花盗人
庭の水道で手を洗っていた時だった。
キュッと音がして、振り返ると
自転車に乗ったキツネだった。
私が手入れしている花壇を見やって、
「やあ、すばらしいチューリップだ」
と言いやる。
何も普通の、赤と黄色のチューリップなのだが。
帽子を目深にかぶったその表情は見えない。
黒い葡萄のような鼻先が揺れている。
その鼻先をチューリップに近づけて、
いきなりパクっと口を開けた。
「食べたら毒ですよ。
猫も死んだそうですから」
私はあわてて言ったが、
猫と一緒にされるのは嫌だっただろうか?
人語をしゃべるキツネと関わったことがないので
不安になる。
「匂いを食べただけさ」
キツネの鼻先が揺れている。
……笑われてる?
その晩になって夫が、
私の髪から匂いがしないと言ったので
なんだか後ろめたかった。