しゅれでぃんがー 2021/11/20 19:39

消えゆく幻影




 机の保護カバーのようなものを買った。コーナンの事務用品コーナーの奥にあったやつだ。前々からボールペンで何か書くときにインクが出づらくて困っていたというのもあるが、買った本当の理由は懐かしかったからである。俺の職員室のデスクには、こんな透明なカバーがついていた。

 学校教員のデスクというのは、だいたいこれが置いてある。年配の先生方のデスクには、ガラスみたいなのを置いてる人もいた。何処で買ったんだろう、とか、重そうだな、とか、物珍しく思っていた。この透明カバーは、俺の過去を想起させる。それが俺には、心地よい。自分が教員であったことを、ぼんやりと思い出させてくれるから。


 俺は写真を一枚も残していない。保育所、小学校、中学校、高校、大学。全ての写真が何処に行ったか分からない。何処かにあるかもしれないが、それを知るすべはもう無い。高校以降など、学校行事の写真は一枚も買わなかったし。大学で写真を撮った記憶なんて一度もない。だから、俺に残る思い出というのは。俺の記憶の中にしか無い。

 教員時代は、何枚か撮った気がする。学校行事は強○参加の物も多かったので、必然的に写真が撮られる。だから、生徒たちのアルバムなどには、俺の写真が残っているかもしれない。けれど、俺は自分の写真を一枚も残さなかった。この前見つけた学年末のクラス写真。ハサミで四つに切って捨てた。残しておけばよかったかな、とも思う。けれど、衝動的に切り刻んでいた。俺の過去には、思い出したくないものがあまりにも多すぎた。


 俺が過去の記憶を記すのは、俺自身がそれを忘れない為なのかもしれない。俺の過去を証明する物を、俺は何も持っていないから。俺が忘れたら、それは存在しない物となる。俺の過去は、いずれどんどん消えていく。それを証明する方法も無い。だって、全部捨ててきたのだから。

 だからこそ。自分自身にだけはそれを証明できるように。懐かしい物を買い集めるのだろうか。

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