ニャーシャカ 2021/03/27 20:00

【堕鬼の夢】 発売記念SS公開!



皆さまこんにちわ🌸

先日発売開始されました「堕鬼の夢」はお聞きいただけたでしょうか?
本日は「堕鬼の夢」発売を記念して特別SSをご用意いたしました!🙌

本編をお聞きくださった方も、まだの方もお楽しみいただける内容となっております。
どうぞご覧くださいませ…✨



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「独りの時間が永かったんだ。」

 彼は、ぽつりとそう呟いた。
 私とも他の誰とも違う、金色(こんじき)の瞳にうっすらと陰を落として。
 人ならざる者の色。恐ろしくも美しい色。人を喰らわんと、夜闇で輝く色。昔から、村の大人たちは口を揃えてそんなふうに言っていた。
 鬼と人間との違いはいくつもあるけれど、私は彼らの瞳のことだけを強く覚えていて。
 物を知らない私にとっては、金色(こんじき)は麦の穂の色。裏山に咲く、良い香りのする花の色。そして、夜空に浮かぶお月様の色。そういう、綺麗なものの象徴だったのだ。
 勿論、そんなことを口にしてはいけない。私はみんなのお姉さんだったから、子供たちを危ないものから遠ざけるのも仕事のうち。だから他の大人と同じように、恐ろしさを伝えた。
 綺麗なもの。視線を逸らせないもの。だからこそ、人間を魅了する、怖いこわいもの。――私にとって鬼は、そんな存在だった。

「俺と人間とでは、時の流れが違う。成長は早く、寿命は短い。俺が瞬きする合間に、五つは歳をとる……は、流石に言い過ぎだが。兎に角、お前達はそういう生き物だろう」
「確かに、魄さんから見ればそうなのかも……」
「事実、そうだった。俺を救ってくれたこの寺の住職は、あれから直ぐに死んでしまってな」
「…………」
「はは、どうやらすっかり人間の感覚になってしまったらしい。以前は一年なんてあっという間だったんだが、あの人が亡くなって一周忌までの時の流れは、えらく遅く感じた」

 また、だ。
 再び、陰が射す。
 お月様を隠す雲のように。星ひとつない空のように。
 枯れてしまう直前の、麦の穂のように。踏み荒らされた、花のように。

「そこからは、独りきりだ。拝んでくれと頼まれることもあったが、こんな辺鄙な場所まで出向いてくる物好きは少ない。そもそも、この寺には檀家だっていないだろう」
「じゃあ、今まで魄さんが弔ってきたのは誰だったんですか」
「基本的には行き倒れだな。後は、山で何かあって命を落としたとか、ここまで辿り着いたけれど息絶えてしまったとか。まあ、そんな感じだ」

 尤も、真似事の経しかあげれらなかったが、と。そう言って、魄さんは笑った。
 どこか自嘲するような響きに、なんだか心の臓がぎゅうっと痛む。
 どう声をかけていいのか、自分でもよく分からなくて。けれど、そんな顔をさせたくはなくて。
 頭で考えるより先に、私の腕は彼へと伸びていた。
 はしたないのを承知の上で、その身をぎゅうっと抱き締めれば。ふわり、彼の香りが鼻を擽る。

「わ、っと。どうしたんだ、急に」
「……魄さん」
「ん?」
「私、魄さんはちゃんと亡くなった方を弔えていたと思います」
「いや、だが、」
「だって、その人たちは貴方に看取られた。それに、死を悼んでもらえたんです。これって、幸せなことだなって」

 打ち捨てられ、朽ち果てる屍。野晒しのまま腐敗した死骸。
 戦や飢饉の度に、どこの村でも見られた光景だ。
 怪我をして命からがら里に戻っても、みおくる人が残っているとは限らない。いや、そもそも帰るべき場所が無事である保証なんてないのだ。

「最期に、自分の為に祈ってくれる誰かがいることって……贅沢なんですよ」
「……そう、か。そうだったら、嬉しいな」
「そうに決まっています」

 思わず断言してしまったけれど、本当は死んでしまった人の気持ちなんて分からない。
 でも、少なくとも私は、今生の最期にこんなにも優しいひとに悼んでもらえるなら……それも悪くはないと。ぼんやり、そう思った。
 ああ、でも、そうだ。
 そうやって人々をみおくった魄さんが倒れた時、それを悼み悲しむ人間は、いるのだろうか。
 独りの時間が永かった、と。寂しさを吐露する相手が、私の他に出来てしまうのだろうか。

 それを想像すると、なんだか胃の腑がむかむかとする。
 私の寿命には限りがある。永遠なんて望めない。けれど、こうして触れ合う今だけは、この体温を離したくなくて。
 彼の鼓動と、香りにずっと包まれていたくて。
 同じだけ、私のぬくもりを分けてあげたくて。
 甘える猫の子みたいに額を摺り寄せながら、魄さんへと言葉を紡いだ。

「私が生きている間は、ずっとこうして……貴方の傍にいたいです」
「なんだ、突然」
「魄さんにとっては一瞬かもしれないけれど、それでも。私は、貴方を独りにしたくないんです」
「ならば、俺もお前を独りにしないと約束しよう。お前がこの寺を家だと思ってくれている限り、俺はいつまでだってお前の傍にいるよ」
「やっぱり、貴方は優しいひとです」
「そうか? 人間よりも少しだけ強欲なだけだと思うが」
「じゃあ、魄さんの欲は誰かへの優しさで出来てるんですね」

 私に、溢れるくらいの優しさを向けてくれるひと。
 あたたかくて、穏やかで、けれど少しだけ寂しさを抱えたひと。
 貴方を知ってしまったから、私はもっともっと生きていたくなりました。この寺で、貴方と一緒に。

「魄さん」
「なんだ」
「これからも宜しくお願いします」
「ああ。こちらこそ。……はは、なんだかそう改まって言われると気恥ずかしいな」

 ぐっと、私を抱く腕の力が強くなる。
 私では彼の欠落を完全には埋められないけれど、少しくらいなら覆えるだろうか。
 そう思ってちらりと見上げた顔は、射し込む月光に照らされ淡く光り輝き。
 こちらを見詰めるふたつの金色(こんじき)は、泣きたくなるくらい愛しい色をしていた。

 ああ。やっぱり私、この心の綺麗なひとが、たまらなく好きです。


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