かきこき太郎 2024/06/13 15:14

優柔不断で断ることが苦手な男性のウェディングドレス体験

蒸し蒸しとした時期となった6月の時期。
まだ夏本番ではないが湿気もあって汗がじんわりと浮き出てくるような季節に青山優太は満員の電車を降りて帰路に立っていた。社会人3年…まだ若手という立場でありつつも後輩も増えて仕事量は前よりも増えている。

「はぁっ…俺だってまだ歴の浅い社会人だっていうのにさ。上司も仕事を増やしていくなんて…」
「でも…それは断れる話だよな。それを全部、引き受けちゃう俺の優柔不断さがいけないんだよな」

ため息は多くなり気持ちもどんどんと落ちていくが、その原因というのは多い仕事量と断れない性分のために何でも引き受けてしまったことで、やらなくても良い業務を受け持っているのだった。それでいて悪影響が出たのち本来の仕事が遅れているのである。ほぼ毎日、上司に指摘されるような日々、言って仕舞えば悪循環という状況下でストレスは溜まっていく一方であり解消法として飲むアルコール量は自然と増えていったのだった。

「別に明日は土曜日で休みだし、ちょっとぐらい深酒をしてもいいだろ…」

家の近くにあるスーパーに入店し、アルコールのロング缶と腹持ちが良さそうな弁当をカゴに入れる。不摂生であることが頭に思い浮かんだためサラダセットもカゴに入れてレジへと進み店を出て帰り道を歩いていった。

「んっ、何だここ……?ウェディングドレス…?こんなお店、今まであったっけ…?」

思わず足を止めたのは、ライトアップされたショーウィンドウに飾られた純白のドレスが飾られているお店であった。プリンセスドレスと呼ばれる形状の肩を出したレースやキラキラと光る光沢感のある生地の重厚なドレスに目が留まったのである。

「へぇ〜こんなところにドレスショップなんてあるんだ。初めて知ったな〜まぁ近くに結婚式場もあるし、ここで買ったりレンタルしたりして式をするんだろうな」

土日や祝日となれば家の近くにあるチャペルにて祝福の鐘が鳴っているのをよく耳にするのを思い出す。自分自身、そんな幸せいっぱいのムードとは縁がないため心の中に見知らぬ新郎新婦に『おめでとう』と呟く程度であったのだが、こういったドレスを着た人はさぞ美しく仕立てられることだろう。

「こういったドレスって結構値段するよな確か…うわぁ、やっぱり高い。まぁ大体がレンタルだしそこまで費用は…んっ?」
「6月◯日?それって明日じゃん。ウェディングドレスの試着体験を行います。どなたでも大丈夫っ…へぇ〜」

closeと書いてある札が掛けられた入り口に貼られた1枚の紙。そこにはウェディングドレスの着用体験を薦める紙が貼られていた。どなたでも参加自由、料金はかからず店前に置いてあるチラシを持参すれば化粧などもできて本物の花嫁のようなブライダル体験をすることができるとの記述がされている。

「6月って確かジューンブライドってやつがあったっけ?その、6月に結婚すれば幸せになれるとか何とか」
「どなたでも、これって男でも着れるのかな…?」

最近では男性がこういった可愛らしいウェディングドレスを着て結婚式をあげるというニュースも聞いた事がある。多様性という社会だからこそそういった自由があると思うが、彼にはそういった癖もない。

「まぁ、俺には結婚なんて一生縁のない話だし。ウエディングドレスを着るような趣味も無いから関係ないか」

手前に置いてあるチラシは手にとったまま自宅へと帰る。戻すには手間なチラシ置き場であった為、家で捨てようと思いエコバッグに入れていったのだ。
翌日、天気は快晴となっており明るい日差しと朝から蒸し蒸しと暑い湿気にて目を覚ます。休日だからといって何をしたいというものは無く、動画を見ながら漁ったり家にある菓子類を食べていれば時刻はあっという間に夕方となっていった。

「今日も一日無駄にした感じがする…….はぁっ、とりあえずスーパーでも行くか」

適当に身支度をして家の外へと出る。その際、エコバッグ内には捨て忘れたチラシが入っており彼はそれをしまったままスーパーへと出かけたのであった。

「そういえばウエディングドレスの体験って今日だっけ…あ、やっているけど人全然居ないじゃん」
「まぁ、もう夕方だし予約したお客さんの体験も終わったんだろうなぁ…」

店内が見えるガラスでできた入り口の扉。昨日はよく見えなかった店内には灯りがついており中にいたのは、ピシッとしたスーツを着用した女性店員が飾られたドレスのシワなどを直している。それにしても、どれもこれも高級感を感じさせるものばかりで男である優太も昨日と同じように見惚れていた。

「あの〜もしかしてご試着希望のお客様…でしょうか?」

そんなショーウィンドウのドレスを眺めていると入り口から1人の女性スタッフが声をかけてきた。優太を今回の試着体験に来た客だと思ったのだろう。

「あっ、すみません…怪しいですよね。その、昨日たまたま此処を見かけたので、それでつい…」
「あっ、そうなんですね〜今日は試着会をやっているんですけれど他のお客様もこんな所にあったんだ!って話されていましたよ」
「あっ、そのチラシ…もしかしてご試着希望だったりします?」

女性スタッフの視線が彼が手に持っているチラシに向けられて彼女は思わず声をかける。
そう、チラシを持っている方にはウエディングドレスを着用して尚且つメイクをしてウェディングフォトまで撮ってもらえるという特典がついていたのだった。

「あっ、いえいえ!そのっ、昨日少し気になったからついチラシをとっただけで!」
「そんな遠慮されなくても大丈夫ですよ〜もうこの時間は予約されているお客様も居ませんし、それに今の時代、男性の方でもドレスを着たがる方がいらっしゃいますから!」

押しの強い女性スタッフの手により、店の中へと入っていく。此処でも断りきれない自分の性格が悪い方向へと物事を進めていった。
スッとする香りと店内にはリラックスできる聖歌のようなものが流れている。作業する他の女性スタッフは一瞬、優太に視線を送るものの奇異の目などは向ける事なくて、直ぐに笑顔を作ったのち彼を出迎えたのだった。

「えーっとですね、試着用なんですけれども…カラードレスかそれともウエディング系どちらにします?」
「えっ、、あー…白のウエディング系で….」
「ウエディング系ですね!かしこまりました、あとドレスの形なんですけれども…」

女性スタッフは持っていたパンフレットを開き、いくつかのドレスの形が描かれたイラストに指を刺して説明を行なっていく。初めて知ったがドレスにも数多く種類がありプリンセスライン、マーメイド、Aラインなどそれぞれの特徴やシルエットなどが書かれていた。

「青山さんの体型ならどのサイズでも着れそうですけれども、何か着用したいスタイルはございますか?」

(着たいドレスなんてあるわけないだろう!えっ、あー…でも、ショーウィンドウに飾ってあるタイプなら……)

「そ、その入り口に飾ってあるようなタイプ、えっーとプリンセス系のやつですかね。その、それなら着てみたいかなって….」

まるで物語に出てくるかのような重厚なスカートに豪華で煌びやかな形のドレスがふと頭に思い浮かび、着るのであれば….そういったものを着てみたいと少し、、、思ったのだ。

「あー!なるほどっ、かしこまりました!それでは試着用のドレスを用意しますので、あちらのフィッティングルームでお着替えをお願いします!」
「こちらへどうぞ、今回は花嫁の体験ということなので女性用のウエディングインナーから着替えてもらいます」

先程の女性スタッフから他のスタッフへと変わり案内されたフィッティングルームへと誘導されていく。話が進んでいく中でもう断ることは遅いだろう。彼はそのままスタッフに従って大きめの試着室へと入っていき、新品の袋に入ったショーツにロングソックスやグローブを手渡される。

「着替えが終わったらお声掛けください。直ぐ近くにおりますので」

シャーっという音と共にカーテンが閉められてポツンと1人佇む。ゴージャスな装飾がされている物置の台と大きな姿見に椅子といったシンプルな作りであり、彼は台に置かれたセットを見て深くため息をこぼした。

「もう、着替えるしかないんだよなぁ…はぁっ、とりあえず洋服を脱いで着替えちゃおう…」

着用しているズボンやシャツ、そしてゆっくりと下着を下ろす。封がされているビニール袋を開けていき中にあるサテン生地のショーツに足を通していった。

「こ、これ…ぜ、絶対にチンコが見えるでしょ…うわぁっ、、、ツルツルして変な感触がするっ…///」

ブリーフよりも布面積が少ない純白のサテンショーツ。何とかして玉袋と男性器を中央に寄せてこぼれ落ちないようにした後、ニーソックスのタイツと肘まで隠れるツルツルサテン生地のグローブに腕にはめて女性スタッフを呼んだ。

「お着替え終わりました?白がお似合いですよ、あっ…ガーターベルト付け方分かりませんでしたよね、今付けますから正面を向いてください」

真っ白な肌を見知らぬ女性に晒すことに羞恥心を感じる為、女性のように胸元を腕で隠したのち膨れ上がったショーツを見せつつ、スタッフは手際よくショーツから垂れるフォック付きの紐をソックスに嵌め込んでいった。

「うわぁ、すごい……これがガーターベルト……」
「はい、ソックスが落ちないようにしないと式の時に大変ですから。それじゃあ、トップのインナーをつけていきましょうね」

胴体と胸元を覆うブライダルインナー、巨乳用の大きめのカップがある白のビスチェを胴体に通した後、女性スタッフは後ろの留め具部分に触れていく。

「うぅっ、!!あのっ…苦しいですっ…!」
「我慢してくださいね〜これをつけることで綺麗なウエストのラインが出来ますからっ」

映画などで中世の女性が綺麗なスタイルを見せる為に付けていたとされるビスチェやコルセット、だが内臓が飛び出してしまうと比喩していたのが頭をよぎるが、彼自身も思わず嗚咽をこぼしてしまうほどであった。

(肋骨がき、軋むっ!あ"あ"っ、、、)

痛みに耐えながら何とか着用が終わる。はぁっ、はぁっ、と息を切らす姿に女性スタッフはクスクスと笑っていた。胸元にパットを詰め込んでいき、椅子に座る事を勧められる。そしてガラガラと台車が用意されていき、始まったのはメイクであった。

「さてとドレスを着る前にそれに似合うようなメイクをしていきましょうね♡」

化粧水が染み込んだコットンを顔に塗っていき、その上からファンデーションやシミなどを隠す下地クリームにコンシーラーが塗られていく。

「〜〜〜♪」

女性スタッフは鼻歌を歌いつつ、化粧を続けていく。女性スタッフは目の周りの塗っておりアイラインや上瞼に触れるアイシャドウのブラシが何ともこそばゆい。

「結婚式に塗るようなメイクなのであまり派手目な感じにはしないんですよね、けっこうナチュラルというか自然な感じに仕上げていくんです」
「は、はぁっ……」
「あはははっ、あまり男性には関係のないことですよね。すみませんっ、でもこうやって男の人に塗るの初めてだから緊張するな〜」
(……さっきからそんな感じは一切しないけど )

手際よく塗られていくお化粧に彼女が言っていた『慣れていない』という言葉が嘘のように感じてしまう。まぁ、ウェディングドレスを着る人なんて大半は女性なのだ。細身で肌も白い優太であるが、性別としてはれっきとした男性に化粧なんて普通はすることもないはずだろう。

「さてと最後に唇を塗って終了です!赤とピンク…最近では垢抜け用にオレンジとかをヌル人がいますけれど、どうなさいますか?」

リップクリームしか塗ったことのないのに…そんな思いを抱きつつ、ぼそっと『お任せします…』とだけ呟いた。

「う〜ん、そうだな…それじゃあ今回はこの可愛らしいピンクにしましょっ!それじゃあ、唇をウーって尖らせてください!そうそうっ!」

(あっ…やばい、、、これ、変な感じがするっ)

目を閉じているためか唇に伝わる感触はより敏感に感じており、唇を鮮やかに彩っていくその感触というのが身体に続々と伝わっていった。メイクで一番…女性らしいと感じてしまう唇のメイクに彼の心はふと動かされてしまったのである。余分な部分をティッシュで拭き、さらには馴染ませるように唇を自身で合わせながら動かしていく。

「目を開けてみてくださいっ、とっても可愛らしい花嫁の出来上がりですよ!」
「こ、これが俺なのか…ぇぇっ、嘘でしょっ…」
「嘘じゃないんです、本当なんです!さてドレスも用意できたので着ていきましょっか」

カーテンを開けられてトルソーにかけられたウェディングドレスと対面する。それは自身が店前のショーウィンドウで見ていたドレスとそっくりなプリンセスタイプの形をしているものであった。袖のないベアトップの純白のドレス。
大きく広がった裾部分のレースに加えてスカートは大きく広がっておりナイロンやサテンなどが使われているため、照明の光にキラキラと反射しているほどであった

「スカートの裾を踏まないよう気をつけてください。身体を入れたらゆっくりと上げていって後ろのジッパーを閉めていきますから」

用意されたウェディング用のヒールを履き、ゆっくりとドレスの中へ…履き慣れない靴のため先ほど着付けをしてくれたスタッフが手を取りドレスへと誘導をしていく。大きく広がったドレスの中に足を入れて胸元の部分に位置を合わせると、ゆっくりと後ろにあるジッパーが上げられていった

(うっ…ちょっと、ひんやりするかも。でも、なんかこの感触っ…全然、悪くないかも…///)

肌に優しいツルツルとした内生地に冷感を感じるものの、すぐにその感触が癖になっていく。動くたびにゆさゆさと大きく広がったレース付きのスカートが音を出していく。ウエスト部分はきつめに縛られたビスチェのおかげで綺麗なくびれが出来上がっており、何とも美しい見た目となっていた。

「ウィッグも用意したのでつけてみませんか?」

少し明るめのブラウンヘアーとなっている毛先を編み込んだりしているダウンスタイルのロングウィッグを頭から被せられていき、ドライフラワーでできた鮮やかな色合いの薄いベール付きのヘットドレスをつけていく。メイクに髪型、そして着用しているドレスと合わせてもそこにいるのは、これから祝福を受ける花嫁のような姿であった。

「大変よくお似合いですよっ、さてとお写真でもとりましょっか。せっかくですし綺麗な一枚でも」

歩き慣れない足取りは2人の女性スタッフに手を引かれてゆっくりと撮影スタジオの方へと移っていく。白色の背景をしたスペース、大きくそして明るい光を放つ照明に加えて目の前には大きなカメラが何台も置いてあった。
顔が見えるようにベールは捲られて手には結婚式などで使うような花束を持たされる。笑顔を作るように言われたのち、目の前のカメラはシャッターを切っていった。

「ご結婚おめでとうございますっ、とってもよくお似合いですよ〜」

ドレス姿の青山優太は写真を何枚も撮影されていき、データとして残った彼の表情は本当に嬉しさを感じている女性のような雰囲気をしている。
人生で初めての女装…それが彼に取っての始まりであることは、この時はまだ誰も知らない。

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