●忘我の君38●

「あだあああああ!!」



白澤は鬼灯と会うなり、両手を広げて相手が胸に飛び込んでくるのを待ったが、飛び込んできたのは金棒だった。
そのまますっ飛び、壁へ強かに背中を打ち付け、半身をめり込ませてしまう。
ウゲ、と口から軽く血を吐き、白澤はそのままうなだれた。



「全く、いまどきスマホを使って遠隔イタズラなんて、子供でも考えそうなことですよ。やることも最低ですが、発想も最低ですね」



そう言いながら、白澤の腹にめり込んだままの金棒をぐりぐりと回しさえする。
金棒のデコボコが当たって、その痛みに白澤が化鳥のような悲鳴をあげた。



「やめろー!このドS!ちょっとした可愛いイタズラじゃんか!そんなに怒ること!?」



「誰だって怒りますよ・・・。しかも仕事中に・・・。全く、場をわきまえない人ですね、あなたは」



「仕事中だから興奮するんじゃないか!ぐえええええ!」



さらに金棒に力を入れられ、白澤がヒキガエルのような声をあげる。



「ふん、偶蹄類が・・・。生意気に術を自在に操ったりすんじゃねえよ」



白澤を責めながら鬼灯が悪態をつくが、ふといたぶる手を止め、白澤を○問から解放した。



「うげえ・・・全く、お前は本当に暴力的だよな・・・」



ようやく地面に尻もちをついた白澤が、口元の血をぬぐいながら涙を浮かべる。



「暴力的にさせる人がいるから、こうなるんです。・・・ところで、責任はとるんでしょうね?」



え?と、白澤は聞き返した。
一体何のことを言っているのか、理解できなかったが、忌々しそうに横を向いた鬼灯の様子を見て、ようやく言葉の意味をくみ取った。



「オッケーオッケー・・・!いいよいいよ・・・あでっ!」



鬼灯を抱きしめにかかろうとする白澤の顔を金棒で遠ざけながら、低い声で言う。



「誰がこんな場所でするか。・・・とりあえず、部屋に行きましょう・・・」



いつもツンデレの「ツン」どころか刃をむけてくる鬼灯が、珍しく自分を誘っているという状況に、白澤は有頂天になった。
激しく非難されたものの、先ほどの行為は大きな収穫になったらしい。



火照った鬼灯の身体を思う存分自由にできる、これからの展開に胸躍る。
鬼灯の異変を目撃した獄卒たちでは、手の届かない蜜の時間を想像し、白澤は喜び勇んで鬼灯の後ろを着いて行った。



(あの子たちには悪いけど、コイツを抱けるのは、惚れられた僕の特権なんだ!)



そう優越感に浸り、白澤は笑みがこぼれるのを止められない。



裁判所を抜け、高級官吏の寮が並ぶ一角に入り、鬼灯柄の描かれた扉の前に二人して立つ。



「言っておきますが、あなたを部屋に招くのは今回が特別ですからね」



「わかってるって。どうでもいいから、早く部屋に入ろうよ。お前も身体が疼いて仕方ないんだろ?」



目の前の鬼灯をいただきたくなりすぎて、自分で最低な事を言っていることに気付かない。



その言葉に絶対思う所があるであろう鬼灯だったが、いっそ冷淡なほど白澤をあしらい、自室の扉を開けた。



中は暗く、他人の部屋特有のにおいがする。
鬼灯は生薬の研究をしているので、中は植物や薬草が乾燥した独特のにおいだけで、艶めかしい香りとは無縁だ。



明りを付けて部屋に光を注ぐと、すぐ寝台の中央に黒い影を、白澤は発見する。



白澤がその人物の正体を把握すると同時に、鬼灯が光の速さで白澤を脚先から首元までロープでぐるぐる巻きにしてしまった。



「ああああああ!な、何するんだよ!ぎゃっ!」



そのまま蹴飛ばされ、エビフライのごとき格好にされて、自由を奪われて床の上を転がされてしまう。



「なんだ、なぜ天国の神獣を連れてきた?」



「ちょっとイヤガラセが酷いので、こらしめようと思いまして・・・彼の存在は無視してください」



「オオオオイ!」



地面でくねる白澤の叫びなど耳に入っていないかのように、鬼灯は寝台に上がり、その人物と対面する。



「お前から誘いがあるとは、百年に一度あるかないかだ・・・珍しさのあまり、ついすぐに駆けつけてしまったぞ」



「恐れ入ります。・・・あっ・・・」



そのまま肩を掴まれ、たくましい胸元に鬼灯は導かれた。



「身体が熱いな・・・欲情しているのか。珍しい」



「んんっ・・・はぁ、どうやらそのようです・・・誰かのイタズラのせいで・・・」



床に転がされているせいで、寝台の様子が見えないが、衣擦れの激しい音がして、鬼灯の切なげな喘ぎ声がとぎれとぎれに聞こえてくるのを、白澤は逐一耳で拾った。



「おい!僕がいるのに何してんだよ!鬼灯!そんなヤツより、僕とするほうが絶対気持ちいいよ!」



「無視してください」



「ああ、承知している・・・。さあ、まずは余を高めてくれるか?」



再び衣擦れの音がして、しばらくして鬼灯のくぐもった喉の音。



「おいおい!何してるんだよ!なにさせてんの!鬼灯もそんな事するんじゃないよ!僕だけにしてくれよ!」



「黙れ。鬼灯は余のものだ・・・ふふ、いいぞ、実に具合がいい・・・」



「だーーーーっ!そんなこと聞かせるな!」



身体をめちゃくちゃに動かし、床の上で転がりまくる騒がしさとは無縁に、鬼灯と王の空間には艶めいた濃密な空気が膨れ上がっていた。


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