●忘我の君37●

しかし右側の獄卒が先に我に返り、まず鬼灯に狼藉を働いた亡者の後頭部に拳固をくれる。



「いって!」



その叫びを皮切りに、閻魔殿全員がようやく我に返り、再び自らの業務に戻る。しかし、チラチラと鬼灯の様子に目をやる興味は抑えきれていなかった。



一方の鬼灯は熱にうかれたように白い頬を上気させ、顎を上向き気味に、時折身体を艶めかしく戦慄かせている。



小さな唇から吐き出される息は熱く、周囲にただならぬ色香をまき散らしていた。



いつも冷静で厳しい鬼灯の姿しか知らない周囲の獄卒たちは、その姿に困惑しながらも、ただならぬ様子とその官能美に、つい魅入ってしまう。



長すぎる睫毛をパチパチとしきりに上下させ、目元を潤ませている様は想像を絶するほど蠱惑的だ。
吊りあがった眉を、ともすれば下がりそうになる様は、明らかに激しく欲情していると他人に思わせるもので、時折鬼灯がビク、と身体を跳ね上がらせる動作に連れて、周囲もあたふたしてしまう。



(鬼灯様どうしたんだ?)



(エロいんだけど・・・これ、間違いなくエロいよな?)



(やばい・・・凄く綺麗に見える・・・っていうか可愛い・・・



(今夜またお世話になろう・・・)



周囲の獄卒たちはそれぞれ鬼灯を完全に性の対象として眺め、半分残った理性で仕事をなんとか進めている。



もし鬼灯が官能小説のように



「抱いて!誰でもいいから身体の火照りをおさえてちょうだい!」



などと言わんものなら、全員でとびかかってしまいそうなほど、厳粛な法廷は色にまみれてしまっていた。



「いてて・・・本当に暴力的だな・・・生きている世界じゃ、こんなの事件沙汰だぞ・・・!」



殴られて一瞬消沈していた亡者が起き上がり、左右の獄卒を強かに睨む。
自分のしたことを悪く思わず、それどころか相手に怒りを向けるとは、まさに地獄へ堕とすのがふさわしい人間だ。



「それにしても、このお兄さんさっきから色気振りまきまくってるんですけど?地獄の裁判じゃ、よくじょーしたヤツが裁判をとりしきっているのが当たり前なのかよ?狂ってるね!」



相変わらず悪態をつく亡者の頭に、今までで一番強烈な一撃が見舞われた。



「・・・黙りなさい・・・」



低く告げた鬼灯は、両手に持った人頭杖で亡者の頭を力いっぱい殴打した。
鬼神の怪力で打ち据えられた亡者の頭は半分凹み、床に大量の血をしたたらせている。



「ちょ、ちょっと鬼灯君!困るよそういうことされちゃあ・・・!」



あわてて閻魔が遅い止めに入るが、鬼灯に親の仇のような眼光で睨まれ、わたわたと書類に目を落とした。



「・・・亡者が質疑応答不能になってしまったので、裁判は明日に回しましょう。大王。申し訳ありませんが、私は体調が思わしくないので早退させていただきます」



めったにない鬼灯の早退宣言を聞き、仕事をサボれる喜びもあって、閻魔大王はその言葉へ縦に首を振った。



「鬼灯君、無理しないでね・・・」



嫁も孫もいる好々爺の大王にまで鬼灯の色香は及んでいないが、その他の獄卒たちは、鬼灯の艶姿を見れなくなることに少々肩を落としたのだった。


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