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ウェディングドレスの記事 (2)

かきこき太郎 2024/06/13 15:14

優柔不断で断ることが苦手な男性のウェディングドレス体験

蒸し蒸しとした時期となった6月の時期。
まだ夏本番ではないが湿気もあって汗がじんわりと浮き出てくるような季節に青山優太は満員の電車を降りて帰路に立っていた。社会人3年…まだ若手という立場でありつつも後輩も増えて仕事量は前よりも増えている。

「はぁっ…俺だってまだ歴の浅い社会人だっていうのにさ。上司も仕事を増やしていくなんて…」
「でも…それは断れる話だよな。それを全部、引き受けちゃう俺の優柔不断さがいけないんだよな」

ため息は多くなり気持ちもどんどんと落ちていくが、その原因というのは多い仕事量と断れない性分のために何でも引き受けてしまったことで、やらなくても良い業務を受け持っているのだった。それでいて悪影響が出たのち本来の仕事が遅れているのである。ほぼ毎日、上司に指摘されるような日々、言って仕舞えば悪循環という状況下でストレスは溜まっていく一方であり解消法として飲むアルコール量は自然と増えていったのだった。

「別に明日は土曜日で休みだし、ちょっとぐらい深酒をしてもいいだろ…」

家の近くにあるスーパーに入店し、アルコールのロング缶と腹持ちが良さそうな弁当をカゴに入れる。不摂生であることが頭に思い浮かんだためサラダセットもカゴに入れてレジへと進み店を出て帰り道を歩いていった。

「んっ、何だここ……?ウェディングドレス…?こんなお店、今まであったっけ…?」

思わず足を止めたのは、ライトアップされたショーウィンドウに飾られた純白のドレスが飾られているお店であった。プリンセスドレスと呼ばれる形状の肩を出したレースやキラキラと光る光沢感のある生地の重厚なドレスに目が留まったのである。

「へぇ〜こんなところにドレスショップなんてあるんだ。初めて知ったな〜まぁ近くに結婚式場もあるし、ここで買ったりレンタルしたりして式をするんだろうな」

土日や祝日となれば家の近くにあるチャペルにて祝福の鐘が鳴っているのをよく耳にするのを思い出す。自分自身、そんな幸せいっぱいのムードとは縁がないため心の中に見知らぬ新郎新婦に『おめでとう』と呟く程度であったのだが、こういったドレスを着た人はさぞ美しく仕立てられることだろう。

「こういったドレスって結構値段するよな確か…うわぁ、やっぱり高い。まぁ大体がレンタルだしそこまで費用は…んっ?」
「6月◯日?それって明日じゃん。ウェディングドレスの試着体験を行います。どなたでも大丈夫っ…へぇ〜」

closeと書いてある札が掛けられた入り口に貼られた1枚の紙。そこにはウェディングドレスの着用体験を薦める紙が貼られていた。どなたでも参加自由、料金はかからず店前に置いてあるチラシを持参すれば化粧などもできて本物の花嫁のようなブライダル体験をすることができるとの記述がされている。

「6月って確かジューンブライドってやつがあったっけ?その、6月に結婚すれば幸せになれるとか何とか」
「どなたでも、これって男でも着れるのかな…?」

最近では男性がこういった可愛らしいウェディングドレスを着て結婚式をあげるというニュースも聞いた事がある。多様性という社会だからこそそういった自由があると思うが、彼にはそういった癖もない。

「まぁ、俺には結婚なんて一生縁のない話だし。ウエディングドレスを着るような趣味も無いから関係ないか」

手前に置いてあるチラシは手にとったまま自宅へと帰る。戻すには手間なチラシ置き場であった為、家で捨てようと思いエコバッグに入れていったのだ。
翌日、天気は快晴となっており明るい日差しと朝から蒸し蒸しと暑い湿気にて目を覚ます。休日だからといって何をしたいというものは無く、動画を見ながら漁ったり家にある菓子類を食べていれば時刻はあっという間に夕方となっていった。

「今日も一日無駄にした感じがする…….はぁっ、とりあえずスーパーでも行くか」

適当に身支度をして家の外へと出る。その際、エコバッグ内には捨て忘れたチラシが入っており彼はそれをしまったままスーパーへと出かけたのであった。

「そういえばウエディングドレスの体験って今日だっけ…あ、やっているけど人全然居ないじゃん」
「まぁ、もう夕方だし予約したお客さんの体験も終わったんだろうなぁ…」

店内が見えるガラスでできた入り口の扉。昨日はよく見えなかった店内には灯りがついており中にいたのは、ピシッとしたスーツを着用した女性店員が飾られたドレスのシワなどを直している。それにしても、どれもこれも高級感を感じさせるものばかりで男である優太も昨日と同じように見惚れていた。

「あの〜もしかしてご試着希望のお客様…でしょうか?」

そんなショーウィンドウのドレスを眺めていると入り口から1人の女性スタッフが声をかけてきた。優太を今回の試着体験に来た客だと思ったのだろう。

「あっ、すみません…怪しいですよね。その、昨日たまたま此処を見かけたので、それでつい…」
「あっ、そうなんですね〜今日は試着会をやっているんですけれど他のお客様もこんな所にあったんだ!って話されていましたよ」
「あっ、そのチラシ…もしかしてご試着希望だったりします?」

女性スタッフの視線が彼が手に持っているチラシに向けられて彼女は思わず声をかける。
そう、チラシを持っている方にはウエディングドレスを着用して尚且つメイクをしてウェディングフォトまで撮ってもらえるという特典がついていたのだった。

「あっ、いえいえ!そのっ、昨日少し気になったからついチラシをとっただけで!」
「そんな遠慮されなくても大丈夫ですよ〜もうこの時間は予約されているお客様も居ませんし、それに今の時代、男性の方でもドレスを着たがる方がいらっしゃいますから!」

押しの強い女性スタッフの手により、店の中へと入っていく。此処でも断りきれない自分の性格が悪い方向へと物事を進めていった。
スッとする香りと店内にはリラックスできる聖歌のようなものが流れている。作業する他の女性スタッフは一瞬、優太に視線を送るものの奇異の目などは向ける事なくて、直ぐに笑顔を作ったのち彼を出迎えたのだった。

「えーっとですね、試着用なんですけれども…カラードレスかそれともウエディング系どちらにします?」
「えっ、、あー…白のウエディング系で….」
「ウエディング系ですね!かしこまりました、あとドレスの形なんですけれども…」

女性スタッフは持っていたパンフレットを開き、いくつかのドレスの形が描かれたイラストに指を刺して説明を行なっていく。初めて知ったがドレスにも数多く種類がありプリンセスライン、マーメイド、Aラインなどそれぞれの特徴やシルエットなどが書かれていた。

「青山さんの体型ならどのサイズでも着れそうですけれども、何か着用したいスタイルはございますか?」

(着たいドレスなんてあるわけないだろう!えっ、あー…でも、ショーウィンドウに飾ってあるタイプなら……)

「そ、その入り口に飾ってあるようなタイプ、えっーとプリンセス系のやつですかね。その、それなら着てみたいかなって….」

まるで物語に出てくるかのような重厚なスカートに豪華で煌びやかな形のドレスがふと頭に思い浮かび、着るのであれば….そういったものを着てみたいと少し、、、思ったのだ。

「あー!なるほどっ、かしこまりました!それでは試着用のドレスを用意しますので、あちらのフィッティングルームでお着替えをお願いします!」
「こちらへどうぞ、今回は花嫁の体験ということなので女性用のウエディングインナーから着替えてもらいます」

先程の女性スタッフから他のスタッフへと変わり案内されたフィッティングルームへと誘導されていく。話が進んでいく中でもう断ることは遅いだろう。彼はそのままスタッフに従って大きめの試着室へと入っていき、新品の袋に入ったショーツにロングソックスやグローブを手渡される。

「着替えが終わったらお声掛けください。直ぐ近くにおりますので」

シャーっという音と共にカーテンが閉められてポツンと1人佇む。ゴージャスな装飾がされている物置の台と大きな姿見に椅子といったシンプルな作りであり、彼は台に置かれたセットを見て深くため息をこぼした。

「もう、着替えるしかないんだよなぁ…はぁっ、とりあえず洋服を脱いで着替えちゃおう…」

着用しているズボンやシャツ、そしてゆっくりと下着を下ろす。封がされているビニール袋を開けていき中にあるサテン生地のショーツに足を通していった。

「こ、これ…ぜ、絶対にチンコが見えるでしょ…うわぁっ、、、ツルツルして変な感触がするっ…///」

ブリーフよりも布面積が少ない純白のサテンショーツ。何とかして玉袋と男性器を中央に寄せてこぼれ落ちないようにした後、ニーソックスのタイツと肘まで隠れるツルツルサテン生地のグローブに腕にはめて女性スタッフを呼んだ。

「お着替え終わりました?白がお似合いですよ、あっ…ガーターベルト付け方分かりませんでしたよね、今付けますから正面を向いてください」

真っ白な肌を見知らぬ女性に晒すことに羞恥心を感じる為、女性のように胸元を腕で隠したのち膨れ上がったショーツを見せつつ、スタッフは手際よくショーツから垂れるフォック付きの紐をソックスに嵌め込んでいった。

「うわぁ、すごい……これがガーターベルト……」
「はい、ソックスが落ちないようにしないと式の時に大変ですから。それじゃあ、トップのインナーをつけていきましょうね」

胴体と胸元を覆うブライダルインナー、巨乳用の大きめのカップがある白のビスチェを胴体に通した後、女性スタッフは後ろの留め具部分に触れていく。

「うぅっ、!!あのっ…苦しいですっ…!」
「我慢してくださいね〜これをつけることで綺麗なウエストのラインが出来ますからっ」

映画などで中世の女性が綺麗なスタイルを見せる為に付けていたとされるビスチェやコルセット、だが内臓が飛び出してしまうと比喩していたのが頭をよぎるが、彼自身も思わず嗚咽をこぼしてしまうほどであった。

(肋骨がき、軋むっ!あ"あ"っ、、、)

痛みに耐えながら何とか着用が終わる。はぁっ、はぁっ、と息を切らす姿に女性スタッフはクスクスと笑っていた。胸元にパットを詰め込んでいき、椅子に座る事を勧められる。そしてガラガラと台車が用意されていき、始まったのはメイクであった。

「さてとドレスを着る前にそれに似合うようなメイクをしていきましょうね♡」

化粧水が染み込んだコットンを顔に塗っていき、その上からファンデーションやシミなどを隠す下地クリームにコンシーラーが塗られていく。

「〜〜〜♪」

女性スタッフは鼻歌を歌いつつ、化粧を続けていく。女性スタッフは目の周りの塗っておりアイラインや上瞼に触れるアイシャドウのブラシが何ともこそばゆい。

「結婚式に塗るようなメイクなのであまり派手目な感じにはしないんですよね、けっこうナチュラルというか自然な感じに仕上げていくんです」
「は、はぁっ……」
「あはははっ、あまり男性には関係のないことですよね。すみませんっ、でもこうやって男の人に塗るの初めてだから緊張するな〜」
(……さっきからそんな感じは一切しないけど )

手際よく塗られていくお化粧に彼女が言っていた『慣れていない』という言葉が嘘のように感じてしまう。まぁ、ウェディングドレスを着る人なんて大半は女性なのだ。細身で肌も白い優太であるが、性別としてはれっきとした男性に化粧なんて普通はすることもないはずだろう。

「さてと最後に唇を塗って終了です!赤とピンク…最近では垢抜け用にオレンジとかをヌル人がいますけれど、どうなさいますか?」

リップクリームしか塗ったことのないのに…そんな思いを抱きつつ、ぼそっと『お任せします…』とだけ呟いた。

「う〜ん、そうだな…それじゃあ今回はこの可愛らしいピンクにしましょっ!それじゃあ、唇をウーって尖らせてください!そうそうっ!」

(あっ…やばい、、、これ、変な感じがするっ)

目を閉じているためか唇に伝わる感触はより敏感に感じており、唇を鮮やかに彩っていくその感触というのが身体に続々と伝わっていった。メイクで一番…女性らしいと感じてしまう唇のメイクに彼の心はふと動かされてしまったのである。余分な部分をティッシュで拭き、さらには馴染ませるように唇を自身で合わせながら動かしていく。

「目を開けてみてくださいっ、とっても可愛らしい花嫁の出来上がりですよ!」
「こ、これが俺なのか…ぇぇっ、嘘でしょっ…」
「嘘じゃないんです、本当なんです!さてドレスも用意できたので着ていきましょっか」

カーテンを開けられてトルソーにかけられたウェディングドレスと対面する。それは自身が店前のショーウィンドウで見ていたドレスとそっくりなプリンセスタイプの形をしているものであった。袖のないベアトップの純白のドレス。
大きく広がった裾部分のレースに加えてスカートは大きく広がっておりナイロンやサテンなどが使われているため、照明の光にキラキラと反射しているほどであった

「スカートの裾を踏まないよう気をつけてください。身体を入れたらゆっくりと上げていって後ろのジッパーを閉めていきますから」

用意されたウェディング用のヒールを履き、ゆっくりとドレスの中へ…履き慣れない靴のため先ほど着付けをしてくれたスタッフが手を取りドレスへと誘導をしていく。大きく広がったドレスの中に足を入れて胸元の部分に位置を合わせると、ゆっくりと後ろにあるジッパーが上げられていった

(うっ…ちょっと、ひんやりするかも。でも、なんかこの感触っ…全然、悪くないかも…///)

肌に優しいツルツルとした内生地に冷感を感じるものの、すぐにその感触が癖になっていく。動くたびにゆさゆさと大きく広がったレース付きのスカートが音を出していく。ウエスト部分はきつめに縛られたビスチェのおかげで綺麗なくびれが出来上がっており、何とも美しい見た目となっていた。

「ウィッグも用意したのでつけてみませんか?」

少し明るめのブラウンヘアーとなっている毛先を編み込んだりしているダウンスタイルのロングウィッグを頭から被せられていき、ドライフラワーでできた鮮やかな色合いの薄いベール付きのヘットドレスをつけていく。メイクに髪型、そして着用しているドレスと合わせてもそこにいるのは、これから祝福を受ける花嫁のような姿であった。

「大変よくお似合いですよっ、さてとお写真でもとりましょっか。せっかくですし綺麗な一枚でも」

歩き慣れない足取りは2人の女性スタッフに手を引かれてゆっくりと撮影スタジオの方へと移っていく。白色の背景をしたスペース、大きくそして明るい光を放つ照明に加えて目の前には大きなカメラが何台も置いてあった。
顔が見えるようにベールは捲られて手には結婚式などで使うような花束を持たされる。笑顔を作るように言われたのち、目の前のカメラはシャッターを切っていった。

「ご結婚おめでとうございますっ、とってもよくお似合いですよ〜」

ドレス姿の青山優太は写真を何枚も撮影されていき、データとして残った彼の表情は本当に嬉しさを感じている女性のような雰囲気をしている。
人生で初めての女装…それが彼に取っての始まりであることは、この時はまだ誰も知らない。

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かきこき太郎 2024/05/22 18:51

取材そしてウェディングドレスと女装

「えっ、ウェディングドレスの取材ですか?」

会議が終わり女性編集長に少し残って、と言われて対面して話を聞いていく。そこで告げられたのは件のブライダル系の記事の執筆に関する話であった。雑誌の特集記事としてブライダル系を書く、まさか男である自分が選ばれるとは、及川義景は少しばかり呆然としてしまった。

「そそ、テレビとかを見てさ、芸能人の結婚ニュースが多いじゃん?それで何だかブライダル系の仕事をしている友人から客が少し増えたよ〜って話があったのさ」

「は、はぁ……」

「それで特集でも組もうと思ったわけ。女性向けの記事になるから奈良さんも連れて行きなさい」

「あくまで及川くんがメインで考えるわけだけど、女性目線も必要になると思うからさ。そういった引き出しのトーク回し上手いし」

奈良さん。奈良千里さんは、清楚で物腰も柔らかい長い黒髪の女性。専門学校を卒業してすぐに先輩方について仕事ぶりを学んだわけだが、一番最初に教えてもらったのは彼女であった。

「とりあえず、奈良さんには教えてあるからさ。来週の取材、よろしくね〜」


「というわけでよろしくお願いします。まさか自分が購読している雑誌から取材をされるなんて思いもしませんでした」

ドレスに囲まれたフィッティングルームの近くに設けられた丸型の椅子と机。対面して座り2対1という状態で、ショートカットの黒いスーツを着た女性の話を聞いていった。聞き役は勿論、同行してくれた奈良千里である。

「今の流行りですけど、あちらのドレスとかが人気ですね〜」

「可愛い…肩周りの膨らみが凄く可愛いですね、何だかお姫様みたい」

女性として憧れなのだろうかと思ってしまうほどに横目で見る奈良千里はうっとりと飾られたドレスを眺めていた。及川も話の要点を纏めている手を止めて改めて室内に飾られているドレスをまじまじと眺めていく。純白のドレスが多く飾られる中で、奥にあったのはお色直しなどで着用するカラードレスであった。

(うわ、すごい綺麗だな…っていうか、こんなにドレスってあるんだ……)

下調べはしたものの、やはり実際の商品をマジマジと眺めてみるのとでは情報量として段違いで違う。ドレスの重厚感、それぞれに使われる生地の違い…
プリンセスタイプにマーメイドタイプなどといった着用する人それぞれに美しさを引き出すドレスの形状の違いなど、身近ではない女性用品の知識を吸収して行って要点を纏めていると女性2人の会話はいつの間にか、大きく盛り上がっていた。

「そういえば、そちらから事前に伺っているんですけれど今回、ドレスを実際に着用するって……」

「あぁ、それでしたらこっちの若い男性が試着させていただきます」

えっ?いま、なんていった?

全く聞いていない情報に戸惑いを見せる。自分がドレスを着る……?奈良はニコニコとした表情のまま話を続けていき、しまいには向こうのスタッフさえも盛り上がって意気投合しているほどであった。

「ちょっ!?待ってくださいよ!僕、男ですよ?しかもドレスなんて女性用しか……」

「書くのは貴方なんでしょ?実際に体験してどんな感じとか身をもって知った方がいいじゃない」

「そうですよ〜!昨今はそういう男性のドレスで式を挙げる方も居るぐらいですし。及川さん、結構小柄男性ですから女性用のドレスも難なく着れると思いますよ!」

そういうものなのか…
しかし、奈良千里が言った言葉に思わず押し黙ってしまったのが明暗を分けただろう。「実際に体験してどんな感じとか身をもって知った方がいい」その言葉は彼自身も同意であり、しかも今回、編集長に任されたのは自分であった。

「は、はい……分かりました。き、着ます。着させてもらいますっ……」

こんなことになろうとは思いもしない現実。及川はそのまま席を立ち、フィッティングルームへと場所を移動していったのだった。

「さてと、あまり時間もないしお着替えをして行きましょっか!」

「あの、本当に下着も脱がないといけませんか…?は、恥ずかしいんですけどっ///」

「ごめんね〜そうでもしないとドレスの後ろ姿とか綺麗に見えないからさ。大丈夫、試着用の下着とかも販売しているし!」

そういって先のスタッフは純白のショーツをこちらに手渡してきた。ツルツルとしたナイロン素材の下着、水着のサポーターよりかはペニスを隠せるだろうか。早めに脱ぐように言われてカーテンが閉められる。用意されているのはどれも純白であり、ドレスなどを綺麗に着るための補正下着のような役割をしたものなのだろう。

(うぅ、、、もう、どうにでもなれっ///)

恥ずかしながらも男性用下着を下ろしていき白いフルバックショーツへと履き替えていく。ナイロン素材でひんやりとしたお尻の感触、前面部分には淡い花柄模様があしらわれている。

(不格好だなっ///早くショーツとえーと、このコルセット?みたいなのを着ないとっ……)

用意された椅子に座りガーター付きのソックスを履いていき、ビスチェを上げていく。真っ白な身体に同じぐらいの白い補正下着を着用した男の姿はあまりにも恥ずかしい姿に見えて仕方ない。少しサイズの小さいショーツのおかげで勃起したペニスは外へ飛び出る心配がないのだが、それでも膨らみを宿した股間のおかげで些か不自然な全体像を呈している。

「あ、あの〜着れました///」

「おぉ〜似合ってますね〜中性的な容姿だからとっても!」

褒めたつもりだろうが、一歳嬉しくない。そればかりか恥ずかしい限りだ。スタッフの女性達はそんな気持ちも知る由もなくテキパキと細かい作業を初めていく。
先ほどよりも人数が1人増えた2人体制、途中から入ってきた女性スタッフはブライダルインナーを着用した及川を見てニッコリと笑みを浮かべる。それがどれだけ恥ずかしい思いを募らせるものなのか、彼氏しか分かりえないものだろう。

用意された純白の高いハイヒールを履いていく。小柄な背丈から見える景色が一転するのと同時に履きなれない感覚に思わずよろけてしまってスタッフに支えられて椅子に座った。

「さてと、補正下着も着れたことだし早速ドレスを着て…そう思ったと思うけど、これからお化粧をして行きますので。さぁさぁ、座ってくださ〜い」

高級感のあるドレッサーを前にして用意された椅子に腰掛ける。もう、何も反抗する気も起きない及川は用意されたパレットに目を向ける。

「……たくさん、あるんですね。ブライダル系のコスメ」

「えぇ、いろんなお客様もいるし。それぞれ似合う色合いもあるから。けれど、そんなにケバいメイクはしませんよ?あくまでナチュラルにそして綺麗にね……♡」

「あっ……♡や、やめっ……♡」

化粧水を垂らしたコットンで顔を拭いた後、クッションのような物が顔全体に塗られていく。ファンデーションだ、女性スタッフの手つきはだいぶ優しく思わず変な声が出てしまうほどに

「お化粧とかはこっちで決めてたりますけど、髪型とかはどうします?」

「か、髪ですか……?」

「短髪だと女性っぽくないんですし、ロングとかショートとかの髪型で」

急に言われても何がいいのかさっぱり分からない。なんとかして頭の中で思い浮かべようと思考を巡らせたところ、ぼんやりと1人の女性の輪郭が浮かび上がってきた。

(奈良さんの髪型……)

肩口まで伸びる黒髪……いつも自分が見ていた髪型が及川の脳裏に過ぎり、そのことを口にする。

「黒髪でその、肩ぐらいまで伸びたものでお願いします。えーっと、今日同伴してくれた女性のような髪型で……」

「へぇ〜そうっか……好きな人と同じ髪型ですね、畏まりました!」

自分で言ってて恥ずかしい、一歩間違えれば変態とも思われかねない発言に女性スタッフはニコニコとした表情を見せるだけだった。
そうしてメイクはどんどんと進んでいく。電動のシェーバーで目の周りの産毛や眉を短くカットしていき、アイメイクやアイブロウなどが始まっていく。

「付けまつ毛もつけて行きましょ、涙袋はほどほどにね」

サラサラと目頭から目尻にかけて線が引かれる感覚が伝わってくる。先ほどから瞼を閉じているが、ラインが引き終わるのと同時に瞬きをしてみれば、普段とは違ったずっしりとした重たい感触を感じていた。

(ま、瞼が重たい…つけまとか涙袋とかをつけるとこんな感じなんだっ///)

日頃から女性用のコスメなども記事として取り扱う、だが今回のように自身の顔を使ってのフルメイクなどは初めてのことであった。
ほっぺた中央付近に鮮やかなピンク色が塗られる、白系のドレスを着るためか少し控えめのチーク。そして艶のある真っ赤なリップグロスを丁寧に塗られていった。

「それじゃあ、要望だったウィッグをつけて行きますね〜ちょっと、キツくなるかも知れませんけど」

(あ、あれ…これなんだか…)

すでにヘアメイクが出来上がったウィッグを被っていく。櫛で解かされながら今の姿を見た時、及川は言葉を失ってしまった。

「奈良さんみたい……」

きっと彼女がこのような晴れ姿を着る時になれば、このような見た目になるのだろうと鏡越しで妄想してしまうほどに雰囲気が似ていたのだ。後ろで満足げな表情を作るスタッフ、耳にはイヤカフが付けられていき、いよいよドレスを着る事に…

ガタガタとトルソーに飾られたウェディングドレス。それはどうやらパニエ付きの代物のようで裾のスカート部分は大きく広がりを見せていた。

「ゆっくりでいいですよ、裾を踏まないように…はい、それじゃあ、ジッパーをあげていきますね〜」

両腕にパフスリーブの袖を通していき、腕には網目状のロンググローブを着用していった。後ろのジッパーが閉まる感覚がどんどん腰がしぼめられていく感覚と一緒に身体に伝わる。少し息苦しさを感じるが、それでもウエストラインが綺麗になったその身体は男である身としても感銘で声を失ってしまうほどであった。

「さてと、それじゃあ行きましょっか。新郎役の人も向こうで待っているので」

新郎?それは一体誰だろう、考えてもいなかったが腕を取られてゆっくりと前を歩く足は止められそうにない。顔の見えるショートベールを揺らしながら幕があげられたフィッティングルームを出ていき、撮影スペースとなっている場所へと向かうのだが、そこにいた新郎役の人はまさかの自分の先輩が立っていたのだ

「あら、すごく可愛い見た目になったのね。及川くん?」

そういう奈良千里こそ、カッコいい装いへと変わっていた。白のスーツに髪の毛を一本にまとめている。胸元の目根の膨らみは如何せん隠せなかったようだけど、その姿は男装の麗人のような雰囲気を醸し出していた。

「お二人ともよくお似合いですよ〜さてと、お写真でも撮りましょうか!」

「写真だってさ、とりあえず2人のやつをとってあとで個人の写真を撮ろう。何だか本物のカップル、新郎新婦みたいでいいね」

ニッコリと笑みを浮かべる千里の表情に頬を染めてしまう及川、その表情というのは乙女のようであり薄っすらと赤面させた表情は個人撮影でも熱が冷めることはなかった。
そして販売された雑誌の表紙はなんと女装した彼が使われる事になる、購読した者はきっと女装男性が写っているとは知らないだろうが、書店で見かけるたびに及川は恥ずかしそうに顔を赤らめるのであった

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