しゅれでぃんがー 2022/10/31 02:06

【文字――欠片】文学のミーム化

「月が綺麗ですね」という言い回しがある。これは、英語でアイラブユーを夏目漱石が日本語に直した時使った言い回しだ、というのがもっぱらの定説だ。この逸話を習ってか、恋愛ものの創作物ではこの言い回しが無限にこすられ続けている。


 ヒロインや主人公の学の高さや感受性を強調するための小道具として。言われたヒロインや主人公がその言い回しの意味を理解できなかったら、その学の無さを笑ったり。言い回しを恋愛方面の意味で受け取ってもらえなかったと思ってやきもきしたり。色々と反応でパターンが分岐する。


 あまりにもこすられるものだから、私はてっきり夏目漱石が自作にそういうシーンを書いたのかと思っていたのだが。調べてみたら、違うらしい。英語の授業で生徒に指導したとか、しかもそれ自体も言い回しが違うかったそうで。月が青いですねえ、みたいなことを言ったんだとか。実際には月が綺麗ですね、なんてことは言ってなかったようである。この後に返答で「死んでもいいわ」なんてのを見かけたけれど、それに至っては夏目漱石じゃなく二葉亭四迷だし、そもそも二葉亭四迷は死んでもいいわなんてことすら言ってない可能性もあるらしい。あいまいにあいまいが重なった、謎の多い言い回しだ。


 だが、恋愛ものの創作物では、この言い回しが使われ続ける。夏目漱石が言ったとか言ってないとか、それすらも使ってる人たちは知ってるのか知らないのか。アイラブユー=月が綺麗ですね、なんていう短絡的な接続で。あるいは単純にロマンチックだからか。テンプレートとして、月の綺麗さで愛を表す。


 出展も知らず、興味も持たず。ただ、創作物でキャラクターが月が綺麗だと恋愛対象に言うシーン。描いてる人は、書いてる人は。その表現が使われた実際のところなんて知りも興味も無いように思う。その光景は、お菓子会社が作り出したバレンタインデーに一喜一憂する人々の姿に重なる。文化とは人が作り出し、その本質は薄れてミームとなる。





 なんとも寂しいような、むなしいような気もするが。残りもせずに、無と消えるより。ミームであっても残った方が、それはそれでいいのかもしれない。たとえ意味が分からなくとも。月で愛を表現するのは、お洒落であることは変わらない。

フォロワー以上限定無料

よろしくお願いいたします。

無料

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

記事を検索