かきこき太郎 2024/05/22 18:51

取材そしてウェディングドレスと女装

「えっ、ウェディングドレスの取材ですか?」

会議が終わり女性編集長に少し残って、と言われて対面して話を聞いていく。そこで告げられたのは件のブライダル系の記事の執筆に関する話であった。雑誌の特集記事としてブライダル系を書く、まさか男である自分が選ばれるとは、及川義景は少しばかり呆然としてしまった。

「そそ、テレビとかを見てさ、芸能人の結婚ニュースが多いじゃん?それで何だかブライダル系の仕事をしている友人から客が少し増えたよ〜って話があったのさ」

「は、はぁ……」

「それで特集でも組もうと思ったわけ。女性向けの記事になるから奈良さんも連れて行きなさい」

「あくまで及川くんがメインで考えるわけだけど、女性目線も必要になると思うからさ。そういった引き出しのトーク回し上手いし」

奈良さん。奈良千里さんは、清楚で物腰も柔らかい長い黒髪の女性。専門学校を卒業してすぐに先輩方について仕事ぶりを学んだわけだが、一番最初に教えてもらったのは彼女であった。

「とりあえず、奈良さんには教えてあるからさ。来週の取材、よろしくね〜」


「というわけでよろしくお願いします。まさか自分が購読している雑誌から取材をされるなんて思いもしませんでした」

ドレスに囲まれたフィッティングルームの近くに設けられた丸型の椅子と机。対面して座り2対1という状態で、ショートカットの黒いスーツを着た女性の話を聞いていった。聞き役は勿論、同行してくれた奈良千里である。

「今の流行りですけど、あちらのドレスとかが人気ですね〜」

「可愛い…肩周りの膨らみが凄く可愛いですね、何だかお姫様みたい」

女性として憧れなのだろうかと思ってしまうほどに横目で見る奈良千里はうっとりと飾られたドレスを眺めていた。及川も話の要点を纏めている手を止めて改めて室内に飾られているドレスをまじまじと眺めていく。純白のドレスが多く飾られる中で、奥にあったのはお色直しなどで着用するカラードレスであった。

(うわ、すごい綺麗だな…っていうか、こんなにドレスってあるんだ……)

下調べはしたものの、やはり実際の商品をマジマジと眺めてみるのとでは情報量として段違いで違う。ドレスの重厚感、それぞれに使われる生地の違い…
プリンセスタイプにマーメイドタイプなどといった着用する人それぞれに美しさを引き出すドレスの形状の違いなど、身近ではない女性用品の知識を吸収して行って要点を纏めていると女性2人の会話はいつの間にか、大きく盛り上がっていた。

「そういえば、そちらから事前に伺っているんですけれど今回、ドレスを実際に着用するって……」

「あぁ、それでしたらこっちの若い男性が試着させていただきます」

えっ?いま、なんていった?

全く聞いていない情報に戸惑いを見せる。自分がドレスを着る……?奈良はニコニコとした表情のまま話を続けていき、しまいには向こうのスタッフさえも盛り上がって意気投合しているほどであった。

「ちょっ!?待ってくださいよ!僕、男ですよ?しかもドレスなんて女性用しか……」

「書くのは貴方なんでしょ?実際に体験してどんな感じとか身をもって知った方がいいじゃない」

「そうですよ〜!昨今はそういう男性のドレスで式を挙げる方も居るぐらいですし。及川さん、結構小柄男性ですから女性用のドレスも難なく着れると思いますよ!」

そういうものなのか…
しかし、奈良千里が言った言葉に思わず押し黙ってしまったのが明暗を分けただろう。「実際に体験してどんな感じとか身をもって知った方がいい」その言葉は彼自身も同意であり、しかも今回、編集長に任されたのは自分であった。

「は、はい……分かりました。き、着ます。着させてもらいますっ……」

こんなことになろうとは思いもしない現実。及川はそのまま席を立ち、フィッティングルームへと場所を移動していったのだった。

「さてと、あまり時間もないしお着替えをして行きましょっか!」

「あの、本当に下着も脱がないといけませんか…?は、恥ずかしいんですけどっ///」

「ごめんね〜そうでもしないとドレスの後ろ姿とか綺麗に見えないからさ。大丈夫、試着用の下着とかも販売しているし!」

そういって先のスタッフは純白のショーツをこちらに手渡してきた。ツルツルとしたナイロン素材の下着、水着のサポーターよりかはペニスを隠せるだろうか。早めに脱ぐように言われてカーテンが閉められる。用意されているのはどれも純白であり、ドレスなどを綺麗に着るための補正下着のような役割をしたものなのだろう。

(うぅ、、、もう、どうにでもなれっ///)

恥ずかしながらも男性用下着を下ろしていき白いフルバックショーツへと履き替えていく。ナイロン素材でひんやりとしたお尻の感触、前面部分には淡い花柄模様があしらわれている。

(不格好だなっ///早くショーツとえーと、このコルセット?みたいなのを着ないとっ……)

用意された椅子に座りガーター付きのソックスを履いていき、ビスチェを上げていく。真っ白な身体に同じぐらいの白い補正下着を着用した男の姿はあまりにも恥ずかしい姿に見えて仕方ない。少しサイズの小さいショーツのおかげで勃起したペニスは外へ飛び出る心配がないのだが、それでも膨らみを宿した股間のおかげで些か不自然な全体像を呈している。

「あ、あの〜着れました///」

「おぉ〜似合ってますね〜中性的な容姿だからとっても!」

褒めたつもりだろうが、一歳嬉しくない。そればかりか恥ずかしい限りだ。スタッフの女性達はそんな気持ちも知る由もなくテキパキと細かい作業を初めていく。
先ほどよりも人数が1人増えた2人体制、途中から入ってきた女性スタッフはブライダルインナーを着用した及川を見てニッコリと笑みを浮かべる。それがどれだけ恥ずかしい思いを募らせるものなのか、彼氏しか分かりえないものだろう。

用意された純白の高いハイヒールを履いていく。小柄な背丈から見える景色が一転するのと同時に履きなれない感覚に思わずよろけてしまってスタッフに支えられて椅子に座った。

「さてと、補正下着も着れたことだし早速ドレスを着て…そう思ったと思うけど、これからお化粧をして行きますので。さぁさぁ、座ってくださ〜い」

高級感のあるドレッサーを前にして用意された椅子に腰掛ける。もう、何も反抗する気も起きない及川は用意されたパレットに目を向ける。

「……たくさん、あるんですね。ブライダル系のコスメ」

「えぇ、いろんなお客様もいるし。それぞれ似合う色合いもあるから。けれど、そんなにケバいメイクはしませんよ?あくまでナチュラルにそして綺麗にね……♡」

「あっ……♡や、やめっ……♡」

化粧水を垂らしたコットンで顔を拭いた後、クッションのような物が顔全体に塗られていく。ファンデーションだ、女性スタッフの手つきはだいぶ優しく思わず変な声が出てしまうほどに

「お化粧とかはこっちで決めてたりますけど、髪型とかはどうします?」

「か、髪ですか……?」

「短髪だと女性っぽくないんですし、ロングとかショートとかの髪型で」

急に言われても何がいいのかさっぱり分からない。なんとかして頭の中で思い浮かべようと思考を巡らせたところ、ぼんやりと1人の女性の輪郭が浮かび上がってきた。

(奈良さんの髪型……)

肩口まで伸びる黒髪……いつも自分が見ていた髪型が及川の脳裏に過ぎり、そのことを口にする。

「黒髪でその、肩ぐらいまで伸びたものでお願いします。えーっと、今日同伴してくれた女性のような髪型で……」

「へぇ〜そうっか……好きな人と同じ髪型ですね、畏まりました!」

自分で言ってて恥ずかしい、一歩間違えれば変態とも思われかねない発言に女性スタッフはニコニコとした表情を見せるだけだった。
そうしてメイクはどんどんと進んでいく。電動のシェーバーで目の周りの産毛や眉を短くカットしていき、アイメイクやアイブロウなどが始まっていく。

「付けまつ毛もつけて行きましょ、涙袋はほどほどにね」

サラサラと目頭から目尻にかけて線が引かれる感覚が伝わってくる。先ほどから瞼を閉じているが、ラインが引き終わるのと同時に瞬きをしてみれば、普段とは違ったずっしりとした重たい感触を感じていた。

(ま、瞼が重たい…つけまとか涙袋とかをつけるとこんな感じなんだっ///)

日頃から女性用のコスメなども記事として取り扱う、だが今回のように自身の顔を使ってのフルメイクなどは初めてのことであった。
ほっぺた中央付近に鮮やかなピンク色が塗られる、白系のドレスを着るためか少し控えめのチーク。そして艶のある真っ赤なリップグロスを丁寧に塗られていった。

「それじゃあ、要望だったウィッグをつけて行きますね〜ちょっと、キツくなるかも知れませんけど」

(あ、あれ…これなんだか…)

すでにヘアメイクが出来上がったウィッグを被っていく。櫛で解かされながら今の姿を見た時、及川は言葉を失ってしまった。

「奈良さんみたい……」

きっと彼女がこのような晴れ姿を着る時になれば、このような見た目になるのだろうと鏡越しで妄想してしまうほどに雰囲気が似ていたのだ。後ろで満足げな表情を作るスタッフ、耳にはイヤカフが付けられていき、いよいよドレスを着る事に…

ガタガタとトルソーに飾られたウェディングドレス。それはどうやらパニエ付きの代物のようで裾のスカート部分は大きく広がりを見せていた。

「ゆっくりでいいですよ、裾を踏まないように…はい、それじゃあ、ジッパーをあげていきますね〜」

両腕にパフスリーブの袖を通していき、腕には網目状のロンググローブを着用していった。後ろのジッパーが閉まる感覚がどんどん腰がしぼめられていく感覚と一緒に身体に伝わる。少し息苦しさを感じるが、それでもウエストラインが綺麗になったその身体は男である身としても感銘で声を失ってしまうほどであった。

「さてと、それじゃあ行きましょっか。新郎役の人も向こうで待っているので」

新郎?それは一体誰だろう、考えてもいなかったが腕を取られてゆっくりと前を歩く足は止められそうにない。顔の見えるショートベールを揺らしながら幕があげられたフィッティングルームを出ていき、撮影スペースとなっている場所へと向かうのだが、そこにいた新郎役の人はまさかの自分の先輩が立っていたのだ

「あら、すごく可愛い見た目になったのね。及川くん?」

そういう奈良千里こそ、カッコいい装いへと変わっていた。白のスーツに髪の毛を一本にまとめている。胸元の目根の膨らみは如何せん隠せなかったようだけど、その姿は男装の麗人のような雰囲気を醸し出していた。

「お二人ともよくお似合いですよ〜さてと、お写真でも撮りましょうか!」

「写真だってさ、とりあえず2人のやつをとってあとで個人の写真を撮ろう。何だか本物のカップル、新郎新婦みたいでいいね」

ニッコリと笑みを浮かべる千里の表情に頬を染めてしまう及川、その表情というのは乙女のようであり薄っすらと赤面させた表情は個人撮影でも熱が冷めることはなかった。
そして販売された雑誌の表紙はなんと女装した彼が使われる事になる、購読した者はきっと女装男性が写っているとは知らないだろうが、書店で見かけるたびに及川は恥ずかしそうに顔を赤らめるのであった

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