しゅれでぃんがー 2022/01/25 14:03

【文字――エッセイ】いじめ問題の現実学

https://www.youtube.com/watch?v=WgygU3NStgQ





 私は常々、年齢がどうだろうと犯罪は犯罪であり。いじめは傷害、いじめは名誉棄損、いじめは殺人として豚箱にぶち込むべきであると昔から思ってきた。すると、外国ではそれを実際に行っているところがあるらしい。この番組で詳細を説明していたので、鵜呑みにしない程度に聞いていた。そして、自分自身の視点の一方向傾向と現実を今更ながら思い出したのだった。


 人間は大人ですら、やってはいけないことをやるし。嘘をつくし最適解も選ばない。合理的な行動をしない。ましてや、それが子どもならなおさらである。一概に罰則を厳重化したところで、根本的な解決にはならない。分かっていてもやってしまうし、やってしまったらバレないように隠蔽する。そもそもしない、より、知ってるけどやってしまう。人間というのは、そういう生き物なのである。

 このフランスのケースでも、結局いじめ自体の件数は減ってないらしい。何故かというと、いじめる方もやらずにはいられないからだ。自身の家庭環境やその他の何かがつらいから。または、精神に何らかの疾患を抱えているから。自覚的、衝動的問わずやってしまう。分かっていても止まらない。自分自身を止められない。いじめというのは、そういうものなのである。

 ゃあやられてる方は泣き寝入りすればいいか、というとそういう風に思ってるわけでもない。私は。その点においては、変わらず相手を社会的、生命的に抹殺すべきと思ってるし、ぶち殺しても罪に問わなくていいとすら思っている。やる方の心理も分かるけれど、やってしまったのなら殺されても文句は言わせない。やるやらないというのは、そういうことだからだ。まったなしの殺し合いである。遺恨を残さないためには、どちらかが斃れるまでやり合うしかないのだ。


 フランスの教育制度はおおむね私が昔から考えていたものと一緒だ。というか、ほぼほぼ完全に再現していると言ってもいい。教員は勉強を教えるだけ。紛争があれば紛争解決担当のカウンセラーなどが出てくるし、犯罪が起これば(いじめは【犯罪】である)警察が出てくる。日本はこういう点で、極限というか、極限を越えてすら警察を入れないように身内(学校内)で解決しようとするからぐずぐずのドロドロになるのだが。やはり、担当を分担したほうが物事の動き自体は分かりやすくなる。司法や立法から独立した学校という場所と権利を守ると言えば聞こえがいいが。その謳い文句を掲げながら、隠ぺい体質を自己肯定する材料に利用しているだけだから。立派な題目を言い訳に使うのは良くないよね。

 ただ、やはり歪みもある。罰があると分かっててもやってしまうのが子どもというものだ。というか大人もそれをする。そこに最大100万ぐらいの慰謝料を【子どもに負わせる】というのは、その時点でわりかし人生詰んじゃうからいかがなものかな、とは思う。これって死ぬよりキツいと思う。金と犯罪歴はね。社会的にえぐいから。これだったら懲役だけの方がまだマシだと思うよ。


 まあ、まだまだ実証実験の最中。フランスの教育制度は過渡期であろう。ここから、この時代を生きた子どもたちが親になった時にいじめ発生率がどうなるか。そこまで見届けて初めてこの制度の是非が分かる。教育というのは、時間をかけないと結果が出ないからね。個人的にも、注目している。

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