【ツンギレ幹部発売記念SS】暴走注意!危険な海水浴
可憐舞踏エトワール「暴走注意! 危険な海水浴」
「変身ヒロインは~」シリーズ本編前の時間軸のお話SSです。
本編のネタバレは無いつもりです。
小中いえやす様のヘッダーに触発され、
「可憐舞踏エトワール」水着回を書いてしまいました。
ヒロインが喋ったりします。ご注意ください。
白い砂浜、輝く太陽。そして海。
エトワールとして街を守る彼女達は、海に遊びに来ていました。
夏休みが始まったものの、出遅れてしまった彼女達。実は、エトワールとしての活動ですこし学習がおくれてしまい、補習が入ってしまったのです。
今日はやっと彼女達の夏休みが始まるということで、張り切って海まで来たのです。
「ごめんおまたせ! 脱衣所やっぱり混んでた〜!」
「気になさらないでください。あなたの分の飲み物も買っておきましたよ」
「本当!? ありがとう!」
月の加護を受けた優しき少女は、お友達にペットボトルを手渡します。
「ねえねえ、揃ったしはやく泳ぎにいこうよ!」
「いけません、ここできちんと準備体操をしてからですよ!」
「ええ~」
太陽の加護をうけた少女は早く海に入りたそうにうずうずしていましたが、大人しく準備体操をこなしました。
「よーし、今度こそ海に……」
その時です。突然空に暗雲がたちこめ、不穏な空気が流れます。嫌な予感がしました。
どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてきます。
「可愛い子も、可愛いものも、そして可愛い水着だって、みーんな、アタシがめちゃくちゃにしてあげる! セレスちゃん登場〜!」
「ま、まて、セレス! まだ出るとは……ああっまったく仕方ない……! 全ては魔術王様のため、フレイド、見参!」
なんと、あの魔術王の手下が二人もまとめて現れました。
夏の海に来たからか、いつもと違いなんだか浮かれた格好をしています。
「セレス貴様〜! もう少し探索してから出ると言っただろう!」
「いつ出てきたってやることは一緒でしょ? こーんな、楽しくって、とってもキケンな場所……すっごく異界と適応するから、まとめてエトワールちゃん達をやっつけちゃうなんてわけないんだから。だったら早く出てきてスターちゃんに会いたいじゃない」
「馬鹿……俺たちが姿を表したら、あいつら変身するだろう!」
「それが?」
「え? いや……だから……貴様、スターバレットの水着が見たかったのではないのか?」
「え?」
「え?」
二人は瞬きをして顔を合わせました。
「変身前の水着姿がいいなんて……フレちゃんって……けっこうムッツリ、よね」
「だっ、どっ、だ、誰が! 貴様の普段の言動から推測しただけで……」
二人が言い合っている隙に、少女たちは先手必勝とばかりに変身します。
「プリズム・エトワール!」
せっかくの夏休み、海水浴の邪魔するなんて許せない!
そんな彼女達の戦う意思に、宇宙が応えます。夏に浮かれた青空の加護は降り注ぎ、彼女たちにやたら強い力とやたら可愛いコスチュームを授けました。
可憐に戦う彼女たちこそ、空に輝く正義のヒロイン!
「さぁ、早く異界と繋いで、触手ちゃん達をお呼びしちゃいましょ?」
そんなことを幹部が話していると、変身していたエトワール達が歓声を上げました。
「あれ? かわいいー! マーメイドみたい!」
なんと、今回は浮かれた宇宙のプレゼント。衣装が水着仕様だったのです。作画にも気合いが入っています。
「え! 嘘っ、どこ? スターちゃ〜ん!」
「あっセレス! ……まったくどこまで自由なんだあいつは……!」
スターバレットの声に反応したのか、セレスはフレイドの止める声も聞かず、声の方に走っていきました。砂浜をあんな靴で早く走るなんて、なんと器用なことでしょう。
「フレイド……! あなたも来ていたのですね」
ムーンクレイモアの声に、フレイドも反応します。
「何っ、ムーンクレイモア! ちょうどいい、今日こそ貴様
彼女を視界に入れた途端、フレイドの脳裏に、ある情景が過ぎりました。
荒れた砂浜。とりあえず青い空。波の音に目を覚ますと、そこは無人島。
そして傍らにはただ一人、憎き正義の味方ムーンクレイモア……。
たった二人の、この島の生存者となってしまったからには、敵や味方と言っていられません。
二人はしぶしぶ協力関係を結びました。
水や食料の確保、雨風を凌ぐ屋根……ムーンクレイモアは、そのうちとても頼れるフレイドに惹かれていきます。
そしてフレイドも、この限界状態の日々の中、お互いの精神の和を守ってくれるやさしいムーンクレイモアに心を溶かされていくのです。
そしてある夜、フレイドが火の番をしているところに、ムーンクレイモアがやってきます。
ここに来た時から着ている水着姿。とても刺激的な姿ですが、紳士的なフレイドはあまりジロジロ見ないようにしながら話します。
「どうした。まだ交代の時間ではないだろう」
「はい……。けれど、今は……一人になりたくなくて」
ムーンクレイモアはそう言いながら、フレイドに体を寄せてきます。けれど、フレイドはクールな悪役なので、そんなのなんとも思いません。涼しい顔で寂しくなってしまった彼女を受け入れます。
「今更……弱気になったか。ムーンクレイモア」
「……おかしい、でしょうか。正義のヒロインとはいえ、私だって……女の子、なんですよ」
「フン……仕方の無いやつだ」
フレイドは彼女を優しく紳士的に抱き寄せました。クールな悪役はこんなときばっちり決まるのです。
それから、体を寄せ合う二人は静かな時を過ごします。別にムラムラとかしません。フレイドはクールな悪役なのです。
どのくらい経った頃でしょうか、フレイドは口を開きます。
「俺は、……俺はな、ムーンクレイモア。貴様のことを、本当はずっと──」
いつも敵同士で、いつも憎い相手で、けれど、フレイドはどこかで自分の気持ちの正体に気がついていました。
その本心を今なら、伝えられる気がしたのです。
「フレイド……」
本心を告げられたムーンクレイモアは、フレイドを見つめます。フレイドも、真っ直ぐ彼女の瞳を見つめ返します。
思いが通じ合う二人の、距離が縮まり、焚き火の光に浮かび上がる影が、ゆっくり重なり……
それでなんかこう……色々あって……子供が六人くらい出来て……あっそのうち一組は双子ってことにしよう……そして……
「はっ……俺は何を!」
フレイドはそんな幻覚を、二人を死が分かつ場面まで見てからやっと現実に戻りました。
「ムーンクレイモア! 貴様のせいで妙な幻覚を見てしまったではないか! ……ん? ムーンクレイモアはどこに……」
「人を見ていきなり倒れたのはあなたです! 人のせいにするなんて……熱中症ならパラソルの下で水分を補給して体を冷やしてください!」
「うっ!?」
フレイドの、いつもの理不尽ないいがかりにムーンクレイモアはビシッと言ってやりました。しかし恐らく、そういうことではありません。
「くっ……そのように優しい言葉までかけて、俺を惑わそうなどと……その手には乗らんぞ!」
一方、フレイドもまた何か面倒な勘違いをしていました。
「……ところで……この状況はなんだ」
更に、フレイドが目を覚ました頃……ビーチは混沌に満ちていました。
一度CMを挟んでから、少し遡ることにします。
【CM】しぶとい!しつこい!ねちっこい!の三拍子。「変身ヒロインは敵のオネエ幹部なんかに負けないんだからね!」好評発売中! 星に手が届かないことなんて誰だってわかっているし、彼だってわかっていた。それでも欲しかったら、どうしたらいい?
【CM】ちょろい!うるさい!めんどくさい!の三拍子。「変身ヒロインは敵のツンギレ幹部になんて負けません!」好評発売中! 彼の名前を、小説家はタイトルに使わないし、ミュージシャンは曲名に採用しない。誰も知らない月面着陸。
──数分前
「かわいいー! マーメイドみたい!」
「嘘! どこ? スターちゃん!」
はしゃぐスターバレットの声に、セレスが反応して駆けつけました。
「あ……セレス」
スターバレットも、駆けつけてきたセレスの水着を見ます。
彼の……彼女の……? 水着もとても可愛い。
スターバレットがそんなことを、ちょっとだけ考えていたとき、セレスはわなわなと震えていました。
「可愛い……! 本当に可愛いわスターちゃん!」
「え? ありがとう?」
あまりにストレートに褒められたので、敵同士であることも忘れて素直にお礼を言ってしまいます。しかし、セレスは不穏な空気を更に広げていきます。
「でもいけないわスターちゃん。そんな可愛くなったら……もっともっと、めちゃくちゃにしたくなっちゃうじゃない!」
「!」
エトワール達が武器を構えます。
「みんな、見て! あれ……」
海が荒れだし、大きな異界の扉が現れました。
セレスの素敵なモノへの矛盾した気持ち。名前の無い狭間の心。それこそが異界と強く共鳴するのです。
開いてしまった異界の扉は、内側から伸びる大きな触手によって、さらに無理やり大きくこじ開けられます。とてつもなく強い何かが、こちらへ召喚されようとしているようでした。
フレイドを木陰に運んでいたムーンクレイモアも、それに気がついたようです。
「すごい……今なら……すっごくキケンな触手ちゃんを招待できそう……!」
「そうはさせない……! きゃあ!」
僅かに開いた異界の扉、その間から、一本の大きな触手が伸び、エトワール達に襲い掛かりました。
その隙に、セレスは触手の先に乗って、異界の扉の方へ遠ざかっていきます。
「待ちなさい! くっ、しかしビーチの人達を守らなければ……」
「どうしよう、触手が強すぎる……全然あっちに近づけないよ!」
エトワール達は困り果てます。そのときです。
「……私が行く」
スターバレットが名乗り出ました。
「そんな、危ないよ! 君の銃じゃ触手を弾き飛ばせないし、……セレスが狙ってるのは……」
「そんなの全部避けてみせる! それに、私の銃なら、そこまで近づかなくても戦えるんだから!」
「スターバレット……」
太陽の加護を受けたエトワールは、心配そうにスターバレットを見つめます。スターバレットは、それに強く頼もしい視線で応えました。
「信じて」
彼女の強い瞳に、一番に答えたのはムーンクレイモアでした。
「わかりました……ビーチの皆さんを守るのは任せてください。スターバレット」
「ムーンクレイモア……ありがとう」
「フフ、いいんです。セレスはお任せします」
「うん!」
戦いの緊迫した状況の中、一瞬だけ彼女たちの心が和やかに緩みます。そして、すぐにまた戦う戦士の顔に戻りました。
「仕方ない……任せたよ、スターバレット」
「うん、きっとセレスを止めてみせる! みんなも、フレイドに気を付けて」
「まかせて、フレイドが目覚めても、スターバレットがセレスに集中できるように邪魔はさせないよ!」
「……でも、フレイドは、なんでいきなり倒れたんだろう?」
「熱中症……でしょうか?」
──今に至ります。
「なるほど。フッ……セレスめ。最初から本気になればいいというのに。まったく、普段の態度さえなければな……」
「そんなことを言っている場合ではありません! このままではビーチの人々が危険に晒されてしまいます!」
「知ったことか! 俺もあちらに……どわっ」
大きな触手が、フレイドのすぐ近くに打ち付けられます。
「あいつ、まさかこの触手を制御できていないのか!?」
フレイドは何かに気がついたようです。いつもよりも、落ち着いた様子で剣をとります。
「いくぞムーンクレイモア。奴を止めなければ……」
「いえ、それはスターバレットが行きました。私はビーチの防衛です」
「なにい!? ここは熱い共闘とかいう展開ではないのかぁ!? くそっ! 貴様のせいで、いらんことを言ってしまった! 俺の歩み寄りを返せムーンクレイモア!」
フレイドはまた訳の分からない言い分でムーンクレイモアに襲い掛かろうとしました。
しかし、その瞬間、大きな異界の扉から、触手が襲い来ます。
「……! フレイド!」
「んがっ! くそ……っムーンクレイモア……」
触手の一撃が、フレイドの後頭部にヒットします。そして、フレイドは再び意識を堕としていきました。情けないったらありません。
「……フレイド……? なぜあなたは……」
しかし、ムーンクレイモアにはフレイドが自ら触手に当たりに行ったように見えました。
まるで、ムーンクレイモアを庇うように。
フレイドは、ムーンクレイモアのことが嫌いなはずなのです。だからムーンクレイモアは不思議でなりませんでした。
けれどハテナを浮かべている場合ではありません。ムーンクレイモアはフレイドを木陰の安全な所まで再び引っ張ってから、再び海岸の防衛に赴きました。
「やあああーーーーー!!」
スターバレットは、不安定な触手の上を、跳ねるように走ります。跳ねのけようと襲い掛かる触手は恐ろしいです。けれど、震える脚を奮い立たせ、ひらりとかわしてみせます。
不意を打とうとする細い触手には、素早く銃口を向けて撃ち落とします。
「はあ、はあ……触手が多すぎて、セレスが見えない……! いったいどこに……」
「あら、アタシはここよ?」
「え? ……きゃああ!」
どこからか聞こえた声に不意をつかれ、スターバレットは触手に捕まってしまいます。腰に巻き付いた触手が、スターバレットを上の方まで持ち上げると、大きな触手の上で足を組んで座っているセレスがいました。
「いらっしゃい、スターちゃん。アナタ一人でここまで来るなんて、そんなにアタシにめちゃくちゃにされたかったのかしら」
「ちがう! セレスを止めに来たの! 海を楽しみに来たみんなの笑顔を取り戻すんだから!」
「そう? まあいいわ、どっちでも。あなたはどのみち、アタシにめちゃくちゃにされちゃうんだもの」
セレスの座っている触手が、スターバレットの方へ近づきます。
「そんなこと、させない!」
そう言ってもがきますが、触手はびくともせず、スターバレットを離しません。セレスの手が、スターバレットの戦闘服から延びる羽衣にのびます。
「ずるいじゃない。こんなにかわいい水着。さあて、どうしちゃおうかしら……」
「な、なにするつもり? っていうか、そんなこと言うなら……セレスの水着だってかわいいじゃん……!」
「えっ?」
セレスが顔を上げました。一瞬、本気で何を言われたのかわからないという顔でした。
それから、こころなしかセレスの青白い肌が色づいていくように見えました。
「や、や~だ! スターちゃんったら可愛いの! そんなこと言ったってアタシは手加減しないわよ!」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないもん! セレスだって私のこと可愛いって言うでしょ!」
「そ、それは……」
セレスが珍しくうろたえた顔をします。その時です、急に異界の扉が唸り始めました。見ると、それは少しづつ、小さくなっているではありませんか。
「え! なんで!?」
「そんなのアタシだってわからないわよ! どうして……」
そういいつつも、セレスは本当は薄々気が付いていました。
可愛いものが欲しい。可愛いものを壊したい。そんなセレスの矛盾した気持ちに呼応した異界の扉が閉じるということは、セレスの中にある矛盾の均衡が崩れたということです。
セレスはあの一瞬、可愛いスターバレットを「壊したくない」と思ってしまったのです。
「触手の力も弱くなってる……? これなら、抜けられ……あれ? わああ!?」
「スターちゃん!」
力の抜けた触手が、スターバレットを離しました。海に落ちそうになるスターバレットに、セレスは思わず手を伸ばします。
「きゃあああ!」
しかし間に合いません。スターバレットは、伸ばされたセレスの手を取らなかったのです。その一瞬が、再び二人を隔てました。
「スターバレット!」
もうだめかと思ったその時、太陽の加護を受けたエトワールの声が聞こえました。彼女は海に落ちていく触手を足場にしながら、
スターバレットが落ちる前に華麗にキャッチします。
「よかった、間に合って」
「ありがとう……! みんなは?」
「無事だよ、スターバレットが触手を倒してくれたおかげで」
「え? うーん、私、何もしてなかったんだけど……ま、いっか!」
セレスは、異界から切り離されて力を失った触手の上で、自分の手を見つめていました。あの時、思わず伸ばしてしまった手。けれど、スターバレットがそれに触れることはありませんでした。
「何考えてるのかしら、アタシったら」
セレスは呟いて、その手が星を掴めると一瞬でも思った自分をあざけ笑いました。
悪の組織のオネエ幹部とは、拒まれるための存在。受け入れられる未来がないからこそ、傍若無人に振る舞うハートの女王。
そんなことも忘れて、しまうなんて……
「ほんと、バカね……」
「本当にな」
「ッキャーーー!!」
感傷に浸っていたセレスの背後に、いつのまにかフレイドがいました。セレスは驚いて飛びのきます。
「いつからいたのよ。フレちゃんのエッチ」
「いつからって、俺はさっきから……、いや待て、今なんと言った! 俺はえ、え、エッチ……っではない!」
「はいはい、ところで……アナタ裏切ったんじゃなかったの?」
「見えていたのかっ!? あ、あれは……貴様が触手を制御できず暴走していたから止めようとしたまでだ。民衆はいずれ魔術王様のものとなる。いたずらに減らすこともあるまい……」
「ふーん……まあそれならいいわ。じゃ、早く撤退しましょ」
変身ヒロインに今日も敗北した悪の幹部達は、再び異界に溶けて消えていきました。
こうして楽しい海水浴と、ビーチの平和は守られたのでした。
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