『物語の体操―みるみる小説が書ける6つのレッスン 』(朝日文庫、大塚英二)という本がある。大学時代、ライトノベルについての卒論を書く時に資料を買い漁った中で出会った本だ。その本はその後も小説を書き始めた時にとても重宝した。小説を高等な創作活動のように仰々しく解説する本ばかりの中で、論理的に作話の方法論を解説してくれるこの本は私にとってひときわ目を惹いた。持っていた本は友だちに上げてしまって、書店全体の在庫もほぼ絶版状態なのでもう手元には残っていないが。あの本に書かれていた、「物語カード」という作話法が私の作話の骨組みになった。
ネットで検索すれば出てくるが、この作話法は五枚のタロットカードを使って物語を作る。「主人公の過去」「主人公の現在」「主人公の未来」「援助者」「敵対者」の五つ要素に、それぞれタロットカードを当てはめて造形する。慣れないうちは難しいが、慣れると何でも書けるようになる。
主人公については、過去は物語に対するモチベーションを示しやすい。過去に虐げられた経験があれば、ラスボスや世界に対しての反旗や復讐心を持たせやすい。幸せに生きてきたのなら、世界の危機に対して善の気持ちで立ち向かうかもしれない。育ち方で主人公の人間性も決めることができる。
主人公の現在は物語の道しるべ。何を目的とし、何処へ向かおうとしているのか。今どうやって生きていて、何処に所属しているのか。主人公自身の中身がこの中に詰まっている。
主人公の未来は物語の結末である。どうなりたいのか、何が目的か。それを達成することでどうなるか。物語の終わり方をこの一枚で決める。
援助者と敵対者は仲間や協力者、敵対組織やラスボスなど。この辺はそのままである。このカードには、どんな性質かだけでなく、それらの要素によって物語がどうなるかの方向性も含めることができる。
こんな風に要素の羅列ではいまいちピンと来ないかもしれない。一つ例を作ってみよう。それぞれの意味についてはWikipediaの大アルカナの項目で確認して欲しい。
1.吊るされた男、
2.審判
3.節制
4.悪魔
5.運命の輪
ウィキの数字を参照しながら、ウェブアプリのサイコロを4回ずつ振った合計で決めた。上から順に過去~敵対者の順番で行く。だからこうだ。
主人公の過去:吊るされた男、
主人公の現在:審判
主人公の未来:節制
援助者:悪魔
敵対者:運命の輪
これを更に正位置と逆位置に分ける。サイコロアプリで135がでたら正位置、246が出たら逆位置とする。その結果がこれ。
主人公の過去:吊るされた男(逆)
主人公の現在:審判(正)
主人公の未来:節制(逆)
援助者:悪魔(逆)
敵対者:運命の輪(逆)
逆位置ばかりになってしまったが、もちろんランダムで決めている。こんなこともある。
ここまで決めたら、実際に作話作業へ入る。まずはお題を決めよう。何でもいい。でも、いきなり何でもいい、から始めるのは逆にハードルが高いので。とりあえず今回は「ファンタジー」にしてみよう。なんだかんだで、この題材が一番手っ取り早い。次に、各タロットの意味を眺めてみよう。
主人公の過去:英知・慎重・試練・直観(逆)
主人公の現在:復活・位置の変化・更新(正)
主人公の未来:調整・中庸・倹約・管理(逆)
援助者:暴力・激烈・宿命・黒魔術(逆)
敵対者:幸運・転機・向上(逆)
主人公の過去は愚かで大胆か迂闊で特に試されることもなく鈍い生き方をしていたようだ。もちろん、全部使わなくてもいい。必要な部分だけ切り取って使う。そして現在、再起を図っているのかもしれない。もしくは急な環境の変化があった。そして将来、またひどい目にあうらしい。あまり思慮深くない、考えの浅い存在なのかもしれない。
援助者やどうやらいい人のようだ。優しかったり、立場的に主人公を助けることが義務だったり強○だったりする存在かも。
敵対者は……今の状態ではなんとも言いづらい。他の要素を決めないと、決められない要素かもしれない。
要素の整理が終わったら、次は細部を決めていく。この辺は比較的個人の自由となる。なにが書きたいのか、どんな題材が好きか。初めはそういう決め方でいい。私は今回、「ゴブリン」が流行ってる気がするのでゴブリンでやってみようかな。
主人公の過去:ゴブ男は怠惰で自堕落な毎日を送っていた
主人公の現在:それではダメだと思い立ち、現状を変えようと思い立つ
主人公の未来:失敗する
援助者:教会のシスターにしようかな。ゴブ男に優しかったとか。
敵対者:世間の一般常識。モンスターは悪という価値観。
ぱっと思いついた要素を羅列してみた。上から順番に決めたので、ゴブ男のモチベーションからシスターを設定。シスターと仲良くなったゴブ男が、シスターに気に入られようと色々頑張り始めた。けれど、それを見た神父とかが障害となって立ちはだかる。そんな感じになるかも。
こんな感じで、主人公を決めたら芋づる式に他の要素が整備されていく。舞台設定はお題から作られるパターンが多い。ざっくり行くなら、「原始時代」とか「中世」とか「侍やら忍者」とかにしとけば作りやすい。主人公が思いつかなかったら、その逆の敵対者から考えてもいい。ラスボスから関連付けて、それと対となる主人公を想像するのである。
ここまででもまあ出来上がってはいるから別にこれで終わりでもいいのだが。それではあんまりなので、この要素をシナリオに組み上げておこう。
『復讐のゴブ男』
ゴブ男は自堕落で怠惰なゴブリン。ゴブリン集落でも鼻つまみ者にされている。そんなある日、彼は森で獣に襲われて怪我を負う。あわや死亡、というところで森の中に建つ教会へ辿り着く。そこのシスターは若い新人で、モンスターのゴブ男にも優しく手当てしてくれた。ゴブ男はその恩に感謝し、毎日森で木の実を取ってはシスターに届けるようになる。
しかしある日、その様子を司祭に見られてシスターは監禁。異端審問に掛けられ火あぶりにされる。ゴブ男は炭になったシスターの亡骸を見て、教会へ復讐を誓う。周囲のモンスターを集めて束ね、ゴブリン族一番の戦士となるぐらい訓練を積んで教会へ攻め入る。シスターの敵の司祭は、教会の者たちを盾にして一人だけ逃げ延びた。
あの男を殺さない限り、自分の復讐は果たされない。ゴブ男は教会の総本山を目指し、大陸を戦乱で焼き尽くすのであった……
今回は逆位置が多かったので、ダークエンドにしようかな。という程度の思い付きだがこんな感じになった。出来栄えとしては薄っぺらいな、と自分自身でも思ってしまうが、まあ、作話が出来ているか出来ていないかで見れば出来てるので別にいいんじゃないだろうか。この出来が気に入らなければ、タロットを入れ替えてゴブ男のはちゃめちゃコメディにしてもいいし、ゴブ男とシスターの友情や恋愛話にしてもいい。シスターが男になってもいいし、ゴブ男がオーク男やら、いっそエルフ男になってもいいわけである。やりようはいくらでもある。これが物語カードでの作話の本質だ。カードを正位置逆位置やら一枚入れ替えたりするだけでいくらでも「少し違う物語」が作り出せる。それが出来るようになれば、シナリオで困ることは無くなる。
せっかくなので、今作った『復讐のゴブ男』を改変して別のプロットを作ってみよう。改変する時はタロットをあまり気にしなくていい。使えそうなら使うし、いらないなら使わない。
『トリニティソウル』
ゴブ男は自堕落で寝てばかりいるゴブリン。とある冬の日、いつものように地中深くの穴倉で惰眠をむさぼっていたら氷河期襲来。外で働いていたゴブリンたちが全員氷像化し全滅したが、ゴブ男は地中でコールドスリープ状態になって生きていた。
千年後、ゴブ男が目覚めると「勇者が起きたあああああああああああああああ」と周りから拍手喝采。緑の人型生物が世界を救うという予言があるそうで、この時代の人間たちはゴブ男こそ勇者だと心から信じていた。この世界は四匹の竜が均衡を保つことで成り立っていたが、氷竜が突然他の竜を全滅させたので世界は氷で閉ざされているとのこと。この世界にぬくもりを取り戻すには、他の三体の竜を甦らせなければならないこと。その為には三体の竜の魂が転生した器を探さなければならないことを告げられる。
ゴブ男は初めこそ面食らったが、寝てたらなんか勇者やらされたことにテンションが上がって快諾。今、ゴブ男の冒険が始まる。
書きながら考えていた面があるので取っ散らかっているが、まあまとまったような気がする。怠惰なところだけ残し、その後の展開は全取っ替え。環境の変化は入ってるから、まあ一応タロット守ってるかもしれない。どことなくゼル〇の伝説っぽいけどこんなことを言ったら任天〇ファンに失笑されるだろう。でも別にいいのである。ただのプロットなんだから。主人公の未来について触れてないけど、この辺はどうせ書いてたら変わるので端折った。練習ならとりあえず書いといた方がいい部分ではある。まあ、世界救ったけど化けの皮剥がれる、くらいの認識でいいかも。タロット的に。
こういう風に話を作っていけば、百個作れば一つぐらい手ごたえのある物ができるはずである。質よりまずは量を作って、良さそうなのができたらそれをさらにブラッシュアップするのである。百個作って九十九個ボツにしても、残った一つが素晴らしかったらそれはそれでいいのだ。また、九十九個のプロットの良いところを一つ一つ抽出して一つにまとめたりもできる。微妙だったけどちょっと変えれば良くなるプロットを改変してもいい。でも、数が無ければそもそもそんなことすらできない。だからこそ、面白い面白くないは別にして。とにかく数が作れるようになった方がいいと私は考える。
その過程で作話自体に慣れれば、思いついた話にタロットを当てはめるだけで作話ができるようになる。その過程で、自分はどんな物語が好きか。得意か。なにが書きたいのかが見えてくる。あとは、その方向性で作話するようにすれば、どんなネタでも「同じだけど違う物話」が書けるようになるのである。
ポイントとして、「必ずタロットの指示を守る」こと。タロットが示した要素が自分は書くのが苦手だからとか、考えたけど面白くないからとかという理由で諦めたりタロットを変えたりしない。そうしないと、いつも似たような話ばかり考えるようになるので思考が偏るのだ。
私はこれを百本ノックと称して百個プロットを作ろうとしたが。五十個目ぐらいで飽きてやめてしまった。だが、五十個作っただけの自分でもこのくらいはできるようになったのだから、誰でもこれぐらいはできるようになると思う。作話の練習がしたい人は、この「物語カード」をやってみてはどうだろうか。
絵の練習をした人は絵が上手くなるように。作話の練習をした人は、必ず作話が上手くなる。人それぞれ得意不得意はあるだろうが、いずれできるようになる。