒、敵を意識の外に置いてしまった。それは戦いに置いて致命的な空白だ。しかし、咄嗟に向けた視線の先で、キラービーストは急ぐ素振りも見せずに悠然とらんるの元へ近付いてきていた。

「こ、の……きゃあっ!」

 すぐさま立ち上がろうとしたらんるだが、身体に力を込めた瞬間に、深く刻まれた胸の傷からブジュッと音を立てて火花が飛び散る。死を実感するほど首を絞められ弛緩した肉体にも直ぐには力が戻らず、らんるは仰向けのまま地面をのたうった。
 そうしている間にも、キラービーストは一歩ずつ、恐怖を煽るようにゆっくりと近付いてくる。洞窟の中に重厚な足音が反響して、らんるの焦燥を加速させる。
 敵を壊すという本能しか持たないキラービーストは、それ故に、肉体だけでなく心まで標的を打ちのめす残虐性を産みの親からしっかりと受け継いでいた。
 それでも懸命に立ち上がろうと上体を起こしかけたところで、その努力を嘲笑うかのようにキラービーストの巨大な足がアバレイエローの胸を踏み潰した。

「ぁ、いやっ……ぐはああああああぁっ!?」

  胸骨を砕かんばかりの重い一撃に、らんるの口から絶叫が上がる。あまりの痛みに一瞬意識が遠退く。が、次の瞬間、再び胸を襲う激痛によって強○的に覚醒させられた。
 キラービーストは自らの体重を、その凶悪なまでの脚力に乗せて、アバレイエローを何度も、何度も踏みつけた。その度にパッと火花が上がり、らんるの悲痛な声が響く。

「んうぅ!! ぐっ! ああッ! や、めっ……んあぁああぁああ!!」

 踏みつけをやめたかと思えば、次は全ての体重を一点に掛けるかのように、アバレイエローの胸をジリジリと圧迫する。傷ついた胸のマークを踏みにじられる屈辱が痛みを増幅させ、らんるは震えるような長い悲鳴を搾り取られる。
 アバレンジャーの力を以てして、自分の胸に乗る怪物の足を払い除けることさえできない。圧倒的な実力差に、らんるはただ無力さを噛み締めるしかない。その身に宿した殺意の塊のような悪意が、そのまま強さになっているようだった。
 キラービーストの足がようやく離れたかと思うと、そのままの動きでらんるの横腹を蹴り上げる。

「がはっ!? く、ぁ、あぁあ……っ」

 鈍い衝撃が身体を貫く。なす術もなく地面の上を転がっていき、らんるを包む美しい黄色の光沢スーツが土埃にまみれていく。
 それでも、今度は敵から目を離す訳にはいかない。いつまでも続く劣勢から何とか脱しようと、手足で地面を抑え、無理矢理に身体の回転を止める。痛みが追いつく前に渾身の力で立ち上がると、よろけそうになる足で必死に自らを支える。
 その健気な姿に、キラービーストは身体の中央にある赤い棘から光線を放って応えた。バイザーを通してなお目を焼くような激しい光に顔をしかめた時にはもう、らんるの反応限界を遥かに超える赤い凶光が、彼女の胸に撃ち込まれていた。

「きゃあああぁああぁ!?」

 またしても狙い撃ちされた胸から激しい火花と白煙が噴き出し、らんるの華奢な身体はその勢いに押されて堪らず飛び上がった。しかし攻撃はそれだけで終わらず、キラービーストから放たれた高密度の破壊粒子が胸の損傷箇所からアバレスーツの内部を侵食する。

「ぁ、ぐぁ! あぁ! いやああぁあああああぁああ……!!」

 そのまま身体を内側から食い破られるように強化スーツを続け様に爆破され、らんるは悲痛な叫び声を上げた。反動でクルリと回転したあと、重力のまま地面に打ちつけられる。

「はぅ、あ! んっ…… ゃ、あ……!」

 執拗なまでに責め立てられた傷を庇うように、両腕でギュッと胸を抱いて身悶える。焼け焦げた強化スーツから立ち上る異様な臭い。焼けるような胸の痛みは間断なくらんるを苛み、食いしばった歯の隙間から堪えきれないうめき声が漏れ出る。
 そうしている間にも、キラービーストがまた悠然とした動きでこちらへ向かってくる。立たなければ。頭ではそう思っても、痛めつけられた身体は上手く動いてくれない。悪虐に光る敵の眼光。臓腑を震わせるような重い足音。その全てがらんるの戦意を削っていく。

(か、勝て、ない……。こんなの、わたし一人じゃ……)

 これでもかと力の差を見せつけられ、刻み込まれた痛みと畏怖は、蓄積された毒のように精神を蝕んだ。アバレンジャーにとって最も重要な、敵に立ち向かう不屈の心であるダイノガッツまでもが底をつきかけていた。
 迫りくるキラービーストに圧されて、らんるは尻餅をついた体勢のまま後ずさる。その姿に、高みから見物していたアバレキラーが溜息をつく音が聞こえた。

《おいおい、もうギブアップか? 仲間を思う気持ちなんて、しょせんはその程度か》

 失望を帯びた冷淡な声色が、らんるの心を刺す。
 そう、この戦いには仲間の命が懸かっているのだ。そのタイムリミットは刻一刻と迫っている。きっと他の二人もここへ駆け付けると信じているが、それでも残された時間は、一秒たりとも無駄にする訳にはいかなかった。

「ふざけないで……。私はまだ、戦えるんだから……!!」

 皮肉なことにアバレキラーの言葉が、尽きかけていたらんるの闘志を蘇らせた。
 いま自分に出来ることは少しでもあの怪物にダメージを与えることだ。たとえ敵わなかったとしても、このまま傷の一つも与えられずに逃げ回るなど、囚われた仲間たちにそんな姿を見せる訳にはいかない。
 一瞬とはいえ心が折れかけた自らに対する怒りが、らんるのダイノガッツを更に増幅させた。身体の奥底から湧き上がる力がアバレスーツに纏わり、両腕に翼を展開させる。
 アバレンジャーの感情が極限にまで達した時にのみ、その身に宿した爆竜の力を表出するアバレモード。
 研ぎ澄まされた集中力は一時的に身体の痛みを忘れさせ、らんるの瞳はただ敵だけを見据えている。
 土を抉るような踏み込みで地面を蹴り、空中へ舞い上がったアバレイエローは、純白の翼を携え、怪物へと真っ直ぐに飛びかかった。

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