●忘我の君39●
床に転がせられている白澤には、二人が睦みあう音しか聞こえない。
さきほどから粘っこい水音と、時折響く鬼灯の吐息。その息は官能を孕んでいて、耳で様子をうかがっているだけの白澤も雄の欲を膨らませるほどだった。
小さくなったり大きくなったり、ちゅ、ちゅ、と吸いあげるような音から察するに、鬼灯は完全に王に尺八をしている。
鬼灯のいつもの技巧を思いだし、白澤はゾクゾクしながらも嫉妬で床に頭を打ちつけていた。
(なんで僕以外にそんな事するんだよー!僕以外、気持ちよくする必要なんてないからな!)
しかし白澤の嫉妬とは裏腹に、淫らな水音は響く感覚が短くなり、同時に衣擦れの音も大きくなる。
「よし・・・出すぞ、鬼灯。わかっているな」
「んんっ・・・はい・・・」
二人を乗せた寝台が一瞬ギシっと軋み、その刹那部屋の雰囲気が張りつめた。
しかしすぐに緩和の時間は訪れ、王が大きく息を吐き、鬼灯の髪を撫でる音がシャラシャラと鳴った。
「・・・見せろ・・・」
「はい・・・」
衣擦れの音だけが響き、二人が何をしているのか状況判断できない。しかし、白澤には行為の全てが想像できる。
鬼灯は王の精液を口に含み、飲み込まず口腔にとどまっている様を見せたのだろう。
地獄のNO2をまるで風俗嬢のように扱う王の贅沢さに腹がたったが、自分も散々それはさせてきたので文句を言うのも筋違い時かもしれないが・・・。
白澤は非常に不愉快だった。
「何二人でイチャイチャしてるんだよ!せめて僕も加えろ!」
ごろごろと床の上を転がりまわり、うざったいことこの上ない白澤の所作に二人は呆れかえったようなため息を吐いた。
「・・・と、言っているがどうる?鬼灯。余はかまわんぞ?」
「いいえ、ここは二人で・・・。発情豚を懲らしめるには、この手が一番効きそうですから・・・」
朝から自分の身体を狙いまくって、散々好き放題にされた。
普段の白澤ならともかっく、偽物の白澤は自分の身体を求めてやまないのだから、目の前で他人に抱かれるのが一番悔しいだろう、と踏んでの鬼灯の行動だった。
果たしてこれで白澤が嫉妬するか、自信は半々だったが、鬼灯の目論見は予想通り正解だったらしい。
「なんだよ発情豚って!お前だって欲情してるじゃないか!なんでいちいちソイツに抱かれるの!?僕でいいじゃん!僕で!」
さきほどから喚きまくってうるさいことこの上ない。
「では、続けましょう・・・」
そう言って鬼灯は王の胸板を舌でなぞった。
「くくっ、今日のお前は情婦顔負けの淫らさだな・・・実にそそるぞ」
すると大きな衣擦れの音がして、一瞬白澤の鼻孔にも蓮の花の香りが漂った。次いで、頭の上から被される黒い布。
「あっ!ちょ!脱ぐなよ!なにしてんの!鬼灯ー!」
口づけでも交わしているのか、小さな水音がしているだけで、誰も白澤の抗議に耳を傾けない。
はぁ、と鬼灯の上ずった吐息があがれば、白澤の転がりは余計に激しくなった。
いい加減うっとおしくなってきたらしく、王が鬼灯を暴く手を止め、押さえた声で言う。
「少々外野がうるさくて気分が出ぬ・・・。鬼灯、なんとかせぬか?」
「そうですね。私も、少しそう思っていたところです」
すると、床に頭を擦りつけていた白澤の目の前に白い足が二本、スラリと現れた。
「ほおず・・・」
喜んで名を呼ぼうとして、口にガムテープを張り付けられる。
「んんんんんんーーーーーーー!」
暴れる白澤の身体を肩にひょいと担ぎ、鬼灯は棚と棚の狭い隙間にその身体をおしこめ、床に転がる動作ができないようにした。
左右の棚は頑丈に固定されていて、先ほどのように転がりまわりたくても身体がキッチリ間にはまってしまってすることもかなわない。
尻もちをついたような姿勢で動きを固定されてしまい、口まで封じられてしまった白澤は、そのままおとなしくするしか手段がなかった。
「ふふ、これで気障りなくできるな」
紅い長襦袢姿になった鬼灯が、無言で王の上にのしかかる。
丁度白澤の位置と目線から寝台の上の様子がみえるようになっていて、奇しくも鬼灯と王の性交を眺める絶好の場所だった。
白澤は寝台の足元から二人を眺める位置にいて、白い四本の足が絡み合っているのを憎々しげに睨みつける。
鬼灯が上になり、鬼灯からの口づけ・・・。
自分にはしてこない所作に、白澤はどんどん嫉妬の炎をもやし、ふさがれた口で、固定された身体で精いっぱい暴れ狂った。
だが、すでに二人の睦みを邪魔するほどの効果を出すことはできず、寝台の上では淫蕩な行為が流れるように進んでいた。