『乙女のかんばせ』11月22日SS
11月22日に寄せて。
愛するふたりのためのもの
※『乙女のかんばせ』のSSです。
※音声作品『乙女のかんばせ』の設定、ネタバレがございます。本編未視聴の方にはやさしくないSSかもしれません。
※でもそんなに大きなネタバレはないです。
※直接的な性描写はありませんが、描写の匂わせがございます。
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あなたとリィリ・ロダンがそういう仲であることは、ふたりの近くにいる人々にとっては周知の事実、疑う余地のないことである。現にあなたのことを「奥様」「奥方様」と呼ぶリィリの部下もそこそこ存在し、そう呼ばれるたびにあなたは嬉しいような、恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになる。
……自分は、あの美しく気高い存在の隣に立つ人間に相応しいのだろうか、と。
「今日は良い夫婦の日だそうですよ、奥様!」
幼い少女が小鳥のようにやって来て、あなたに微笑んだ。
この少女は、没落した低流階級の末娘だった。今はリィリの商会でこまごました雑用をしているが、持ち前の明るさと子どもらしい無邪気さで周りを活気づけている。
没落し、拾われる。その境遇はあなたのそれとよく似ていて、だからだろうか。あなたはこの少女のことをそれとなく目にかけていた。
「まるで、奥様とリィリ商会会長のためにある日ではないですか!」
そして少女も、あなたとリィリによく懐いていた。今だってまんまるな瞳をキラキラさせて自分の言葉が真実だと確信している。
やはりあなたは何だか嬉しいような、申し訳ないような、泣き出したいような気持ちになるのだった。
夜。仕事を終えたリィリは、いささか乱雑な手つきであなたにキスをした。甘い舌にアルコールの苦さが混じって、珍しい、どこかで酒をもらってきたのかとあなたは思う。
……それにしても、口付けが、長い。息継ぎすらままならず苦しさに耐え兼ねて、リィリのしなやかな指先に触れると、楽しげに喉奥で笑われた。
「少し、試飲をしてね。愛し合うふたりのためのもの、とかいう触れ込みだったのよ」
ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音と共に顔中へキスが落とされる。
「でも、駄目ね。度が強すぎるし……軽い催淫薬も含まれていそう。こんなものをうちの商会では出せないわ」
リィリの手のひらが、しっとりしたその肌があなたの頬に触れた。赤い瞳が欲に濡れていて、たしかに、いつもよりすこし、いやずっと、興奮状態にあるようだ。
あなたは焦った。まだ、まだ夕食も済ませていない。シャワーだって。いつもなら一緒に夕食を食べて、入浴して、リィリの手であちこち隅々まで洗われてから、こういうことをするのに。リィリだって仕事終わりで疲れているだろうに。
あなたが内心困惑しているあいだもリィリの手は止まらない。整えられた爪先があなたの腹をなぞると、その奥が疼く。胸元に唇を寄せられれば背中が痺れる。
このままでは流されてしまう。何か、リィリを止められるようなものはないだろうか。そう考えて、あなたは昼間の少女の話を思い出した。
……今日は、良い夫婦の日だそうですよ、リィリ様!
あなたの名誉のために言えば、あなたはその時ひどく混乱していたのだ。
良い夫婦、という単語に昂ってしまったリィリに声も出なくなるほど愛されたからといって、あなたに非はない。いくらリィリが、あなたのせいでますます大きくなってしまったわと意地悪く笑を深めたからといって、あなたは何も悪くないのだ。
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